第四百八十八話 ジャーヴィーに乗って
「ユディはどうして目を覚まさないの? 大丈夫なのかしら?」
ララティーが心配そうに尋ねるが、答えられる者は誰もいない。
いや、俺は答えられるんだけど、どう言おうかなって考えていたのだ。
今はトゥルタークの弟子じゃないから、彼から聞いたとか、彼の書斎を漁ったとか言えないし。
「いや。大丈夫じゃないんじゃないか? あの巨体に踏みつけられたのだ。ヨランの魔法で回復したように見えたが、この様子では」
リズの指摘は正しい。
アグナユディテが持っていた『生命の人形』は淡い光を放っているから、彼女が一度、生命を落としたことは確実だろう。
いや、二度目だな。
「魔王を滅ぼした英雄が亡くなっただなんて、しかもそれがララティーのせいだなんて、とても言えませんね」
ヨランもアグナユディテが生命を落としたって結論に傾きそうだ。
ここはやっぱり俺がアグナユディテに縋りついて、「だめだ! ユディは死んだりしていない! 眠っているだけだ!」なんて叫ぶべきなんだろうか?
「ご主人様は落ち着かれていますね? 何かご存知なのですか?」
ペルティリャが小声で俺に尋ねてきたのは、やっぱり俺の態度が不自然だったからだろう。
(どこで金槌と釘を調達しようかな)
そんなことを考えているなんて、ここにいる誰も思いもしないよな。
「ジャーヴィー。お前、これのことを知っていたよな。どうしたらユディの、このエルフの意識が戻るか知らないか?」
俺はジャーヴィーに『生命の人形』について語らせようと思ったのだが、皆が怪訝な顔をした。
「ジャーヴィーって、誰?」
「お前、どうして我の名を知っている」
俺はララティーとジャーヴィーにほぼ同時に詰められてしまった。
結局、俺はすべてアグナユディテから教えてもらったことにした。
「ユディは三百年以上生きているだろう。だからエンシェント・ドラゴンの名前なんかも識っているんだ。その中でも赤いドラゴンのジャーヴィーは有名みたいだぞ」
これって確かアグナユディテにも聞こえているはずだから、三百歳だなんて言ったって、後でとっちめられそうだ。
でも、俺の無い知恵を絞ったって、これ以上ましな言い訳なんて出てこない。
俺は例の問題すべてを一発で解決する魔法の言葉とは相性が悪いしな。
「王家から下賜されたこの『生命の人形』のことも以前、彼女から聞いた。不慮の死を身代わりに受けてくれるってな」
ついでに俺が彼女の懐に手を入れていた理由も説明しておく。
焦っていたから、ついああしてしまったが、俺があれの効能を知っている理由なんてそのくらいしかあり得ない。
「神秘のアミュレット!」
ララティーには訂正されてしまったけどな。
「我も詳しくは知らぬのだ。それは本来、このようなところにあってはならぬ物。『生命の祠』で厳重に管理されているべき物なのだ」
すっかりおとなしくなったジャーヴィーが、そう教えてくれる。
どうやらパシヤト老の気まぐれと、パーヴィーのお気楽な性格が発端となって、巡り巡ってアグナユディテの手に渡ったってことらしい。
いや、やっぱりセヤヌスの差配によるんだろうな。
セヤヌスの差配、別名をシナリオの都合とも言う。
「『生命の祠』とは。そのような場所があるのですか?」
ヨランが尋ねたが、あの場所は教会の存在を根底から覆すくらいのパワーのある場所だ。
名前からして気になるのだろう。
「カーブガーズの奥深く。エレブレス山の南の麓にそれはある。我らロードの眷属の筆頭に挙げられる銀鱗のドラゴンがそこを守っているのだ」
ジャーヴィーは尊大な態度で答えた。
俺はそれを聞いて、パシヤトさんって、そんなに偉い人、じゃなくてドラゴンだったんだと思ったが、考えてみればそうだろう。
ドラゴン・ロードが世界中の生命の管理を命ずるくらいだから、そりゃあそうだよな。
「カーブガーズ! それにエレブレス山ですか」
だが、ヨランはジャーヴィーの話のそちらの部分に反応していた。
「いや、俺は普段はそこに住んでるから」
そう言いたい誘惑に駆られたが、さすがにそれをしないくらいの分別は俺にもある。
「そう。お前たち人間が足を踏み入れたこともない神聖な地だ。お前たちの中には信仰の対象としている者もいるようだな」
俺はこの世界の宗教には詳しくないから、そんな人がいるかは知らない。
でも、エレブレス山には『神の御座』があるなんて言われているようだから、信仰の対象と言えなくもない。
「その『生命の祠』で『神秘のアミュレット』を管理している人だったら、ユディの意識を戻すこともできるかもしれない。ジャーヴィーだったわね。私たちをそこへ連れて行って」
