第四百九十話 生命の祠で
「残念じゃが、これはそうおいそれと手に入る物ではなくての。大量発注には応じ切れぬの」
パシヤトさんは申し訳なさそうだが、あれはゲームの重要アイテムなのだ。
害虫駆除に使って良いはずもない。
「そうなの? 残念だけどまあいいわ。たった一匹しか退治できないんじゃ意味がないしね」
ララティーが酷いことを言っているが、それを聞いたパシヤトさんは哀しそうな表情で、
「そうさの。所詮は老人が手すさびに作っただけのもの。大した役には立つまいし、これはこうして……」
パシヤトさんの手が俺が抱えた『生命の石板』に伸びるが、もちろん渡せるはずがない。
俺はひらりと身をかわすと、彼から距離を取った。
自分でもアグナユディテみたいだなって思ったし、圧倒的なレベルあっての行動だよな。
「これって、あらゆる生き物をああして滅ぼせるのですよね? 違いますか?」
さっさとネタバラシをしないと、ララティーがまた失礼なことを口にしそうだ。
いくら彼女がドラゴンに変化できるからって、これ無しでロードを滅ぼせるとは思えない。
「ああ。そのとおりじゃ。ほれ、そこのドラゴンも簡単に滅ぼせるぞ」
パシヤトさんに指差されたジャーヴィーは面食らっていたが、その効果に気がついたようだ。
「ま、待て。まずは落ち着いて話し合おう。我はもう降っておるのだからな」
俺は別に奴を滅ぼそうなんて思っていないのだが、何を勘違いしたのか、奴は慌てた様子を見せる。
俺はパシヤトさんから逃れるように皆から距離を取ったから、この道具を使って皆を脅し、『俺は異世界の神になる』とでも宣言するのかと思ったのかもしれない。
「ララティー。分からないのか? これがあればドラゴンにだって言うことを聞かせられる。交渉するにしても切り札になるじゃないか」
俺の言葉は野望に目覚めた小物って感じで、自分で言っていて嫌になるが、ほかに説得のしようもない。
ララティーはそんな俺に不機嫌な顔を見せた。
「私はドラゴンを脅して言うことを聞かせようなんて思わない。話せばきっと分かってくれるはず。たかが私の資格停止の問題なんだから」
そんな簡単じゃないんだがなと思ったが、俺の力もあってジャーヴィーを簡単に屈服させてしまったことが、ララティーの判断を狂わせているのかもしれなかった。
「ララティーの気持ちは分かります。ですがアマンの言うことにも一理あると思いませんか? 話の通じない相手と交渉するには、理屈だけでは足りない場合もありますから」
ヨランがララティーの先生らしく、彼女を諭すようにして俺を援護してくれる。
ララティーは不機嫌そうな表情を崩さずに俺を見詰めていたが、
「なら、その石板は私に預からせてちょうだい。どうするかは私が決めるから」
そんな提案をしてきた。
俺は一瞬、躊躇したが、思い直して彼女に石板を引き渡すことにした。
(『ドラゴン・クレスタⅡ』の主人公はおそらく彼女だ。そうなるとこの石板を使うのも彼女だろう)
そんな目算があったからだ。
「随分と素直にくれるのね」
ララティーは意外そうな顔で俺から石板を受け取ったが、俺は彼女に一言だけ添えることにした。
「これを使うのは特別な時だけだぞ。間違っても害虫退治に使ったりしないでくれ」
彼女の様子から、いきなり全部割ってしまうってことはなさそうに思えたが、重要アイテムって感覚はさすがにないだろう。
彼女にはここがゲームの世界だって認識自体がないのだから。
「分かった。世界がドラゴンに支配されるかどうかの瀬戸際だものね。最悪の場合は使わせてもらうってことにする。それでいいでしょう?」
ララティーが皆を見回して言うが、パシヤトさんが不思議そうに、
「それはそもそもわしの物なんじゃがの。そなたたちに使って良いとはひと言も言っておらぬのだが」
そんなことを言い出した。
これも一度、不完全とはいえシナリオを経験してしまった弊害だよな。
当然、もらえるものだと思っていたからな。
「まあ。よいわ。気に入ったのなら、初めから差し上げるつもりではあったからの」
パシヤトさんは笑顔に戻り、そう言ってくれて事なきを得た。
ジャーヴィーがしきりと感心して、
「以前は蝋燭が大量に並んでいて煤臭かったですし、それに比べて随分とすっきりしましたね。その上、あのような恐るべき代物までお作りになられるとは。流石はパシヤト殿です」
なんて褒めたからかもしれない。
どうやらジャーヴィーが以前、ここへやって来たのはパシヤトさんが言っていたシステム更新前のことらしい。
皆がそんな雑談を続けていると、ペルティリャが遠慮がちに、それでも不思議そうな顔で俺に尋ねてきた。
「あの。ユディさんはよろしいのですか?」
そう言われて、改めてこの祠へ来た目的を思い出した。
