第四百九十六話 軽微な被害
「おい。ジャーヴィー。俺たちを王都まで運ぶんだ」
ライトニングでかなりズタボロになったドラゴンに俺は命じた。
「我にこのようなことをして。ロードが黙って……ひっ!」
俺が右手を挙げて威嚇する態度を見せると、奴は頭を低くして避けようとした。
「あーあ。ぼろぼろじゃない。これでは遠くまで飛べないんじゃない?」
アデーレの言うとおり、またやり過ぎてしまったようだ。
「癒しの魔法を使いましょう。どこまで効果があるか分かりませんが」
ヨランが申し出てくれて、俺は彼女の魔法にブーストを掛けることにした。
「相手は大きなドラゴンだからな。俺が増幅してみるよ」
そう断って彼女の両肩に手を置く。
「これはあの聖レストナール教会の近くで魔法を使った時と同じですね」
彼女はアデーレが仲間になった時のことを思い出したようだ。
でも、今は感慨に耽っている時間はない。
「デウ パテール ピウデュ 貴方の忠実な僕に、大いなる癒しの力を!」
詠唱の声に合わせ、俺もブーストの準備をする。そして、
「ヒール・マールニュ!」
ヨランの胸の前に出現した暖かい色をした光が一気に巨大化し、そのままジャーヴィーへぶつかるように進んで行った。
「うおっ!」
光に包まれたドラゴンは驚きの声を上げるが、次の瞬間、
「これは……、信じられん。元どおりだ。このような強力な魔法が扱えるとは人間も侮れぬな」
自分の身体を見回して感心したように口にした。
聖女の再来と呼ばれるヨランの大回復の魔法に俺がブーストを掛けたんだ。
息絶え絶えの状態だったとしても元気一杯になるだろう。
「治ったのなら早く行くぞ。俺たちを王都まで運ぶんだ」
俺は皆を『レビテーション』でジャーヴィーの背中へ押し上げる。
ララティーもさっき俺の魔法で浮かぶ経験をしたからか、断ることもなく背中まで運ばれてくれた。
「どうして王都なの? ドラゴンはディヤルミアへ向かったんじゃない?」
それでも俺のジャーヴィーへの指示に疑問を口にしたのは、やっぱりララティーだった。
ロードは「美しき山の見える町」って言っていたから、おそらく彼女の言うとおりだろう。
俺の経験でもそうだったし。
「最初にロードに襲われるのはディヤルミアだろう。でも、奴はその後、王都に襲来するはずだ」
俺はこの世界へ来てからずっと、ベルティラの『金の腕輪』無しに、どうやって古竜王より先に王都へたどり着くのだろうという疑問が頭から離れなかった。
だからペルティリャにも金の腕輪を持っていないかって聞いたのだ。
でもどうやらこの世界では瞬間移動は使えないらしい。
あの『金の腕輪』はこの世界のベルティラが滅ぼされた時に散逸してしまったのだろう。
(そうなると次に速いのはなんと言ってもドラゴンだな。以前もパーヴィーの背中に乗ってエレブレス山から海峡の側まで飛んでいるし)
そんなことを考えていたのだ。
でも、今回はパーヴィーには頼れない。
彼は基本、PCであるララティーの中にいるのだから。
一方で俺の記憶にある『ドラゴン・クレスタⅡ』に関するゲーム雑誌の記事には、
「今作の世界では竜に乗れるぞ!」
そんな記述があったはずだ。
この世界でそれを実現するためには、ジャーヴィーに乗るしかないだろう。
俺が好むと好まざるとに関わらずだ。
ゲームだったら良かったのにな。
「でも、ディヤルミアの人たちを見捨てるの? それに王都の途中にある町の人々も? サマーニみたいな大きな町もあるのよ」
ララティーが悲痛な声を上げる。
俺は奴がディヤルミアを襲った後は王都へ直行するであろうことが予想できるのだが、アグナユディテを除いたパーティーの皆に、そんなことが分かるはずもない。
本当は俺だって分からないのだ。
エレブレス山の女神ができる限り『Ⅱ』のシナリオをなぞってくれていると信じるしかない。
「あの町の人たちなら大丈夫。ほら。ディヤル山で大きな爆発があったでしょ。噴火に備えて避難の準備をしているはずよ」
アグナユディテも口添えしてくれるが、彼女を尊敬しているはずのララティーが今は頑なだった。
「そんなの分からない! 町がいきなり襲われて、大きな被害が出ないなんて何で分かるの?」
本当はララティーの懸念の方が正しいのだ。
元の世界でディヤルミアはロードに襲われ、壊滅的な被害を受けたのだから。
今回はそうならないように努力したつもりだが、領主があのドルシアーク伯では限界がある。
そもそもエンシェント・ドラゴンに町が襲われるなんて荒唐無稽な話だし。
「今は議論している時間はない。ジャーヴィー。とにかく西へ向かって全速力で飛んでくれ」
俺がそう命じると、ジャーヴィーは観念したのか、
「承知した。しっかり掴まっておれよ」
そう言って岩場から一気に飛び出した。
「ドラゴン。ディヤルミアへ向かって!」