ララティーの様子を、俺は「ああ、こうしてシナリオが進行していくんだな」って、ちょっと醒めた感じで見ていた。
元の世界ではユディを助けないとと必死だったが、こうして見ると、俺たちを『生命の祠』へ、パシヤトさんの下へと導こうとしていることがよく分かる。
どこかその辺りで俺が金槌と釘を調達して、ユディが意識を取り戻したら、きっとセヤヌスが困るだろう。
「そうだな。お前はロードから人間を『生命の祠』へ連れて行ってはダメだと言われているのか?」
完全にパーヴィーを説得した時と同じやり口だが、シナリオに乗っかるにはこの程度で十分だ。
「い、いや。そのようなことはないが……」
あまりに常識的なことは敢えて命じたりしないからな。
でも、ここはこいつに連れて行ってもらうしかないだろう。
ララティーがドラゴンに変化できるわずかな時間では、さすがにカーブガーズまでは飛べないし。
「じゃあ、決まりね。助けてくれたら私たちも、あなたの王を説得してあげてもいいわ。私は強いんだから私の言うことをききなさいって」
それは説得ではなくて単なる脅迫だろうって思ったが、ジャーヴィーはおとなしく「ありがとうございます」なんて言っていた。
ジャーヴィーが俺たちを背中に乗せる姿勢を見せ、ララティーやリズは奴の脚から背中へとよじ登ろうとしていた。
俺は念の為、皆に魔法防御を掛けておいたが、ジャーヴィーは途中で暴れ出すこともなく、素直に皆が乗るに任せようとしている。
「ユディを引き上げるから、縄を投げてくれないか?」
リズがドラゴンの背中から、そんな声を投げてきたが、そんな危険なことをさせるわけにはいかない。
「いや、大丈夫だ。レビテーション!」
俺は魔法を発動し、俺とアグナユディテ、ペルティリャにヨランとアデーレを一気にジャーヴィーの背中へと押し上げた。
「そんなことができるなら、先に言っておくれよ」
リズは不満そうだったが、ララティーは俺を一瞥すると、
「私はいいわ。アマンの魔法で宙に浮かんだとして、無事に地面に戻れる保証なんてないもの」
そんな失礼なことを言ってきた。
次にジャーヴィーと彼女が戦う機会があったら、ジャーヴィーの方に味方しちゃおうかなって思った俺って、心が狭いのかな?
「これでカルスケイオスはドラゴンの支配から解放されたのでしょう?」
カーブガーズへ向かう途中、ララティーがご機嫌でジャーヴィーに尋ねるが、そんなに簡単にミッションクリアーってことになるはずもない。
「いや。我はお前に敵わなかったが、ロードは別だ。ロードは我などとは次元の違う存在。謝るなら今のうちだぞ」
ジャーヴィーの答えは俺には至極もっともだと思えるものだが、こいつを叩きのめしたララティーには通じなかった。
「次元が違うって、同じドラゴンなのでしょう? 私が同じように倒しちゃうんだから」
完全に調子に乗ってるって感じで、ララティーは楽しそうに答えていた。
本当は彼女を嗜めるべきなんだろうが、俺はジャーヴィーの鱗にしがみつくので精一杯で、口を開く余裕はない。
こいつが乱暴だっていうパーヴィーの評価は間違っていなかったらしく、俺は振り落とされないかひやひやしていた。
そして案の定、着陸も乱暴で、俺は生きた心地がしなかった。
「着いたぞ」
それでも思ったより早く『生命の祠』に到着し、俺たちはドラゴンの背中から降りた。
ララティーだけは頑なに俺のレビテーションを拒み、自分でジャーヴィーの脚を伝って地面まで下りていたが。
「これは……すごいね」
リズが感嘆の声を漏らしたが、確かに初めて見るとそんな気持ちになるだろう。
岩壁をくりぬいて作られた祠の入り口からは、神殿のような荘厳な印象を受ける。
壁に施された彫刻も見事なものだ。
でも、俺はもう何度もここを訪れているから見慣れてしまっている。
俺はジャーヴィーに声を掛けた。
「おい。いつまでその姿でいるんだ? お前も中へ入るんだ」
パシヤトさんに事情を話すのに、こいつがいた方が楽だろう。
ドラゴンにここまで送ってもらったとか、説明するのに骨が折れそうだし。
「むっ。我もか?」
ジャーヴィーは意外だって返事をしたが、ここで俺たちの帰りを待っている気だったのだろうか?
「仕方あるまいな。本当に久しぶりだが、パシヤト殿に挨拶するか」
エンシェント・ドラゴンの久しぶりって、どのくらいのタイムスパンか考えただけで恐ろしい気がするが、奴はそう言うと鈍い銀色の輝きを放ち、その姿を変えた。




