第10話 黒歴史でも歴史なり。
〈七月二十三日・午前五時半〉
簡単な晩酌を済ませた後の私達と母さんは今後の方針を話し合う。
父さんの管理物から情報を抜き出して世界地図を描き起こしてね。
「姉さん達と合流してから、私達の対となる子達の捜索と確保でいいわね?」
「ええ。確保後に複製を残しておきなさいよ」
「ああ、失踪したとか大騒ぎになりそうね」
「一応でも王女様だもん。それで他の三人は何処にいるの?」
「果菜の対は双子山の鉱山内にあるノーラ王国。結凪の対は大運河の先のラーナ王国。吹有の対は大森林の反対側、レニル王国に潜んでいるわ」
「それなら私は合流後に火山跡地から入った方がいいかな。鉱山というとドワーフ」
ドワーフの名が尻すぼみとなった果菜。
私は苦笑しつつ揶揄ってあげた。
「果菜にピッタリな場所よね?」
「ま、祀られそうな気配がするよ」
果菜は鍛冶神でもあるからね。
すると母さんが溜息を吐きながら、
「ドワーフ達にバレなければいいわ。自分から名乗るなら話は変わるけど」
果菜を諭した。
自分から言わなければ問題は無いわね。
果菜は何度も頷き同意した。
「絶対に名乗らない!」
同意というより宣言ね。
私達は顔を見合わせて苦笑し声を揃えた。
「「「フラグ」」」
「ちょ!? そういう事を言わないで!」
言わないでって言われてもねぇ。
当人の言った事の逆が旗建てだもの。
すると吹有が経路を確認しつつ、
「私はそのまま大森林を抜けて平野部に出たらいいわね。その時に風結を連れて行ってもいい?」
母さんに許可を求めた。
母さんは吹有の思惑を読み取りながら頷いた。
「吹有に問題が無いなら構わないけど」
「それなら連れて行くわ」
許可が得られた吹有は荷物を漁っていた。
どうやら持ち込む品を選んでいるようだ。
菓子とか非常食とか大森林から出た時に困らないように。
食品に関しては実依が居れば解決するが、連れて行かない場合は持ち込むしかない。あとはあちらで使える金も持ち込むようね。
(貨幣か。あちらにある金庫から持ち込みましょうかね。伊達に商業神ではないし)
私は金庫の貨幣を拾ってから使うけど。
その際に気づいた事を吹有に問う。
「でも、目立つと思うわよ?」
風結は目立つ。
どういう意味で目立つかと言えば顔立ちもそうだが派手なのだ。
黒髪時の印象を知っているから言える事だが今は派手な金髪金瞳だから。
果菜も同じく首肯した。
「絶対、目立つと思う!」
「風結以上に目立つのは姉さんだけど、目立つと思う」
結凪も比較対象を示したうえで首肯した。
ああ、プラチナブロンドも目立つわね。
姉さん達も〈隠形〉したうえで歩き回っていたものね。
あれも姉さんが目立つ事を回避するために行った事だ。
吹有は私達の反対にも似た諭しを聞くと思案したのち対案を提示した。
「そこは〈変装〉スキルで染めさせるわよ」
「ああ、それなら大丈夫か」
「どの程度まで染められるか、だけどね」
「せめて光沢は消した方がいいでしょうね」
「そうなると知結も染めさせましょうか。今は果菜っぽいし」
「うんうん。私っぽ……いの? 母さん?」
「ええ。素の果菜と同じ色彩ね」
「というか鍛冶神と鉱石神だからドワーフが見たら確実に拝み倒すわね」
「ああ、それは。うん。染めさせましょうか」
結凪は私からの予言にも似た一言に頬を引きつらせていた。
(というか、あの子達だけ対が居ないのは何故かしら? 私達は居てもね。そうでないとあの子達が絶対行かないといけない話になるし。呼び出された件は……あの子達も原因?)
私がそう思案していると、
「元々の予定はあったのよ。でも管理神器の上限に引っかかって出来なかったの。男女毎に最大二十五個が上限でね。カナ君みたいに男系で用意すれば良かったけどね」
母さんが困った顔で事実の一端を明かした。
(それって例の三個が原因よね?)
