第四百九十四話 金色の光
「酷い目に遭ったね」
「あれは何だったんだ?」
「ドラゴンの王は何処へ行ったのですか?」
リズにアデーレ、ヨランも次々に目を覚まし、周りを見回して状況を確認していた。
「ああ。ドラゴン・ロードは洞窟の奥へ姿を消した。あの奥へは人間は入れないみたいだ」
俺がそう告げると、ヨランが不思議そうに、
「アマンが助けてくれたのですか?」
そう尋ねてきた。
「ああ。『レビテーション』の魔法で皆を洞窟の外へ連れ出したんだ。でも、四人とも意識を失っていたからな」
まさか『スリープ』の魔法を使ったと言うわけにもいかない。
それでも皆が意識を失っていたことは間違いないのだ。
「それでこれからどうするの?」
ララティーが訊いてきたが、今度はセヤヌスが上手く調整してくれるはずだ。
ロードが戦意を喪失してゲーム終了ってことにはならないだろう。
「ああ。ここで待っているしかないんじゃないか? ドラゴンと交渉するんだろう?」
俺が当初の方針を確認すると、ララティーは洞窟の奥を睨んでいた。
「先ほどの話だがな。別に人間を根絶やしにする気はないぞ」
突然、ジャーヴィーが口を開き、そんな話をしてきた。
「根絶やしとか。そんな恐ろしいことを言わないでくれ」
リズがぎょっとした顔をしていたが、やっぱり「言霊」とか思っているのだろうか?
「何の話?」
ララティーたちが起きる前に話していたことをジャーヴィーは蒸し返したらしい。
普通は場の空気を読んで、あそこであの話題は終わりってことになると思うのだが、ドラゴンの感覚ではそうではないようだ。
「いや。俺たちがカルスケイオスに行かなかったらどうなっていたんだって、奴に聞いたんだ」
どうして俺が説明してるんだろうって思ったが、俺以外にそうしてくれる者はいそうにない。
皆を眠らせて無駄話をしていた報いなのだろうか?
「そう。それで根絶やしにはしないってことなのね。でも、私たち人間を酷い目に遭わすんでしょう。食べ物を根こそぎ奪って生活できなくするとか」
ララティーが顔を顰めてそんな予想を口にすると、ジャーヴィーはぶるぶると首を振った。
「お前たちは我らを野蛮な種族だと考えているのだな。我らはそのような者ではない。魔族どもも抵抗しなければあんなことにはならなかったのだ」
「さすがにそれは聞き流せないな。被害者の身になってみろ!」
ジャーヴィーの言い種に俺は腹が立った。
エンシェント・ドラゴンである奴からしたら些細なことなのかもしれないが、そのせいでペルティリャは孤児になったのだ。
「すまぬ。できる限りの償いはしよう」
俺の剣幕に押されたのか、奴は縮こまるようにして答えてきた。
それを見たからか、アグナユディテの側にいたペルティリャが歩み寄って来た。
「ご主人様。ありがとうございます。でももういいです」
彼女は俺を見上げてそう言った。
「あのドラゴンは憎い仇だと思ってきました。でも、ドラゴンを倒しても誰も還ってきません。ご主人様が私の言いたかったことを言ってくださいましたから……それだけで……」
そう口にしたペルティリャの両目から涙が溢れた。
それを見ていた俺も……、
「ぺ、ペルティリャに感謝……するんだな。八つ裂きにして……も、飽き足らな……」
「はい。アマンはダメみたいね。でも、人間を支配してどうするつもりだったの? エルフも対象よね?」
そんなことどうでもいいんだが、ロードが引っ込んで暇だからな。
アグナユディテが引き継いで奴に尋ねていた。
「もちろん人間どもから税を絞り取るのだ。収穫の半分でも取り上げるか」
鼻で笑うような態度を見せ、ジャーヴィーはそんな計画だったことを披瀝した。
(高っ! 五公五民かよ!)
いきなり税金の話になって、俺はセンチメンタルな気分が一気に吹き飛んだ。
いや、江戸時代じゃないんだし、さすがに過酷じゃないかと思ったのだが。
「収穫の半分か。王国とあまり変わらぬな」
リズが平気な顔でそう言って、俺は言葉を失った。
「冗談じゃないわ! そんなに取られたら王国の取り分がなくなっちゃう」
ララティーがさらに酷いことを言って、俺の度肝を抜く。
ドラゴンに支配された方が王国の民は幸せなんじゃないだろうか?
そんなくだらない? 話をしていると突然、ジャーヴィーが洞窟を振り向いた。
「むっ。ロードが戻って来るようだ」
その言葉に、俺は元の世界のエレブレス山の洞窟で初めてロードに出会った時のことを思い出し、大声で皆に告げた。
「危ないぞ! 左右に散るんだ!」
皆が慌てて洞窟の入り口から退避する。
アグナユディテもあの時のことを思い出したようで、俺と一緒に岩場の左端へと場所を移した。
「我と話し合いに来たのではなかったのか? 逃げ隠れていては話し合いにならぬであろう」
ロードが嘲笑するように言いながら洞窟から姿を現し、俺はララティーに睨まれてしまった。
(おかしいな。ドラゴン・ロードがあの金色の光を放って『黒い壁』の一部が消失するんじゃないのか?)
