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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第一部 第一章 魔王バセリス
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第九話 エルフの森

 ミセラーナ王女が王都に戻り王宮のバルコニーに姿を見せると、久しぶりの良いニュースに王都はちょっとしたお祭り騒ぎになった。


 公式には王女が視察に訪れたエスヒシェキールの町に王女を狙って魔族が現われ、それを俺たちが撃退したということになっている。


 いきなり王女様が魔族に攫われて、猫に姿を変えられていましたというのでは、あまりに刺激的過ぎて王都の民の動揺も激しいだろうし、ある程度の方便は仕方がないのかもしれない。

 もっとも人の口に戸は立てられないので、そのうち本当のことが知れ渡るかもしれないが。


 それよりもミセラーナ王女を魔族から救ったのが、英雄バルトリヒの血を引くアンヴェルだったということに王都の民衆は熱狂していた。

 バルトリヒの後裔がいれば魔族も恐るるに足らずと、少し安心感を与えることができたようだ。


「王女様もお戻りになり、王は魔族への反攻を考えておいででしょう。そして王が魔王討伐をお命じになるのは、魔王と戦った英雄の末裔であるシュタウリンゲン様をおいて他にはありません」


 俺はあらためてアンヴェルにそう言って、そのまま続けて「できれば私も魔王との戦いに同行させていただきたいと思います」とお願いした。


 これがゲームの本来の目的であり、そうすることでトゥルタークの遺志を果たすことにもなるのだ。


「ここでおさらばして、これから息をひそめて暮らすってのは、わたしの性に合わないし、今のところ運も味方についているみたいだからな。わたしも行くよ」


「魔王か。命懸けの相手とはこのことだったのだな。まあ、相手にとって不足はない」


 エディルナとリューリットはそう言ってくれた。


「敬虔な信徒たちを苦しめる魔族を神がお許しになるはずがありません。私がお役に立つのでしたら共に戦わせていただきます。それが神のお望みになられることでしょう」


 そして、アリアもそう言って同行を申し出てくれた。



「それで、私にひとつ提案があるのですが」


 皆の視線が俺に集まる。


「エルフ族に協力してもらいましょう」


 そう続けた俺の言葉にアンヴェルは、興醒めしたといった表情を見せる。


「いや。おそらく奴らは協力してはくれまい。それに亜人風情に頭を下げて、助力など頼めるものか」


「ですが彼らは優秀な射手で、精霊魔法も使えます。知覚も人より鋭敏ですし、きっと助けになるでしょう」


 なおも俺はそう言って食い下がったが、


「奴らは臆病な小動物みたいなものだからな。敵の気配を察知して逃げ出すのも上手いだろう。パーティーメンバーにはお互いの信頼が最も大切だ。決戦を前に臆病風に吹かれ、仲間を置いて逃げ出すような連中を信用できるか」


 アンヴェルは思った以上に強硬だ。


「私は師であるトゥルタークから、エルフ族を訪ねるよう指示を受けています。できればそれを果たしたいのですが」


 今度は遠慮がちにそう言ってみた。


「なら、君が行って、彼らに会って頼んでみるんだな。さっき君が言ったように僕は王からいつ謁見を賜るかもしれない。あまり王都から離れたくないんだ」


 彼はあくまでエルフの森へは同行する気はないようだ。


「ですが集団戦の連携の確認や、なにより敵と戦う鍛錬を道中にできるのではないかと思うのですが」


 俺はパーティーの全員で行動を共にする利点を挙げてみた。


「確かにそれは必要だな。だが、そのためになにも王都から遠く離れる必要もあるまい。王都の側にも、そういった鍛錬に向いた場所もある。『はじまりの迷宮』なんてどうだ?」


「あの英雄バルトリヒが初めて魔物を退治し、彼の英雄譚のはじまりになったという伝説のダンジョンかい」


 アンヴェルの言葉に、冒険者であるエディルナが反応した。


「そうだ。僕たちが鍛錬を積むのにぴったりの場所だと思わないか?」


(『はじまりの迷宮』ってそう言う由来だったんだ。てっきりゲームが始まってすぐの迷宮だからかと思っていた)


