第五十五話 賢者の叙爵
その後、一週間にわたり、亡くなられた国王陛下を悼む様々な儀式が行われた。
三日目に行われた民衆を対象とした葬儀には俺も参加したが、小雨の降りしきる中、大聖堂の前にできた長い人の列は途切れることもなく、この国の王室が民に愛されていることがひしひしと感じられた。
そんな中、アリアはミセラーナ様や王宮の文官と、俺との間のメッセンジャーのような役割をしてくれていた。
叙爵の儀式の日取りや、爵位と一緒に授けられる勲章のこと、王家から下賜される王都屋敷の場所や、叙爵後のお披露目のパーティーなど、ある程度は覚悟していたとはいえ、「やっぱりもういいです」と言いたくなるようなことばかりだ。
中でも最も揉めたのが授けられる爵位についてだった。
俺はそもそもの目的が古竜王との盟約のアリバイ作りのためなのだから、なんちゃって貴族で十分だと思っているのだが、ミセラーナ王女様、いやもう女王様なのだが、彼女はできれば大公、公爵にとおっしゃって下さっているようだ。
離宮からの帰り道では確かにそんなことをおっしゃっていたような気もするが、俺が言うことではないのかもしれないが、それはその場のノリだったということで勘弁してほしいのだが。
女王様はお若くしてもう、綸言汗の如しとか考えられておられるのだろうか。
結局、アリアが王宮と『銀狼亭』の間を何度も行き来し、俺の爵位は「伯爵」ということで落ち着いた。
とにかく爵位が決まらないとそこから先が進められないと、文官から、かなりやいのやいの言われているとアリアが困っていたようだったので、公爵よりはだいぶましだろうと、もう諦めることにしたのだ。
アリアの父親は陛下の葬儀の中心になっている大聖堂の重鎮だし、彼女にだっていくらでも仕事があっただろう。
それなのに俺なんかのために申し訳なかったと思うし、嫌な顔ひとつせず何度も足を運んでくれたことに感謝していると伝えると、彼女は、
「いいえ。お父様も私にしか果たせない大切なお役目だから、こちらを優先してほしいとおっしゃってくださいましたから。お気になさることはありませんよ」
そう言ってくれる。本当にアリアは聖女だと思う。
そうこうしているうちに、国王陛下のご遺体が大聖堂に葬られ、一連の葬礼の儀式が滞りなく済むと、翌朝はもう、俺の叙爵の儀式が行われる日だった。
以前、魔王討伐を正式に命じられた儀式の時と同様に、王宮からの馬車が宿の前に止まり、俺たちはそれに乗って王宮へ向かった。
前の晩、俺は全員に俺とともに王宮まで行ってほしいと伝えた。
トゥルタークは最初、渋っていたが、そもそもの原因を作ったのはあなたなのだからと俺が言うと、「仕方ないの」と言って観念した。
その割に朝にはフリルの付いたピンクの可愛らしいドレスを着て、鏡の前でクルクルと回ったり、テンションが高いようだったが。
リューリットも「いや、私は」とか言い出したが、俺たちに戦いを挑んだ罰だと言うと、彼女も渋々ながら参加してくれることになった。
相変わらず巫女のような格好だが、以前より少しだけ彼女の髪が伸びていることに俺は気がついた。
アリアは問題なく同意してくれたし、エディルナはトゥルタークが参加するならと二つ返事で承諾してくれた。
可愛らしい彼女と並んで歩くだけで幸せな気分になるそうだ。俺にはちょっと理解できないが。
エディルナの中では、ずっとトゥルタークはサーカスのアイドルのエリス嬢のままらしい。
アグナユディテは今回は、薄い萌黄色のドレスをまとっていた。襟や袖口に上品にレースが施され、柔らかい光沢を放つそのドレスはエルフの聖地にいた二人の女性を思い起こさせる。
以前もそうだったが、やはり彼女は森の妖精なのだなと俺は改めてそう思った。
そして、一番揉めたのがベルティラだ。
「お前。自分が何を言っているのか分かっているのか? そのようなことできるはずもなかろう」
彼女はそう言って断ってきたが、俺は今回の儀式でそれだけは譲れないと思っていた。
今回、もし俺が貴族になることでエンシェント・ドラゴンの侵攻を止めることができたなら、その最大の功労者は彼女だろう。
ベルティラにその意識はなかったかもしれないが、彼女が賢者の塔を訪れ、俺たちにカルスケイオスの危機を知らせたことがすべての発端になっている。
そして「魔王」のトゥルタークに命ぜられたからとはいえ、彼女は俺たちに協力してくれ、王女様(当時)の救出でも大いに力を発揮してくれた。
その彼女に「魔族だから」という理由で俺との同行を許さないと言うのなら、俺を貴族になんかせずに、人間は自分たちだけで古竜と戦えばいいのだ。
そもそも魔王を封印するために古竜王と盟約を結んだのは人間だし、それを破ったのも人間だ。
それに『ドラゴン・クレスタⅡ』のキャッチコピーには「カルスケイオスに力の空白が生じたことに」よって「古竜が攻めこんで来た」とあった。
