第四話 王都へ
俺は賢者の塔に別れを告げた。
目指すは王都クレスタンブルグ。
塔のあるシヴァースの町から王都への街道はよく整備され、魔物もほとんど出没しない。
緑の平原をうねるように続く道では、大きな荷物を背負った商人風の男がやってきたかと思うと、続いて何台もの馬車を連ねた隊商とすれ違う。
俺は道の端に寄って、馬車の大きな車輪をやり過ごした。
その後、俺を追い越していったのは公文書を運ぶ郵便馬車だろうか。
(まあ、まだゲームもスタートしていないしね)
そんなことを考えながら街道を進む俺のバックパックには、エルフの宝珠と紹介状二通が入っている。
途中で宿をとった町もいずれものどかなもので、あのダークエルフとの戦いが嘘のようだ。
だが、すでに事態は動き出そうとしていた。
賢者の塔を旅立って四日目には、遠く王都が見えてきた。
王都はこの世界最大の都市だけあって、石で築かれた城壁は高く長大だ。
そして北側にある小高い丘の上は、王の住まう壮麗な王宮がその場所を占めており、少し黄色がかった建物群は夕日に染まると黄金色に輝いて見えると言われていた。
ほかにも大聖堂の尖塔やいくつかの高い塔の姿、さらには王宮を中心として貴族屋敷だろうか、数多の立派な邸宅が遠望できる。
そして王都周辺の耕作地を潤し、なにより王都の人々の水瓶でもある大河ディーヌに掛かった橋を渡ると王都はもう目の前だった。
王都の入口である巨大な門には数人の警備隊らしき兵士の姿があった。
「通行証をお持ちかな?」
ほとんどがフリーパスなのではないかと思われるほど、ひっきりなしに人が出入りしているのに、なぜか俺だけに門を守る衛兵から声が掛かる。
「い、いえ。持っていないです」
俺は正直にそう答えた。
元が小市民の俺は公権力には弱いのだ。相手は武器も持っているし。
「悪いが通行証を持っていないのなら、入街税を納めてもらうよ。銅貨二枚だ」
金額は形式的なもののようだったが、どうして俺だけと思う気持ちになる。
それでも素直に納めて事なきを得た。
無事に王都に着いた俺はとりあえず宿を決め、荷物を下すと、トゥルタークが残してくれた紹介状を持って、すぐに王都の魔術師ギルドに向かおうと考えた。
(ことは魔王の復活だからな。クレスタラントの、ひいてはオーラエンティアの未来にかかわる重大事だ)
ゲームではそうだったしそれは間違いないだろう。
ギルドにもその危機感を共有してもらい、早急に対策をとる必要があると思ったからだ。
「魔術師ギルドへ行きたいんだが、王都は初めてなんだ。行き方を知りたいんだが?」
「お客様。魔術師ギルドなら王宮正門のすぐ前の広場にありますよ」
『銀狼亭』という名の宿の主人に聞くと丁寧に教えてくれた。
教えてもらったとおりの道順をたどり、王宮の前に到着する。
魔術師ギルドの建物は花崗岩でできており、それは壮大なものだ。
建物の左右には、それぞれ魔術の塔、知識の塔と呼ばれる二つの塔がそびえている。
ファサードには様々な模様の細工が施されているが、一際目を引くのは正面の扉の左右に控える大きなフクロウの彫刻だ。
この世界でもフクロウは知恵と、そして魔術の象徴になっているらしい。
大きな扉を通って中に入ると、一国の首都の魔術師ギルドだけあって窓口には何人か人が並んでいた。
「ギルドマスターにお会いしたいのですが」
「ギルドマスターのぺラトルカへの面会をご希望ですね。ではこちらの書類に必要事項をご記入ください」
順番の来た俺が用件を述べると、係の者からそう言って書類を渡された。
住所、氏名、面会を希望する相手といちいち引っかかる。面会希望日は「できる限り早く」に丸だ。
前世ではこんな書類は数えきれないほど書いたが、異世界では初めてだ。
最後の「連絡先」に至っては、携帯の番号しか思い浮かばない。
「あの。ここには何を書けばいいんですか?」
