第四百九十三話 エレブレス山での会話
「この先はデバッグが終わっていない?」
セヤヌスの意外な発言に、俺はその言葉を鸚鵡返しするのが精一杯だった。
「そうです。無限の生命力を持つ存在、ドラゴン・ロードに一度は敗れながら再び立ち上がり、人々をその脅威から守る。その部分は完成していないのです」
彼女の表情からは、彼女自身も辛いのだという気持ちが読み取れる。
でも、さすがに俺もすぐには気持ちの整理がつかなかった。
「いや。だって以前、俺は経験したじゃないか。ジャーヴィーと戦ってカルスケイオスを奴の支配から解放して、王都をドラゴン・ロードから救ったあれは夢だったのか?」
エレブレス山の女神は俺に特別に続編までプレイしてもらったと言っていた。
あれは間違いなく『ドラゴン・クレスタⅡ』のことを指していたはずだ。
「あれは私の世界ではないのです。お姉様が自らのシステムを使い、私の世界を模倣して作り上げたもの。もちろん妹も大いに力を貸していますが」
だから事件の起きた時間軸も違うのだと彼女は説明してくれた。
どうやら俺が『ドラゴン・クレスタⅡ』の世界だと思っていたのは、『Ⅰ』の世界にその要素を取り込んだものだったらしい。
そんなことできるのかってのは、やっぱり愚問なんだろうな。
「じゃあ残念だけど仕方がないな……」
そう答えるのが諦めのいい俺らしい反応だったのだろう、でも俺はそう言い掛けてこの世界の仲間たちのことに気がついてしまった。
「いや。でもここでララティーたちとお別れなのか? ペルティリャはどうなるんだ?」
俺はこれまでの人生、ことRPGについては真剣に取り組んできたのだ。
それなのにこんな中途半端に投げ出すようなことには耐えられない。
「この先に進むことは危険過ぎますから」
セヤヌスも本当に辛そうだが、俺も辛いのだ。
最後に世界が平和になり、PCの皆が栄誉を得て、NPCたちも幸せに暮らす。
そんな世界を実現するため、と言うかエンディングを見るために頑張ってきたのに、ここでお終いなんてあんまりだ。
「いや。大丈夫だろう。開発はかなり進んでいたって聞いているし、メーオだっている。それに俺は世界の主宰者だからな」
俺は敢えて楽観的な見通しを口にした。
セヤヌスが言うくらいなのだから危険はあるのだろうが、俺はこれまでいくつもの危機を経験してきているのだ。
とにかくここで終わりなんて納得しかねる。
「始める前にお話ししておくべきでした。申し訳ありません」
それでもセヤヌスは頑なだったが、俺の方ももう譲る気がなくなっていた。
「いや。そうそう致命的な欠陥なんてないだろう。大丈夫だ」
なにしろここまで設定もマップも『Ⅰ』とほとんど変わらないんだからって言葉は飲み込んだ。
俺の愛する『ドラゴン・クレスタ』の続編を揶揄するようなことは口にすべきではないからな。
でも、ここまで内容が一緒だと、それはパロディやオマージュって域を越えて手抜きって言われても……。
いや、俺だけはそれは言うまい。
結局セヤヌスが折れて、俺は洞窟へ戻って冒険を続けることになった。
「主宰者のご判断ですから、従うしかありませんね」
彼女はそう言って自分を納得させていた。
彼女だって俺に『ドラゴン・クレスタⅡ』の世界を経験して欲しいのだ。
「ユディ。ペルティリャ。待たせてしまったな」
俺が洞窟へ戻って二人に声を掛けると、アグナユディテは意外そうな顔をした。
「えっと。もういいの? アマンは今、奥へ消えたばかりだったのだけれど」
ペルティリャも彼女を見上げて不思議そうな顔をしている。
どうやらあの白い光の満ちた世界は、時間の進み方がこことは違うようだった。
俺は仲間の皆をレビテーションで浮かべ、洞窟の外へと連れ出した。
「早く目を覚まさないかな?」
あの場では仕方がなかったのだが、俺はパーティーの皆を魔法で眠らせてしまっていた。
「アマンがやったんじゃない。ずっと目を覚まさないなんてことはないでしょうね?」
アグナユディテが呆れた顔で聞いてきたが、咄嗟のこととはいえ、魔力は極力抑えたから、そんなに時間は掛からないはずだ。
それでも五分や十分ってことはないだろうけど。
セヤヌスも心得ているのか、ドラゴン・ロードは姿を見せない。
きっと皆が目を覚ましたら、再び洞窟の奥から出てくるのだろう。
今、来られても困るしな。
「ペルティリャは平和になったらどうしたい?」
することのない俺たちは、洞窟の前の岩場に座り込んで話していた。
あまりに暇なので、ついそんな死亡フラグみたいな問い掛けをしてしまった。
だが、当然だがペルティリャにはそんなことは分からない。
俺の質問に真面目に答えてくれた。
