閑話その四十四 時の祠の利用拡大
主人公たちがクレスタ島のバカンス? から帰って来てしばらくした頃のお話です。
「えっ? ジョバターキ将軍……だよな?」
「これは皇帝陛下。お目に掛かれて光栄です」
ダイニングで昼食を終え、執務室へと続く廊下をぶらぶらと歩いていると、いきなり彼に出くわした。
驚いて、やっと言葉を紡ぎ出した俺に対し、ジョバターキ将軍は余裕を持って礼を返してきた。
(ここって、カーブガーズの皇宮だよな?)
俺が寝惚けている間にメーオかベルティラにクリュナミアに連れてこられたんじゃないかと思ったくらいだが、周囲を見ても普段、俺の暮らす皇宮に間違いない。
「陛下もお元気そうです何よりですな。帰って陛下にお目に掛かったと伝えたら、イアーク・アラガンが羨ましがるでしょう」
彼はそう言ってにやりと笑った。
普通はこの世界を統べる皇帝に出会ったら、もう少し緊張するだろうと思うのだが、彼は大軍に出会っても少しも臆することのない勇将なのだ。
いや、俺とはともにヴァダヴェスティーンを倒す旅に出た仲だから、それなりに気心が知れているからな。きっとそうだ。
「いや。そんなことより、どうしてここにいるんだ? クリュナミアで何かあったのか?」
彼はクリュナミアの王都であるクリユナマーレでベラヴィーン王に仕えているはずだ。
それが遥か離れたカーブガーズにやって来たということは、政変か何かがあったのだろうか?
ベラヴィーンはクリュナミアでは大魔王ヴァダヴェスティーンを倒した英雄ってことになっているが、実はそれは嘘で、ただのシスコンのヘタレだってことがバレて軍に反乱を起こされたとか。
「いいえ。姫巫女様のご機嫌伺いです。国王陛下は姉君のことを常に気に掛けておいでですから、時々こうして我々が近況をお尋ねしているのです」
どうやらプロメイナに会いに来たらしい。
そしてベラヴィーンがシスコンであることも相変わらずだ。
プロメイナにはいつでもクリュナミアへ帰っていいぞって言ってあるのに、何故か頑なに帰ろうとはしないから、こんなことになっているのだろう。
それでこうして軍の重鎮である将軍に遥々、カーブガーズを訪ねさせているとしたら、困ったことだと思う。
いくらプロメイナが率いた軍によってあちらの世界が統一され、平和になったとは言ってもだ。
「そうなのか? それにしても時々って、これまでずっとクリュナミアから来てたのか? わざわざ将軍が?」
俺が尋ねるとジョバターキはまた、にやりと笑った。
「いいえ。奴でもあるまいし、そんな面倒なことはしませんよ。それでも今回で三回目ですか?」
奴ってのはイアーク・アラガンのことだろうなって俺は何となく理解した。
謹厳な彼ならクリュナミアからの道を遠しとせず、カーブガーズまでやって来ることだろう。
「三回目?」
クリュナミアからここまで、俺は徒歩や馬車で移動したことはないからはっきりとは分からないのだが、ひと月近く掛かるんじゃないだろうか。
『雷光』のジョバターキが馬を駆れば一週間くらいで着くのかもしれないが、それにしても往復すれば半月は掛かる。
「はい。三回目です。便利になりましたからな。『カーブガーズへ!』だけで済むのですから」
腕を前に伸ばす仕草を見せてそう口にした彼に、俺は一瞬、言っていることが理解できなかったが、すぐにそれに気がついた。
「まさか、時の女神の祠を使っているのか?」
たしかケフィーティアとか言ったと思うが、セフィーリアと紛らわしくてうろ覚えだから『時の女神』で誤魔化した。
それでもこの世界の人には通じるはずだ。
「ええ。途中でいい女に会うこともありませんから、旅の楽しみには欠けますがね」
将軍は気楽な感じでそんなことを言った。
でも、あの祠を使わなければ、三回もここまで来られなかっただろう。
イアーク・アラガン将軍じゃないんだから。
「いや。あの。そんなにしょっちゅう祠を使っているのか?」
あの祠の管理はクロンビーエに任せてあるが、使えるのは一日に四人だけ。
しかも、うち二人分の枠はこちらで使わせてもらっているから、残っているのは二人分だけのはずだ。
「いいえ。そうはいきませんよ。精々十日に一回ですな。パノトスの公爵様はもう少し融通してくれそうだったそうですが、ベラヴィーン陛下が遠慮されたのです」
どうやらクロンビーエとベラヴィーンの間で何らかの話し合いが行われたらしい。
クリュナミアからカーブガーズへと跳ぶ人の枠を一定程度確保したってことだろう。
「そんなに皆が知っているのか? 祠のことを」
時の女神の祠のことは、これまでずっとカスモート辺境伯家改め公爵家に伝わる秘密だったはずだ。
クロンビーエはそれを返上してはいるが、まさか公にしたわけではないと思うのだが。
「いいえ。我が国で知っているのは国王陛下とイアーク・アラガンに私くらいですね。まあ、陛下のご信頼の特に厚い臣下のみってところですな」
何だか自慢気に答えてきたが、ベラヴィーンが彼を信頼しているのは確かだろう。
こうして大事な姉様の近況を尋ねさせるくらいなのだから。
「ポリュティウスはどうなんだ?」
でも、俺は不審に思ってさらに尋ねた。
「あ。奴も知ってますな。奴は国王陛下と一心同体ですからな。忘れていました」
ポリュティウスはプロメイナが唯一、自分が『黒き王』であることを明かしていた忠臣なのだ。
この分だと彼の娘のネマーニアも知ってそうだなと俺は思った。
こうして秘密が徐々に秘密ではなくなっていくのだろう。
「まあ。いいけどな。でも、カスモート公爵は自ら使う分は確保できているのか?」
何しろあの祠の力を使えるのは一日に四人だけなのだ。
その半分を俺が取り上げ、その上、クリュナミアにまで便宜を図っているとなると、彼はほとんど祠を使えないんじゃないだろうか?
