第三百十五話 セルティアの予言
「何?」、「なんだ!」、「何が起こっているの?」
謁見の間に驚きの声が溢れる中、水晶球と同様にセルティアの身体が紫色に輝いたように見えた。
「これは……まさか」
セルティア自身もそう言って驚いていたようだが、彼女は輝く水晶球を見ると、
「これはお姉様? 未来のお姉様が……誰も訪れる者もなく、一人で部屋で孤独に過ごされている様子が……、そんな未来が見えるわ」
「嘘よ!」
セラディアはセルティアの言葉をそう否定したが、その目は恐怖に見開かれ、彼女自身が自分の言葉を信じ切れていないことが俺にさえ分かった。
嘘であってほしいというのが、彼女の偽らざる気持ちなのだろう。
「いいえ。お姉様には、お姉様だけには分かるはず。だってそうでしょう? これまでお姉様には見えていたことなのですもの」
彼女の言葉にセラディアは後ずさりするように部屋の奥へと下がって行ったが、その時、彼女の視線の先に俺が入ったようだった。
「クリュナミアの……。貴様は何者なの? 貴様のせいで私は力を失い、役立たずに! 貴様を永遠に呪ってやる!」
俺を睨みつけ、言葉を叩きつけるとそのまま背中を見せて謁見の間から走り去って行った。
「セラディア!」
トラコーン公もそう言って彼女を追い、謁見の間から出て行ってしまったので、自然と俺たちの謁見は終了ということになってしまった。
「そうですか。アマンさんは未来を見通すことのできない特別な方なのですね」
俺たちはセルティアの部屋へ場所を移し、彼女と話していた。
「そうです。私も以前、同じ目に遭いましたから分かるのです。あなたのお姉様にも忠告はしたのですが」
プロメイナが少し言い訳のようなことを付け加えたが、彼女は気にしてはいないようだった。
「そのような方がいらっしゃるなんて、まさかお姉様も思っていなかったのでしょうね。それでもあなたのせっかくの忠告を真剣に受け止めていたのなら、あんなことにはならなかったでしょうに」
彼女の声は寂しそうで、本当に姉を想っていることが分かる気がした。あんなのが相手でもそう思うんだとは思ったが。
「それを聞いて安心しました。時間が掛かるでしょうが、姉とはゆっくり話そうと思っています。元は優しい姉だったのです。きっと分かってくれるはずです」
そんなことより、俺は彼女が言った「一生呪ってやる」って言葉の方が気になっていた。
未来を見通すことができた女性から呪いの言葉を吐かれるって、さすがに不安を感じるのだが。
俺がそう口にすると、
「大丈夫です。姉にはそんな力はありません」
セルティアはそう答えてくれたが、アグナユディテは、
「アマンを呪う人は他にもたくさんいるのだから大丈夫よ」
そんな慰めにもならないことを口にしてきた。
まあ、クレスタンブルグにいる貴族たちなんて、ほぼ全員が俺のことを呪っているであろうことは確実だろう。
「お父様には、大魔王の討伐のためクリュナミアと力を合わせるようにお伝えします。彼の国にはお姉様の力を打ち破る魔法使いがいると伝えますから、当面は邪魔をしようとは思わないでしょう」
セルティアはそうも言ってくれたので、これで俺たちは背後を気にすることなく、ヴァダヴェスティーンの本拠のあるコールバファンに向かうことができそうだった。
「でもその前に、せっかくですから皆さんの未来を見て差し上げましょう。何かこの先の指針となるようなお役に立てることが見えると良いのですが」
彼女はそう言って薄紫色の水晶球に向き直った。
俺はリラックスしていたが、そう言われたプロメイナとアグナユディテは緊張の面持ちだ。
まあ、自分の未来が示されるって、それは緊張もするだろう。百パーセント確実なものではないにしてもだ。
「まずはプロメイナさん。あなたは……、計画が成就せず、落胆して怒りを爆発させている姿……失礼しました。今回はあまり良いものが見えないようです」
プロメイナもさすがに顔色を変えていた。
俺からすると彼女はいつもそんな感じだから、そう言われてもまあ、何かあればそうなるよなって思ったが、いい予言でないと言えばそのとおりだ。
「いったい何の計画なのかしらね?」
アグナユディテが聞くと、セルティアは首を振って、
「分かりません。私に見えたのはそれだけですから」
済まなそうにそう言うが、アグナユディテは何だか怪しいって顔つきだ。
「私の頭の中は様々な計画でいっぱいですから、それだけでは何とも言えませんわ」
プロメイナの姿は俺から見てもなにか誤魔化そうとしているみたいに見えたが、言いたくないものを無理に聞き出す必要もない。
