第七話 パーティー結成
「リューリットだ。今後よろしく頼む」
そう名乗る彼女の名前を聞いて、俺は彼女がパーティーメンバーのひとりで間違っていなかったことに安堵した。
王都ではまず見かけない服装と剣の腕から、間違いはないだろうとは思っていたものの、まったくの人違いだったら面倒なことになるなと考えていたのだ。
それにアンヴェルがいないので、彼女の加入イベントが起きなかったらどうしようかとも思っていたが、なんとか勧誘できたようだ。
ゲームではエディルナも彼女に敗れ、続けてアンヴェルが対戦することになる。
そしてアンヴェルの対戦中に、先にリューリットに敗れていた教室の生徒が、彼女に向けて石の礫を投げるのだ。
それに気づいたアンヴェルは、彼女を打つ直前に剣を止め、彼女はアンヴェルの気高い精神と、正式な訓練を長い間続けた賜物であろう剣技に敬意を表し、剣を収めるのだった。
「そのまま打ち込んでくれば、返し技は用意していた」
ゲームではそう言っていたので、負けたとは思っていないようだったが。
俺はリューリットに、エディルナにしたのと同様に今回の依頼の内容や条件を説明したが、彼女はあまり興味がなさそうだった。
まあ、強い相手と戦えれば、後はどうでもいいのだろう。
エディルナは少し納得がいかないようで、教室の皆に何と説明しようとか言っていたが、俺が「治療費はシュタウリンゲン家に請求してもらってくれ」と言うと、渋々ながらそう言って後輩たちを宥めていた。
アンヴェルは全部、俺に丸投げだから、そのくらいは必要経費として度量を見せてほしい。
まあ、もし駄目だと言われたら、自分のしたことを何とも思っていなさそうなリューリットの報酬から差し引くか。
「ふたりをシュタウリンゲン卿に紹介する必要があるんだが、その前に教会に行きたいんだ。少し付き合ってもらえるかな」
俺がそう聞くと、二人とも特に異存はないとのことだったので、俺はもう一人のパーティーメンバーである神官をスカウトするために『聖カテリアーナ教会』へ向かった。
「アマンはけっこう信仰心が篤いんだな。まあ、良いことだけれど、わたしにはほどほどでお願いしたいな」
エディルナが遠慮がちにそう言うが、俺は曖昧に笑って誤魔化しておく。俺の信仰心など、どうせすぐに分かることだ。
聖カテリアーナ教会は、シュタウリンゲン家の屋敷からほど近い場所にある。
王都には王宮のすぐ側に壮大な規模を誇る大聖堂があり、俺も先日見物に訪れ、壁に整然と並ぶ数多くの聖人たちの像の見事さや、大聖堂の前の広場に建つオベリスクの高さに圧倒されたばかりだ。
だが、この教会は修道院も併設されているためか、装飾などもあまりない非常に簡素な建物だった。
教会の建物もその周囲も、修道士や信者によるのだろう清掃が行き届き、とても清潔な印象だ。
教会に着いた俺は、聖堂の入り口のすぐ側にいたシスターに話しかけた。
「失礼します。少しお聞きしたいのですが」
人のよさそうなシスターは優しい笑みを浮かべ「はい、なんでしょう?」と応じてくれる。
「イグノさんという方はこの教会にいらっしゃいますか?」
彼女に俺が尋ねると笑顔のまま、
「イグノですか。イグナーテという者なら、かなり前におりましたが」
そう親切に教えてくれたが、今回は外してしまったようだ。
ここまで二人女性が続いてきたので、確率的に今度は男性かなと思ったが、また女性だったようだ。
考えてみれば、前の二人が女性だから今回は男性である確率が上がるわけではないし、根本的に考え方が間違っていたのだが、結果としては単純に二分の一を外しただけだ。
「では、アリアさんという方は?」
気を取り直して俺が聞くと、シスターは急に怪訝な顔をした。
「いったい当教会をどのようなご用でお訪ねですか?」
先程までとは打って変わって厳しい表情だ。
まあ、次々にこの人はいますかと聞いてきたら、確かにいったい何なのかと思うよね。後ろには剣を持った二人が控えているし。
「いや、あの、アリアさんにお願いが……」
詰問するようなシスターの視線を浴びながら答えていると、シスターの後ろの扉が開き、もうひとり、修道服姿の若い女性が姿を現した。
「シスター・セレーズ。私を呼ばれましたか?」
その女性は、そう俺の前のシスターに声を掛けた。
少し小柄な彼女は、アクアマリンのような水色の瞳がとても印象的だ。
修道服からわずかに零れる髪はダークブロンドで、白い肌と整った顔立ちが修道服とあいまって、神聖ななにかすら感じさせる気がする。
俺と話していたシスターが彼女に寄っていき、俺の方をチラチラと見ながら小声でなにか話していたが、すぐに話がついたようだ。
セレーズと呼ばれたシスターは入れ替わりで扉から聖堂の中に入っていき、後から現れた女性が俺たちの方に近づいてきた。
「私がアリアです。私に何かお話があるようですが、どういったことでしょうか?」
そう言って、彼女は俺に話すよう促してくれた。
「私は王より命じられ、シュタウリンゲン様とともにとある任務につく魔法使いで、アスマット・アマンと申します」
俺はひとまずそう自己紹介をした。
「シュタウリンゲン様とはアンヴェル様ですね? では、彼から私のことをお聞きになったのでしょうか?」
