閑話その四十三 ハイラディン王のお妃候補
「ハイラディンは結婚しているんだったかな?」
俺が、執務室へやって来たフォータリフェン公爵に尋ねると、彼は意外そうな顔をした。
「いえ。まだのはずです。まさか陛下に断りもなく、妃を迎えられるとは思えませんが」
俺が王国の不穏な兆候でも掴んだと思ったのだろうか。
少し顔を曇らせてそんな答えを口にした。
「そうだよな。ハイラディンのお妃なんて見たことないからな」
彼に初めて会ったのは当時のナヴァスター公爵の所領であったノーヴェストの町だが、その後も俺の即位式典の時とか、ハイラディンには何度も会っている。
でも、そこで公爵夫人とか王妃とかを紹介された覚えはない。
ハイラディンに奥さんがいたらさすがに覚えていると思うのだ。今や王妃陛下なんだし。
「陛下が貴族の娘でも養女に迎えられて娶せられますか? ハイラディン王も否やはないと思いますが」
俺はハイラディンが結婚していて、娘がいるのだったら、それってララティーなんじゃないかと思って聞いたのだが、公爵は俺が思ってもみないことを口にした。
「俺の養女って、そんなことしてどうするんだ?」
思いもよらない方向からの提案に、俺が碌に答えられないでいると突然、背後から声が掛かった。
「そうよ。ハイラディン王の心配より、アマンはまずは自分の心配よね」
そう言ってきたのはアグナユディテだった。
いつからそこにいたのか知らないが、俺と公爵の話を聞いていたらしい。
こっちは実際に思いもよらない方向からの声掛けだな。
「いや。俺はハイラディンとベラヴィーンには早く身を固めて落ち着いてほしいと思っているんだ。両国の安定のためにもな」
現実世界の俺を見れば、どの口が言うんだって話だが、この世界では俺はまだ若いからな。
それに俺は親戚のおばちゃんとかから何度も同じようなことを言われてきたから、一度くらいは自分でも言ってみたいと思っていたのだ。
「そのまま返される気もするけど。でもそれが両国の安定のためと言うのもどうなのかしら? 見え透いている気がするのだけれど……」
アグナユディテはそう言って、俺の顔を眺めていた。
俺がララティーのことを気にしてるってのは、彼女だけには分かってしまうことだからな。
「いや。そんなことはないぞ。例えばベラヴィーンに王国貴族の娘を紹介するとかだな……」
俺はそう言いながら、王国貴族の娘なんてほとんど知らないことに気がついた。
俺は魔王を倒した英雄で、王都をドラゴンから守った救い主なのに、貴族たちには人気がないらしい。
王国大宰相で大元帥でもあったから、その権力に擦り寄ろうとする貴族だっていてもおかしくないと思うのだが。
せめて舞踏会にでも行ったら、多少はそういった方々とお近づきになれたのかもしれないが、俺はそもそもリア充的なイベントは苦手なのだ。
「逆は如何ですかな? ハイラディン王にクリュナミアの貴族をご紹介するのは。陛下はそちらを気にされているのでは?」
俺が気にしているのはハイラディンに娘が生まれたら、この世界でララティーに再会できるんじゃないかってことだ。
だから、公爵が言うことは一面では正しい。
「しかし、国王陛下の伴侶となれば、それなりの位をお持ちの方に限られますな。こちらは先の会戦でも勝利を収めていますから、最低でも公爵令嬢くらいの方でないと」
俺はもともと現代人で貴族社会のしきたりに関する知識なんて皆無だが、まあ、彼の言いたいことは分かる。
でも、公爵以上の令嬢となると、かなり限られるんじゃないだろうか?
