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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第一部 第一章 魔王バセリス
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第五話 英雄騎士

 俺はギルドマスターのペラトルカ氏とともに、王宮から魔術師ギルドへ直行し、ギルドにいた二十人ほどの魔術師を前に即席の対魔族結界講座を開くことになった。


 ペラトルカ氏は王宮からの移動中、


「私に面会を申し込んでいただいていたようですが、すぐにお応えできず申し訳なかった。王都のギルドは組織が大きくなり過ぎて、こういった手違いがままあるのです。

 今後は、あなたに対してこういったことが起きないよう厳しく申し渡しましたので、今回はお許しください」


 そう丁寧に謝ってきた。

 昨日までかなり焦り、苛立っていたが、もう王女様は誘拐されてしまったのだ。

 よくよく考えれば『ドラゴン・クレスタ』のプロローグは王女誘拐だから、ここからゲームがスタートだ。


 少し早い気もするが、まあ予定通りとも言える。

 彼が俺と面会してすぐに納得し、王女様が誘拐される前に対魔族の結界を王都に展開してしまっていたら、ゲームのシナリオは大きく狂ってしまっただろう。


(でも、これから先はギルドにきちんと町に結界を張ってもらわないと。王女様だけでなく重臣が次々と襲われたり、もっと言えば国王陛下が魔族の餌食になってしまったらゲームを進める間もなく魔王の勝利ということにもなりかねないな)


 俺はそう思ったし、そもそもゲームでは王都や主要な街には対魔族の結界が張られ、町の中は安全になっていたはずだ。

 それに早く結界を張らないと、その前に王女様が魔族に誘拐されたことが知れ渡れば、その衝撃と、いつどこで襲ってくるか分からない魔族に怯え、王都は大混乱に陥ることは必至だ。


 俺がペラトルカ氏に、


「いえ。先ほどは大きなお力添えをいただき有り難うございました」


 そうお礼を述べると、彼はにっこりとした笑みを返してくれた。


「いえいえ。大賢者のお考えは本当に理に適っていると思いますよ。それに私も魔法使いですから、彼が考えたという対魔族の結界には大いに興味があるのです。なにせ誰もが知る伝説の魔法使いですからね。できれば私も弟子になりたかったくらいです」


 彼はさらにそんなことを言ってきたが、中身の俺は四十を過ぎているので、もうそうそう、その程度のおだてに乗りはしない。

 王の信頼も篤いようだし、この人は敵に回さない方が良さそうだと俺は考えていた。



 魔術師ギルドは大きな力を持った組織であり、王宮の正門前という一等地にあるので、すぐに移動できたのは幸いだった。


 俺がトゥルタークから教わった対魔族の結界を唱え、それが王都全体を守るように広がると、ギルドの魔術師たちはかなり驚いていた。

 俺の技量に驚いたわけではなく、そんなに簡単な方法で強大な魔族の侵入を完全に封じることができるということにだ。


 これまでは、もし魔族に対抗する結界を張るとするならば、まず第一段階として魔族を識別すること。

 そして次の段階として魔族と認識された者を素早く跳ね返すこと。

 最後に展開された結界を破壊しようとする力に十分対抗できるだけの強度を持つことが必要と考えられていたので、とても不可能だと諦められていたようだ。


 まず最初の段階の魔族を識別することからして困難で、しかし、それができないとなると町の住人も魔族同様、結界の内と外を出入りできないものになってしまうため、実用に耐えなくなってしまうのだ。


 もしそれらの要請を満たす結界が張れたとしても、その維持には膨大な魔力を消費するため、町全体を覆うなど到底、考えられなかったようだ。


 そのため、対魔族の結界については王都のギルドでも、これまで研究がほとんど進んでおらず、この三百年の間、魔族の動きがそれほど活発ではなかったことも相まって、英雄バルトリヒと大賢者トゥルタークが魔王を封じた時代から、はかばかしい研究成果は上がっていなかったようだ。


