第八十三話 王国大宰相
ティファーナ嬢へのアンヴェルのプロポーズを目の当たりにして、アグナユディテとベルティラは感動を隠せないようだ。
二人とも頬を染め、目も何となく潤んでいるように見える。
まあ、愛する人からプロポーズされるって、女性からしたら憧れのシーンなのだろうな。
それにアンヴェルはかなりの偉丈夫で、ティファーナ嬢も可愛らしい容姿をしているから、おとぎ話の王子様とお姫様と言っても、それほど違和感はないくらいだし。
絵になるシーンであることは間違いない。
「やっぱりアンヴェルは英雄の末裔なのね。あの決断力は素晴らしいわね」
「お前もそう思うか。それに比べると、確かに『我が主』には優柔不断な面があるからな」
アンヴェルの評価が高まるのはいいとして、何だかそれに反比例して、俺の評価が下がっている気がする。
「ベルティラ・デュクラン。奇遇ね。私もそう思っていたわ」
「エルフのお前と意見が一致するとは本意ではないが、このことに関しては、それも仕方がないのだろうな」
せっかくのいいシーンなのに、俺にはこういう跳ね返り方しかしないのは、やっぱり俺がこの手のリア充的なイベントとの相性が、最悪だからなのだろう。
四十年以上の蓄積は、そう簡単には拭い去れないのだ。
人生最高の感激の余韻にたっぷりと浸り、ふたりの時間を存分に楽しんだ後、ティファーナ嬢はそれでもやっと俺たちの存在に気づいてくれた。
アンヴェルが「三人とも、悪かったね」と、さすがに少し照れくさそうに俺たちの方を向いて言ったからなのだが。
いやもう、完全にふたりだけの世界に入り込んでいたから、このまま俺たちを置いてハネムーンに出掛けてしまうのではないかと心配していたくらいだ。
「いいえ。幸せそうな二人を見られて私も嬉しかったわ。ごちそうさま」
アグナユディテはそういたずらっぽく笑い掛けるし、
「二人とも良かったな。本当におめでとう。私もあやかりたいものだ」
ベルティラでさえ、そう言って嬉しそうだ。
ダークエルフなのだから、「天国の時間は短いぞ。その後は長く続く地獄が待っているのだ」くらい言ってやればいいのに。
ダメだ。俺だって幸せそうなアンヴェルを見て嬉しいはずなのに、この沸々と湧きあがる昏い感情は何なのだ。俺はこのまま闇墜ちしてしまいそうだ。
「旦那様も、妻である私が王国の繁栄に貢献することを望まれるようですから、私、もう一度、出仕してもよろしいですわ」
ティファーナ嬢は俺に向かってそう言ってくれた。
一瞬、彼女に俺の昏い感情に気づかれたのかと思ったが、彼女は微笑みを浮かべ、潤んだ瞳はまだまだ二人の世界からの帰還を完全には果たしていないように見えるので、大丈夫そうだ。
今なら大概のことは、お願いすれば承知してくれそうな気がする。
そして、アンヴェルは彼女の中では、早くも『お兄様』から『旦那様』に昇格したようだ。
何となく彼女のキャラクターだと『ダーリン』とか呼ぶのかと思っていたが、俺の予想は外れたようだ。本当にどうでもいいことだが。
まあ、経緯はどうあれ、取り敢えず女王様からの依頼を果たせそうだと思って、俺は少しホッとした。だが、それはまだ早計だったようだ。
「ですが、これまで通りという訳にはまいりませんわ。これまでの私には、王国の政治に携わる以外にすることもありませんでしたから、ほとんどすべての時間をそのために捧げて参りました。
でも、今はなにより大切な旦那様が私の側にいてくださるのですから、一緒に過ごす時間がたくさん必要なのです」
それでも宰相府の混乱が収まる程度、彼女が出て来てくれれば、まあ、任務完遂だよなと俺は思ったのだが。
「ですから一部にせよ、私の代わりを務めてくださる方が必要なのです。そして、それは大公閣下が適任だと思っております」
彼女は突然そう言い出した。
(俺が宰相府の一員になる?)
