閑話その三十八 パシヤトの失敗?
(それにしても今回の旅は有意義だったな。これまでの疑問が色々と解消されたし)
カーブガーズの皇宮へ戻った俺は、カトリエーナが淹れてくれたお茶をゆったりと飲みながら、先日行ったセヤヌスの世界、『ドラゴン・クレスタⅡ』の世界のことを思い返していた。
今は執務が始まる前の時間で、決してサボっているわけではない。
「何をひとりで笑っているの? 気味が悪いわね」
アグナユディテが横合いからそう声を掛けてきた。
彼女は足音を立てないから、俺はこうして不意を突かれることがままある。
「いや。この間ユディと行った、こことは別の世界のことを思い出していたんだ。色々と驚いたなと思ってな」
いちばんは発売されることのなかった『Ⅱ』のシナリオを経験したってことなのだが、それ以外にも様々なことがあったのだ。
特に今の世界との違いについては考えさせられた。
エレブレス山の女神が苦心したってことだろう。
「イベリアノさんがアマンの弟子の魔法使いだったのには驚いたわ。そんな未来があるんだってね」
アグナユディテは口を開くと、イベリアノが魔法使いだったことを最初に話題にした。
でもあれはこの世界の未来とは相容れないものなのだ。
「未来ってわけではないけどな。三百年後にイベリアノは生きていないだろうし」
俺の発言にアグナユディテは首を傾げている。
あの世界は今、俺たちのいる世界の三百年後ってわけではないのだ。
現代日本人になら「パラレルワールド」って言えば一発で理解してもらえると思うのだが、中世ヨーロッパ風のこの世界では説明のしようもない。
「そうなの? そうするとここにいるイベリアノさんとは別人てこと? アマンがあの世界で偽者だって言われたみたいに?」
やはりアグナユディテには理解しづらいようだ。
でも、久しぶりに「偽者」って言葉を聞いて、俺は何だか懐かしい気がした。
ララティーは事あるごとに俺に突っかかってくる変わった王女だったけれど、やっぱり責任感と行動力のある主人公らしい人物だった。
我らがアンヴェル・シュタウリンゲンのように。
「まあ、別人と言えばそうなんだろうな。どちらかと言えば、ここにいるイベリアノが三百年後に転生したって感じかな」
転生ってのもラノベ読者なら聞き慣れた言葉だが、アグナユディテは、
「三百年後の世界に生まれかわったってこと? 知り合いもいないでしょうし、ぞっとするわね。でもグリューネヴァルトへ行けば、仲間たちはいるのかしら?」
なんて長命なエルフらしい感想を漏らしていた。
人間だったら孫も曾孫も生きていないって歳月だが、彼女たちエルフやエンシェント・ドラゴンならなんてことないのだろう。
「そう言えばあの時は半月くらいだけど時間がズレていたわよね。あれと同じようなことが起きるって考えればいいのかしら?」
彼女は続けて、そんな聞き捨てならないことを口にした。
「えっ? 半月時間がズレていたって、何のことだ?」
そんな経験をした記憶がない俺は、アグナユディテに確認する。
ゲームや小説じゃないんだから、いきなり「それから半月後」とかあり得ないはずなのだが……。
「何のことって……。まさかアマンは気がついていなかったの? パシヤトさんの祠を出た時のことよ」
パシヤトさんの祠って『生命の祠』のことだろう。あの世界であの場所へ行ったのは二回だが、祠から出た時に時間が経っていたって……。
(待てよ……)
俺は祠から出た時に時間がおかしくなっていたことを思い出した。
「あの、パシヤトさんから『生命の石板』をもらった時か」
あの時は祠を出たら、何故か朝になっていたはずだ。
俺はてっきり翌朝かと思ったのだが、もっと時間が経っていたらしい。
「そうよ。私がアマンに忘れられていた時ね。今みたいに」
アグナユディテは不機嫌そうに腕を組んでそう言ってきた。
いや、あの祠はゲームのシナリオ的にはドラゴン・ロードを滅ぼすアイテムである『生命の石板』を授かる場所だと思うのだ。
アグナユディテの目を覚まさせるのは、釘と金槌さえ手に入れば何とかなるのだし。
「あれって翌朝じゃなかったのか?」
念の為、確認するが、彼女がそう言うのなら間違いないのだろう。
俺の方は漠然と「朝だから翌朝かな?」って考えただけだからな。
「呆れた。やっぱり気がついていなかったのね。その日の夜に出た月の形が前の晩と違っていたじゃない」
俺はまったく気がついていなかったが、どうやら月の満ち欠けでアグナユディテには半月くらい時間が経過したってことが分かっていたらしい。