それがあるから増やせないって事だから。
すると母さんは真顔に戻して語り始めた。
「三個は最重要だから仕方ないの。本当は二個だったけど。私の予備も外せないし」
真顔って事は本当に必要な神核なのだろう。
私は訝しげな視線を向けつつ問いかけた。
「重要、ね。あとで絶対教えてよ?」
「ええ、教えるわ。いずれ会うでしょうし」
「「「「会う?」」」」
それはどういう意味だろう?
私達はきょとんとしたまま話を済ませた。
◇ ◇ ◇
〈七月二十三日・午前八時〉
私達は各自の準備を済ませ廊下にて話し合い、
「さて、向かいますか」
「ええ、迎えは無理でも」
「手助けだけは行わないと」
「私も娘を作れば良かった」
「「「その形で?」」」
「う、うっさい!」
私達は自室に入りベッドへと横になる。
私達の留守中は就寝している事になるからね。
自意識を内側に向け憑依体との連動を切る。
私達の神体が外に出たあとの憑依体は睡眠に切り替わり疑似魂魄を発生させる。
それが無いとそこらの雑霊が入り込むから。
『神装を羽織……気のせいかしら? 胸が育ってる? Eはあるわね』
その際に自身の胸を見たら前以上に育っていた。
姉さん達を見ている時に妙な息苦しさがあったのは、それが原因かもしれない。
私達の神体は誰かが成長すると連動するからね。
同一化とも言うが急成長が現れると果菜が合法ロリに変化してしまう。
(今はつるぺったーんが似合う体型だから)
私がそう考えていると壁をすり抜けて、
『つるぺったーんで悪かったな!』
つるぺったーんが胸を揺らして飛んできた。
否、育つだけ育った果菜がきた。
憑依体の作り直しが必要な程に育っていた。
『扉を開けてきなさいよ』
『芽依が余計な事を考えるから』
『いや、私と同じで平面勢じゃない。だから』
『自分で言ってて悲しくならない? それ』
『すっごい悲しいわね、うん』
あとになって辛くなった私だった。
『帰ったら、作り直しね』
『それがいいかも。とはいえ急成長したらしたで言い訳も考えないといけないけど』
果菜はこんな形でも世界中を飛び回る敏腕経営者だ。
成長した理由を真っ先に問われるだろう……特に胸。
各地の顧客の同類婦人達からどのように育ったのかって。
だから私は対面部屋に居る者を例に出す。
『そこは補正下着で潰してしまえばいいわ』
『ああ、結凪のように潰すと』
『そうそう。平面に』
結凪が聞くとツッコミを入れてくる会話を行いながら廊下へ出た。
出たらツッコミが飛んできた。
『潰していないわよ!?』
『『そうだっけ?』』
『単に着痩せしているだけじゃない。選ぶ服次第だもの』
『ああ、そういえば』
『そうだったかも?』
私と果菜はきょとん顔を見合わせ結凪の普段着を思い出す。
ふっくらした身体の線が見えない服装が多いわね。
術着に着替えたら丸わかりなので男性医師からはエロ院長と呼ばれているそうだ。
セクハラ医師が多いのね。あの病院。
すると吹有が遅れて顔を出し、
『どちらにせよ果菜は子供服を改造する必要がありそうだけどね』
果菜の神体をしげしげと眺めて思案していた。
今は同じ身長の同じ体型だから縮尺とか考えないといけないかもね。
『私の服は子供服じゃないよ!?』
『『『特注品には変わりない』』』
『ぐ、ぐぬぬ』
その特注品も自分達で創るのだけど。
余所に依頼出来る代物ではないしね。
家屋を出た私達は縁側で父さんと芋を焼く母さんに手を振りつつ近くの社へと移動する。そこから先が他世界へ繋がる経路なのだ。
一人ずつ神力を練り上げて門を見上げる。
すると吹有がきょとんとした。
『あら? こちらの門は?』
本来は二箇所のはずだが三箇所あった。一箇所は本拠地。
本来ならばそこで過ごさねばならない重要な場所へと繋がっている。
一箇所はこれから向かう管理物の世界だ。
私と結凪は現地に残る者として答えた。
『定期的に母さんが通っている門みたい』
『大量の焼き芋を風呂敷に包んで行商人のようにね。何をしているんだか?』
『また新しく創って管理しているのかしら?』
『母さんの思考回路だけは私も分からないよ』
『『『確かに』』』
そこだけは姉妹揃って同じ事を思うよね。
