第六十七話 カルスケイオスの解放
「やあ。本当にジャーヴィーを倒してしまうなんて、すごいなあ。やっぱりアマンは『半神』なんだね」
そう言ってドラゴンのパーヴィーが現れたのは、俺たちがエンシェント・ドラゴンを倒したほんの少し後のことだった。
東の空から何かがやって来るのにアグナユディテが気づき、俺たちの間に再び緊張が走った。
だが、目のいい彼女は、それが少し近づいてきたところで緑色のドラゴンであることを認識できたし、そのうちに俺たちにも近づいてくるのがパーヴィーであることが分かった。
どうやら俺たちが戦ったあの赤い鱗のドラゴンは、「ジャーヴィー」と言うらしい。
「パーヴィー。早いね。どこかで見てくれていたのかい?」
エディルナがそう言ってドラゴンに笑顔を見せる。彼女がそう言っても嫌みっぽく聞こえないけれど、俺は率直に、
「見ていたんなら手を貸してもらえたら、こんなに苦労せずに済んだのだけどな」
そう悪態を突いてしまう。
だが、俺の憎まれ口にも、
「いや。見ていたわけじゃないよ。隕石やら魔法やらで、あんなに大きな音を立てていたらさすがに気がつくよ。それにジャーヴィーは乱暴者だから僕はちょっと苦手かな」
パーヴィーはそう言ってにこにこしている。
どうやらこういった物言いが突き刺さるタイプではないようだ。
「その『生命の石板』は僕には使わないでね。くわばらくわばら。ねえアマン。怖い時にはこう言うんだよね」
おまけにおどけた態度で俺にそう言ってくる。
どうやら俺は彼の背中で、そのおまじないの言葉を口に出してしまっていたらしい。
それは雷避けだと思うのだが、そこまで指摘してあげる気にはなれなかった。
「昨日はあんなにロード、ロードと怖れていたのに、もう大丈夫なのか?」
ベルティラもそう言って少し不満そうだ。
まあ、別のドラゴンとは言え、エンシェント・ドラゴンにはひどい目に遭わされているし、彼女からしたらそこまで寛大にはなれないかもしれない。
だが、パーヴィーはそんな彼女の気持ちにも気づいていないようで、
「それなら大丈夫だよ。もともとここは魔族の住まう地で、そこまでロードの目が光っているわけではないし、僕はロードから何の命令も受けていないから。
ジャーヴィーがいなくなって、彼と出会う心配もなくなったしね」
そう言って、仲間が亡くなったことにも頓着していないようだ。
エンシェント・ドラゴンなんてそんなに数がいるわけではないだろうと思うのだが、それでいいのだろうか。
赤いドラゴンは乱暴者だと言っていたから、見るからにのんびりした感じのパーヴィーとは馬が合わなかったのかもしれない。
身体の色も赤と緑で、どことなく補色みたいだったしと俺は思った。まったく関係ないのかもしれないが。
その日の夕刻、ドラゴンに破壊された魔王の城の正門をきれいに片付け、その前の広場に設けられた即席の演台の上に立ち、ベルティラがカルスケイオスのドラゴンからの解放を宣言した。
パーヴィーが言っていたとおり、俺たちの放った魔法による爆発音や閃光、ドラゴンが墜落した時の轟音、ドラゴンの咆哮などは、カルスケイオスのかなりの地域で確認できたようで、戦いの後、パーヴィーのように以前魔王の城があった場所を訪れた魔族がかなりいたのだ。
そうして集まった魔族たちを前に、ベルティラは解放を宣言した。
彼女の後ろに並んだ俺たちが、彼らの目にどう映ったのかは気になるところだが、正直よく分からない。
それでも魔王の四人の腹心の一人だったベルティラが「もう、ドラゴンに怯えて暮らす必要はない」と宣言すると、群衆から歓声が上がった。
ベルティラは俺たちをカルスケイオスの解放に手を貸してくれた者たちとして紹介してくれた。
トゥルタークを見て「なんだあの子どもは」と言う者や、中には少ないながらも「魔王様だ。魔王様がいらっしゃるぞ」と驚く者もいて、その度に不愉快そうにトゥルタークの眉がぴくぴくと動いていた。
魔王を討伐したときは俺たちはわき目もふらず魔王の城に向かったし、城内でも最短ルートで玉座を目指している。
だから顔を合わせた魔族の絶対数自体それほどでもないし、申し訳ないが立ち塞がった者たちはほぼすべて屠ってしまったので、俺たちの顔を見て魔王を滅ぼした人間たちと気づく者はほとんどいないはずだ。
だが、将来的にはそのことを知られ、面倒なことになるかも知れないと俺は思っていた。
今のところはドラゴンの支配を打ち破った強力な援軍たちという位置づけに疑問の声は上がっていない。
エルフのアグナユディテがいることを疑問に思わないのか不思議な気もするし、ちゃっかり俺たちのさらに後方で巨体を横たえているパーヴィーを魔族たちがどう見ているのかも気にかかる。
まあ、パーヴィーがいるおかげで皆が大人しくしてくれているのかも知れない。