いや、もちろん『生命の石板』を手に入れるってこともゲームのシナリオ的には重要な目的なんだけどね。
「あーあ。酷い目に遭った」
意識の戻ったアグナユディテは当然ながら不機嫌で、俺は平謝りするしかなかった。
慌てて釘を金槌で打ち込んだのだが、その時も一悶着あったのだ。
「ユディ。ごめんなさいね。リズが余計なことを言ったから」
あの呪いの藁人形としか思えない『生命の人形』は、この世界では王家の至宝で『奇跡のアミュレット』なんてご大層な名前で呼ばれている。
それを釘で打ちつけるなんて乱暴なことには反対があっても当然ではあった。
「いや。それでなくてもララティーは資格停止処分中だろう。その上、国の宝を釘で打つなどという暴挙を許して良いものかと思ったのだ」
リズもユディに謝っていたが、彼女の反対意見にララティーは気色ばんで反論し、俺が口を挟む余地がないくらいだった。
「それで私が王家から追放されるって言うのなら、それで構わない。ユディは私の不注意で踏み潰してしまったのよ。彼女は世界の宝なんだから!」
彼女は一歩も譲らないって様子でリズにそう啖呵を切ったのだ。
元々、これの使い方がきちんと伝わっていないことが問題なのだが、そこはバルトリヒが魔王を封印した時の戦利品だからな。
いや、俺たちをこの『生命の祠』へと導くシナリオの都合だろう。
「まさか助けたアマンに忘れられるとは思わなかった。やっぱり二回目ともなると感謝の心も薄れるのかしら?」
アグナユディテの不満はやはり俺に向かっているらしい。
言われてみれば当然ではある。
「二回目って、あなた以前もユディに助けられたことがあるの?」
アグナユディテが不満からだろう、珍しく不用意な発言をしてララティーに聞き咎められていた。
いや、質問は俺に飛んできたのだが。
「ああ。正直に言って俺がユディに助けられたのは二回なんてものじゃないな。これまで何度も危ないところ助けられているからな。もうダメかと思ったのは一度や二度じゃないし」
俺の答えにアグナユディテは驚いていたが、それが俺の偽らざる気持ちなのだ。
「まあ。そうでしょうね。実力が違い過ぎるものね」
一方のララティーはそう決めつけるように言ってきた。
彼女の中ではユディと俺は、かたや魔王を倒した英雄で、かたや大賢者と名前が同じだけの半人前の魔法使いの認識のままらしい。
俺はそれで不満はないし、そうでないとシナリオを完遂できないからな。
「あなたドラゴンの偉い人なんでしょう? トゥルタークがドラゴンとした約束のこと、何とかできない?」
ララティーがいきなりパシヤトさんにそんなお願いをし出して、俺は度肝を抜かれた。
「ほっほっほっ。わしは単なるこの祠の番人に過ぎぬよ。それは人間とロードとの間のこと。残念じゃがどうしようもないの」
パシヤトさんは落ち着いた様子でララティーの依頼を受け流す。
一瞬、ここでパシヤトさんが「ならばわしも同行して頼んで進ぜようかの」なんて言い出すのかと思った俺は、肩透かしを喰らった気分だった。
「祠の番人とはご謙遜が過ぎます。我らの筆頭に挙げられるお力の持ち主ではありませんか」
ジャーヴィーはあくまでパシヤトさんを尊重する態度を崩さない。
奴の方がパーヴィーよりずっとまともじゃないかって思えてきた。
「ジャーヴィーよ。余計なことを言うでないわ。わしの力などロードの前では赤子も同然と知っておるであろうに」
一方のパシヤトさんはジャーヴィーには厳しいみたいだ。
パーヴィーとの友だちって感じの対応とは随分と差がある気がする。
この辺は人間性、というかドラゴン同士の相性ってものもあるから、致し方ないのかもしれない。
「お若いの。悪いがロードはわしなどとは次元の違う存在じゃ。そのロードが人間とした約束をどうこうできるのはロードだけ。どうしてもと言うのなら、ロードに頼むのじゃな」
まあ、シナリオの進行上、そうなるよねって思った俺とは違い、ララティーは残念そうだった。
でも、彼女はそれを引きずることなく、すぐに立ち直る。
「いいわ。ありがとう。そのロードとやらに頼んでみるから。その人はどこにいるの?」
やっぱりアンヴェルと言い、ララティーと言い、物語の主人公は俺とは違うよなって思わされる。
諦めが早い点だけは俺と同じと言えなくはないが、このすぐに前を向く積極性は俺には無いものだ。
「エレブレス山の洞窟じゃよ。じゃが、それを知ったとて、どうにかなるものでもないと思うがの」
俺は「いえ。パシヤトさんのくださった石板があれば何とかなりますから」って言いたかったが、それは俺の口にすることではないだろう。
「ありがとう。とにかく行って頼んでみる」
黙っている俺の前で、ララティーはきちんとシナリオを進めてくれているようだった。




