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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第七章 続編の世界へ
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閑話その三十九 魔法使いイベリアノ

「イベリアノよ。そなたの才能はわしをはるかに上回る。そなたはわしよりもお師匠様に似ておるの。大賢者と呼ばれたお師匠様にじゃ」


 魔王を倒した六人の英雄の一人にして、私の魔法の師、アスマット・アマン先生は私にそんな過分な評価をくださった。


 先生こそ大賢者と呼ばれる方なのだ。


「滅相もありません。私などまだまだ先生の足許にも及びませんし、まして大賢者トゥルタークに似ているなどとは、畏れ多いことです」


 先生はご自分の魔法の師であるトゥルタークをとても尊敬していて、その大賢者に似ていると言うのは先生からしたら最高の褒め言葉なのだろう。


 私はまだ駆け出しの魔法使いに過ぎないのだから、そう言われても気後れしてしまう。


「イベリアノよ。師の言葉が信じられぬのか?」


 眉間に皺を寄せ、そう言ってくる先生は、申し訳ないが少し面倒くさい。

 こういったところが、英雄として世の尊敬を集めながらも、根暗で偏屈だという評につながっているのだろう。


「いいえ。先生のご期待に添えるよう努めます」


 私の答えに先生は納得されたわけではなさそうだったが、これ以上の議論は無用と考えられたのか、別の話をされた。


「あれから三百年か。わしがお師匠様の弟子となったのも、お師匠様が魔王を封印されて三百年後であった。ちょうど同じ時期にそなたに出会ったのも何かの因縁であろうと思い、弟子にしたのだが……」


 先生が英雄たちと魔王を滅ぼして三百年が経っていた。


 その間に当たり前だが、延命の魔法を使われた先生と、長命なエルフの乙女以外は亡くなっている。

 さすがにもう「乙女」という年齢ではないのだろうが。


「何か気になることでもおありですか?」


 先生の名声を利用して利益を得ようと企む者たちや、王家の信頼篤い先生を自派に取り込もうとする貴族たちに嫌気がさし、先生は王都を去って、ここシヴァース郊外の『賢者の塔』に隠棲されたと聞いている。


 それもあってあまり世間の出来事に興味を示されない方だと思っていたのだが。


「気になること? イベリアノよ。聡明なそなたが気づいておらぬのか?」


 先生のおっしゃるように私が聡明かはさておき、私たちの住む『賢者の塔』に程近いシヴァースの町の住民たちの間でさえ話題になっていることがある。


「魔物の発生ですか?」


 私が答えると、先生はふふんと鼻を鳴らし、


「分かっておるではないか? これはあの時とそっくりなのだ。魔王バセリスが世界を支配しようと動き出した時とな」


 最初は自慢げに、だが途中から深刻そうな様子で私にそう告げた。


「では、私が先生の書簡を王都へお持ちし、先生のご懸念を伝えましょうか? 魔術師ギルドにも警戒を強めるよう伝えるべきかもしれません」


 私の提案に先生は渋い顔を見せた。


「イベリアノよ。慌てるでない。こちらから売り込めば扱いもぞんざいになろう。魔王が滅びて後、長い間、魔物も姿を消していたのだ。奴らとまともに戦ったことのある者など、この世界にわしとユディの二人だけであろう」


 ユディと言うのは、先生と共に魔王と戦ったアグナユディテという名のエルフの女性のことだ。


 だが、魔物と戦ったということであれば、確かアルプナンディアとか言った英雄バルトリヒと大賢者トゥルタークとともに魔王を封印したエルフの族長も、まだ存命のはずなのだが。