「さあ? 国王陛下の下へ定期的に報告は来ているようですが、特に急を要することはないようですな」
俺が適当に口にしたクリュナミアに報告を上げてほしいって命令をクロンビーエは律儀に果たしているらしい。
でも、いみじくも彼が言っていたとおり世界は統一されて国同士の諍いもなくなっているから、報告することもあまりなさそうだ。
「いや。それでも普段からの情報収集が大切なんだ。禍いは小さな芽のうちに摘み取らないとな」
俺は、現実世界の俺が聞いたら耳を疑うような正論を口にした。
別にクロンビーエが平和な世で楽しているのが気に入らないってわけじゃないぞ。本当だ。
「いえ。もう禍いの種なんてそうそうありませんから。今日も隣の婆さんが飯を食って何して寝たとか、そんな情報を集めても仕方ありませんからな」
ジョバターキが何やら言っているが、そう言う問題ではない。
物事は日々の積み重ねが重要なのだ。
「そうだ! セフィ……時の女神にお願いして、祠を使える人数を増やしてもらおう」
俺はそう口にして不用意だったかなと思ったが、もう手遅れだった。
肝の太いジョバターキもさすがに驚いていたけどな。
「時の女神にお願いするとは、まさか神殿に詣るわけではないのでしょうね。その程度で祠を使える人数を増やすなどという人智を超える事柄が起こせるとは思えませんからな」
ケフィーティアの神殿なんてどこにあるのか知らないが、もし俺が行くとすれば、積乱雲の中にある神殿だろう。
白いイルカに乗って行ってみるのも手かもしれないが、俺はそこまで暇じゃないのだ。
「まあな。後でこっそりお願いしてみるよ」
一人でセフィーリアと、ぱっと見は誰もいない空間に向かって話しているところは、あまり人に見られたくはないのだ。
だが、ジョバターキ将軍が驚いたのはそれだけではなかったらしい。
「さてはカーブガーズをはじめ、オーラエンティアの各地へ祠から跳べるようになったのも、陛下のせいなのですな。得心がいきました」
そんなの当たり前じゃないかって思うのは俺の仲間たちくらいなのだろう。
そもそもこの世界のほとんどの人は『時の女神の祠』の存在自体を知らない。
まして俺がセフィーリアにお願いして、こちら側の世界にも祠を設置してもらったなんて知っているのは、本当にひと握りなのだ。
「ああ。でもそのあたりは秘密にしておいてくれ。ヴァダヴェスティーンの一件みたいにな」
俺はクリュナミアの弱みに触れて牽制したつもりだったのだが、将軍は平気な顔で、
「大魔王討伐のことなら、多くの者は真相に気づいていますよ。王宮の公式発表をわざわざ否定するような者もおりませんがね」
なんて答えてきた。
まあ、あの当時のベラヴィーンはとても大魔王と闘えるような人物じゃあなかったからな。
さすがに無理があったのだろう。
「そうか。でも祠については一応は秘密だからな。その辺も大人の対応を願いたいな」
俺の依頼にジョバターキは大仰に礼をして、
「皇帝陛下。臣ジョバターキ、ご命令畏まって承りました」
なんて答えてきた。
「ああ。頼む。一日に使える人数はすぐにも増やしておくよ」
俺はさっさとセフィーリアにお願いして瞬間移動をもっと手軽に使えるようにすることにした。
そもそも一日に四人までなんて、ゲームの都合にすぎないのだ。
『ドラゴン・クロスファンタジアⅡ』のPCは四人だけだし、ゲーム上は宿に泊まれば翌日になるから不都合はない。
でも、現実の異世界ではそうはいかないから、不便なことこの上ないのだ。
「そうなると私も気軽に話に聞くクレスタ島の浜辺を訪れることができますな。何人かお気に入りを連れて」
ジョバターキがお気楽なことを言っているが、秘密を保つためには彼にも多少の役得は認めるべきだろう。
「ああ。プロメイナにもいつでもクリュナミアに帰ってもいいぞって伝えておいてくれ」
これまでは人数に制限があったから遠慮してるって面もあったかもしれないが、それは大幅に緩和されるはずだ。
「そいつは御免蒙りますな。わざわざ殿下のご不興を買うようなものですから」
将軍はせっかくの俺の提案を断ってきて、俺は驚いてしまう。
でも、俺が口を滑らせたことは黙っておいてもらわないといけない。
また、ティファーナやアグナユディテあたりに詰められそうだからな。
それにしてもプロメイナがクリュナミアに帰るのを嫌がるのは何故なんだろう?
まさか別の世界の人形作りが趣味のベラヴィーンと出会って、彼が嫌いになったとかじゃないだろうな。
お読みいただきありがとうございます。
今後も折を見て後日談などを投稿していけたらと思っています。
またご覧いただけたら嬉しいです。
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