第八十七話 シードラゴン退治
サマーニの政庁に着いた俺たちは、早速、領主のカルロビス公に面会を申し入れた。
俺はまだ着任して日は浅いが、それでも一応『王国大宰相』だ。
すぐに領主に会わせてもらえると思っていたのだが、何と控えの間で、思った以上に待たされることになった。
挙句の果てに、カルロビス公はシードラゴンへの対応に多忙を極めているので家臣が応対すると伝えられ、エレオナオスと名乗る老齢の家老が俺たちの前に現れた。
「はるばる王都からサマーニのためにお出でいただいたのに、何しろ緊急事態ですので大した歓迎もできず、また、領主が対応できないこと、大変申し訳ございません」
家老はそう言って俺たちに謝ってきたが、いくら忙しいと言ったって、挨拶なんてほんの数分のことだ。
別に歓迎してほしいと思っているわけではないが、一介の冒険者が報酬を貰ってシードラゴンを退治するのでもないのにと、あまりに呆れて怒りも沸いてこない。
まあ、NPC相手に腹を立てても仕方がないしと、俺はもう、淡々とシードラゴンを退治することにした。
それでもエレオナオス家老は俺たちにお茶を勧めてくれ、問題になっているシードラゴンについて、その目撃地点や想定される大きさなど、基本的な情報も要領よく提供してくれた。
そして、おおよその説明が終わると「ご質問があれば何なりと」と言ってくれる。
「では、お言葉に甘えて」と前置きした上で、俺は、
「陸ではモンスターは現れなくなっているのに、海では相変わらずなのですか?」
まず初めに、一番の疑問をエレオナオス家老に当ててみた。
「はい。魔王が倒されたときも、その後、エンシェント・ドラゴンが倒されたときも、陸では魔物が現れなくなりましたが、海では何の変化もありません。
海の中には以前同様、今回のシードラゴンをはじめとする魔物がのさばっております」
彼の答えによれば、どうやら海の中は大地の上とは違う法則に支配されているようだ。
よく考えてみれば『ドラゴン・クレスタ』では、船に乗ることも含め、海面や海中を行くことはなかった。
俺たちがチヤナカラ海峡を船で渡ったのって、実はかなり危険な行為だったのかもしれない。
(そもそも海って、この世界ではどういう存在なんだ?)
俺はこの世界の海について考えを巡らせる。
アマーサの町へ向かう途中、海岸のすぐ側を通る街道から海を見ているはずなのだが、特に違和感を覚えた記憶はない。
エディルナが海の水は塩辛いと言っていた気がするし、そういう面では、前の世界の海とほとんど変わらないようだ。
そうなるとやっぱり、この世界は球体なのだろうか。
よくゲームであるタイプの、右に進んで端を越えると左の端から出て来て、上に進むと同様に下から出てくるのは、球ではなくてトーラスと呼ばれるドーナツ型だと聞いたことがあるが、球やドーナツならまだいい。
どこかで世界の果てに到達して、そこから虚無の世界とか、とんでもない所へと落下してしまう可能性だってあり得ないとは言えないだろう。
何しろここは、前の世界では矛盾になるようなことでも、魔法でかなり解決できてしまう異世界だからな。
そんなことを考えて俺が黙っていると、エディルナが続けて、エレオナオス家老に質問していた。
「シードラゴンがチヤナカラ海峡に現れることって、よくあるのかな?」
「いえ。この海峡は奴らの主な食料である魚なども豊富ですが、何しろ潮の流れが複雑でしかも速いので。
奴らは利口ですから、海峡の中まで入って来ることはまずありません。ですが、月に何回かある潮の流れがなくなってしまう時なんかに、迷い込んでしまう奴が数年から十年に一回くらいはいるのです」
そう答える家老の言葉を聞いて、俺たちが海峡を渡った新月の夜が、最も危険な時間帯だったことを知って、俺は背中に薄ら寒いものを覚えた。
エディルナに続けて、今度はアリアが質問してくれる。
「それで、これまではシードラゴンにどのように対処されていたのですか?」
彼女の問い掛けに、エレオナオスは苦悶の表情を浮かべ、
「町の最も東に位置するチジャム岬の突端に生贄の乙女を縛っておいて、それを襲ってきたシードラゴンを全力で倒すのです。失敗することもままあるのですが」
どうやらその際には、バリスタなどの大型の兵器も用いるようだが、それにしたって酷い対処方法だ。
いつも温和なアリアでさえ、一瞬ではあるが、嫌悪が隠し切れない表情を見せた。
そう言えば、確か魔族を騙って『生贄の乙女』を要求していた盗賊がいたのは、この町の近くだったはずだ。
この辺りでは生贄の乙女が流行っているのかと思ったが、逆に、こういったことがサマーニで行われてきたから、盗賊たちもそんなことを思いついたのかもしれない。
やっぱり生贄が俺みたいなおっさんだったら、シードラゴンも食指を動かさないのだろうなと、そんなことを考えながらも、俺は今回現れたシードラゴンを退治するだけでなく、もっと抜本的な対応をする必要性を感じていた。
政庁からエレオナオス家老に案内してもらい、町の東端にあるチジャム岬へと歩む道すがら、俺は小声でカルロビス公について愚痴をこぼしていた。
以前、同じ様な目にあったはずのアンヴェルに同意を求めたのだ。
「はははっ。サマーニは王都への対抗意識が強い土地だから、こうした対応も仕方がないね。
王都に救援を求めたのだって、いい顔をしない領民は多いだろうし、まして王都からきた僕たちを諸手を上げて歓迎したことが知れたら、領主は一気に領民たちの支持を失うかもしれない。そのあたりはこちらが配慮してあげるしかないだろうね」
だが、アンヴェルは俺の愚痴をそう笑い飛ばすようにして、急に大人の対応を示したので、それには俺の方が鼻白んでしまった。
大きな声で言うものだからエレオナオス家老も驚いて、さすがに苦笑いをしている。
前回来た時には、彼が一番、カルロビス公の対応に不満を顕わにしていたのに、この変わりようは何なのだろう。
所詮は自分が当事者にならなければ、こんなものなのかと思えてしまう。
いや、あの時はやはり、魔王討伐という重責が彼の心にのしかかっていたからなのかもしれない。それ以外で、もっとありそうなのは、女神が彼に何らかの干渉をしていた可能性だ。
鷹揚で物事に拘らない好青年という評判に偽りはなかったのだなと、今の彼を見ているとそう思える。
(好青年で、将来を嘱望される近衛騎士で、愛してくれる可愛らしい婚約者がいて……。あー! 何かイライラする!)