もしかしたら魔王が滅ぼされたことも今回の事件の遠因になっているのかもしれない。
全部お前たちのせいじゃないかと言われると、返す言葉もないような気もするが。
ベルティラが参加することで叙爵の儀式が取り止めになるのなら、それで構わないと思っていると俺が言うと、さすがに皆、驚いたようだった。
だが、アグナユディテが真っ先に、
「そうね。私もアマンの意見に賛成だわ」
と、俺に同調してくれた。
「お前が最も反対すると思っていたのだがな」
ベルティラはそう言っていたが、アルプナンディアも言っていたようにエルフは相手の能力を見誤ることなく、正当に評価するのだろう。
もちろん、魔族を嫌悪する気持ちは人間以上のものがある。だが、その気持ちを差し引いてもベルティラの果たした役割は否定できないものだろう。
俺がベルティラにお願いしたのはもうひとつ、黒い首枷が目立たないような服を着てもらうことだった。
ペラトルカ氏にも妙な誤解を招いた気がするし、あれは印象が強すぎるのだ。
そのため彼女は、金色の肩章に似た飾りと高い襟がまるで軍服のような、黒く丈の長いトレンチコート風の服を着ていた。
そして足許には黒い皮のブーツを合わせている。
彼女の銀色の長い髪と黒い服のコントラストはとても見事だ。
元の顔の作りが整っているのもあって、颯爽とした印象を受ける。
そうして準備を整えた俺たちは馬車に揺られ、王宮正面の門をくぐって、謁見の間へとやってきた。
俺たちは煌びやかな衣装に身を包んだ係の者に案内され、深紅の絨毯を踏んで玉座の手前まで進んでいく。
左右には王国の重臣や高位の貴族たちが居並んでいるが、俺たちがその前を進んでいくと、そこかしこから騒めきの声が起こる。
だが、さすがにこの場でとがめる者はいないようだ。そして、さほど待つこともなく、係が女王のお出ましを告げ、ファンファーレにも似た楽器の音が響く。
以前も聞いた『ドラゴン・クレスタ』の王宮で奏でられる音楽の中、玉座の奥の扉から女王陛下が姿をお見せになり、そのままゆっくりと玉座へと進まれ、お座りになった。
女王様はクリーム色のドレスをお召しになり、その首の下から胸に向かって宝石が散りばめられた豪華な黄金の飾りがキラキラと光を放っている。
左肩から右の腰に向かって赤色を基調とした大綬を掛けられ、そして頭上には王冠が燦然と輝いていた。
つい先日、離宮から一緒に歩いて王都まで来た時には、親しみの持てる可愛らしい王女様だと感じたのだが、今日は一転して王家の権威と女王の威厳を感じさせる凛とした佇まいだ。
「これより爵位が授与されます。アスマット・アマン。陛下の御前へ進み、頭を下げよ」
係官の声に促され、俺は玉座の前に進み、跪いて頭を下げる。
女王陛下が玉座からお立ちになり、階を下りられて俺の前まで歩を進められると、大聖堂の総大司教が恭しく剣を捧げ、それをお取りになった女王様は俺の肩にその剣を当てられた。
「我が名において、汝、アスマット・アマンを伯爵とします」
そして刀身で俺の肩が軽く叩かれる。
「女王陛下に生涯、わが忠節を捧げます」
俺がそう言って顔を上げると、女王陛下はそのお顔に穏やかな微笑を湛えられていた。
その後、俺は女王様から授かった勲章や綬などを、係の者の手で、ごてごてと付けられた。
いつぞやのペラトルカ氏と同じように魔法使いなのだからローブ姿でいいだろうと思っていたのは間違いだったようで、勲章は思っていた以上に重く、俺のローブはひっ傾いたような、何だかみっともない様子になってしまった。
そうして、俺たちは女王様の左手に案内され、そこで謁見を賜る貴族たちの様子を眺めることになった。
よく考えてみれば、今日は女王様が実質的に政務を執られる初日に当たる訳で、しかもその最初に爵位を賜るって、実は凄く名誉なことなのではないかと思う。
それが俺なんかで大丈夫なのだろうかというのが一番の感想なのだが。
俺がそんなことを考えている間にも、女王様の謁見が進んでいく。
だが、係の者が「ナヴァスター公爵!」と大きな声で言ったのを聞いて、俺は我に返った。
そういえば彼の姿を見るのは初めてだ。
ナヴァスター公爵は少し痩せて口髭を生やした、俺と同じくらいの身長の中年男性だった。
年齢は四十歳を少し越えたくらいだろうか。つまり前の世界の俺と同じくらいの年齢だ。
彼は時折、俺の方をチラチラと見ながら玉座の前へと進んでいく。
仕方がないのかもしれないが、何だか俺はとても恐れられているようだ。
別に俺の方は彼に個人的な恨みがあるわけではないのだが。
ナヴァスター公爵は女王陛下に前国王へのお悔やみと、即位のお祝いを述べた後、
