第五百一話 ハッピーエンド
「ええのお。実に良い。母娘の愛情は素晴らしいの」
パシヤトさんはご満悦で、そう口にしながら俺たちに近寄ってきた。
彼も掛け値なしに嬉しそうだ。
だが、俺がそう思っていると、彼は急に真面目な顔になって、
「それはそうと、これからおぬしたちはどうするのじゃ? まさかずっとここに居るわけにもいくまいて」
そんな現実的な話をし始めた。
本当に考えが読めない人ではある。
「えっと。俺たちは適当に帰りますが、その二人は……」
「アマン。考えてなかったわね?」
アグナユディテに指摘されたとおり、この二人をどうするかなんて、そこまで考えていなかった。
ペルティリャのお母さんの依り代であるジャーヴィーに呼び掛けて、ドラゴンの姿になってもらうって手はあるが、きっとペルティリャが嫌がるだろう。
そう思って俺が躊躇しているとパシヤト老が、
「何ならわしが送ってやっても良いぞ。ダークエルフならカルスケイオスでよいのであろう? お隣さんみたいなものじゃからの」
そんな渡りに船って提案をしてくれた。
「えっ。この祠を離れていいんですか?」
それでも俺はさすがに意外な気がして、彼にそう尋ねたのだが、
「おぬしたちがロードを滅ぼしたのじゃろう? ならば固いことは言いっこなしじゃ。もう細かいことを言う者はおらぬのでな」
そう言って「ほっほっほっ」と上機嫌に笑う。
「では、皆でここから出るとするか? その前に調整をするのでな」
早速、パシヤト老は祠の内と外との時間調整をしてくれるようだった。
「じゃあ。ここでお別れだな。ペルティリャ。元気でな」
俺がそう別れを告げると、あれからずっと母親と手を繋いでいた彼女は、初めてその手を離し、俺の側へ来てくれた。
「そんな。私はまだ、ご主人様のお役に何もたっていません。それなのにご主人様は……」
そう言って俺を見上げ、泣きそうな顔を見せる。
「いいや。ペルティリャは俺たちに素晴らしい贈り物をくれた。だから俺はペルティリャに感謝しているんだ」
彼女は『ドラゴン・クレスタⅡ』の最重要NPCであることは間違いない。
そして俺は、そんな彼女と親しい関係を築くことができたのだ。
『ドラゴン・クレスタ』フリークの俺にとって、これ以上の贈り物ってないだろう。
「そんな。私は何も。私がここまで来られたのも、すべてご主人様のおかげです」
そう言って、今度こそ涙を浮かべる。
「それにお母さままで……。今でも信じられません。ありがとうございます」
彼女が振り向くと、母親は優しい笑顔で応えてくれていた。
「ああ。そう言ってもらえると俺もここへ来た甲斐があったよ。でも、俺は何もしてないからな。ペルティリャの強い心が、俺たちをここまで連れて来たんだ」
俺の力はゲームクリアの助けになったとは思っているが、シナリオを進めたのは俺ではなく彼女の力なのだ。
俺は間違いなくそうだと思っていた。
「そんな。そんなことはありません。すべてご主人様のおかげです」
それでもペルティリャは何度も首を振っては、そう言ってくれる。
そんな俺たちの様子を見ていたパシヤト老が、申し訳なさそうに話し掛けてきた。
「そろそろ行こうかの。わしだけでなく、そなたらもそれほど時間はないのじゃろう?」
そう言った彼の身体が鈍い銀色に輝くと、俺たちのすぐ横に銀色の鱗を持った巨大なドラゴンが姿を現した。
「すごいわね……」
アグナユディテもそれ以上、言葉もないようだったが、パシヤト老の本来の姿であろうそれは、パーヴィーたちよりひと回り大きく立派なものだった。
「レビテーション!」
俺は母と娘、二人のダークエルフを浮遊の魔法でドラゴンの背中に乗せる。
「これで本当にさようならだ。幸せに暮らすんだぞ!」
俺が呼び掛けると、彼女は何度も頷いて、大きく目を見開いて俺を見詰めてくれる。
彼女のトパーズのような瞳と俺の目が合う。
次の瞬間、ドラゴンは大きく羽ばたいて、一気に空へと舞い上がって行った。
「行ってしまったわね」
アグナユディテも感慨深いって口振りだった。
彼女にとっても、ここまで旅を共にしたペルティリャのことは、少なくともただのダークエルフの子どもって以上の存在になっていたのだろう。
「ああ。行ってしまったな」
俺にとって彼女はもちろん、とても大切な思い出だ。
ニ十数年の時を経て、やっと彼女に出会えたんだと思うと、その気持ちはとてもひと言では表せない気がする。
もしも『ドラゴン・クレスタ』の制作会社が経営破綻することなく、俺が彼女と巡り会っていたのなら、間違いなく俺は彼女に夢中になっていただろう。
俺はそう思うことができた。
「さあ。俺たちも帰ろうか」
いつまでも感慨に耽っていたい気もするが、もうシナリオはすべてクリアしたはずだ。
おそらくクレスタンブルグが守られて、王から褒賞を得たところでエンディングテーマが流れ、ゲームは終わりを迎えるのだろう。
「ええ。アマン。帰りましょう」