 俺がそう考えて少し黙っていたのを諦めたと思ったのか、


「そういうことで、僕たちは王都で待っているから、君はトゥルタークの遺命とやらを済ませてきてくれ」


 アンヴェルに結論らしきものをまとめられてしまった。


 やれやれ、また俺ひとりでパーティーメンバーを連れてくるのかと思ったが、アンヴェルは簡単に動きそうにない。

 ここで待っていても詮無いことなので、諦めのいい俺は、ひとりでエルフの森に向かうことにしたのだった。



 エルフの森は王都から北に五、六日の場所にある大きな森だ。


三百年前までは、エルフ以外の者が入ると道に迷うという言い伝えがあり、人間には禁忌とされていた森だ。

 だが、三百年前の魔王との戦いにエルフ族は人と協力し、その後、森を開放したと言われている。


 五日ほど歩き、俺はエルフの森まであと少しというところまで近づいていた。


 草原だった街道の左右にだんだんと灌木が増えてきたかと思うと、いつの間にか道は疎林の中を縫うようにくねくねと走るようになっていた。

 道幅も狭くなり、かろうじて下草の少ない場所が細々と続くほとんどけもの道のようなものだ。


 まばらな樹木の間に射す日の光を金色に反射するものに気づいて、俺は目を凝らした。


(ん。あそこにいるのはもしかしてエルフか? ゲームでもそういう設定だったけれど、やっぱりすごく綺麗みたいだな)


 少し近づくと、特徴的な先の尖った耳が目に入る。

 金色に光ったのは髪だったのだろう。エルフの女性ようだ。


「隠れてこちらを(うかが)っているのはだれ!」


(うわっ。見つかった)