アクアマリンのような瞳が俺をじっと見詰める。
その瞳に吸い込まれるような気がして、俺は適当にごまかすことができなかった。
「いえ。シュタウリンゲン様からお聞きしたわけではありません。あなたのことはずっと前から知っていました」
思わずそう言ってしまって、俺はしまったと思った。決して嘘を言っているわけではないのだが。
やはりアリアは驚いたようで、目を見開いて、しばらくの間、黙って俺のことを見詰めていた。
「私、以前あなたにお会いしたことがありましたでしょうか? 失礼ですがどちらの教区にお住まいですか?」
彼女の声が少し震えているような気もする。怪しい人間だと恐怖感を与えてしまったのかもしれなかった。
案の定、彼女はそう問い掛けた後、俺の顔を覗き込むようにしてきた。水色の瞳が俺の心の中まで覗いているようだ。
「いえ、あの、初めてお目にかかります。王都は初めてなものですから」
説明書のキャラクター紹介では、彼女は聖女と呼ばれ、王都では最近、名が知られるようになった存在だと書かれていた。
だが、王都に初めて来て、会ったこともない俺が「ずっと前から知っていた」って、胡散臭いやつだと思われたのではないだろうか。
まさかゲームで見て知っていましたとも言えないし、視線を外せば、いや、それも不自然かと一人勝手に迷える子羊となっていた俺の心を知ってか知らずか、アリアは、
「そう、ですか。不思議なお話ですね」
そう言って俺の発言を否定するでもなく、何度も頷いている。
「分かりました。これも神のお導きかもしれません。私がお力になれるのでしたら、できるかぎりのことをいたしましょう」
そのように、どう見ても怪しげな俺からの依頼内容を聞く前に承諾の返事をしてくれた。
敬虔な神の信徒には、何か自己完結する装置でも付いているのだろうかと俺は思った。
俺がアリアにエディルナとリューリットを紹介し、その後、アンヴェルに同行して人探しに協力してほしいと話すと、彼女は周りに人がいないことを確認すると、
「ひょっとして、王女様でしょうか?」
そう聞いてきた。俺は驚いたが、彼女が大聖堂の司教の娘だったことを思い出した。
説明書に記載があったはずだが、ゲームの進行には一切関係のない記述だったので、今まですっかり忘れていた。
魔族による王女誘拐は、庶民にこそ知らされていないが、王宮の関係者や教会の幹部には知らされているのだろう。
エディルナとリューリットは初耳だったようで、俺が「その通りです」と答えると驚いていた。
「アンヴェル様の任務をお手伝いするということなら、院長様も父も許してくださるでしょう。私はお許しをいただいたら、すぐにアンヴェル様のお屋敷に伺います。それでよろしいでしょうか?」
さすがは英雄の末裔、アンヴェルの信頼度は俺とは雲泥の差だ。
俺は「では、お屋敷にてお待ちしております」と答え、教会を後にした。
俺たちはその足でシュタウリンゲン家の屋敷に入った。
アンヴェルは昨日のことはもう咎めないことにしてくれたのか、俺が思っていた以上にさばさばした様子で、エディルナとリューリットを紹介すると二人とにこやかに握手を交わし「よろしく」と言ってくれた。
さらに後で聖カテリアーナ教会のアリアが来てくれることになっていると伝えると、明らかにほっとした様子で「そうか、彼女が手伝ってくれるのか。それはありがたい」とひとりごちた。
それなら全員、初対面のメンバーを勧誘する俺の苦労を少しは分かってほしいと俺は思った。
アリアが屋敷に到着したのは、思っていたより夜遅い時間になってからだった。
「遅くなって申し訳ありません。院長様にはすぐに許可をいただけたのですが、お父様にお会いするのに少し手間取ってしまいまして」
彼女は俺たちに謝ってから、大聖堂で彼女の父親から教えられた情報を提供してくれた。
「実は大聖堂の宝物庫からも一昨日、『破邪の鏡』という宝物が盗まれていたのです。貴重な魔法の品らしく、お父様もとても悩んでいらして」
俺が(やっぱり教会の上層部と繋がりがあると、情報の質と量が違うな)と思っていると、アンヴェルが、
「そうか。アリアは家族思いだから、それは心配だな」
と言って、そのまま話が終わってしまいそうになる。
いや、家族思いで流しちゃだめでしょ、と俺が慌てていると、
「一昨日と言うと、王女の事件が起きたのと同じ日か。教会の宝物庫から魔法の品を盗んだとなると、犯人は件のダークエルフと考えるのが妥当だな」
リューリットが珍しく口を開き、軌道修正してくれる。
「うむ。僕もそう考えていたところだ」
アンヴェルは悪びれることなくそう続けた。そして、
「一昨日と言えば、わが家の小間使いが僕の私室の前で、不審な黒ずくめの女を見たと言っていたな」
とんでもないことを言い出した。
「なくなった物はないかと女中頭に聞かれたが、なにもなくなってはいなかったし、その不審な女は突然消えてしまったというので、小間使いの見間違いだろうということになったのだが、あれもそうだったのかもしれないな」
何だかのん気な様子だが、いや、絶対にそうでしょう。
(あなた、殺されていたかもしれませんよー)と俺は叫びたいくらいだった。
結界が張れるようになって、本当に良かった。