アグナユディテがそう言ってくれて、俺はメーオに呼び掛けた。
「おーい。メーオ。もういいぞ」
そうして、俺たちを虹色の光が包んで……こない。
「えっと。あれ? もうここにいる意味ってないんだけどな」
「アマン。どうしたの?」
アグナユディテが不審そうに俺に尋ねてくるが、俺だってわけが分からない。
「いや。もう帰れると思っていたんだけどな。一向にその様子がないんだが……」
こういう場合、俺があの呪文を唱えてもいいのかなとチラと思ったが、以前、グズィユールでやらかしているからな。
おとなしくメーオが俺たちを呼び戻してくれるのを待つのが無難だろう。
「まさかメーオが私たちを元の世界へ戻してくれないって言うの?」
沈黙の時間が流れ、アグナユディテも不安そうな表情になってきた。
俺だって不安なのだが。
「このままだとどうなるの?」
「いや。どうなるんだろう?」
俺はそう口にして、すぐに戦慄を覚えた。
俺がずっとこの世界にとどまっていると、元の世界は蒸発してしまうかもしれないのだ。
「メーオがすぐに気がついてくれるといいんだけど。ずっとこのままだとまずい気がするな」
それでなくとも彼女は以前、全回線を遮断するみたいなことをしでかしたから、今回も何かとんでもないことが起きているのかもしれない。
「でも、最近アマンは真面目にバランスを取っているから当分は大丈夫だって、彼女は言っていなかったかしら」
アグナユディテが敢えて楽観的な言葉を口にしてくれたのは、俺を落ち着かせようとしてくれたのかもしれなかった。
「ああ。確かにな。すぐにってことはないと思う」
以前、海域が消滅する事態に陥った時、俺はかなり長く『ドラゴン・クレスタ』の世界で暮らしていた。
あのくらいの期間が過ぎなければ問題が起きないと言うのなら、現状はまだかなり余裕があるはずだ。
「じゃあ。いいじゃない。アマンはここまでずっと走り続けて来た気がするから、私はアマンとゆっくり過ごすのもいいと思う。この世界のカーブガーズには人も住んでいないみたいだし、アマンは私と二人っきりで過ごすのは嫌かしら?」
アグナユディテが何だか少し恥ずかしそうにそんなことを聞いてきた。
俺はそれまでかなり焦っていたのだが、彼女の言葉を聞いて、考えを改めた。
「そうだな。ユディと過ごすのも悪くないかも……」
俺がそう口にした瞬間、暴風の様な虹色の光の帯が俺たちを一気に包み、次に気がついた時には、俺たちは皇宮のダイニングに帰還していた。
「お父様。お帰りなさい。お姉様の世界はどうでした?」
メーオが笑みを浮かべ俺たちを迎えてくれた。
隣には心配そうな顔をしたセヤヌスもいる。
「ああ。最高だったよ。ありがとう。セヤヌス」
俺の答えに、セヤヌスの表情が一気に緩む。
だが、それでも彼女はほんの少し不安そうに、
「あんなことになって、それでもそうおっしゃってくださるのですか?」
俺にそう確認してきた。
「ああ。もちろんだ。それにあれはセヤヌスのせいじゃないしな」
『ドラゴン・クロスファンタジア』の主宰者、ゼルフィムは彼女のことを「でき損ない」だと評していた。
確かに『ドラゴン・クレスタⅡ』は完成することはなかった。
ドラゴン・ロードが際限なく巨大化したのはそのせいだろう。
でも、それは間違いなく存在していたのだ。
「俺はずっとセヤヌスの世界に触れてみたいって思っていたからな。それが叶って、これ以上のことはないよ。ありがとう」
俺が重ねてお礼を口にすると、彼女が安堵の息を吐き、そのまま笑顔に変わる。
その笑顔は少し恥ずかしそうなものに見えた。
「お父様が楽しんでくださって良かったです。でも、それもメーオのおかげなんですけど」
セヤヌスの隣でメーオが頬を膨らませて、そんな不満を口にした。
「ああ。もちろん分かっているさ。メーオもありがとうな」
俺のお礼の言葉に、だが、メーオはまだ不満そうだった。
それでもすぐに思い直したように、
「でも、お父様はメーオのことを『愛する娘』って言ってくださいました。美しくて賢い理想そのものだとも。だから許して差し上げます。メーオは心の広い人なんです」
そう言って今度こそにっこりとした笑みを見せてくれる。
「あなたたち、本当に似てるわね」
アグナユディテが呆れたって顔で俺とメーオを交互に見ながら言ってきた。
俺はメーオはやっぱり聞いていたんだなって思っただけだったのだが、彼女はそんな感想を持ったようだ。
「ああ。でも別に悪くない。そう思わないか?」
俺が問い掛けると、アグナユディテはそんなことを訊かれるとは思ってもみなかったという様子で、ほんの少し戸惑っていたが、
「そうね。アマンがそれでいいのなら、私もそれでいいと思うわ」
何だかいたずらっぽい表情で、今回行った異世界で、何度か彼女から聞いた台詞を口にしてくれた。
それを聞きながら俺は、この世界の彼女とともに『ドラゴン・クレスタⅡ』の世界を経験できた幸せを噛み締めていた。
【第七章・完】