 別に隠れていたわけではないが、美しい姿に見とれていた面があることは否定できないので、俺はかなり驚いた。だが、何とか気を落ち着かせて答えた。


「怪しい者ではありません。エルフの森に向かう旅の者です」


 こちらに向き直った姿を改めて見ると本当にきれいだ。

 透き通るような白い肌は象牙のようで、手足は細く長い。深いエメラルドグリーンの大きな瞳が真っ直ぐに俺を見ている。

 だが、少し薄く形の良い唇から放たれた言葉は、とても友好的とは言えないものだった。


「とりあえず魔族やモンスターではないようだけれど。ここは人間が立ち入っていい場所ではないわ。速やかに立ち去りなさい」


「いや。俺はあなたたちの森に……」


 そう話そうとする間に、エルフは急に眼を細めて険しい表情になった。


「待ちなさい。あなたの背中から強い力を感じるわ。背嚢(はいのう)に何か隠しているわね」


 いつの間にそうしたのか、すごい早業で弓を引きしぼり、俺に狙いを定めている。


 射られてはかなわないので、ゆっくりとバッグパックを外し、中身を見せる。


「それはグリューネヴァルトの至宝、光のオーブ。なぜあなたがそれを持っているの」


「いや。これは譲り受けたもので……」


 エルフの至宝と聞いて俺は少し動揺してしまった。我ながら怪しげな回答をしたと思う。


「そんな言い訳、信じると思う? 嘘ならもっと上手くついたらどうなの。光のオーブは世界に三つしかないのよ」


 案の定、エルフは疑いを深めたようだ。弓を引き絞る腕にさらに力が加わり、今にも矢が放たれそうだ。このままだと俺はエルフの宝を盗んだ犯人にされてしまいそうだ。

 どうも俺は、どこに行っても犯罪者扱いされるきらいがあるらしい。


「話し合いはできそうにないな」


 俺は矢から身を守るため、素早く「シンプルガード」の呪文を唱え、エルフから距離を取る。


「魔法使い!」


 今日は旅装でローブを着ていなかったのが幸いしたようだ。初めから魔法使いと分かっていれば、呪文を唱える間を与えてはもらえなかったかもしれない。


「待ちなさい! オーブを持ったままどこへ逃げる気?」


「いや、逃げるわけでは……」


「いいわ。逃げられると思うなら逃げてみなさい。でも、あなたがどう逃げようとも、どこまでも追いかけてみせる。鈍重な人間がエルフから逃げきれると思わないことね」


 いや、もともと俺の目的はエルフの森を訪れて先生から託されたこのオーブを渡し、できれば魔王との戦いにエルフ族の力を借りることだ。

 ここでエルフから逃げる意味が分からない。


「じゃあ、君がそのグリューネヴァルトまで案内してくれないか? そうしてもらえると俺も助かるんだが」


「何を言っているの。エルフの森に人間を入れるわけないじゃない」


「このオーブを君に渡してもか? これは君たちの宝なんだろう?」


 俺はそう言って『光のオーブ』を彼女に差し出す。


 エルフは警戒し、弓を引き絞ったままゆっくりと俺に近づいてきた。そして彼女の口から小さく歌うような声がこぼれる。


「シャーマフォエファ リョフォム ニューコロア シルフィーティ」


 すると俺の周りに不自然な空気の流れが起こり、オーブがふわりと宙に浮いた。


「精霊魔法か!」


 光のオーブは宙に浮いたまま、ゆっくりとエルフに引き寄せられていく。彼女は弓を下げるとオーブをしっかりと両手で受けた。


「えらく神妙ね」


 エルフはまだ警戒心を解いていないようだが、とりあえず話すくらいはできそうだ。


「そのオーブは俺の魔術の先生である大賢者トゥルタークから譲り受けたものだ。先生からは、それをエルフに返すように言われている」


 俺の口から大賢者の名前が出ると、彼女の形よく整った眉がピンと跳ね上がった。


「あなたの先生が、あの偉大な大賢者トゥルターク? ときどきいるのよね。そういう人。大賢者が『森の民の最も親しき友人』と呼ばれていることをどこで知ったのかしら? 大賢者に弟子がいるなんて聞いたこともないわ」


 残念ながら、彼女はかえって疑いを濃くしたようだ。


「素直にオーブを渡したのに、まだ疑うのか? ほら。先生からの紹介状もあるぞ」


 俺はトゥルタークから預かった彼からエルフの長に宛てた手紙を彼女に見せる。


 彼女はそれをひったくる様に受け取ると俺から素早く離れ、表に書かれた宛名を読んでいた。


「宛名は間違っていないわね。でも、こんなもの見せられても、私に大賢者からの紹介状の真贋(しんがん)なんて判らない。

 仕方ない。そこまで言うのならグリューネヴァルトに連れて行ってあげる。でも、嘘だったらただでは済まないから、白状するなら今のうちよ」



 エルフについてしばらく歩いていくと、森の中に木々を利用した建物が見えてくる。外からみると簡素だが清潔そうで、意外と快適に暮らせるのかもしれない。


 だが、そこは俺の想像していた静かなエルフの森のイメージとは違い、何人ものエルフたちが慌ただしく駆け回っていた。中には弓などの武器を手にしている者もいるようだ。

 ここまで俺を案内したエルフの女性も、ただならぬ雰囲気を感じ取ったようだ。


「カルロ。何かあったの?」


 彼女は近くを通りかかったエルフの男性に声を掛ける。


「ああ、ユディ。森から戻ったのか……。いやそれどころじゃない! 大事件だ! 光のオーブが盗まれたんだ!」


(えっ。今の名前だよね?)


 俺がユディと呼ばれたエルフの顔に目をやると、彼女の表情は先ほど森で見た厳しいものになって、素早い動きで俺から離れると、また弓を引き絞った。


「カルロ。盗人はそいつよ! 魔法使いだから気をつけて!」


 カルロと呼ばれたエルフも俺に弓を向け、今にも矢を放ちそうだ。

 俺は両手を挙げ、抵抗する意思がないことを示しながら説得を試みる。


「いや。だからオーブは譲り受けたものだと、さっきから言っているじゃないか」


 せっかくエルフの森に入ることができたのに、これではまた堂々巡りだ。


「黙れ! 光のオーブはこの世界に三つしかないのだぞ。そう都合よく現れるものか!」


(いや。俺の方が驚きなんですけど。そう都合よく盗まれますか?)