「陛下のお許しがいただけるのであれば、老臣めは爵位を嫡男に譲り致仕いたしたく存じます。つきましては、輝かしき女王陛下の御世を寿ぐため、臣の治める地の一部を陛下にお返しいたしたく」
そう言って頭を下げた。
女王様はナヴァスター公爵を慰留されているが、これはおそらく形式的なものだろう。
結果として公爵は引退、領地の一部は没収となったわけだ。
イベリアノは爵位の貶斥と領地の半分と言っていたから、それを考えればかなり温情のある処分だと言える。
王室の中の問題だと女王陛下もおっしゃっていたし、国王陛下の崩御と女王陛下の即位もあったから、恩赦という面もあるのかもしれない。
その後も何人かの貴族が女王様の謁見を賜り、最初は物珍しさと緊張感で真面目にそれを見ていた俺も徐々に飽きてきた。
何だか中学校の卒業式で一人ずつ名前を呼ばれ、校長先生から卒業証書を受け取るのを見ていた時のことを思い出した。
長い来賓の話がないだけ、ましかもしれないが。
再び音楽が奏でられ、女王様が謁見の間から退出されると、見知った顔が俺に歩み寄って来た。
「アスマット・アマン様。本日は叙爵、おめでとうございます」
イベリアノはそう言って、俺に向かって丁寧に頭を下げる。
彼はナヴァスター公爵の家臣なのに相変わらず大胆だなと思って、大丈夫なのかと聞くと、
「いえ。伯爵様にはドゥプルナムの城塞でお目に掛かっていますし、目が合ってしまったので念の為にご挨拶に伺ったら脅されましたと言っておきますから、大丈夫です」
そう言って笑っている。そんなことをされると、また俺が怖れられることになるのだが。
「一部とはいえ領地を返上して、これから大丈夫なのか? 例えば公爵夫人の衣装代とか靴代とか」
俺がそう聞くと、だが、彼はきょとんとした顔をしている。
公爵は夫人に頭が上がらないと言っていたのは彼だったし、これまでとは違う質素な暮らしに耐えかねて、公爵を突き上げでもされたら、また何か起こりかねないのではと心配に思って、
「なんでも『パンが買えないのなら、ブリオッシュを食べればいい』とおっしゃったとか聞いたことがあるぞ」
俺がそう言うと、イベリアノは笑って、
「奥様は確かに侯爵家のひとり娘で、世間知らずなところはありますし、ハイラディン様のこととなると我を忘れてしまわれることもあります。
ですが、そのようなことをおっしゃるほど分別のない方ではありません。それこそバール湖辺りが出所の、根も葉もない噂でしょう」
そう言って否定した。
「それに、これからはハイラディン様が当主ですから。奥様が統治の邪魔になるようなことをなさるはずがありませんから」
まあ、彼がそう言うのなら大丈夫なのだろう。
新しい当主は甘やかされて育ったボンボンのような気がしてならないが、そこまでは俺が心配することでもないし。
「ですが、さすがに今までと同じというわけにはいかないでしょう。公爵家としての体面もありますから、減らせない物もありますが、家臣の中にもお暇をいただく者も出るでしょうし」
彼は真顔になってそう言った。
「では、イベリアノは俺に仕えないか?」
俺はそう誘ってみた。
彼は一瞬、驚いた顔をしていたが、すぐに笑顔を見せた。
「ありがとうございます。ですが、私はわが主について参ります。今回はあんなことになりましたが、おかしな望みさえ抱いたりしなければ、普段はあれで良い主君なのです。
今回の私の働きも評価してくださって、こうして王宮への随伴もお許しくださいましたし、これまでの御恩もありますから」
そう、きっぱりと断られてしまった。
まあ、彼は典型的な文官だからパーティーメンバーにはならないかもしれないなとは思っていたが。
だが、今回の彼の働きを見ていると、NPCだとしても、彼はゲームの重要なキャラクターであると思う。
『ドラゴン・クレスタ』はエンディングを迎えたのだから、もういい加減この考えはやめるべきなのかも知れないが、逆にゲーム知識のない俺には、こういった考え方をするくらいしか取り柄はないのだし。
「ではこれから先、俺はどうしたらいいだろうか? 是非、アドバイスをもらいたいんだが」
俺が鼻息荒くそう迫ると、その剣幕に彼は少し困った顔をしていたが、
「私は予言者ではありませんから、これからどんなことが起きて、それにどう対処すれば適切かなどということは分かりませんから、一般的なことしか申し上げられませんが」
そう前置きをして、
「行き詰ったら、初めに戻って考えてみる。そして、様々な角度から物事を見てみる。例えば縦の物を横にして考えてみるなんてことは、よく言われますね」
俺はそれを聞いて、なんだか安っぽいビジネスセミナーみたいな内容だなと思って、少し残念な気分になった。
イベリアノは今回の一件で、一生分の頭脳の冴えを使い果たしたのかも、そうとさえ思ってしまったが、
「ありがとうございます」
そうお礼を言って、彼と別れた。




