第八話 王女捜索
アリアが屋敷に到着したのが遅かったこともあって、その晩はシュタウリンゲン家の屋敷に泊めてもらい、俺たちは翌朝、出発することにした。
そして夜が明け、いよいよ出発ということになり、俺は流れ的に難しいかなと思いつつアンヴェルに一度お願いをしてみた。
「王女様を探す前にもう一か所、行きたいところがあるのですが」
できれば最後のパーティーメンバーになるエルフを勧誘するために、エルフの森へ向かいたかった。そうすればトゥルタークから託された宝珠もエルフたちに返すことができる。
だが、アンヴェルはさすがにこれ以上は待てないようだった。
「昨日も国王陛下とお后様にお会いしたのだが、お二方とも王女様のことが心配で食事ものどを通らず、少しお痩せになったご様子。あのようなお姿を見て、ぐずぐずしてはおれん。すぐに出発するのが我らの使命だと思うが」
「とは言っても当てもなくやみくもに動いても、到底、王女様を探し当てられるとは思えませんが」
一瞬、エルフの森へ上手く誘導してという考えが浮かぶが、俺のコミュニケーション能力で、アンヴェルの行動を掌の上でコントロールするような芸当ができるとも思えない。
「いや。それでも捜索を命じられたからには、我らはいつまでも王都で燻っているわけにはいかないんだ」
アンヴェルはどうしても捜索に出発すると言ってきかなかった。
もうこうなったらゲームの知識に頼るしかない。
俺はなるべく早くエルフの森に向かうため、さっさと王女様を救うことにした。
「私が思うにダークエルフはシヴァースでわが師を襲った後、王都へと東に移動しています。破邪の鏡を盗み、王女様を攫った後は、さらに東に移動したはずです。エスヒシェキールの町へ向かいましょう」
あまりに突然すぎるかなと自分でも思ったのだが、アンヴェルは特に驚いた様子もない。さすがは英雄の末裔、大物だ。
「なるほど。だが何故エスヒシェキールなんだ? 王都の東というならアシオンの方が大きな町じゃないか? もう少し情報を集めた方がいいと思うが」
今度は逆に彼が情報収集が必要だと言ってくる。俺はもう猶予する気が失せていたので、
「いえ。断然エスヒシェキールです。もし違ったらその後アシオンに行ってみればいいではないですか」
強引に話を進めた。焦る俺をリューリットが冷めた目で見ている気がしたが、昨夜のように助け舟を出してはくれなかった。
アンヴェルはそれ以上反対しなかったし、実際問題として他に当てがあるわけでもないので、俺たちはエスヒシェキールの町に向かうことになった。
アンヴェルは純白の愛馬、パントロキジアに跨り、従者がそれに続く。
煌びやかな馬具には随所に彼の家の紋章である「黄色地に黒い鷲」の模様が描かれ、その騎乗姿はさすがは近衛騎士と思わせるものだった。
彼以外のメンバーは、最初は馬車に揺られながら進んで行った。
「エディルナ。悪いがちょっと止めてくれないか?」
馬車が進む王都の郊外で、俺はすぐに乗車に耐えられなくなった。
「そんなにきついかね。まあ慣れもあるんだろうけど、これじゃあ先が思いやられるよ」
エディルナはそう言うが、現代人の俺からしたら馬車の乗り心地はすこぶる悪い。
途中から徒歩になったり、脚が疲れるとまた馬車に乗り込んだりしたこともあり、夕刻になってようやくエスヒシェキールの町にたどり着くことができた。
「この町の領主であるマクサリアン卿とは知り合いだからね。直接訪ねても問題はないさ」
アンヴェルはそう言って、いきなり領主の屋敷へと向かう。
彼の言ったとおりで領主は俺たちを、いや、旧知のアンヴェルを歓迎してくれた。
アンヴェルが王女捜索の任務とその犯人であるダークエルフについて説明すると彼は驚き、今朝、領民からそれらしい報告があったことを教えてくれた。
「ちょうど良かった。小さな町ですから、その領民を呼びましょう。私も話を聞きたいですし」
少しして呼び出されたベキルという名の領民に彼が見たものを尋ねると、おどおどしながらも要領よく語ってくれた。
「三日前の夜、あっしは家でちょっといろいろあって、むしゃくしゃして裸足のまま家を飛び出しちまったんでさあ。
それで頭を冷やそうと夜の町を少し歩いて町の南にある池に近づいたら、女の人が池の側に立っているじゃねえですか。
こんな夜中に、おかしなこともあるもんだと思ったのと、月明かりの中に立っている姿がなんだか天使かなにかみたく神々しく見えたんで、木の陰からしばらく様子を窺っていたんでさあ。
そしたら、その女の人は何かを池に投げ入れたかと思うと、そのままスッと消えちまったんです」
俺は、彼が裸足のまま家を飛び出すことになったという「いろいろ」の中身も気になったが、さすがにそれを聞くのは我慢した。