 そういう意味では、自分が復活することを人間に覚らせないよう呪いを掛けた魔王の作戦は、十分に成果を上げたと言える。

 だが我が師、大賢者トゥルタークはそれを見越して研究を進めたのだ。


 彼が俺に教えてくれた結界は正確に言うと魔族に対抗するものではない。

 ゲームではアストラル体と言っていたと思うが、魂魄、精神面、霊的側面、エーテル体、まあ名前は何でもいいが、主物質界の存在である肉体とは別に生命に備わったなにものかがこの世界には存在し、そのなにものかが大きなものを通さない網のようなものを張るのだ。


 オカルトチックで気味が悪いとも思うのだが、この世界は魔法が使え、魔族やモンスターが存在する世界だ。まあ、そういったなにものかが存在し、魔族は人間に比べそれが桁違いに大きいらしいのだ。


 漁網から小さな魚が逃げ出し、大きな魚は捕まってしまうように、それが小さい人間や普通の動物は出入りできるが、それが大きな魔族は通れない鳥かごのようなもので町全体を覆うという寸法だ。


 壁のように面を作るわけでもなく、魔族を識別する必要もないし、物質を防ぐものではないので物理的な破壊はできないというわけで、圧倒的に少ない魔力で展開可能な優れものだった。


 さすがにそれでも王都全体を長時間、それなりの密度で守るとなると、かなりの魔力が必要だが、王都は魔法使いの数も多いし、交代で維持すれば十分展開が可能になりそうだ。


 俺の張った結界は、魔力の使用量を抑えるため持続時間を極端に短くしてあったので、すぐに消え去った。

 そこでギルドの魔法使いたちに呪文を教え、もう一度、お手本として結界を張って見せる。

 彼らは俺に続いて呪文を唱え、何度か試すうちに、何人かはすぐに展開が可能になった。



 二時間ほど教えると、王都の魔法使いはかなり優秀なのか、全員がかなり自在に結界を操れるようになっていた。

 ちょうどそこにギルドマスターのペラトルカ氏が俺の様子を見に来てくれたので、それを潮にギルド本部からお暇をすることにした。


 魔術師ギルドにもプライドがあるだろうし、俺がいつまでも先生面して居座っても嫌がられるだけだ。

 それほど難しい魔法でもないし、ここから先は各地の町に魔術師を派遣するなど、組織的な動きが必要な段階に移る。

 後はギルドで対応してくれるというので、俺はもう一度王宮へ戻り、王女捜索隊の方に顔を出すことにした。




 王宮に戻った俺は、王女の捜索に当たる騎士たちが集まっているという近衛騎士団の詰所に向かった。

 入り口で名前と要件を述べると、謁見の間での出来事が既に伝わっていたらしく、思っていたより簡単に騎士たちのいる部屋へ通してもらえた。


 その部屋で俺はすぐに見知った顔を見付けることができた。


「アンヴェル・シュタウリンゲン」


 三百年前、魔王を封印した英雄バルトリヒの末裔の若き王国騎士だ。


 先祖の名に恥じぬ剣の達人にして、明るい栗色の髪と涼やかなモスグレーの瞳が印象的な偉丈夫。将来の近衛騎士団長に擬せられるほどの逸材だ。

 そして俺にとってなにより重要なのは、彼こそが『ドラゴン・クレスタ』でリーダーとしてパーティーを率いる英雄騎士であることだ。


 俺は真っ直ぐアンヴェルの下に向かい、彼に話しかけた。


「失礼します。私は魔法使いのアスマット・アマンと申します。本日、謁見の間で王より捜索隊に加わる許しをいただきましたので、こちらへ参りました。よろしくお願いいたします」