仕方なく窓口の担当者に、もう何度目かの質問をするはめになる。
「王都の住民なら『住所に同じ』に丸を。それ以外の方は投宿先をご記入ください」
そう言われて卒業旅行で行った海外で、連絡先にホテルの名前を書いたことを思い出した。
宿の名前を『銀狼亭』だったとなんとか思い出し、書き終わった書類にトゥルタークの紹介状を添えて渡すと、担当者は紹介状を無造作に書類の下に重ねて束ねた。
「面会の日時が決まれば連絡先にお知らせします」
そう言われた俺は、もうそれに苦情を言う気力も尽きていたし、宿へ戻るしかなかった。
それから何日か宿で待ったが、一向に連絡は来なかった。
ずっと宿にいるのも退屈だし、食事に出たり、王都の名所になっているらしい大聖堂を見に行ったりくらいはした。
だが、その折には宿の主人に「ギルドからの連絡があったら受けてほしい」と伝えておいたし、行き違いになることはないはずだ。
そうやって俺がじりじりする思いで面会の日取りの連絡が来るのを待っているうちに、大事件が起きてしまった。
王のひとり娘、ミセラーナ王女が白昼堂々、魔族にさらわれたのだ。
俺が泊っている宿屋にも突然、物々しい出で立ちの警備兵が宿改めに訪れた。
いきなり乱入してきて「部屋と荷物をあらためさせろ」と、まるで犯人かのような扱いだ。
警備兵の後ろで申し訳なさそうにしている宿の主人に「こんなことはよくあることなのか?」と尋ねると、今まではこんなことはないと言う。
兵に「何かあったのか?」と尋ねても「お前が知る必要はない」と取り付く島もない返事だ。
まあ、後から思えば「王女がさらわれました」などと街の宿屋で言えるわけもないが。
俺が魔法使いだと分かると、部屋や荷物は特に念入りに調べられることになった。
ギルド発行の身分証を持っていないのもまずかったようだ。
「魔術師ギルドの会員でもない魔法使いが、何の用で王都に滞在している!」
そう兵士に怪しまれた。
「いえ。私は大賢者トゥルタークの弟子のアスマット・アマンと言う者。師であるトゥルタークに指示された火急の用があって魔術師ギルドの長に面会を申し込んでいるのですが、もう何日も待たされているのです」
俺がトゥルタークの弟子であることを伝えると「あの魔王を封印した大賢者の……」と、彼らはかなり驚いていた。
やはり、わが先生はこの世界のセレブリティのようだ。これからは、どこへ行くにもトゥルターク、トゥルタークと唱えた方がいいのかもしれない。
宿改めに来た兵士たちは職務に忠実だったようで、翌日の朝には、魔術師ギルドの長も同席するので、午後から王宮で王に謁見するようにとの使者が銀狼亭に訪れた。
俺は真新しいローブをまとい、王宮に向かった。
玉座の間に至るまでに何度もチェックを受ける。
普段の様子が分からないので何とも言えないが、廊下にも各所に兵が立ち、警戒は厳重だ。
やっと玉座の間に着き、しばらくすると俺の名が呼ばれた。
「大賢者トゥルタークの教えを受けし魔術師、アスマット・アマン。王の御前に進み、頭を下げよ」
俺は事前に教えてもらったとおり玉座の前に進むと、片膝をつき、頭を下げた。
「陛下におかれましてはご機嫌麗しく。この度はご尊顔を拝する機会をいただき、恐悦至極に存じます。魔術師トゥルタークの弟子、アスマット・アマンと申します」
前世で子どもの頃、土曜日の晩御飯が遅くなると、ダイニングのテレビには時代劇が映っていた。
俺は裏番組のお笑いが見たかったのだが、一緒に住んでいたおばあちゃんが週で一番楽しみにしている番組だからと、食事の間、俺もそれを見るはめになった。
それがまさか役に立つ日が来ようとは……。
「うむ。苦しゅうない。面を上げよ。もう三百年もの間、賢者の塔から離れぬ大賢者が何故そなたを寄こしたのじゃ」
本来なら人払いを願いたいところだが、俺のような小物がいきなりそんなことを頼んでも聞き届けられるはずがない。