彼が見たのはどうやらベルティラに間違いないようだ。俺が会った彼女は天使とは程遠い存在だったが。
「何かの見間違いかなと思って、その夜はそのまま家に帰って寝ちまったんですが、そしたら昨日になって領主様から魔族が出没している恐れがあるから気をつけるようにってお触れが出て。
あっしは怖くなって家族に相談したら、領主様にお伝えした方がいいって言われたもんで」
翌朝、俺たちはマクサリアン卿と、昨夜、話をしてくれたベキルに案内してもらい、彼が夜中に見た女性が立っていた場所に行ってみた。
ベルティラがこの池に破邪の鏡を捨てたのは間違いない。
だが、ゲームでは池の前に立って「調べる」のコマンドで破邪の鏡が手に入ったのだが、比較的小さな池とはいえ、どうしたらいいのか見当もつかない。
投網でも打つのか、いや泳いで探すのかと俺が考えていると、マクサリアン卿が事もなげに言った。
「季節としては少し遅いですけど、かいぼりしましょうか?」
マクサリアン卿は池の上流の水門を閉じて流れ込む水の流路を変え、逆に池から流れ出る水門を開いて、植え付け前の畑に続く用水路に池の水を放流する作業を突貫工事でやってくれた。
だが、池の水がなくなるまで二日間はかかるということだった。
池で行われる作業を少し眺めた後、俺たちはマクサリアン卿の屋敷に戻って待機することにした。その道中、念のためアンヴェルに確認する。
「ところでシュタウリンゲン様は、ミセラーナ王女とは面識がおありですか?」
「僕は当主だぞ。王女とはもちろん何度も会っているさ」
(なら、話はけっこう早いかもしれないな)
そう思った俺は屋敷に戻ると、英雄の末裔であるアンヴェル・シュタウリンゲン卿が、魔族を打ち払うためエスヒシェキールの町にやって来たと領民に触れてほしいとマクサリアン卿にお願いした。
「どうしてそのような……。却って皆さんにご迷惑が掛かるのではないですか?」
マクサリアン卿はそう言って、乗り気ではなかった。
「いえ。そのようなことはありませんし是非お願いしたいのです。そうだ、その代わりに私がこの町にいる間、対魔族の結界でこの町をお守りしましょう」
俺の魅力的な申し出に彼はすぐに折れて、お触れを出してくれた。
この町は王都に近いので、あと数日もすれば魔術師ギルドから結界を張る魔法使いが派遣されてくるであろうから、俺が対応するのは池の水が抜けるまでで十分だろうと、俺は踏んでいた。
白馬で町に乗り込んだアンヴェルはそれでなくても目立っていたし、娯楽も少ない小さな町なので、その日のうちには、町にアンヴェルが滞在していることを知らない人はいないくらいになっていた。
そして翌日、マクサリアン卿から朗報があった。
「たった今、鏡が見つかったとの連絡がありました。池に投げ入れられてから数日しか経っていませんでしたし、思ったより早かったですな」
彼の言ったとおり、泥をそれほど被っていたわけでもなかったらしく見つけるのが容易だったことが幸いし、半分ほど水を抜いた時点で見つかったようだった。
俺たちは早速、池の側まで駆けつけた。
到着した水辺では、衛兵がすでにきれいに洗われた鏡を守っていた。
「金色の縁取りや裏面にあるユニコーンの彫刻も、お父様から伺ったとおりです。破邪の鏡に間違いないと思います」
その場で鏡を確認したアリアは、俺たちにそう告げた。
俺たちは、そのまま鏡を持った衛兵と一緒に領主屋敷に引き返した。
そして屋敷のすぐ手前で、俺はそれに気がついた。
白い猫が屋敷の塀の外で俺たちの方をじっと見ているのを見つけたのだ。
その猫は首輪もしておらず、飼い猫ではなさそうだったが、真っ白に輝くような毛並みの美しい猫だった。
(見逃さなくて良かった)
俺はその猫を呼ぼうと思ったが、この世界では人を手招きするときは掌が上なのか、手の甲が上なのか考え出すと自信がなくなった。
追い払われたと思われると厄介だと思った俺は、
「チチチチッ」
舌を鳴らして、その白猫を呼んだ。
するとその白猫は警戒する素振りもみせず、跳ねるように俺の方へやって来た。
猫を抱き上げると「ニャア」とひと声鳴いて、俺の顔をじっと見る。
脚は少し汚れているが、それ以外は本当に真っ白で、青い瞳が俺に訴えかけているようだ。
「わたしは動物が大好きだし。動物にもすごく好かれるんだ」
そう言ってエディルナが近寄ってきたので、俺は白猫を彼女に手渡す。
「きれいな猫ちゃんだな。飼い猫かな?」
彼女が猫の背中を撫でると、その腕の中で白い猫はまだニャアニャアと鳴いている。
「お腹が空いているのかもしれないな」
鳴きやまない猫にエディルナは少し困惑したようだった。
「そう思うのならミルクでもあげてみたらどうだ。屋敷でメイドに頼めば、すぐに部屋まで持ってきてくれると思うぞ」
俺がそう言うとエディルナは、
「それがよさそうだな」
