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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第ニ章 カーブガーズの古竜王
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第六十五話 ドラゴンとの再会

「早くカーブガーズから出よう。ここにいたら、そのうちにロードに見つかってしまうよ」


 パーヴィーは泣きそうな声で、俺たちにそう言ってくる。

 声も姿も騎士のアンヴェルなので、言っていることとのギャップが激しい。


 当初の目的であったアグナユディテの意識も戻ったし、確かに長居は無用かもしれない。

 貴重なお土産もいただいたし、そろそろお暇すべきだろう。


「パシヤトさん。本当にありがとうございました。おかげで彼女の意識も戻りましたし、その上、この石板まで。感謝します」


 俺がそうお礼を言うと、パシヤト老は「もう行ってしまうのか」と残念そうだった。


 だが、パーヴィーはとにかく一刻も早くこの場を去りたいようだ。

 俺たちが慌てて祠の出入口へ向かうと、パシヤト老も慌ててついてきた。


「いや。いかんいかん。そのまま出ては大変なことになるやもしれん」


 そう言って、俺たちを制止する。


 パシヤト老にそう言われて、俺はこの祠に入ったばかりの時に考えていたことを思い出した。

 やはりここは人間が来ていい場所ではないようだ。


「ちょっと待っておってくれよ。今、調整するのでな。よっと」


 などと言いながら、パシヤト老は中空を眺め、難しそうな顔をしている。


「何をしておられるのだ」


 珍しくリューリットが口を開いてそう聞くと、パシヤト老は、


「いや。祠の中は時間の流れが外と少し違うのでな。ほっほっほっ。まあ一日、二日は許してくれよ。少しでも過去に入り込むと大事になるからの」


 相変わらず軽い感じで、そんな恐ろしいことを口にした。


 やはりここは竜宮城のような場所のようだ。何も考えずに外へ出ていたら、世界はすっかり古竜に支配された後になっていたかもしれなかった。

 出る前に気がついて良かった。



 調整が済んだと彼が言ったので俺たちは祠から外に出た。ずっと暗い祠の中にいたので外の光は眩しいかなと想像していたのだが、いつの間にかというよりも、パシヤト老が調整してくれた時間が夜だったらしく、祠の外は真っ暗だった。


 だが、昼だろうと夜だろうとパーヴィーは一刻の猶予もないとばかりに、さっさと巨大な竜の姿になって、俺たちに背中に乗るように促す。


 俺は考える時間も与えられず、また、トゥルタークのレビテーションの魔法でパーヴィーの背中に押し上げられてしまった。

 そしてドラゴンは大きく羽ばたくと、一気に夜の空へと舞い上がる。


 一瞬、満天の星空が目に映ったが、俺はまたギュッと瞼を閉じ、緑の鱗にしっかりとしがみついたのだった。



 パーヴィーは俺たちをカルスケイオスの元いた場所まで送ってくれた。

 カーブガーズへ行く時はあれほど楽しそうに話してくれた彼だが、古竜王に見つかるのが相当怖いらしく、残念ながら帰り道では無言だった。


 それでも別れ際には「じゃあまたね。また面白いことがあったら呼んでね」と言ってくれたので、嫌われたわけではないようだ。


 とにかくアグナユディテを元に戻さないととあの時、俺は必死だった。だから結果的に彼に無理強いをしてしまった面がある。

 それで嫌われてしまったかもと思っていたのだが、大丈夫だったようだ。



 その晩はベルティラの屋敷で休ませてもらうことにした。

 今朝はエルジャジアンの町から森を抜け、『黒い壁』からここまで跳んで、その後エンシェント・ドラゴンと戦い、パーヴィーの背中に乗ってカーブガーズまで行って『生命の祠』を訪ね、ここまで戻って来たのだ。


 正確にはそれが本当に今朝のことなのかパシヤト老の調整の精度によるので今一つ不明なのだが、少なくとも俺たちの中ではそうだ。


 そんなことを考えるまでもなく俺たちはくたくたで、慣れないベッドだったがすぐに眠りに落ちることができた。



 翌朝、俺が目を覚ましダイニングへ行くと、既にベルティラが起きていて、キッチンでなにやら料理をしていた。


「おはよう。ベルティラは早起きなんだな」


 俺がそう声を掛けると、


「ああ。お前か。早いではないか。もう少しそこで待っていてくれ」


 振り向いてそう言った彼女は、またフライパンに向き直る。

 バターと牛乳の美味しそうな匂いがダイニングにも漂ってきている。


 彼女は料理がとても上手だとエディルナが言っていたし、調理している後ろ姿もとても様になっていて、これなら朝食は期待できそうだ。


 俺がそう思いながらダイニングにある食器棚を何気なく見ると、そこに何冊かの本が並んでいることに気がついた。


 並んでいるのはピンク色の背表紙に『誰でもできる。かんたん! 可愛い手作りケーキ』とか、かなり分厚い『料理大全 基本のお料理から各地の郷土料理まで』といった、どれもキッチンには似つかわしいが、ダークエルフにはどうかと思われるような題名の本だ。