 俺が頭を下げると、アンヴェルは突然の挨拶に少し驚いていたが、すぐに笑顔を返してくれた。


「これはご丁寧に。君が噂の大賢者の弟子という魔法使いか。僕はアンヴェル・シュタウリンゲン。見ての通り近衛騎士だ」


 俺は是非とも彼の仲間に加わらなければと思っているので、即座に、


「失礼ですがシュタウリンゲン様と言うと、あの魔王を封印した英雄のご後裔(こうえい)でしょうか」


 と訊ねた。するとアンヴェルは嬉しそうに、


「おお。我が敬愛する家祖、バルトリヒのことをご存じとは光栄だ。君の師と僕の先祖は共に戦う仲間だったというわけだ。これも何かの縁だろう。僕の隊に加わらないか」


 そう俺を彼の隊に誘ってくれた。


 アンヴェルは謙遜してそう言ったが、この世界でバルトリヒの英雄譚を知らない者はほとんどいないだろう。


「よろしければ是非」


 前世の俺が見たら驚くであろう俺らしからぬ積極性で、俺は無事にアンヴェルの隊に入ることができたのだった。



「実を言うと魔術師ギルドがほとんどの魔術師をこちらから引き上げてしまって困っていてね。だから君が来てくれて本当に助かったんだ」


 周りを見てみると、確かに俺のほかに魔法使いらしき人の姿は見えない。


 今回は魔族が相手になる可能性が高く、いくら普段から鍛錬を積んでいるとはいえ、騎士だけで相対するのはかなり困難なはずだ。

 だが、魔術師ギルドは多くの民の安全のため、まずは結界を張ることに全力を注ぐらしく、多くの魔術師がそのために結界の張り方を学び、各地へ派遣されることになったということだった。


 その方針を王が聞いて、どう思ったかと考えると俺は胸が痛む。

 謁見の間でも、俺を指弾した重臣たちに惑わされることもなく、ギルドマスターの助言があったとは言え俺の意見を採用してくれたし、俺は王様に感謝する気持ちを持っていた。


 結界を張ること自体は、魔法陣を描いて魔力を注ぐだけなので、魔法使いであれば誰でも展開が可能だ。

 だが、各地で大規模な結界を維持するためには多くの魔法使いを動員する必要がある。そしてその結果、魔法使いが不足することになってしまう。


 これからの魔族との戦いに向けて、魔法使いの戦力が足らないことが響いてくるかもしれない。

 そう考えると各地で結界を展開するのは、実はそれほどの良策とは言えない気もする。

 だが、トゥルタークが言っていたように民心を安定させるには、これも必要なことなのかもしれない。


 俺には重すぎる課題で考えもぐるぐると回るばかりで、まとまらなかった。

 今はそんなことよりアンヴェルに協力して、一日も早くミセラーナ王女を取り戻すことだと俺は考え直した。


「実は既にいくつかの捜索隊は、王都やその周辺に捜索や情報収集のために出発していてね。僕の隊も明日の朝には、王都周辺の町の捜索に出発する予定なんだ。

 一応、隊長は僕が務めているけれど隊には他にあと二人が所属しているから紹介しよう」


 そう言ってアンヴェルが紹介してくれたのは、彼の同僚である近衛騎士だった。


 ヴェルグネス・ルジェーナと名乗った背の高い赤い髪の男も、ゲルトリプ・ラディアンと名乗った屈強そうな男も、ふたりとも若いアンヴェルよりは年上に見える。

 家格によるのか剣の腕前によるのか、隊長は少なくとも年齢で決めるわけではないようだ。


「君は魔法使いか。それなら何かの役にたつかもしれないな。私たちが守ってやるから遅れないようについて来てくれ」


 アンヴェルが俺を紹介すると、騎士ルジェーナは気乗り薄そうに俺に言った。


 ゲームでは王女を救うのは、アンヴェルをリーダーとした俺を含めたパーティーメンバーだったはずだ。


(よく考えてみれば、貴族の彼が素性もよく分からない俺や、冒険者を仲間にして王女を探すって無理があるよな。でも、そうしてもらわないとゲームと違う道に進んでしまう)