いや、そんなこと絶対に無理だ。
今でさえ、カーブガーズの統治に四苦八苦しているのに、この上、王国の政治に携わるなんて、俺にできるとは思えない。
これ以上、忙しくなったら、何のための異世界生活なのか。
別にスローライフとまでは言わないけれど、俺だってもう少し余裕のある生活がしたい。
まして、好きでもない王都で、俺のことを良く思っていないであろう大貴族たちと関わるなんて、俺の方が「御免ですわ」なのだ。
「それは良い考えだな。『我が主』の領地からの送り迎えは私が担当しよう」
だが、何故かベルティラは乗り気で、そんなことを言い出した。
この裏切り者めと思ったが、俺はまだ自分の意思を表明していないから、別に彼女が俺に敵対した訳ではない。
ティファーナ嬢に復帰してもらって、尚且つ、俺が楽をできる方法が思い浮かばなくて黙っていただけだ。
この程度の知恵もない俺に、宰相府での仕事が務まるとは思えないのだが。
「失礼ながら、大公閣下は臣下にお任せになることがあまりお得意ではないご様子とお見受けいたします。
もう少し臣下を信頼なさって、お任せになることが、大領を治める要諦かと存じますわ」
黙っている俺を、ティファーナ嬢はそう言って詰めてきた。
何で四十歳過ぎの俺が、自分の娘くらいの年齢の彼女に「統治の要諦」を説かれているのかと思ったが、彼女はエルクサンブルクという大きな領地を持つ大貴族家の生まれだし、ずっと間近にそういった様々なことを見てきているのだろう。
「アマンがその知識でティファーナを助けてくれるのなら、こんなに心強いことはないな。大変なのは承知しているが、何とかそうしてもらえないかな」
アンヴェルにもそう言われてしまう。
俺の持っている知識なんてゲームのそれだから、魔王バセリスの討伐には役に立ったが、それ以外には通用しないと思うのだが。
「旦那様もそうおっしゃってくださるなんて。やっぱり私たち、考えることも一緒ですのね。明日にも女王陛下にそう具申して、大公閣下を宰相府へお迎えするようにいたしますわ」
ティファーナ嬢はアンヴェルの言葉にまた、目を潤ませて喜んでしまうし、俺の逃げ道はそうして次々と塞がれていくようだった。
とにかく翌日、ティファーナ様には俺と共に女王様に謁見してもらい、宰相府への復帰を報告してもらうことにした。
彼女はその席で、俺の出仕を提案しようと考えているようだった。
シュタウリンゲン家の屋敷ではどうにも分が悪かった俺だが、あそこなら、彼女の提案に反対しそうな方々がたくさんいらっしゃるからなと、俺は思っていた。
成り上がり者の俺なんかと同列に扱われることに耐えられない高貴な方たちが、何としてでも阻止しようと動くだろうと考えたのだ。
だが、次の日、王宮の謁見の間で俺はさらに逃げ場を失うことになった。
「大公が宰相府の一員では役不足でしょう。そうは思われませんか?」
女王様はティファーナ様の提案に、そう難色を示されたのだ。
俺は一瞬、(さすが女王様。俺の心をよく理解してくださっている。本当は役不足ではなく、俺の力不足なんだけどね)と思ったのだが、実は女王様は俺の心をまったく理解してくださっていないことに、その直後に気づかされた。
「長く欠員の定めとなっていた王国大宰相の職を復活させましょう。それならば、大公が就いても問題はないでしょう」
(えっ。大宰相って、とても偉そうなんだけど)
俺が、思わずそう口に出しそうになったのを、何とか押しとどめていると、女王様の右手に並ぶ俺の正面にいた大貴族と思しき恰幅のよい中年の男性が声を上げた。
「陛下。お待ちください。王国大宰相の職は、畏れ多くも王国中興の祖と呼ばれるファーランフェン二世陛下が王太子殿下であらせられた時にご就任されていた、由緒ある特別なお役目。それ以降、欠員とすることが慣例となっております」
そう反論する彼に、俺は、
(そうだ。そうだ。そんなとんでもない役職に、俺なんかが就いていいはずがない。もっと言ってやれ)
と思ったが、こうして前例とか慣習とかを持ち出す貴族たちに、俺が共感を覚えたことなんて、今まであっただろうか。
だが、その恰幅の良い男性から三人目に並んだ若い男性が、そんな俺の希望を打ち砕こうと、よく通る大きな声で発言した。
「カーブガーズ大公は、まさに近来稀に見る破天荒な活躍をなされた方。魔王を打ち倒し、古竜王から王都を守り、さらに大公の開かれた新領土からは魔法石の鉱脈が見つかるなど、王国の発展に対する寄与も著しいものです。
そんなこれまでにない功績を上げられた大公に対して、これまで通りと慣例を持ち出すのは如何なものかと」
ハルトカール・フォータリフェン公子はそう言った後、俺に向かって片目を瞑って見せる。
いや、ウィンクなんかしてもらっても嬉しくないから。