俺がそう思ってアンヴェルを見ていると、逆にアグナユディテがそんな俺を見て、ため息をついているようだった。
やっぱり彼女には、俺の心を見透かされてしまうようだ。
カルロビス公の応接がどうあれ、俺は今回、シードラゴンを早々に退治してしまう気になっていた。
シードラゴンの実力は未知数だが、大型の兵器を使用するとはいえ、普段はサマーニの兵士たちで対処できるくらいなのだから、このメンバーならそれほど苦労するとは思えない。
(ただ、奴は広い海に逃げ込むことができるんだよな)
そのことは考慮に入れなければならないし、もっと重要なのは、ここで一頭のシードラゴンを退治したところで、そのうちまた同じような事態が起こりうるということだ。
「先生。対魔族の結界は魔物にも有効ですよね」
俺がそうトゥルタークに聞くと彼は、
「おっ。アスマットもそこに気がついておったか。まあよい。あれは別に魔族専用というわけではないからの。もちろん大型の魔物にも対応できるぞ」
そう言って、俺の考えを肯定してくれる。
師である彼に認められたように感じて、俺はここへ来てからの鬱々とした気分が一気に晴れた気がした。
俺って、自己肯定感が低いからなのか、こうして、たまに自分の意見が承認されると嬉しくなってしまうんだよな。
そうして話しているうちに、俺たちは町の東の端に切り立った崖の上に到着した。どうやらここが生贄を捧げるチジャム岬らしい。
「シードラゴンが現れると、この先から崖を下った場所にあるくぼみに生贄の乙女を捧げるのです。生贄と言ってももちろん、むざむざと奴らに襲われるに任せるわけではありませんが。
今回は王都へ救援を依頼しましたので、何も用意しておりません」
そう言うエレオナオス家老の言葉に、俺以外の皆は突端から下を覗き込んで、
「あの場所がそうかしら?」
「いや。少し狭いのではないか? あの岩の上ではないかと思うが」
などと話している。
「ここで話していても埒が明かないな。さっさと海面まで下りてしまうぞ」
俺がそう言うと、皆が俺の方を振り向いた。
ベルティラがまた俺を見てニヤニヤしているような気がしたが、俺は気づかないふりをして、そのままパーティーの全員に『レビテーション』の魔法を掛け、ゆっくりと海の上まで降ろしていった。
「で、アマン。これからどうするの?」
海面まで下りると、アグナユディテがそう聞いてきた。
ここから見ると、崖になった岬の下、海面のすぐ上に岩がくぼんだ部分がはっきりと見える。
おそらくあそこが生贄の乙女を捧げる場所なのだろう。
海では陸とは違う法則に支配されているようだから、今ひとつ自信はないのだが、エルフのアグナユディテがいるのだから、俺はすぐに奴が姿を現わすのではないかと思っていた。
大きな声では言えないが、実は今回は彼女が、生贄の乙女の役割を果たしているのだ。
エルフの乙女が生贄だなんて、いかにもな設定だと思うが。
そんなことを考えていると……。
ザバーン!
大きな音とともに海面を割って、巨大なシードラゴンが俺たちに襲い掛かってきた。
だが、こうなることを予想して準備していた俺の魔法防御を破ることができず、奴はそのまま海中へと戻って行こうとする。
「アイシクル・ストーム!」
その瞬間、トゥルタークの魔法が炸裂し、海面に氷雪の嵐が吹き荒れ、奴が戻ろうとしていた地点の海面を一気に凍り付かせていく。
一瞬、逃げられたかと思ったが、トゥルタークが海面に張った氷は俺が思っていた以上の厚さがあるらしく、奴は身体の後半分を氷で閉ざされ、海の中に逃げ込むことができないようだ。
それでも奴は暴れて氷から逃れようとするが……、
「ヴァディーヨ ヴォキュモーフィ トゥペワーラ 刮目せよ! 開闢以来繋がれし、冥闇の桎梏より、将に解き放たれんとす、昏き宿命の真円よ、遮る者尽く覆滅せよ!」
俺はかなり早口で闇魔法の呪文を唱え、何とか奴が氷を破る前に発動させた。
「ダークネス・アポカリプス!!」
暗黒の刃を宿した円環が、暴れる奴の身体を文字通り両断し、この戦いは、俺たちの勝利で終わったはずだった。
だが……、
ザッパーン!!
先ほどよりさらに大きな水音に俺たちが驚いて振り返ると、そこには、海面をジャンプする巨大な白い鯨に似た魔物の姿があった。