「それからアグナユディテさん。あなたの未来には……、お世話になった方がお亡くなりになり、悲しむあなたの姿がぼんやりと……どうやら私には辛い未来ばかりが見えてしまうようです」
セルティアはまた申し訳なさそうな顔を見せるが、未来が変えられるものであるなら、先にある危険や不幸な事態を感知できた方がいいだろう。
ご機嫌な未来なら見る必要もないからな。
「お世話になった方って?」
アグナユディテもやはり不安そうだ。
「分かりません。思い返してみると、葬儀に貴族や騎士が参列していたようですから、それなりの地位の方かもしれません。お心当たりはおありですか?」
セルティアにそう言われてアグナユディテは考えていたが、
「貴族や騎士ってことは人間よね。私がお世話になった方……。まさか!」
どうやら彼女の頭に浮かんだ人物がいるようだ。
お世話になった人って俺のことかなってちょっとびくびくしてたんだが、思い過ごしだったようだ。
口にしなくて良かった。
「思い当たる人がいるんだな?」
俺の問いに、彼女はこくんと頷いた。
「ええ。この世界でお世話になったと言える人間は一人しかいない。彼はシャンルーファ王国の騎士よ」
アグナユディテの答えに、セルティアは目を見張り、
「お世話になった方が一人しかいないなんて、余程人間と関わるのがお嫌なのですね。それなのに私は強引に……」
本当に申し訳ないといった顔を見せる。
「いいえ。その、そう! 私は人間の世界に出てきて間がないの。だからお世話になった方も少なくて」
本当は俺も含めてこの世界にやって来て間がないってのが、その理由なんだが、そう言ったらまた説明が面倒そうだからな。
「それなのにプロメイナさんやアマンさんとはお知り合いなのですか?」
やっぱり無理があるようだ。仕方がないので俺はもう強引に引き取ることにした。
「その何とかっていう国の騎士を助けることはできないのか? 決断によって未来は変えられるんだろう?」
俺がプロメイナに振ると、彼女は気がついたように、
「ぼんやりと見えていたというのなら、まだ確実でない未来だと思いますわ。ならば変えることもできます。でもそれには決断と、何より行動が必要なのです」
自分の言葉に頷くように言った彼女の言葉を受けて、俺は続けて、
「じゃあ、さっさとその国に行って警告しようじゃないか。ユディがお世話になったんだろう?」
「ええ。そうね。アマン、ありがとう」
珍しく彼女は素直にお礼を言ってくれたと思ったのだが、
「この国の東にあるシャンルーファ王国に私はいたの。アマンたちがクリュナミアの王宮でゆっくり過ごしていた時、私は一人で遥か西を目指して旅をしていた。その時にお世話になったのよ」
そう付け加えることを忘れなかった。やっぱりアグナユディテはこうだよな。俺だってそれなりに苦労したんだが。
「じゃあ、早速発つか? 早い方がいいんだろう?」
「ええ。決断とそれに伴う行動は、早ければ早いほど未来を大きく変えることができますから」
俺の発言にプロメイナも賛成してくれたので、俺は腰を浮かしかけたのだが、
「待ってください。もう少し未来を見させてください」
セルティアがそう言って俺たちを引き留めた。
「えっ。だってもう……」
アグナユディテが不審そうに彼女の方を向くと、彼女は俺の方に向き直って、
「まだ未来を見ていない方がいらっしゃいます」
当たり前のようにそう言った。
「セルティアさん。アマンの未来は見ることができないのです。私も、あなたのお姉さんもそうでしたから」
「それに水晶の珠が壊れて、未来を見通すことができなくなってしまうのでしょう?」
二人は驚いた様子で言うし、俺も彼女が何を考えているのか分からなかった。
だが、彼女は落ち着いた様子で水晶球に手をかざし……、
パリーン!
眩い輝きを放ち、彼女の前の水晶球は大きな音を立てて砕け散った。
「どうして? せっかく手に入れた力なのに?」
プロメイナはそう言って砕けた水晶球の破片とセルティアの顔を交互に見ていた。
俺もあまりのことに理解が追いつかず、茫然とする思いだ。
だが、アグナユディテは彼女の顔を見て納得したといった顔で口を開いた。
「セルティア様。あなたは本当にこの力を必要としていないのね」
確かめるような彼女の言葉に、セルティアは答える。
「はい。お姉様でさえ狂わせた怖しい力。私がそんな力を持って、正気を保つ自信はありません。きっと先ほどまでのお姉様のように、いいえ、さらに恐ろしい人間になってしまうでしょう」
真剣な表情でそこまで話して、さらに彼女は言葉を継ぐ、
「ですからその災いを防いだのです。私は弱い人間です。それにこれでお姉様と同じになれましたから。ただの役立たずですけれど」
そう言って彼女は眩しいほどの笑顔を見せた。




