第五百話 ハッピーエンドへ向けて
ロードはメーオの力によって煙のように消えてしまい、中には幻影の魔法だったのではと言い出す者もいたようだ。
だが、王宮は実際に破壊されていたし、貴族の中にはルジェーナ卿やラディアン卿のように無様に逃げ出した者もいた。
幻影に怯えて逃げたってのも格好がつかないからだろう、結局、王宮においてララティーを中心とした俺たちのドラゴン退治の功績が認められることになった。
「アマンは褒美は本当にあの石板一枚でいいの?」
王宮を辞するにあたり、俺はララティーにもう何度もされた質問を、最後だからとまた聞かれていた。
「ああ。ユディなんか褒賞なしだからな。俺はあの石板がいただければ十分だ」
俺の答えに、ララティーはまた困惑したって顔を見せる。
「ユディもそれでいいの? 三百年前もそうだったみたいだけれど……」
彼女はアグナユディテにもそう尋ねていたが、
「別に私は。それに石板のことならアマンがそれでいいのなら、私もそれでいいと思う」
アグナユディテの答えはそんなもので、ララティーも諦めたようだった。
ちなみにヨランは王家の礼拝堂に仕える司祭を引き受けていたし、リズは正式にララティーの親衛隊長に就任した。
二人ともどこかで聞いたようなお役目だ。
そうなると俺は王宮魔術師に就任すべきなのかもしれないが、アデーレは繁華街の一等地に店を持たせてもらっていたから、『Ⅰ』のエンディングを完璧になぞる必要もないだろう。
俺とアグナユディテはどうせ元の世界へ帰らなければならないからな。
でも、そうなる前に俺はやっておきたいことがあった。
「メーオ。聞こえているんだろう? もう少しだけ待っていてくれないか?」
このまま放っておくと、いきなり俺とアグナユディテが虹色の光に包まれて元の世界へ帰還するってことになりかねない。
どうせメーオのことだから、俺の行動を見張っているんだろうと思って、俺は彼女に呼び掛けた。
「これからパシヤトさんのところを訪ねるんだ。それが終わるまで待っていてくれ」
メーオからは何の返事もないが、とりあえずそう付け加えて、俺はアグナユディテとペルティリャに向き直る。
「メーオってどなたですか? この近くにいるのですか?」
ペルティリャの質問に俺は一瞬、どう答えようかなと考えたが、今はメーオの機嫌を損ねるわけにはいかない。
「メーオは俺の愛する娘なんだ。とても美しくて賢くて、俺の理想そのものって子だよ」
俺の返事にペルティリャは驚いていたが、アグナユディテは冷たい目で俺を見て、
「さすがにメーオだって騙されないと思うけど。まあ、いいわ。ペルティリャ。真面目に聞くことないから」
俺のせっかくの演技を無にするようなことを言ってきた。
一方で、俺はジャーヴィーに向き直ると、敢えて厳しい表情を見せた。
「ジャーヴィー。お前には罪滅ぼしの機会をやるぞ。まずは俺たちをカーブガーズの奥、エレブレス山の麓まで運ぶんだ」
「承知した」
エンシェント・ドラゴンが冷や汗を流すはずもないが、さすがに俺に逆らう気はなさそうだ。
ドラゴンは知能が高いはずだから、それが何を意味するかくらいは分かるはずだ。
「じゃあ。行くぞ!」
俺は早速、自分を含めた三人を『レビテーション』で古竜の背中へ押し上げる。
かなり慣れたとはいえ、高い空を飛ぶのは気持ちの良いものではないが、ペルティリャもいるし、無様な姿を見せるわけにはいかないのだ。
「どこへ向かっているのですか?」
ドラゴンが一気に飛び立つと、ペルティリャが少し不安そうに尋ねてきた。
「生命の祠よね。アマン」
アグナユディテが俺に代わって答えてくれるが、それなら呼び掛けるのもやめてほしい。
俺はジャーヴィーの背中に掴まっているだけで精一杯なのだ。
「あの不思議なお爺さんにお礼を言うのですか?」
「あ、ああ。そんなところだな」
本当は違うのだが、祠に到着するまでは、俺は我慢の時間を過ごしていて、それ以上、答える気にはならなかった。
「着いたぞ。ここが目的地であろう」
ジャーヴィーが尊大な感じもする口調で、俺たちにそう告げた。
俺が薄目を開けると、そこは確かに見たことのある岩壁に彫られた神殿のような建物の前だった。
「ええ。ここよ。間違いないわ。ご苦労さま」
ジャーヴィーの着陸は、俺への意趣返しってわけではないのだろうがちょっと乱暴で、俺は肝を冷やしていた。
アグナユディテとペルティリャは平気そうだったけど。
「そうか。では我はこれで……」
俺たちが背中から降りると、ドラゴンはそう言って飛び去ろうとしたが、
「ちょっと待てよ。罪滅ぼしの機会を与えると言っただろう。俺たちと一緒に来るんだ」
ジャーヴィーは俺の言葉にびくっとしたようだった。
「お前たちはパシヤト殿と既に面識があるではないか。我が案内する必要もないと思うがな」
俺の態度に不穏なものを感じ取っているのか、奴はそう言って祠に入らずに済ませようとしていた。