 思い切り偏見だが。


 だが、その中に一冊だけ、黒い革表紙に金色の文字が刻まれた怪しげな本が立て掛けられていた。


 もしやと思った俺は、ベルティラが背を向けていることを確認して、足音を立てないようゆっくりと食器棚に近づく。

 そして、こっそりとその本を手に取って開いてみた。


(こ、これは……)


 それは俺が想像していたとおり魔導書だった。

 しかも『闇魔法』のそれだ。


 俺はベルティラの方をチラリと見て、彼女が気づいていないことを確認し、注意しながら本のページをめくる。


 よく見ると最後の方のごく一部のページだけ紙の色が違っていることに気がつき、そこを開くと、そのページには素晴らしく魅力的な呪文が記載されていた。


 俺は必死に目を走らせ、その呪文を読み取っていく。

 そして思わず「ゴクリ」と生唾を飲み込んだ。


「あっ! お前。何を勝手に見ているんだ!」


 その音に気づいたものかベルティラが振り返り、そう言ってフライパンを持ったまま俺に向かってきた。

 そのせいで調理中のフレンチトーストがフライパンから床に落ち、ベチャリと音を立てる。


 彼女の動きが一瞬止まり、その間に俺はそのページの残りの部分に目を走らせて呪文をすべて読み取った。

 頭に入れてしまえばこちらのものだ。


 魔導書は彼女に奪われてしまったが、俺はその間も忘れないように、今見た呪文を小声で繰り返し唱えた。うん。どうやら使えそうだ。



「お前……まったく油断も隙もないな」


 彼女はそう言って左手を額にやり、やられたという表情を見せる。だが、見られてそんなにまずい物ならダイニングの食器棚などに置いたりせず、トゥルタークみたいに書斎の奥深くにでも隠しておくべきだろう。


 ベルティラは魔導書を片付ける間、罰として残りを調理しておけと言ってキッチンから出て行ってしまったが、そのくらいあの呪文の対価としては安いものだ。

 俺は鼻歌のように何度も呪文を口ずさみながら、残りのフレンチトーストを焼いていった。



 戻って来たベルティラは、やっぱりあまり他人にキッチンを使わせたくないと言って、結局、ソーセージとスクランブルエッグを自分で調理しだしてしまった。

 俺は何枚かはフレンチトーストを焼いていたが、後は皿に盛られた料理をテーブルへ運んだだけだ。


 そうしているうちに美味しそうな匂いに誘われたのか、皆が順に起きてダイニングにやって来た。

 最後にトゥルタークが「ああ~、よく寝たの」と言いながら起きてくると、全員がダイニングに揃ったので、俺も朝食をいただいた。


 ベルティラの作ってくれた朝ごはんはエディルナが言っていたとおり、とても美味しかったし見た目もきれいだった。



 朝食を終えた俺たちは、そのままダイニングのテーブルで来るべきエンシェント・ドラゴンへの今後の対応を話し合おうとしていた。


 俺は魔導書を見せてもらったお礼に皿洗いくらいしようと思っていたのだが、エディルナがリューリットとふたりで後片付けをしてくれると言ってくれたので、その言葉に甘えてしまった。