俺はジャーヴィーの鱗にしがみつくのに必死だが、ララティーは相変わらずジャーヴィーにディヤルミア行きを求めていた。
「どうするのだ? 我はどちらでも構わぬが」
ジャーヴィーは背中の俺たちに訊いてくる。
俺は強引に奴に王都行きを命じたが、このパーティーのリーダーはララティーだ。
それに奴が戦って敗れたのも彼女なのだ。
「いや。ダメだって……うわっ! ダメっ!」
それに空を飛ぶドラゴンの背中の上での議論は、著しく俺に分が悪かった。
議論にさえならなかったと言い換えてもいいだろう。
「アマンはダメみたいだから、私が命じるわ! ディヤルミアへ行きましょう」
アグナユディテが代わりにララティーを説得してくれるかなと微かに期待していたのだが、彼女はジャーヴィーが飛び立つ前に既に一度、そうしてくれている。
もう無理だと考えたのか、俺の情けない姿に呆れたのか、彼女はそうしてはくれなかった。
「承知した」
ジャーヴィーの声が聞こえ、奴が身体を傾けて急旋回したことが分かる。
俺は生きた心地もしなかった。
「間に合わなかったか……」
リズだろうか、俺の右側から嘆息するような声が聞こえた。
俺がこわごわ薄目を開けると、行く先に上がる黒い煙が目に入ってきた。
「降りるぞ!」
ジャーヴィーは俺の返事を待つこともなく、ディヤルミアの町の側に降り立った。
「うわあっ!」「きゃあ!!」
巨大なドラゴンの出現に、付近の人々がパニックに陥る。
「ジャーヴィー! 姿を変えて」
「承知した」
ララティーの指示にすぐにドラゴンの身体が鈍い銀色に輝き、人のような姿になった。
(また、ダークエルフか……)
奴の姿は『生命の祠』でとったダークエルフの長老のものだが、それに突っ込みを入れている余裕はない。
俺たちは逃げ遅れた男性を捕まえて? 事情を聞いた。
「町は酷い有り様ね。ドラゴンが襲ってきたのね?」
地上に降りてようやく心を落ち着け、町の方を見遣ると、かなりの被害を受けているように見える。
城壁は崩れて、そこから見える町の建物も粗方、破壊されている。
町の各所からは先ほど上空から見たように黒煙が上がっていた。
ララティーの問い掛けに、男はおっかなびっくりといった感じを見せながらも素直に答えてくれた。
「そうです。突然、空からドラゴンが襲って来て。私は避難先から戻って来たのですが、もう少し早かったら巻き込まれていました。運が良かった」
「あなたは町の外に避難していたのですか? 事前に?」
彼の言葉に不審を覚えたのだろう、ヨランが尋ねた。
すると男は何だか自慢げに、
「ええ。先日のディヤル山の異変。町の者はそれに不吉なものを感じていましたし、その直前にご領主様の所を予言者が訪れて言ったらしいのです。町を災厄が襲うと」
それって俺のことだよなと思ったが、皆も俺の顔を見ていたから間違いないだろう。
俺の予言? が町の人たちを救ったらしい。
「あなた以外にも避難していた住民がいると?」
さらにヨランが尋ねると、逃げ去った人たちのうち幾人かが戻って来て答えてくれた。
ジャーヴィーが突然、消えたので不審に思ってやって来たみたいだ。
「ええ。気味が悪いんで念の為、避難しておいた方がいいってね。ご領主様は必死に止めようとされていたみたいですが、ああなるとね。流れは止められませんよ」
どうやら多くの住民が事前に避難していたらしい。
町は破壊されてしまったが、生命だけは失わずに済んだ者は多そうだ。
「ドラゴンも慌てていたみたいですね。人が住んでいないって。このまま王都を襲ってやるって、捨て台詞を残していきましたから」
「何ですって!」
アデーレが思わず声を上げていたが、ほかの皆も顔色が変わっていた。
やはり俺の想像どおり、ロードは王都を襲うようだ。
エレブレス山の女神はそれなりに『Ⅱ』のシナリオを踏襲していたってことだ。
「そんな……。すぐに王都へ向かいましょう!」
ララティーに向かってヨランが進言していたが、彼女は蒼白な顔色を見せ、呆然としているばかりだった。
(これはもうバッドエンド確定かもしれないな)
その様子を見ながら、俺はそんなことを考えていた。
ロードがエレブレス山から飛び去り、ジャーヴィーの背に乗ったまでは良かったのだ。
だが、その先、俺たちはディヤルミアを目指してしまった。
おそらくゲーム上ではあの時点で選択肢が出るのだろう。
(ディヤルミアと王都と、後はエルジャジアンかサマーニあたりかな?)
そしてその選択によってエンディングが決まる。
人情としては『ディヤルミア』を選ぶべきだと思うけど、ゲーム上では『王都』を選択しないとダメってことだろう。
(何かそれらしいヒントでもあったかな? NPCとの会話とか)
思い返してみてもそれらしい記憶はない。
そもそも俺の性格からして、道行く人との会話なんてあり得ない。
ゲームじゃないんだから。