俺は別にジャーヴィーをタクシー代わりに使おうと思ったわけじゃない。
奴の犯した罪は、その程度で贖えるものではないからな。
「こっちにはお前に別の者の姿を模ってもらう必要があるんだ。お前がダークエルフたちの村を襲った時、この子と一緒にいた女性の姿になるんだ。そのくらい朝飯前なんだろう?」
ドラゴンの能力は人間を軽く凌駕するから、記憶力だって常軌を逸したものに違いない。
俺はそう思って奴に要求したのだが。
「承知した」
ジャーヴィーは観念したのか、ペルティリャに一瞥をくれると身体から鈍い銀色の光を発し、その姿は褐色の肌を持つ女性のものへと変わった。
「これでよいのであろう」
俺には分からなかったが、ペルティリャが震える声で、
「お母さま! ではないのですね。ドラゴンがお母さまの姿になった。でも、どうしてそんなことを?」
そう口にして、目的を果たせそうなことを教えてくれた。
「ああ。今はただ姿が同じなだけの偽者だ。名前だけ大賢者の俺と一緒だな」
俺がふざけて答えると、アグナユディテがちょっと厳しい声で、
「普通なら悪趣味だって怒るところだけど、ペルティリャ。もう少し我慢してね。アマンに考えがあるみたいだから」
彼女にも俺の考えが分かったのだろう、ペルティリャにそう教えてくれた。
「どなたかの?」
四人で祠に入っていくと、案の定、背後から声が掛かる。
もう慣れたつもりでいたが、俺はやっぱり少し飛び上がってしまうくらい驚いていた。
「パシヤトさん。この前はありがとう。おかげでこうしてお礼に伺えたわ」
アグナユディテが先にお礼を言ってくれて、パシヤトさんは、
「おうおう。皆、無事だったようで何よりじゃの。そこにいるのはジャーヴィーか? 珍しい取り合わせじゃの」
そう言ってにこにこしていた。
彼の言うとおり確かに変わったメンバーだろう。
でも、そんな世間話をしている時間はなさそうだ。
メーオがいつ「はーい。時間切れでーす」なんて言ってくるかもしれないからな。
「パシヤトさん。不慮の死は避けられるものでしたよね? でしたらお願いがあるんです」
俺が気合いを込めて言うとパシヤト老は、珍しく真剣な顔を見せて。
「いきなりそうきたか? では、そのお願いとやらを伺おうかの。無碍に断るわけにもいかなさそうじゃからの」
そう答えてくれた。
「いただいた『生命の石板』はまだ一枚、俺の手許に残っています。これを使って彼女のお母さんを生き返らせてほしいのです。依り代も連れて来ましたから」
俺の依頼にペルティリャだけでなく、ジャーヴィーも驚いていた。
「そんなことができるのですか?」
「なっ! 依り代とは我のことか?」
俺は二人を交互に見ると、
「ああ。ここは何しろ『生命の祠』だからな。そのくらいのことはできるんだ。それにジャーヴィー。俺は罪滅ぼしの機会を与えてやるって言ったはずだ。まさかこの祠への送り迎えだけで、それが果たされるなんて思っていないよな」
そう伝えた。
「パーヴィーももう六百年も人間の世界におるようじゃからの。ジャーヴィーもたまには良いであろうて。どれ。それでは始めようかの」
呆然とするジャーヴィーを尻目に、パシヤトさんはそう言って俺から『生命の石板』を受け取ると、それをジャーヴィーに持たせた。
「こうして胸の前で持っておれよ。では行こうかの」
ジャーヴィーはもうされるがままって様子で、両手で持たされた石板を支えていた。
パシヤト老がその石板に右腕を肩のあたりまでグッと入れる。
「この子の母親じゃな。さすがに心残りであったのだろう。まだそう遠くへは行っておらなんだようじゃな。娘がここへ来たことを知って、近寄って来ておるこれがそうじゃろう」
そんなことを呟きながら、石板に突っ込んだ右手で何やら探っていたが、
「よしっ! これじゃ!」
突然、大きな声で叫ぶように言うと、石板に入れていた腕を一気に引き抜いた。
その瞬間、石板は淡く輝き、中央に黄緑色の棒状の光が浮かぶ。
同時にダークエルフの女性の姿をしたジャーヴィーの身体も、淡い黄緑色に輝いて……
「そこにいるのはペルティリャなの?」
驚く女性の声が皆の耳に届く。
「お母さまなのですか? まさか……本当に?」
遠巻きにパシヤト老がすることを見ていたペルティリャは、一歩、二歩と足を進め……。
「ペルティリャ!」「お母さま!」
二人は互いを呼び合い、走り寄って、そのまま抱き合った。
「ああ。よく無事で……。ペルティリャ。良かった。本当に……」
「お母さま! 本当にお母さまなのですね。夢ではないのですね!」
二人とも固く抱き合いながら涙を流し、もう言葉もないようだった。
「アマン。良かったわね」
「あ……あ。良かっ……た」
アグナユディテも涙を浮かべていたが、俺はその程度では済まなかった。
何とか彼女の言葉に答えたつもりだったが、もうそれ以上は無理だった。
俺は後ろを向いて、ひたすら流れる涙をハンカチで拭っていた。
祠に浮かぶ多くの黄緑色の石板が滲んで見えた。