 俺の隣に座っていたリューリットは「私もか?」とちょっと不満そうだった。


「じゃあ。俺はお茶を淹れるよ」


 そう言って彼女たちが後片付けをする横で、皿を洗うリューリットと並んでお茶の準備をしだすと、今度はエディルナが何だかぶつぶつ言っている。

 まあ、片付けをしている横で洗い物を増やすのは悪かったかもしれないが、どうせトゥルタークがお茶はまだかと言い出すに決まっているのだ。


 他の皆にはハチミツを入れ、ベルティラには何も入れずティーカップに注いだお茶を渡すと、彼女はそこに砂糖と、今朝はシナモンパウダーを入れていた。

 どうやらそれが彼女の好みらしい。


 テーブルに戻って、俺は再びドラゴンについてトゥルタークと話す。

 だが、今後の対応とは言っても、これまでも散々確認してきたのだ。


 基本線はまず、ドラゴンと話をして、俺が王国の爵位を賜ったことを認識してもらい、盟約を復活させることだ。

 前回はそこまで話が進む前にいきなり攻撃されてしまい、トゥルタークも魔法で反撃して戦闘状態に入ってしまったが、できれば穏便に解決する方がいいに決まっている。


 だが今回、俺たちは『生命の石板』を手に入れている。

 パーヴィーが言っていたが、エンシェント・ドラゴンにも使えるのであれば、強力な切り札と言えるだろう。


(これは使いどころを誤ると詰むやつだな)


 俺はそう思った。


 特に俺の手許に三枚あることが逆に怪しい。


 このアイテムは、少なくともランダムエンカウントなんかで使ってしまっていいもののはずがない。

 ストーリーの展開からして今回、ドラゴンとまた戦わざるを得なくなったなら使うにしても、それ以外に下手をするとあと二回、通常の戦闘では対応できないような敵が現れるのかも知れない。

 ご利用は計画的にというやつだ。


 俺が「イベント戦闘」とか考えたからアグナユディテは一度、命を落とす羽目になったのだし、こういう発想は止めるべきなのかもしれないが、魔王を滅ぼす前と違ってゲーム知識のない俺には、こんな考え方ができることくらいしか取り柄がないのだ。


 だが、あの石板を使うにしても、パシヤト老がテントウムシに使ったシーンを思い出すと、対象をある程度、少なくとも石板を相手に向け、その表面を手でなぞって石板に黄緑色の棒のようなものが現れるまでの間くらいは、自分の目の前にとどめておく必要がありそうだ。


 通常の方法で倒すことの難しい敵から、その攻撃を受けることなく、それだけの時間を稼ぐのは、実はそれほど簡単なことではないかもしれない。

 そう思った俺は、その方法を編み出すべくベルティラに確認してみた。


「ベルティラの瞬間移動って、発動までに時間はかかるものなのか?」


 俺がそう聞くと、彼女は、


「いや。突然どうしたのだ? お前もこれまで何度も経験しているだろう。私が行先をイメージして右手を掲げさえすれば、その瞬間に発動するぞ。

 何しろこのブレスレットは魔王様がお作りになられたものだからな」


 そう言って、彼女は大切そうに金のブレスレットを左手で撫でる。

 その姿を見て、その首の黒い枷もだよなと思う俺は、自分でも性格が捻じ曲がっていると思う。




 東の空にドラゴンが再び姿を現わしたのは、昼を過ぎてからだった。

 アグナユディテがまた風切り音に気がつき、俺たちが外へ飛び出すと、東の空に遠くからこちらに近づいてくるものが見えた。


「エンシェント・ドラゴンよ。先日、話をしたアスマット・アマンだ。もう一度、話をさせてくれ」


 前回同様、アグナユディテが風の精霊魔法でドラゴンに俺の声を届けてくれる。

 その声に気づいたようで、ドラゴンは少し方向転換をして、俺たちに向かって真っ直ぐに飛んできた。


「お前はあのエルフの娘。たしかに我が尾で踏み潰したはず。面妖(めんよう)な」


 俺たちのすぐ上までやってきたドラゴンは、そう言って少し警戒をしたのか、空中にとどまって様子を窺っているようだ。


 俺はその間にとドラゴンに話し掛けた。


「先日言ったとおり、ロードとの盟約が守れなくなったのは申し訳なかった」


 そう言う俺の言葉をドラゴンは聞いているのか、視線は相変わらずアグナユディテにあるようだ。


「ですがその後、あなたたちエンシェント・ドラゴンの眷属のひとりである私が、王国貴族になっています。このことをもって、盟約が復活したと見做していただけないでしょうか?」


 俺がそう言うとドラゴンは初めて視線を俺に向け、じっと観察するように見ていたが、返ってきた答えは俺の期待していたものではなかった。


「お前が我らの眷属のひとりであろうとなかろうと、我には何の関係もない。我は既に、(ロード)よりカルスケイオスの、そして人の住まう地すべての支配を許され、そして命ぜられている。

 矮小なるお前たちが我を止められると思うのなら、やって見るがいい」


 話し合いの余地はないようだ。

 そして、エンシェント・ドラゴンとの戦いが始まった。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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