「平和になったらですか? ララティーさんの言ったようにもう故郷には知り合いは誰もいません。私はこの先もずっとご主人様の奴隷がいいです。ご主人様はお優しいですから」
俺は特別なことをしている意識はないのだが、彼女は人間の世界へ来てからずっと酷い目に遭ってきたのだろう。
「ペルティリャはまだ小さいからな。保護者が必要だよな」
ダークエルフが大人になるのにどのくらいの年月が必要なのかは分からない。
でも、簡単に人間に捕まって奴隷にされるようなことのないくらいには大きくなる必要があるだろう。
「ご主人様。私はお邪魔ですか? 水汲みでもお掃除でも何でもしますから。お側に置いてください!」
不安そうな表情で叫ぶように言ったペルティリャをアグナユディテが宥めてくれる。
「大丈夫よ。アマンは決してあなたを見捨てたりしないから。それは私が保証するわ」
アマンとは長い付き合いだから分かるのだと彼女は付け加えていたが、ペルティリャに向ける優しい眼差しとは違う厳しい視線を俺に投げてきた。
「アマン。ちょっといい?」
あまり気乗りはしないが、ダメって言ってもキレられるだけだろう。
仕方なく俺が彼女の側へ行くと、彼女は少しだけペルティリャを見て、
「あなたも懲りない人ね。この先のことちゃんと考えているの?」
詰問するようにそんなことを言ってきた。
「もちろん考えているぞ。だってそのために来たんだから」
俺はペルティリャに聞かせてもいい範囲で答える。
この世界の神に近い存在に頼まれて、別の世界からやって来たとか、さすがに言えないからな。
「そうかしら? 私には同じ過ちを繰り返しているとしか思えない」
俺がどんな過ちを犯したんだって聞いても良いんだが、たくさんあり過ぎて答えきれないって返されそうだ。
結構、リカバリーしてると思うけど。
そんな俺の顔が不満そうに見えたのか、アグナユディテがひと言だけ返してきた。
「シャルアンよ」
「えっ?」
(シャルアンってあのシャルアンだよな。シャンルーファ王国の)
俺はそう考えたのだが、どうしてここでシャルアンの名前が出てくるのかさっぱり分からない。
彼女はカーブガーズの『賢者の塔』でトゥルタークに魔法を教わっているはずだ。
「ちゃんと先のことも考えるのよ」
心配そうな顔で、もう一度念を押すように伝えてくる。
そう言われて俺は元の世界とは別のシャルアンのことを思い出した。
プロメイナに頼まれて別の『ドラゴン・クロスファンタジアⅡ』の世界へ行った時、俺はその世界のシャルアンと親しくなって、とても辛い別れを経験したのだ。
(このままだとペルティリャとの別れが、あの二の舞になるってことか?)
そう言われてみると考えさせられる気がする。
俺はこの世界でドラゴン・ロードを倒し、エンディングを迎えたら必然的に元の世界に帰るのだ。
その時、まさかペルティリャを連れて帰るわけにもいかない。
いや、彼女に該当するキャラクターは元の世界にはいないだろうから連れて帰ってもいいのかもしれない。
でも、そもそもそれで彼女が幸せになれるのかは分からないのだ。
(じゃあ、どうすればいいんだよ!)
俺は叫びたい気分だった。
こういう時こそイベリアノの知恵が欲しいのだが、不思議なことにこの世界では彼に出会っていない。
彼は『ドラゴン・クレスタⅡ』のNPCだと思っていたのだが。
そうして俺が悶々としているのを見て、話が尽きたとでも思ったのかジャーヴィーが話し掛けてきた。
「洞窟のあの場所から先へ進むとは。お前は只者ではないな。我は早く降って正解だったということだ」
どうやら奴はあの境界の内へ入ることのできる者が、特別であることを知っているようだ。
洞窟を奥に進んだ時も自分には関係ないって風を装って、のろのろしていたからな。
「ああ。そう思うんなら余計なことは考えないことだな。それとほかの皆にはこのことは言うなよ」
俺がドラゴン・ロードを倒して終わりっていうのでは、この世界に来た意味がない。
ここはララティーたちにがんばってもらう必要があるのだ。
「承知した。我は滅ぼされずに済んで幸運だったようだからな」
奴は俺の実力を認めたようだ。
ロードと対等に話す俺を見て、認識を改めたのだろう。
「ああ。そうだな。でもあの後、俺たちが動き出さなかったら、どうする予定だったんだ?」
ララティー一行がカルスケイオスを訪れなかったら、どんな進行になるんだろうって興味がある。
そんな俺の質問にジャーヴィーが答えようとした時、
「ううーん。よく寝たわ」
そんな声とともにララティーが目を開けた。
魔力のコントロールはかなり上手く行ったようだった。