「例えばキアーラ様とかかしら? カスモート公爵には娘がいた?」
この世界では旧フランラシュ王国の領域をカプラスが公爵として治めているから、キアーラは公爵の妹ってことになる。
今だに信じられないけどな。
あとクロンビーエは陞爵して公爵になったから、娘がいれば条件に適わないでもない。
「公爵は知ってるか?」
俺がそんなことを知るはずもない。
アグナユディテは人間世界の貴族のことになんて興味ないだろうによく覚えているなって感心していたくらいなのだ。
「カスモート公爵にはご令嬢はいらっしゃらなかったはずです。彼のことですから、そんな娘がいれば陛下にご紹介されたでしょう」
フォータリフェン公爵は自信ありそうに答えた。
クロンビーエは如才なさそうだから、公爵の言うとおりかもしれない。
「ほかにはいないかな?」
公爵格ってことになれば、シャルアンだってそうなのだが、フォータリフェン公爵が彼女を挙げなかったのは年齢的に除外だからだろう。
この世界では見た目も俺たちより少し上だし。
「格好の方がいらっしゃいますな」
俺の問いにすぐに適切な解を見つけてくれるのは、さすがは宰相府の重鎮三人の一人だけはある。
イベリアノやティファーナだったら、もっと早かったかもしれないけどな。
「そんな人がいる?」
アグナユディテが意外そうな顔で尋ねていた。
彼女はやっぱり人間社会にはそこまで詳しくないのだろう。
こういうのは生まれた時から大貴族であるフォータリフェン公爵やティファーナの領分なのだ。
俺がそこに入っていないのは言うまでもない。
「ベラヴィーン王の姉君……で……す」
公爵はそう答えながら、何かに気がついたようで急にトーンダウンしていた。
もう途中から口にするんじゃなかったって様子がありありと見てとれる。
「ベラヴィーンの姉君って……、プロメイナのことか?」
俺は、実はベラヴィーンにはプロメイナとは別の姉がいるのだけれど、彼女は病弱で王宮から出ることもなく過ごしているのではって想像をしてしまった。
そもそもベラヴィーン自体が引き篭もり系だったから、そんな姉がいてもおかしくない気がするのだ。
いたら引き篭もり系同士で気が合うかもしれないしな。
「あり得ないわ。絶対に承知しないでしょうし」
「私もそう思います……」
俺に答えることもなく、アグナユディテと公爵はそんな会話を交わしていたから、彼が言ったのはプロメイナのことで間違いないらしい。
「いや。そんなことないんじゃないか?」
プロメイナはあんな性格だけれど、可愛らしい容姿だし、実は姫巫女と呼ばれるだけあってきちんとしているのだ。
俺のことを好色で忍耐の欠片もないって詰めるくらいにはな。
「そんなことあるわ。アマンはプロメイナが承知するって本気で思うの?」
アグナユディテの隣で公爵が申し訳なさそうに頷いているから、俺が考えていたハイラディンが断るってことではないらしい。
俺はてっきり、プロメイナみたいなじゃじゃ……しっかり者はちょっと好みではないってことなのかと思ったのだが。
「そうか? ハイラディンは立派な王だし。個人として見ても女性に嫌われるタイプじゃないと思うけどな」
マザコン疑惑は俺の勝手な思い過ごしだったわけだし、王位に即いて後の施政も上手くやっていると思う。
俺に言う資格があるかは疑問だが。
でも、何故かミセラーナも彼との結婚を嫌がっていたみたいだから、彼には女性が生理的に受け付けない何かがあるのかもしれない。
「そういうことじゃないの!」
アグナユディテがあまりに強く否定してきたので、俺はかちんときてしまった。
「じゃあ。どういうことなんだ?」
俺はちょっと不貞腐れて彼女に尋ねた。
そこまで言うのなら彼女には、きっと理由が分かっているのだろう。
「いえ……その……。彼女はたぶん断るだろうなって思う。ええと……女の勘ってやつね」
珍しく俺の強い言葉にたじろぐように、アグナユディテは急に弱気に答えてきた。
勘だなんて、彼女らしくない言い種だなって思う。
「それってハイラディンに失礼なんじゃないか? とにかく一度、プロメイナの意向を確かめてだな」
きっとアグナユディテは何かハイラディンに失礼なことを考えたに違いないって気がした。
彼はまだ若いから加齢臭とかがあるとも思えない。
現実世界の俺は、そろそろ気をつけないといけないお年頃に差し掛かりつつあるけどな。
「陛下! 私の勘違いでした。どうかその儀はご勘弁を」
フォータリフェン公爵もそう言って珍しく困った顔を見せる。
彼はリズニーデ近郊の戦闘の後、プロメイナに一喝されているから、それ以来、彼女に苦手意識があるのかもしれない。
でも、それもプロメイナが断るって前提に立ってのことだよな。
(どうしようかな? 公爵にはいつも世話になっているから、苦境に陥らせるのは本意じゃないし……)
でも、アグナユディテにあそこまで言われて、そのままってのも何だか癪に障るのだ。
だが、そう考えたところで、俺は重大なことに気がついた。
(そう言えばプロメイナは『ドラゴン・クレスタ』のキャラクターじゃないじゃないか!)
彼女は『ドラゴン・クロスファンタジアⅡ』のNPCであって、本来、この世界とはまったく無関係の存在だ。
そんな彼女がララティーの父親であるハイラディンと結婚したって、ララティーが生まれてくるとは思えない。
「そうだな。プロメイナとハイラディンが結婚するのは無理だよな」
このままだと永遠にララティーに出会えなくなってしまうと思って、俺は慌てて軌道修正を図ることにした。
「突然、どうしたの? まさかプロメイナの気持ちに……ってことはないわよね」
アグナユディテは俺の顔を覗き込んでそう言ってきたから、やっぱりハイラディンには何か致命的な問題があるのかもしれない。
でも、それはもうどうでも良いことだ。
「いやあ。結婚についてはハイラディンの意思を尊重すべきだと思うんだ。俺がお願いしたら彼は聞いてくれそうだからな」
ハイラディンは俺なんかにかなり気を使ってくれている。
そんな彼に結婚相手を押しつけるなんて、俺の柄じゃあないからな。
「そう。私もそう思うけど……。余計なことを言ってしまったかしらね」
何となく不機嫌そうなアグナユディテが何やら呟いているのを聞きながら、俺はララティーの母親が誰なのか、セヤヌスに確かめてみようと思っていた。




