第四百八十九話 害虫退治
「おい! どうしてペルティリャなんだ?」
ジャーヴィーが変化した姿はダークエルフの子ども、ペルティリャのものだった。
「誇り高き我が、矮小で愚昧な人間の姿など取るはずがないではないか。せめて魔族だな。それでも不満だが」
尊大な態度でそう言ったが、小さな女の子の姿になっておいて、その言い種はないもんだ。
「魔族の姿になるのは勝手だが、その子の姿になるのはやめろ! びっくりしてるじゃないか」
アデーレが厳しい声で言ったとおり、ペルティリャは固まっていた。
それでなくとも彼女はドラゴンに恐怖心を抱いているのだ。
ここまでよくついてきてくれたものだと思う。
「やれやれ。面倒なことだな」
それでもまたララティーに吹き飛ばされては堪らないと思ったのか、奴はまた銀色の光を全身から発し、その姿を変えた。
(また、ダークエルフか……)
俺はそう思っただけだったが、ペルティリャは目を見張り、
「長老様!」
ジャーヴィーにそう呼び掛けた。
「ペルティリャはあのダークエルフを知っているんだな?」
俺が尋ねると彼女は頷いて、
「私が暮らしていた村の長老様です。ドラゴンが化けているんでしょうけれども、本当にそっくりです」
まじまじとジャーヴィーが変化したダークエルフの姿を見ていた。
「ふふん。我に最後まで抗った勇気ある魔族だ。我が相手にはならなかったがな。最近滅ぼしたばかり故、その姿は覚えておる」
何だか自慢気にそんなことを言い出した。
奴としては自分と戦った勇気に敬意を表しているのかもしれないが、趣味が悪いとしか言いようがない。
「本当はその姿もやめてほしいけど、仕方ないな。さっさと祠に入ろう」
これ以上、別の姿を取らせると、不死の魔物にでもなりかねないし、時間も惜しい。
ダークエルフなら見ていて不快な気分はしないからな。
「不思議な空間ね」
薄暗い祠の中にララティーの声が響く。
不思議と言えばこれ以上不思議な場所も少ないだろう。
「あの無数にあるのは何だ? 光る板のようだが」
リズも祠の先に目を凝らし、そんな疑問を口にする。
「生命の石板じゃな」
突然、背後から声がして、俺たちは飛び上がらんばかりに驚いた。
いや、実際にアデーレなんかは声を上げて飛び上がっていたし。
「パシヤト殿。ご無沙汰しています」
一方でジャーヴィーは落ち着いた様子で、パシヤトさんに挨拶をしていた。
「むっ。ジャーヴィーか。本当に久しぶりじゃのう。それにそこにおるのはパーヴィーじゃな。珍しい取り合わせじゃな」
仲の悪い二頭のドラゴンが一緒にここを訪れるなんて、これまでなかったことだろう。
「それにエルフにダークエルフに、そちらはおおっ!」
順番に皆の顔を眺めていたパシヤトさんが、俺を見て止まった。
「ほっほっほっ。驚いたが、考えようによっては面白いの。さてさてどうすべきかの?」
この人もアルプナンディアやコーンウィルジーのように、俺の正体が分かるようだ。
彼が余計なことを言う前にと、俺はアグナユディテのことをお願いすることにした。
「パシヤトさん。エルフの彼女が使った『生命の人形』はあなたがお作りになったと彼から聞きました。彼女は生命は取りとめたようなのですが意識が戻らないのです。どうかその方法を教えてください」
口調が棒読みになるのを防ぐだけで精一杯で、どうしても気持ちがこもってこない。
またペルティリャに指摘されてしまいそうだ。
「おお。『生命の人形』とはこれはまた懐かしいの。もう全部別の用途に使われるか、火にくべられでもしたかと思っておったが。まだ残っておるとはの」
そう言ってまた「ほっほっほっ」と楽しそうに笑う。
「別の用途って『神秘のアミュレット』は王家の至宝よ。それを何に使うと言うの?」
ララティーが不機嫌そうに尋ねた。
彼女は自分がパーヴィーだと言われたことに気づいているのだろうか?