「気がつかなかったのはアマンくらいだと思うけど。まあ、戻しようもないから気がついてもってところはあるにしてもね」
彼女はそんなの俺だけだみたいなことを言ったが、きっとララティーも気づいていないと思う。
彼女はチヤナカラ海峡を対岸に渡った時も太陽の位置との関係とかを理解しようとしなかったし、月の満ち欠けに関心があるとは思えない。
ゲームの主人公たる者、そう言った細かいことは気にしない大人物である必要があるのだ。
「確かにあの時、パシヤトさんはララティーに急かされて不機嫌そうだったな」
ララティーがエレブレス山へ出発するんだと宣言したのを、パシヤトさんが調整が必要だって出端を挫いていた。
彼女はその腹いせみたいにパシヤトさんに「早くしろ」みたいなことを言っていたはずだ。
パシヤトさんも「年寄りを急かして……」なんてぶつぶつ言っていた覚えがある。
「そうね。あれはララティーが悪いかもしれない。あの操作ってかなり繊細な作業のような気がするわ」
アグナユディテの想像したとおり、『生命の祠』の中と外の時間の経過を合わせるって、思っているより難しいことなのかもしれない。
作業する時のパシヤトさんはいつも真剣そうだからな。
「いや。でも半年後とか何年か後ってことはないんだよな?」
一瞬、過去にタイムスリップもありなのかなと思ったが、それはさすがになさそうだ。
ゲームオーバーになったら、セーブしたところまで戻ってやり直しとかありそうで怖いけど。
「ええ。季節までは変わっていなかったし、王都でも何も言われなかったから精々半月後のはずよ」
この世界はいつも快適だから、俺はあまり季節を感じることはないのだが、アグナユディテには分かるらしい。
それに一年とか経っていたら、さすがに「どこをほっつき歩いていたんだ」くらいは言われるよな。
ララティーはあれでも王女様なのだし。
「そうか。大賢者が亡くなったことが王宮へ伝わったのがやけに早過ぎるなって、何となく感じてはいたんだ。でも、相手はイベリアノだからな。何とかしたのかと思ったんだ」
俺の言葉にアグナユディテは何だか困ったように、
「さすがにイベリアノさんだって、何ともしようがないんじゃないかしら?」
なんて言っていたが、イベリアノは間違えない人なのだ。
たとえ瞬間移動が使えなくても、何らかの手段でそれを成し遂げてしまうと思う。
「それで、この世界のイベリアノさんは魔法が使えるの? アマンの弟子になったら、そうなるのかしら?」
アグナユディテはどういうつもりでそんな疑問を口にしたのか定かではないが、それは俺にはとても魅力的な案のように思えた。
「ユディの言うとおりだとすると、俺が教えたら彼は魔法を使えるようになるんだろう。それは好都合だな……」
アグナユディテは俺の表情から、俺が良からぬことを企んでいると思ったようで、
「アマン。これ以上、イベリアノさんに仕事を押し付けようとか考えていない? 彼が魔法を使えるようになったら便利だと思っているんでしょう」
なんて、俺の考えをほぼ正確に当ててきた。
最近はかなり安定してきたとはいえ、魔法による街道や町の整備の要請はかなり多い。
トゥルタークはアルプナンディアとともに最近はアルスウィードまで足を延ばして賢者の塔を不在にしていることも多いから、どうしても俺が手伝うしかない場合もあるのだ。
それでもトゥルタークは各地の気候や地味から、栽培に適した作物を提案してくれたり、カーブガーズの北の山脈みたいに鉱物資源の在処を探し出してくれたりして、物凄く貢献してくれているけど。
「いやだなあ。そんなこと考えてもいないよ。でも、彼の適性が魔法にあるのなら、俺が教えるのもいいかもな。魔法使いは思ったより少ないし」
俺の返事にアグナユディテは怪しいって顔をしていたから、信じてくれたかは微妙ではある。
でも、イベリアノが『ドラゴン・クレスタⅡ』のPCであるなら、そのとおりに魔法使いになった方が良いような気もするのだ。
決して俺が楽をしたいとかそんな目的からだけではない。本当だ。
「まあ、本人の意向もあるからな。彼は魔法に興味があるかもしれないし。一応、念の為聞いておくことにしよう。そうしよう」
そんなわけで、俺は機会があったらイベリアノに魔法を覚える気がないか聞いてみることにした。
アグナユディテの視線が厳しい気がするが、彼女はそれ以上、何も言ってこなかったから黙認してくれるようだった。