「お前たちのおかげでこの地をドラゴンの支配から解放することができた。礼を言わせてもらう。ありがとう」
その晩、ベルティラは彼女の屋敷のダイニングで食卓を囲む俺たちに頭を下げ、そう言ってくれた。
ちなみにパーヴィーはベルティラの解放宣言の途中で飽きてしまったらしく「じゃあ、またね~。また、面白いことがあったら呼んでね~」と言って飛び立って行ってしまった。
彼の羽ばたきによる風圧で会場に突風のような風が吹き、ちょっとした騒ぎになったのだが、すっかり興味を失っていたのだろう、振り返りもせずに行ってしまった。
そのせいでアグナユディテは髪がボサボサになったとこぼしていた。
ベルティラにお礼を言われても、俺やトゥルタークは正直に言ってマッチポンプなところがあるので面映ゆいのだが、まあ、苦労してドラゴンと戦ったことは確かなので、彼女の言葉を素直に受け取っておくことにした。
「ベルティラはこれで、わたしたちが魔王を倒したことを許してくれるかな?」
エディルナが突然そう言い出して、俺はかなりドキリとしてしまった。
まあ、分かっているのだろうと思ってはいた。だが、彼女が腹心として仕えた魔王を滅ぼしたのは俺たちだと面と向かって言ったことはない。
皆、俺と同じ気持ちだったのだろう、俺たちの間に静寂の時間が流れる。
「やはりお前たちだったのだな」
静けさを破り、そう言ったベルティラの口調も表情も、だが、落ち着いたものだった。
魔王を滅ぼせる者なんて、今のオーラエンティアに俺たち以外にはいないだろう。
まあ、エンシェント・ドラゴンの力を借りたり、『生命の石板』を使ったりと、抜け道はいくつかありそうだが、冷静に考えれば俺たちがバセリスを倒したとみるのが普通だ。
「お前たちのことだ、きっと正々堂々と魔王様に戦いを挑み、そして……魔王様を倒したのだろう。魔族としては正直、複雑な気持ちだが、強い者が支配するというのがここカルスケイオスの習いでもある。納得するしかあるまい」
ベルティラはそう言って、穏やかな目で俺たちの顔を順に見る。
「正々堂々」と言われてしまうと、隠しアイテムや攻略情報、果てはデバッグ用のコマンドまで駆使した俺はかなり後ろめたい気持ちになる。
だが、別にルール違反をしたわけではないからと開き直ることにした。
お前はルールさえ破らなければそれでいいと思っているのかと問われると言葉もないのだが。
だが、俺の心の内など知る由もないベルティラは、
「それになにより、お前たちはカルスケイオスを魔族の手に取り戻してくれた。文字どおり命を懸けて」
そう言ってアグナユディテと視線を合わせる。そこには当然、いつもの、揶揄したり、皮肉を言ったりする時のような表情は微塵もなかった。
「だから……今なら魔王様もお許しくださると思う」
そう言ってベルティラは遠くを見るような目をした。
いや、魔王たるもの、そんな裏切り行為は絶対に許さないと俺は思うぞ。
ベルティラはエルジャジアンの町など人の住まう地への魔族の侵攻も既に止めさせたと言ってくれた。
「あのドラゴンの支配に抵抗したり、奴に強制された人間の町への攻撃のために数多くの犠牲が出ている。耕す者の居なくなった農地や破壊された建物も多い。
魔族は人の住まう地への侵攻などしている場合ではないのだ」
そう言った彼女に俺は少し驚いていた。
カルスケイオスは黒い岩に覆われた一面の荒野で、農地なんて見当たらないと思っていたからだ。
俺がそう言うと、ベルティラは苦笑して、
「まあ、確かにお前の言うとおり荒れた土地が多いが、それでも何とかやっているのだ。小さいながらも川や湖もあるしな」
そう答えた。
サマルニア地方の北の街道やピルト地方を歩いたときも、貧しい土地だなと思ったが、このカルスケイオスはその比ではない。
現実問題として、この痩せた土地では魔族の数がある程度増えてくると、食べる物を求めて人の住む町に進出せざるを得ない気がする。
彼らは魔族とは言っても、人の嫉妬や憎悪などの負の感情や、はたまた地獄から湧き上がる暗黒のエネルギーを糧に生きている訳ではないのだから。
でもそれは為政者となったベルティラが対処すべき課題だ。
俺たちには、それとは別にドラゴン・ロードと交渉するという問題がある。
トゥルタークが話したときの理不尽さを思うと、一筋縄でいくとは到底思えない。
まあ、今度パーヴィーが来たら色々と聞いてみるかと、俺はその時、簡単に考えていた。
カスタマーハラスメントをしてくる取引先への対応なんて、俺だって考えたくもないから、そうやって先送りしていたのかもしれない。
だが、ドラゴン・ロードは俺のそういった態度を許すほど甘い相手ではないことに俺たちが気づかされるまで、それほど長い時間は掛からなかった。