 先生のお言葉ゆえ、敢えて指摘はしなかったが。


「魔物への対処方法も忘れられているやもしれぬ。わしはお師匠様の言い付けを守って毎日、この塔に結界を張っておるがの」


 私も弟子入りして魔力が扱えるようになるとすぐに教えられた魔法だ。


 正直、魔物や魔族などそうそう出会うこともないのにと、多少の不満を抱いていたのだが、やはり先生は正しかったのだ。


「それならばなおさら、早めに魔術師ギルドを訪ねるべきではありませんか? 民に被害が出てからでは遅いでしょう」


 私の指摘に先生は急に顔色を変えると、


「慌てる必要はないと言ったであろう! バセリスの時もそうであった。どうせわしやユディを頼ってくるに違いないのだ。迎えが来てから動いても遅くはあるまい」


 眉間に皺を寄せ、厳しい声でそうおっしゃった。


 こうなると先生は自説を曲げることがない。

 それは年齢のせいなのか、もともとの性格によるのか私には分からなかった。


「はい。先生のお言葉に従います」


 これまで弟子を取ったことのない先生から魔法の指導を受けられることだけで、破格の扱いをいただいていると言える。

 私は先生の意向に逆らうことはできなかった。




 だが、先生の思惑は外れ、王都から迎えが来ることはなかった。


 その間、魔物どもは猖獗を極め、王都から東は街道すら通行が困難になりつつあった。


「幸いにして王都の西と北の街道には大した魔物は出ないようじゃ。ならばこの塔とエルフの森へ使いを出すくらいはできるはずであろうにの」


 先生は不思議そうだったが、英雄とはいえ三百年の齢を重ね、その間、人と会うことも稀だった老大賢者と、同様に人間との交流がほとんどないエルフを相手に、王国やギルドが魔物への対応策を尋ねるかは疑問だった。


「先生。もし王宮やギルドから魔物への対応策を聞かれたら、どのようにお答えすればよろしいでしょうか?」


 ここで迎えが来るのを待っていて良いのだろうか?

 募る不安に私は改めて先生に尋ねた。


 そうすれば先生も考えを変えてくださるかもしれないという望みを抱きながら。


「そうだな。魔族や魔物の侵入を防ぐ結界など、実は根本的な解決策とはならぬのだ」


 先生が突然、そんなことを言い出したので私は驚いた。

 大賢者トゥルタークが考案した対魔族の結界は、先生の自慢の魔法だったからだ。


「イベリアノよ。そなたも分かっておるはずだ。結界の内で暮らしを維持し続けることはできぬ。災厄の根を絶たねば人々の生活を守ることはできぬのだ」


 私が意外そうな顔をしていたからだろう。

 先生は厳しい顔を崩さずに、だが、丁寧に教えてくれた。


「魔王に打ち勝ったのはアンヴェル王の愛の力だ。王国に暮らすすべての人々への愛。そしてミセラーナ王女への愛。アンヴェル王は愛に溢れた人だった。そして、その彼の愛が結局は強大な魔王バセリスを倒す力となったのだ」


 先生の言葉は私にとってさらに意外なものだった。

 人付き合いを避け、町から離れた塔で一人暮らしてきた人の言うこととは思えなかったからだ。


「最近はさすがに年を取ったからか、そう思うのだ。すべては『愛』だと。無限の『愛』がすべての問題を解決するのだとな」


 少し恥ずかしそうにそう続けられた先生の姿に、私は何か不吉なものを感じていた。

 偏屈だと言われている先生が口にする言葉とは、やはり思えなかったからだ。


 そして何の根拠もないことではあるが、人がいつもと違うことをする時、何か良くないことが起こるのではという疑念を私は抱いた。

 

 不幸なことに、私のその予感は的中することになる。



(先生。先生のお言葉、必ずや王宮とギルドに伝えます)