「『神秘のアミュレット』とはこれのことかの? それはまたご大層な名前をいただいたものじゃな。まあ、これの力を知らぬ人間の中には、人を呪うために使う者もおるらしいの。こう、金釘を金槌で打ち込んでの……」
そこまで言ってパシヤト老は動きを止めた。
口が半開きになっている。
「あの? 大丈夫ですか?」
ヨランが心配そうに声を掛けるが、この老人がどうにかなるはずもない。
その正体はエンシェント・ドラゴンなのだから。
「いやいや。心配をしてもらって済まないの。それの使い方を思い出したのじゃて。それは随分と古いものでな。すっかり忘れておったのじゃが、まだまだわしも捨てたものではないの。ほっほっほっ」
俺はさっさと済ませてしまおうと思って、自分から答えを言うことにした。
「先ほどのパシヤトさんのお話だと、これに金槌で釘を打ち込むんですか? できればそれを貸していただきたいのですが」
ちょっと強引かなとも思ったが、パシヤトさんは金槌と釘のことを口に出していたから、言い逃れできるだろう。
「むう。金槌と釘か。どこかにあったかの? 何しろそれはとっくの昔に製造中止になっておる。その上、サポート期間切れじゃからの。まさかお目に掛かるとは思っておらなんだのだ」
確かに元の世界で俺が『生命の祠』を訪ねてから三百年が経っているのだ。
金属製の釘や金槌だって、そのままあるとは思えない。
いや、セヤヌスのことだから準備しておいてくれると思うのだが。
「まあ、遠いところをせっかく訪ねてくださったんじゃ。探してみようかの。少し待っていてくだされ」
パシヤトさんはそう言って、素早い動きで祠の奥へ姿を消した。
「あの人がドラゴン・ロードの眷属の筆頭に挙げられる方なのですか?」
ヨランがジャーヴィーに確認すると、奴は頷いた。
「ああ。我など足元にも及ばぬ力の持ち主だ。先ほどのパーヴィーでも敵わぬであろうな」
俺がバフを掛けたんだぞって思ったが、それでロードが倒せるかって言われると難しいとは思う。
パシヤトさんは何とかなる気もするけど。
そんな話をしているうちに、また俺たちの背後から声が掛かる。
「ほっほっほっ。あったあった。ついでに面白い物も持って来たのでな」
俺たちが振り向くと、そこには上に金槌を乗せた何枚かの石板を両手で抱えたパシヤトさんの姿があった。
「面白い物って?」
事情を知らないララティーが尋ねてくれて助かった。
俺には例のHPゲージの入っていない『生命の石板』だって分かりきっているから、また口調が棒読みになるところだった。
「これじゃよ。『生命の石板』と言っての。ほれ。その辺りに漂っておろう」
両手の塞がっているパシヤトさんは、祠の奥を振り向いて、そこに漂う数多の石板を眺める仕種をする。
「『生命の石板』?」
ララティーの問いに、パシヤトさんは何となく嬉しそうだ。
普段はずっとこの祠に一人でいるのだから、滅多に来ないお客を喜んでくれているのだろうか?
時々、こっそりと祠を抜け出しているみたいではあるが。
「そうじゃ。その『奇跡のアミュレット』に代わるものじゃな。それは不慮の死を防ぐだけのものじゃが。これはそれなどとは比較にならぬ代物じゃよ。それよりもずっと奇跡の名に相応しいと思うがの」
どうでもいいが、パシヤトさんは『奇跡のアミュレット』って名前が気に入ったらしく、さっきからそちらを使っていた。
本当は『生命の人形』が正しいはずなのに、何となく俺とジャーヴィーは立つ瀬がない気がする。
「どんなことができるのだ?」
リズがちょっと不機嫌そうな声で尋ねた。
パシヤトさんは勿体ぶった言い方をしているから、珍しくいらいらしたのかもしれない。
「例えば……そうじゃな。こういう不届者をじゃな」
彼の視線を見るとその足下にムカデがいることに気がついた。
「きゃー!!」
突然、ララティーが叫び声を上げる。
「びっくりしたな」
アデーレがそう言ったのは、ララティーの大声に対してだろう。
俺も驚いた。
「ちょっと持っていてくれぬかの?」
パシヤトさんは俺に釘と金槌の乗った石板を渡すと、そこから石板を一枚だけ抜き取った。
彼が何をするのか、俺には分かりきっていたが、どうやらジャーヴィーも知らないようだから、ここは見せてもらうしかないだろう。
「ほれ。ここへ入って来たのが、運命じゃと思うてくれよ」
そう言いながら石板をムカデに向け、右手でその表面を撫でるような仕種を見せる。
途端に石板の中央に黄緑色の短い棒のような光が浮かび上がり、それを確認したパシヤトさんは、
「えいっ!」
石板を一気に床へ叩きつけた。
石板は粉々になって、そのまま溶けるように消えてしまう。
同時にムカデも灰色に変わり、そのまま崩れるように消えてしまった。
その様子を見た皆は、さすがに黙り込んで……、
「すごーい! こんなに簡単に害虫退治ができるなんて! その石板、王国が大量発注するわ!」
ララティーがテンション高く、そんな発言をしていたが、害虫退治に使って良いようなものじゃないから。