ここにいる誰よりも最も玉座の間に場違いなのは、どう考えても俺なのだから。
「わが師トゥルタークは、瞬間移動の魔法を使うダークエルフに突然の襲撃を受け、あえない最期を遂げました。
師が言うには、魔王の封印が解けたとのこと。今後、各地で魔族が暴れる恐れがございます。
師からは、魔術師ギルドのご協力を得て、町に師が考案した対魔族の結界を張っていただくようにとの指示を受けております」
俺がそう答えると、玉座の間がざわめきに包まれる。
王は俺の左手に控える背の高い重臣らしき人物と目を合わせると、軽く右手を挙げ、ざわめきを抑えた。
「一昨日までであれば、そのような得体の知れぬ話をと、余もここにいる者どもも一笑に付していたであろう。だが、そちには話しておこう。
昨日の昼間、わが娘ミセラーナが何者かにさらわれたのだ。そして付き添っていた侍女によれば、どうも犯人はダークエルフらしい。
そやつは王宮の中庭を歩いておったミセラーナの前に突然現れ、娘を気絶させて抱えると、同じように突然消えたと言うのだ」
攻略推奨レベル五十の魔族を相手に、例え警護の者が王女に付いていたところで、どうしようもなかっただろう。
もっともゲーム上はストーリーが始まる前のプロローグとして語られる話で、イベント戦闘でさえないのだが。
「なぜ、もっと早く魔族の襲撃について報告しなかったのだ。その情報があれば、あのような事態は未然に防げたのだぞ!」
王の言葉が終わるのを待っていたかのように、王の左手側の列に並んでいた胸に多くの勲章を付け、あご髭を蓄えた恰幅の良い人物が、俺に向かって非難するように声を浴びせる。
俺は何日も前から魔術師ギルドの長に面会を求めていたのに、一向に会ってもらえなかったと言いたいところだったが、ギルドにはこれから協力してもらわないといけない。
悪いことは何もしていないのに、取り敢えず謝らないといけないのかと思ったとき、
「いや。ヤンプルフト内務卿。たとえこの者から事前に報告があったとて、一昨日までであれば我々も一笑に付していたであろうことは、陛下もおっしゃったとおり。それに情報があったからとて、防げる相手でもありますまい」
そう言って、先ほど王とアイコンタクトを取っていた王の右手側に並ぶ人物が、助け舟を出してくれた。
「ペラトルカ殿。そうは言っても陛下の御宸襟を思えば」
そんなやり取りの後、そのペラトルカ氏が、俺にもう一度発言するよう促してくれる。
「まずはわが師の言葉通り、急ぎ町に結界を張ることが肝要かと。師は三百年前と同じように民心が動揺し、魔族に付け込まれることを恐れておりました。
そしてもうひとつ。王女様の捜索には是非、私もお加えください」
俺はそう言いながら『ペラトルカ』という名前に心当たりがあることに気がついた。
魔術師ギルドで俺が書かされた書類。その中で面会を申し込んだギルドマスターの名前が『ペラトルカ』だったのだ。
彼の服装もよく見ればローブを着ているようだし、魔法使いであることは間違いないだろう。
俺の面会希望をギルドが放置したという失態を隠し、そうされたことを俺が言い立てないようにポイントを稼いだという側面が大きいのだろうが、彼の一言で助かったのは事実だ。
王からは俺の発言の後、彼に俺の発言をどう思うかというご下問がなされていた。
「さすがは大賢者トゥルターク。彼の弟子の発言は大層、理に適ってございます。町に結界を張る件については、ギルドも全面的に協力いたします。
また、今はひとりでも多く魔術師が必要。大賢者の弟子とあらば、王女様の捜索の力となるやも知れません。是非、捜索に遣わすべきかと」
そう言って彼は俺の意見を全面的に支持してくれた。
王は「さようか」と彼の意見に頷き、
「では、アスマット・アマンの進言を良しとする」
との宣言がなされたのだった。