白猫を部屋に連れていくようだ。
「あとはミルクの後、少し一緒に遊んであげるのなら……。そうだ。この鏡なんていいんじゃないか?」
俺は先ほど池から回収した『破邪の鏡』を衛兵から取り上げると、エディルナに押し付けようとする。
「いや。猫は鏡にはあまり興味がないと思うぞ」
エディルナが真顔でそう言うが、俺は「まあ、でも物は試しだし」と、なおもグイグイと鏡を彼女に押し付ける。
すると今まで静かに俺とエディルナのやり取りを見ていたリューリットが、横合いから手を出して破邪の鏡を俺から受け取った。
「とりあえず、その猫を私たちの部屋に連れて行ってミルクでも与えてみよう。それから猫が気に入るようなら鏡で遊ばせてやればいいではないか」
そう言って彼女は一瞬、俺に視線を投げかけると、白猫を抱いたエディルナを連れて、アリアと三人で一緒に屋敷へ入っていった。
「なーんーだー。こーれーはー!!」
それから十分ほど後、エディルナの叫び声が屋敷中に響き渡った。
俺と一緒にいたアンヴェルがすぐに駆け出し、廊下を走り抜けて「どうした、大丈夫か」と、声のしたエディルナの部屋に飛び込もうとする。
だが、扉には鍵が掛かっていた。
なおもアンヴェルは部屋へ突入しようと扉をガンガン叩き、ノブをガチャガチャと回そうとする。
すると扉の向こうからアリアが「アンヴェル様。大丈夫です。大丈夫ですから少しお待ちください」と俺たちに声を掛ける。
アリアの声でアンヴェルが落ち着くと、静かになった廊下に部屋から「えっ。あなたが」とか「とりあえず服を」というような会話が漏れてくる。
そうして数分間待たされただろうか、カチリと扉の鍵が開く音がしてアリアが扉から顔を出し、俺とアンヴェルを部屋へ招き入れる。
部屋には見知った三人のほかに、奥にもうひとり、見たことのない女性がいた。
金色の長い髪の彼女は、リューリットから借りたのであろう前世の世界の巫女のような服を着ている。
(外人の巫女さんも新鮮でいいかも)
一瞬、不謹慎なことを考えてしまった俺は、アリアにその心を見透かされないよう、あまり部屋の奥に進まず、扉の側で成り行きを見守ることにした。
「彼女はミセラーナ王女様です。先ほどの白猫を破邪の鏡に映したところ、魔族の掛けた呪いが解け、元の姿に戻られたのです」
アリアの説明を聞いて、俄かには信じられないという感じでアンヴェルが驚いた表情を浮かべている。
やっぱり俺も驚かないとまずいよなと思ったので、
「あー。まさかあの白猫が王女様だったなんてー。これも英雄バルトリヒの末裔がー、神より賜りし祝福かー」
などと言ってみたが、
「アマン。貴様、口調が棒読みになっているぞ」
リューリットがジト目で俺を見ながらそう言った。
俺に演技の才能なんて無いんだから、仕方がない。
「お久しぶりです。ミセラーナ様。お美しくなられて。驚きました」
「貴方はシュタウリンゲン卿ですね。お久しぶりです。お会いできて嬉しく思います。そして私を助けてくださって感謝いたします」
驚きに一瞬、言葉を失っていたアンヴェルだが、すぐに回復し王女様とあいさつを交わした。王女様も彼に丁寧にお礼を言ってくださっている。
だが、それを聞いて「何だ、久しぶりなのかよ」と思った俺は、やっぱりひねくれているんだろうな。
「そして賢者様。私を見つけ出して下さってありがとうございました。この御恩は決して忘れません」
王女様はそう言って、俺に向かって頭を下げる。
とんでもない高慢ちきな王女様で、「猫の姿だったとは言え、舌を鳴らして私を呼びつけるなんて!」と因縁を付けられでもしたらどうしようかと少し考えていたのだが、取り越し苦労だったようだ。
美しい王女様に思いがけずお言葉をかけていただき、その上、頭を下げられてしまって、俺は動揺してしまった。
これがいわゆる「王族補正」というやつかと思うほど、遠目に見ても王女様は美しかった。
「いえ。滅相もないことです。私はなにも。これも王女様に神の篤きご加護があればこそでしょう」
動揺した俺がアリアを見遣りながらそう言うと、彼女に、
「神は人が自ら為そうとするとき、そのお力をお貸し下さると言います。それに、都合のよい時だけ神のご加護を称えるのは感心できることではありませんね」
とピシャリと言われてしまった。
王女様の前なのに容赦なさすぎると思ったが、やっぱり先ほど考えていたことを見透かされたのだろうか。
それよりもアリアの前で、俺ごときがみだりに神の名を使うのはやっぱりまずかったか。
それにしても女性が多いパーティーで良かった。白猫は服なんて着ていなかったし。
王女様の姿が人間に戻ったとき、男性が側にいたらやっぱりまずいよね。
それに、教会の宝物である鏡で拾った猫と遊んでくれる仲間がいて助かった。
ありがとうエディルナ。