単純に分からない。それに尽きるのだ。
ともあれ〈名称未確定〉とされた門には触れず〈アスティア〉の門を潜った。
潜った先は閑散としていて、
『ああ、やっぱり』
『酷い有様ね』
埃まみれだった。否、神素まみれね。
私と結凪は周囲を見回した。
『ここらの掃除が先かしら?』
『それもあるわね。広範囲だけど』
『というか、これって』
『ああ、見た感じ蓋が開いているから』
『備蓄分が外に拡散したって事?』
『おそらく』
吹有と果菜は私達が見つめる先で神素備蓄庫の中身を覗いていた。
『蓋が開いていたから、何かと思ったら』
『備蓄分がすっからかんだね。これは何かの拍子に開いたのかな?』
『さぁ? 姉さんが閉め忘れたとか?』
『それは無いんじゃない。無駄が大嫌いな実依も居るんだし』
『そうよね。一体何があったのかしら?』
『というか、隣の予備庫まで消えているから、かなり不味いね』
『このまま補充しておきましょうか?』
『うん。全属性に属性変換して』
そのまま備蓄庫へと二人分の最大量神力を属性変換と神素変換を経由して注ぎ入れていた。元々は三人分が収まる分量だからそれでも足りないみたいだけど。
私達は二人を眺めつつハンディータイプの掃除機を創り少しずつ片付けを始めた。
『こちらを片付けて追加した方がいいわね』
『そうね。こういう時、実依が居てくれたらって思うけど』
『分かる。旋風で巻き上げて一括補填ってね』
『風魔法が苦手なのよね、私』
『私もよ。得意なのは自身の属性だけね』
創造は全員得意だが魔法に関しては私達四人は得意属性以外は苦手だった。
例外は魔導神の結依と知識神の姉さん。
器用貧乏な素材神の実依だけだ。
あの三人は三姉妹というだけあって技術的に苦手な事が全く存在しない。
強いて言えば互いを苦手とする部分だけだ。
『お尻が弱点なのは私達も同じだけど』
『実菜は実依の揉み方が苦手』
『結依は実菜の揉み方が苦手』
『実依は結依の揉み方が苦手』
『まさに三竦みよね』
『互いを牽制する時とか、抑える時だけ』
『強引に揉んで、恥辱を与えているけど』
その恥辱の中にはとんでもない行為もある。
『実依が行うガーベラの一輪挿し』
『姉さんが実依を怖がる一端よね』
『私達の神体では機能しない部分でも』
『一応は存在するから、あてがう的な』
私達の神体は消化機能が存在しない。
食べた物がそのまま神力に変換されるのでお腹に溜まる事が無い。
それは水分とて同じでありトイレの必要性が皆無だった。
憑依体では擬似的に動かして経験しているけどね。行かないと不審がられるし。
姉さん達は行くフリして即座に出るらしい。
『幸い、憑依体では行わないけどね』
『行ったら、私の出番になるもの』
『入院させて手術して時間停止後に』
『新しい憑依体で退院させるわよ』
結凪なんて職業柄、各種検査があるので疑われない程度に人体に近い状態で維持しているという。私も結凪も娘を孕む前は例外的に近しい状態から完全状態を経験したけど。
それは備蓄庫の蓋を閉じる吹有も含む。
ある程度の掃除を終えると地面が見えてきた。
『これくらいでいいでしょ』
『そうね。でも、一体なんで蓋が?』
すると吹有と果菜が掃除を終えた私達の元に戻ってきた。
『こればかりは父さんでも分からないわよね』
『彷徨いていた記録が残っていたから助かった』
どうも今回の件の原因が判明したようだ。
私と結凪は掃除機片手に問いかける。
『『開けていたって?』』
『三バカ男に股を開いた子が一番の原因よ』
吹有の呆れを聞いた私と結凪はきょとんと顔を見合わせた。
『『は?』』
補足は焼き芋を取り出して薄皮を剥き始めた果菜が行った。
『その子が封印後に興味津々で開いていたみたい。閉じる事もせず下界に降りて転生したと』
薄皮を全属性の神素還元させながら。
『『ほ、他の子は?』』
『他の子は見て回るだけだったみたい。そのまま興味津々な子と共に下界へ降りていったよ』
だから、およそ十六年という短期間ですっからかんになっていたのね。
数千年分の神素が一瞬で消え去るレベルで。
『ね、姉さんの悪い面が』
『ええ、出ている結果ね』
知識神の特性が封印しても出てくるとはね。