 先生の弔いを終え、塔の側に設えた先生の墓にそう誓いを立てると、私は王都へ向けて旅立った。 





「イベリアノは俺から魔法を学んでみる気はないか?」


 セヤヌスの世界から帰って来てから、俺はどうしても気になってイベリアノにそう尋ねてみた。

 彼はあの世界では魔王を倒した英雄であるアスマット・アマンの弟子だった。


 それならきっと彼はあの世界のPCで、俺がその役を担ったパーティーの魔法使いだと睨んだからだ。


 セヤヌスに直接、確認したわけではないが確信を持って言える。

 パーティーのほかのメンバーから見ても間違いないはずだ。


「魔法……ですか? 私が陛下から? いきなりどうされたのです?」


 いつも冷静沈着な彼をして、俺の発言は戸惑いを覚えるものだったようだ。

 この世界の彼は元はナヴァスター公爵家の書記官で、その後は俺が宰相府に呼び出して政務を取り仕切ってもらっているから、魔法を学ぶなんて考えたこともないのだろう。


「いや。イベリアノには魔法の才能があると思うんだ。それこそ俺を凌ぐような魔法使いになるくらいの才能がな」


 俺はそう言ってしまってから、今の自分が単なる『ドラゴン・クレスタ』のPCではないことに気がついた。

 本来の『ドラゴン・クレスタⅡ』の世界では、きっとそうだと思うのだが。


「お(たわむ)れを。陛下以上の魔法使いなど……おそらくは存在し得ないのではないでしょうか?」


 案の定、彼はその顔にいつもの柔らかい笑みを乗せて、やんわりと俺の誤りを正してきた。

 俺が主宰者の力を手に入れた以上、彼の言葉は正しいのだ。


「それに私は大賢者の下で修業されているシャルアン様のご様子もお聞きしています。陛下が魔法の天才だとおっしゃる彼女をして、あそこまで打ち込まねばならないのであれば、私にはとても……」


「いや。確かにシャルアンは天才だけど、イベリアノだって……」


 いつか行った世界のシャルアンは誰にも教わることなく、見よう見真似で俺の魔法を会得してしまうくらいの天才だった。

 この世界の彼女もトゥルタークがその才を愛して弟子にするくらいの素質を持っていた。


 でも、イベリアノは何しろ俺が発売を待ち焦がれた『Ⅱ』のPCのはずなのだ。

 あの『Ⅰ』そのままの安易な設定からして間違いないはずだ。言っていてちょっと哀しいが。


「ありがとうございます。ですが陛下から魔法を学ぶとなれば、私はもとより陛下の貴重なお時間をいただくことになってしまいます。そのようなことは避けたいのです」


 まあ、言われてみれば俺だってトゥルタークに魔法を教わっていた時は、数か月の間ではあったが毎日、結構みっちりと鍛錬を積んでいた。

 当時は魔王が復活するという危機感もあって促成講習みたいなことになっていた面もあったのだが、ある程度の時間を確保する必要があることは確かだった。


 でも聡い彼のことだから、そこまで時間を取る必要はないんじゃないかと思ったのだが、


「それに大変申し訳ないのですが、私は魔法を学ぶより、陛下にお命じいただいた責務を果たすことに時間を使いたいのです。視察へ赴きたい地方など、いくらでもございますから」


 そう言った彼は忙しそうな素振りを見せることはあまりなく、俺にはどちらかと言うと常に余裕がありそうに見えていた。

 でも、それも俺が安心して話し掛けられるようにしてくれていたのかもしれなかった。


「いや。それは誰か別の者に任せてだな……」


 それが『統治の要諦』だろって俺は言いたかったのだが、イベリアノが珍しく少し困った顔をしていることに気がついた。


「せっかくのお誘いに私の勝手な思いからお応えできず、申し訳ありません。ですが、私は陛下からいただいたこのお役目を愛しているのです。全身全霊をもって取り組みたいと思っています。どうか、その気持ちをお汲み取りください」


 彼の表情からは、いつもの余裕が感じられなかった。

 いい加減な俺では想像がつかないくらい、真摯に政務に当たってくれていたってことだろう。


「そうか……。それなら仕方がないな。でも、もし気が変わったら、いつでも言ってきてくれ」


 俺がそう答えると、彼はにっこりと嬉しそうな笑みを見せてくれた。


「ええ。もしもお役御免になったのなら、魔法を学ぶことも良いかもしれません」


 彼はそんなことを口にしたが、俺が主君であるかぎり、彼を罷免するなんてあり得ない。

 それが分かっているのだろう。彼の笑みは眩しいくらいのものだった。


 それに彼に「愛している」なんて言われたら、それを止めることなんてできるはずもない。


 彼が伝える愛の力で、『ドラゴン・クレスタⅡ』の世界は危機から救われたのだから。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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