 騎士の二人を紹介されて、俺は少し焦った。


 そもそもアンヴェルは英雄の子孫だ。

 古代には敵を(ほふ)った将軍がそのまま王や貴族になることが多かっただろうし、近代でも顕著な戦功を挙げた将軍が為政者となることはある。


 魔王が封印されてから三百年。その間、平和が続き、この国の支配層には当時からあまり変化がないようだ。

 英雄バルトリヒの子孫であるアンヴェルも、彼の余慶(よけい)で王国貴族として遇されてきているのだろう。


 だが、このままではゲームのシナリオとまったく異なる道筋に入ってしまいかねない。

 俺は意を決してアンヴェルに進言することにした。


「シュタウリンゲン様。恐れながら明日のご出発、いま少し遅らせていただけませんでしょうか? あと何名か部隊に加える必要があるかと存じます」


 俺の言葉にアンヴェルも他の二人も驚いた顔をした。


「いや。事は一刻を争うし、既に出発した隊もある。明日の朝でも遅いくらいだと思っているのだが……」


 一瞬の間を置いてアンヴェルがそう言ったが、まだ俺の話は聞いてくれるようだ。


「大変恐縮ですが敵は魔族。名乗りを上げ、騎士道に則り、華々しい一騎打ちを求めてくるような(やから)ではありません。

 われわれが王女様の居場所に近づけば近づくほど、邪魔になるわれわれをあらゆる卑怯、卑劣な手段で排除しようと襲ってくるでしょう。

 そういった仕事には冒険者や傭兵こそが適任かと存じます。それらの者をあと数名、お雇いになるべきです」


 その言葉に騎士ルジェーナが激高したように大きな声を出す。


「近衛騎士が冒険者や傭兵に劣ると言うのか!」


 俺は努めて冷静に、


「いえ。ですが王女様の件、おそらく敵はわが師トゥルタークを殺害したダークエルフに相違ないでしょう。

 わが師を襲った時も、いずこからともなく現れ、突然、暗黒の魔法でわが師に致命傷を負わせました。そういった戦いに慣れた者を少なくともあと数名、お仲間に加えるべきかと」


 俺がそう言うと、


「大賢者トゥルタークを倒したダークエルフだと」


 もう一人の近衛騎士、ゲルトリプ・ラディアンがゴクリと唾を飲む。


 英雄バルトリヒとともに魔王を封印したトゥルタークはもはや伝説と言っていい魔法使いだ。

 そのトゥルタークを倒した魔族が相手と知って、騎士ルジェーナも顔色が変わっている。


「確かにそこの魔法使いの言にも一理ある。そのような卑劣な魔族が相手では、我らのノブレスオブリージュの精神も輝きを失う。そのような輩の相手は冒険者にでもさせておけばよいのだ」


 よく分からない理屈だが、とんだノブレスオブリージュもあったものだ。


 ルジェーナのその言葉に、気がついたようにラディアンも言葉を継ぐ、


「よく考えてみれば近衛騎士たるもの、王都を守護するのが役目。その王都でああいった事件があった後であればなおさら、その守り(おろそ)かにするわけにはいかん。

 シュタウリンゲン卿。悪いが私は王都から離れられぬ。王女様の件につき、陛下の命を受けられたのは貴殿だ。後のことは貴殿にすべてお任せする」


 そう言うと、二人の近衛騎士は(きびす)を返し、さっさと部屋から出て行ってしまった。


 もともと俺は彼らを排除するつもりだったが、それでも軍紀違反に問われることはないのだろうかと思ってしまう。

 この世界では貴族はそこまで軍紀に縛られないのかもしれないし、彼らを心配してやる義理もないのだが。


 俺は、彼らを唖然として見送るアンヴェルに声を掛ける。


「では、シュタウリンゲン様。王女様の捜索に同行してくれそうな者を探しましょう。手始めに冒険者ギルドにでも参りましょうか」


 我に返ったアンヴェルは、不愉快そうな顔で俺を見た。


「冒険者ギルドには君が行ってくれ。僕には冒険者や傭兵の良し悪しなど分からないし興味もない。役に立ちそうな者を何人か見繕(みつくろ)って、僕の屋敷まで連れてきてくれ。報酬は支払う」


 そう言うと、彼はマントを(ひるがえ)し立ち去ってしまった。その姿だけはゲームで見た颯爽とした英雄騎士アンヴェルそのものだった。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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