 魔法を警戒したのか、二人は弓を引き絞ったまま近づいては来ない。



 だが、騒ぎを聞きつけたのか大きな集団が俺たちに近づいてくる。

 あの人数に囲まれれば、もう逃げるチャンスはなさそうだ。ここで捕まったら、どんな目に遭わされるのだろうという思いがチラリと頭をかすめる。


「いったいどうしたのです? なんの騒ぎですか?」


 その集団の先頭にいた、繊細な模様が美しいマントを優雅に羽織った男のエルフが、そう声をかけてくる。

 彼の頭には植物を模した緑色の冠が光っており、かなり地位の高いエルフのように思われた。

 彼の周りのエルフたちも恭しい態度で接している。


「盗まれたオーブを取り返しました。盗んだのはそいつです」


 ユディと呼ばれたエルフが懐から俺がさっき渡したオーブを出すと、ひとりのエルフが近寄ってそのオーブを受け取り、冠をしたエルフに渡す。


「これは驚いた。このオーブは盗まれたものではありません。私が古い友人に託したもの。あなたはこれをどこで手に入れたのです?」


 周りに集まったエルフも一様に驚いた顔をしている。俺は手を挙げたまま答えた。


「そのオーブは私の魔術の先生である大賢者トゥルタークから譲り受けたものです! 先生からエルフの長に宛てた手紙もあります!」


 両手を挙げたまま大きな声で答えるのは、みっともない気もしたが仕方がない。さっきからずっとそう言っていますと付け加えたいところだが、我慢した。


 ユディと呼ばれたエルフが、慌てて俺が渡した手紙を冠をしたエルフに差し出す。

 彼は渡された手紙の宛名と裏書きを一瞥すると、笑顔を見せる。


「わたしはアルプナンディア。あなたの師、大賢者トゥルタークの古い友人です。この光のオーブは確かに三百年前、私が彼に託したもの。わが一族の者が失礼をしたね」


 本当に失礼をされましたと思ったが、とりあえず犯罪者として濡れ衣を着せられることは回避できたようで安堵した。


「この懐かしい筆跡はまごうことなくわが友、トゥルタークのもの。彼もやっと弟子をとる気になったのですね」


 そう言って先生の手紙を読みだしたアルプナンディアの表情が、だんだんと厳しいものになる。


「わが友は私を残して去っていったようですね。私がこの手紙を読むころには、自分はこの世にはいないだろうと記しています。そして、自分にしてくれたように弟子のアスマット・アマンにしてやってほしいとも」


 アルプナンディアの顔は寂しそうだった。


「アルプナンディア様。そのオーブが盗まれたものではないとなると大至急、盗まれたオーブを取り戻さなければ……」


 ひとりのエルフがアルプナンディアにそう進言していたが、濡れ衣が晴れ、やっと落ち着くことができた俺は『ドラゴン・クレスタ』序盤のクエストを思い出していた。



 エルフの森を訪れ、魔王討伐の援軍を請うと、代わりに盗まれた光のオーブの探索を依頼されるのだ。


 ゲームではまず、蠢動(しゅんどう)を始めた魔族が事件を起こしたことを確認してエルフに説明し、隣り町メルスィンで情報を集めて魔族が拠点にしている建物を特定し、地下室を急襲して盗まれた光のオーブの隠し場所を突き止め、メルスィン郊外の炎の洞窟で魔族を倒してオーブを奪還してエルフに返すのだった。


「光のオーブを盗んだのは魔族です。オーブはメルスィンの町の郊外の炎の洞窟にあり、盗み出した魔族が守っています」


 俺がそう言うと、アルプナンディアは俺の顔をまじまじと見て、また少し驚いた表情になった。


「ほう。命の精霊の働きを見るに、あなたはかなり変わっていますね。どうやら不思議な力をお持ちのようだ」


 アルプナンディアはそう言ってくれたが、彼以外のエルフは疑わし気な表情だ。


 さきほど俺が提供した情報が本当なら、俺は魔族の仲間など彼らに近しい者だろうし、逆にエルフ族を混乱させたり、罠に引き込むために送り込まれた犯人の一味の可能性もある。


 だが、アルプナンディアは俺を信用してくれたようだ。


「わが友は、亡き後も私に素晴らしい贈り物をしてくれたようですね。すぐに炎の洞窟に捜索隊を派遣しましょう。洞窟はそれほど広くはないでしょうし、敵は魔族ですから少数精鋭で」


 何人かのエルフが捜索隊に選ばれ、彼らは準備を整えるため走り去っていく。

 ユディと呼ばれたエルフも捜索隊に志願していた。


(まあ。汚名返上だよね)


 その機会が与えられたということだろう。アルプナンディアは彼女も捜索隊に指名していた。


「私も隊に加わります。炎の洞窟のことは少し知っていますし」


 俺が協力を申し出るとアルプナンディアはそれを認めてくれた。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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