閑話その四十一 ティファーナの悲恋 後編
『ティファーナ・エルクサンブルク』
一応、説明書に名前はある。
「エルクサンブルク侯爵のひとり娘で、アンヴェルのまた従兄妹。亡くなった父親の跡を継ぎ、エルクサンブルクの領主として町を守っている」
なんて通り一遍の説明ではあるが、お姫様然とした可愛らしいイラスト付きだ。
NPCとしては破格の扱いだろう。
父親については亡霊だからか、俺と同じおっさんだからか、解説なんてないんだし。
「やっぱりティファーナは凄いのね。私は亡霊にまでなる自信はないわ」
セヤヌスの世界から皇宮に戻って後、ダイニングで昼食を取っているとアグナユディテがやって来た。
彼女はそんなことを言っていたが、住民たちに迷惑だから亡霊になんてなるべきではないだろう。
本人だってそれで幸せだなんてとても言えないし。
「でも、アマンがいないとああなってしまうのね」
彼女は暗い顔で続けていたが、俺からしたらそっちの方が正しいのだ。『ドラゴン・クレスタ』は百回やって百回ともアンヴェルはミセラーナと結ばれるのだから。
「いや。俺がいないとって、あの世界にもアスマット・アマンはいたし」
俺はララティーに散々、偽者扱いされたし、あの世界で三百年前にアンヴェルたちと魔王を倒したのは俺でない方のアスマット・アマンなのだ。
「だからこそよ」
だが、彼女はそう口にして首を振った。
俺は食後のお茶を頼もうと思ったが我慢した。
ここでお茶を飲みだすと、アグナユディテとゆっくり話すことが難しくなりそうだ。
「あの世界にもアスマット・アマンはいた。そしてきっとアンヴェルや私とともに魔王を倒す旅の途中でティファーナの許を訪ねたのよね。違うかしら?」
彼女、だいぶ慣れてきたなって俺は思った。
事情が分かっている俺でも紛らわしいなって思うのだ。
ここがゲームの世界だって知らないこの世界の住人には何のことか分からないだろう。
そもそもゲーム自体知らないのだし。
「まあ、そうだな。でもそれで何で『だからこそ』なんだ?」
彼女の言ったとおり、あの世界では三百年前、アンヴェルをリーダーとした六人がエルクサンブルクを訪ねているはずだ。
それが『ドラゴン・クレスタ』のシナリオなのだし、『Ⅱ』はそのシナリオが完遂されたことを前提とした世界になっている。
俺とユディはある意味、別人だが、アスマット・アマンとアグナユディテもティファーナに会っているはずだ。
ティファーナはアンヴェル以外は目に入らないから、彼女は覚えていないかもしれないけどな。
「だから、アマンはあの世界で大賢者って呼ばれていた人とは違う。何だか紛らわしいけれど私はそう思う」
彼女は自信を持ってって感じでそんなことを言っていた。
俺は異世界人であるという特異な点があるから、彼女が言ったことは正しいのだ。
「まあ。そうなんだろうな。あまりに違いすぎるからな」
俺の性格の問題なのだろうが、こればかりはどうしようもない。
まさかゲームのアスマット・アマンに合わせて性格を変えるわけにもいかないしな。
でも、納得したって様子で頷くアグナユディテに、何となくあの世界のアスマット・アマンの方が立派だと言われている気がした。
「それを言うならユディだって違うと思うけどな」
俺はつい、そんなことを口にしてしまう。
でも、あのルナの祠の隠者、コーンウィルジーもアグナユディテが三百年前と雰囲気が変わったと言っていた。
きっと、あの世界のアグナユディテは控えめでお淑やかなエルフの姫君ってイメージそのもののキャラクターなのだろう。
「私は……違わないんじゃない? だってアマンみたいにもう一人いたわけじゃないし」
彼女は気がついていないのか、そんな疑問で答えてきた。
これ以上の説明は墓穴を掘るだけだと気がついて、俺は話題を変えることにした。
「でもアグナユディテはよくティファーナの亡霊を説得なんてしたよな。まさかそんなことができるなんて思ってもみなかったよ」
相手は不死の怪物なのだから最後は戦うしかないのだろうなと俺は思っていたのだ。
いや、ティファーナを滅ぼすことで、日頃の書類仕事の怨みを晴らそうとか考えていたわけではないけどね。
「えっと。亡霊に話が通じるって教えてくれたのはアマンなんだけど……」
俺は本気で感心して言ったのだが、アグナユディテはきょとんとした顔で答えてきた。
「俺が教えたって?」
そんなことをした記憶のない俺の方がきょとんとしてしまうが、アグナユディテは大きく頷くと、
「そうよ。だって初めてあの城を訪れた時、侯爵の亡霊を説得してたじゃない」
そう言われてみればそうだったなと、俺は思い出した。
ドゥプルナムの要塞のゴーレムもそうだったけど、『ドラゴン・クレスタ』ではレベルを上げてごり押しする以外にも、攻略法があるモンスターもいるのだ。
「あとはミリナシア様のお父様もそうね」