元の世界ではそうだったのだ。
そのおかげでカルスケイオスは中央を大河が潤す実り豊かな土地になり、魔族たちは人間と争うことなく暮らす術を得たのだ。
「ええ。そうよ。あなたが大昔、大賢者トゥルタークと結んだ盟約では、私が王族としての地位を失ったら、すべての世界をあなたが支配することになっていたみたいね」
ララティーはそれでも堂々とロードに対峙した。
それにしても、まったく何度聞いても酷い内容だ。
魔王に支配されたら人類に希望はないから、どんな条件でも呑むってことだったのかもしれないが。
「でも、それを結んだのは人間の王ではないわ。その後、彼は魔王を封印して英雄になったけれど、盟約を結んだ時、彼には何の権限もなかった。だから盟約は無効なのよ」
ララティーは盟約の有効性を争うようだ。
俺はトゥルタークはよくそんな盟約を結んだものだと思ったが、言われてみれば彼はその当時、王でも英雄でもない。
王や英雄ならあんな酷い内容の盟約を結んでも良いってわけでもないが。
ララティーの論に、だがロードはまた嘲るような声で応えた。
「ふん。盟約は確かに結ばれたのだ。それに従って我は人に力を貸し、人は魔王を封印した。そしてその盟約を人は破った。それが無効であると言うのなら、人は我を欺いたことになる。その報いは受けて貰わねばならぬ。いずれにせよ同じことだ」
ロードを欺いた代償が世界の奴による支配ってのもべらぼうだと思う。
でも、奴を論破することは難しそうだ。
相手はいざとなれば支配を強制する圧倒的な力を持っているのだから。
ララティーもそれに気がついているのだろう、唇を噛んで悔しそうにも見える表情をしていた。
「だが、我は鷹揚なのだ。か弱い者に慈悲をもって機会を与えてやろう。そなたらの力で我に立ち向かってみるがいい。見どころがあれば、多少の猶予は与えてやってもよいぞ。我の力を見た後でもその気があるのならな」
ドラゴン・ロードなんだから当たり前なんだろうが、この世界のロードも実に尊大だ。
「我の力を見せてやろう! 我が咆哮に耐えて見せるがよい!」
ドラゴン・ロードはそう言って雄叫びを上げた。
俺はてっきり奴が金色の光を放つと思ったのだが、それは勘違いで、咆哮で俺たちを恐慌に陥らせることで力を見せつけようとしたようだ。
「……………………」
当然、パーティーの皆は平然としている。
俺の魔法防御が掛かっているんだから当たり前だよな。
「大きな声だね」「うるさいよ」
苦情を寄せられたロードは目をぱちくりさせていた。
「今日は喉の調子が悪いのか?」
ロードはそう言って「あー。あー」なんて声の具合を確かめたりしている。
元の世界ではカルスケイオスの魔族たちでさえ、奴の咆哮に恐慌を来していたから、人間如きが平気な顔をしているのは理解できないのだろう。
「その程度で俺たちを平伏させることができるとでも思っているのか?」
「ちょっと! アマン!」
ロードは例の金色の光を放ちそうになく、俺は何とかそうすべく奴を煽ってみた。
そんな俺の行為に危険を感じ、アデーレが慌てて制止してくる。
だが、このままだとカルスケイオスは荒れた貧しい大地のまま。
ペルティリャを含めた魔族たちが争いの無い豊かな生活を送るなんて夢のまた夢なのだ。
「では、もう一度。我が咆……」
(今だっ!)
俺は慌てて奴の頭上に金色の光を出現させ、それを一気に西の方、カルスケイオスとの境を成す『黒い壁』へ向けて撃ち出した。
奴はどうももう一度、雄叫びを上げようとしたようだった。
たとえ『Ⅱ』のサブタイトルが『古竜王の咆哮』だとて、奴の咆哮なんてお呼びではない。
ここで必要なのはカーブガーズとカルスケイオスを隔てる『黒い壁』をブチ破るあの魔法なのだ。
「何か光ったわ!」
ララティーの目には『金色の光』が奴の眼前に出現し、それが高速で西の方へ飛び去ったのが見えたようだ。
いや、光ったことを確認できただけだな。
だが、さすがにロードは気がついたようだ。
「ジャーヴィー! お前か?」
咎めるような声に呆然としていたジャーヴィーも、
「いいえ。私ではありません」
答えて慌てて首を振った。
「お前しかおらぬではないか! 見ろ! あれを」
ロードの視線の先を皆が振り向く。
「なに? 何が起こっているの?」
遥か東の先、カルスケイオスとの境に聳える『黒い壁』の一部が真っ白に輝き、そこに巨大な火球が出現する。
ロードも含めた皆が呆然と見守る中、雷のような音が響き、続けて突風のような衝撃が襲う。
「見ろ! 黒い壁が!」
リズが指差す先、火球が消え去った後には、その部分だけ黒い山並みがぽっかりと穴が空いたように失くなっていた。