アグナユディテはフェルデリヒトさんの、ミリナシア姫の父親のことを言っているようだが、彼は俺が説得したわけではない。
娘を守りたい一心で自らジグサーマルトに対抗してくれただけだ。
でも、不死の魔物とも話すことができるってこと自体が、彼女にとっては驚きだったのかもしれない。
「そうなのか? でもそれは俺とは関係ないんじゃないか?」
どちらかと言えば『ドラゴン・クレスタ』の設定の問題だろって気がした俺は、アグナユディテにそう言ったのだが、
「いいえ。アマンが教えてくれたのよ。私はあの世界へ行ってみて、それが良く分かったわ」
俺の目をじっと見て、彼女はそう言い切ってきた。
「陛下。そろそろ執務室にお戻りになられませんか?」
ダイニングに突然、俺たちが話題にしていたティファーナが姿を現し、俺とアグナユディテをぎょっとさせた。
噂をすれば影ってのは、この世界でも有効なようだ。
「私の顔に何か付いていますか?」
俺はつい、彼女をまじまじと眺めてしまっていたらしい。
いや、俺だけでなくアグナユディテも思わず彼女を凝視していたから、不審にも思うだろう。
不思議そうにそう言ったティファーナに俺は、
「いや。ティファーナは幸せなのかなと思ってな」
つい、本音を口にしてしまった。
ゲームの中のティファーナは、英雄の子孫であり近衛騎士でもあるまた従兄のアンヴェルに憧れと、初恋であろう恋心を寄せる可憐な令嬢ってNPCだった。
そんな彼女が『ドラゴン・クレスタⅡ』の世界では、自分を伴侶に選ばなかったまた従兄、と言うよりも彼を奪った王家を怨み、三百年もの間、亡霊として『ライアシュタイン城』に棲みつくことになるのだ。
その境遇はとても幸せとは言えないものだろう。
「幸せかなんて……、幸せに決まっているではありませんか。愛する旦那様が側に居てくださいますし、それに……」
彼女は最初は不思議そうな顔のまま、顔を赤らめて答えてくれたのだが、それに続いた言葉は俺には意外なものだった。
「陛下がやり甲斐のある仕事と、何より権限をお与えくださいましたから。最近ではとても感謝しておりますの」
普段はあまり見ない穏やかな表情で、彼女はそう言ったのだ。
「いや。ティファーナを宰相府に招いたのはミセラーナだし」
俺はそれをそのまま引き継いだに過ぎない。
イベリアノとフォータリフェン公爵を招いたのは俺だとは思うけど。
それを聞いたティファーナは、また柔らかい笑顔を浮かべると、
「そのとおりです。ですが、私も陛下にお仕えしてかなり長くなりました。ですから陛下にも感謝しておりますの」
そう言って俺に向かって丁寧にお辞儀をしてくれた。
その所作は俺なんかではとても真似のできない優雅なものだった。
「エルクサンブルクを先代から受け継いだ時は必死でしたから、そんなことを考える余裕はありませんでした。でも、陛下の下で政に携わらせていただいていますと、人々の暮らしぶりが目に見えて良くなっていることが分かります。それはとても幸せなことですわ」
どうやら彼女、この世界では愛に溢れた温かい家庭と、社会的に意義がある充実した仕事を手に入れたらしい。
どちらも俺が現実世界で得られなかったものだ。
この世界では……どうなんだろう?
「そうか。それなら良かった。俺もティファーナには感謝してるんだ」
俺がそう告げると、彼女はすぐに自慢気な顔で、
「それはそうですわね。陛下をこの世界へお誘いしたのは私ですし」
そんな答えを返してきたので、俺はどきりとしてしまう。
彼女の言う「この世界」ってのは政治の世界ってことなのだろうが、俺は一瞬、俺たちの暮らすこの異世界のことかと思ってしまったのだ。
「冗談ですわ。私などの誘いがなくても、陛下なら必ず同じ道を辿られていたでしょうし」
俺は彼女に誘われたって言うよりも、引きずり込まれたって方が正確だと思うのだが、彼女はそんなことも言ってきた。
俺は彼女やイベリアノみたいに勤勉じゃないから、強制されなければ今みたいな地位には就かないと思うぞ。
「そうか。でも俺はティファーナに感謝してる。ティファーナが幸せでいてくれることにもな」
彼女の恋がどうなるかなんて、『Ⅰ』の制作時点でスタッフが考えていたのかは疑わしい。
でも、俺は自分の愛するあのRPGのNPCには幸せになってほしいと願っているのだ。
「何ですか、それは。私なら幸せですから。それで陛下に感謝されても……」
彼女は困惑しているようだが、俺が行った『Ⅱ』の世界の彼女を思えば、俺も幸せな気分なのだ。
「いいじゃないか。俺がティファーナに感謝しても誰も困らないし」
俺の答えに彼女は思い出したように、
「そう言えば宰相府の者たちが困っていましたわ。陛下がちっともお戻りになられないと。私に感謝しておられるなら、執務室にお戻りください」
俺に政務に戻るように言ってきた。
いつもならため息を吐くところだが、生き生きとしたティファーナの姿に、俺もこの世界で苦労した甲斐があったなと感じていた。




