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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第三章 姫巫女様はすべてご存じです?
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第三百十三話 二つの水晶球

「いいえ。未来を見通すことができなくて、私にはホッとした気持ちもあったのです。だって、そんなの普通じゃないですし、私はそんな力を得ることを望んでなんていないのです」


 彼女の話に、私はアマンが「普通じゃないって言うのは止めてもらえるかな」と時々言うのを思い出した。

 セルティアが話を続けていたから、すぐに注意を戻したけれど。


「公女であると言うだけで、諦めなければならないことも多いのです。贅沢だと分かってはいますが、町に暮らす普通の女の子たちに憧れる気持ちを持つこともあるのです。その上、普通の人には見えないものが見えるなんて……」


 そう言って首を振る彼女は本当に「未来を見通す力」には何の思いもなさそうだった。

 プロメイナはその力を上手く使って『黒き王』として元の世界で大活躍したみたいだけれど、それは彼女の精神力あってのことのようだ。


「じゃあ。セルティア様。あなたの不安って?」


 自分には姉が使うことのできる「未来を見通す力」が使えない。それが彼女の不安なのだと思ったのだが、どうやらそうではないようだった。


「私はお姉様が心配なのです。未来を見通す力が使えることが分かっても、初めは優しいお姉様のままでした。でも、何年か経つうちに私を『役立たず』と呼ぶようになって、最近では『お姉様』と呼ぶことさえ禁じられたのです。私とお姉様は違うのだからと」


「セルティア様。それがあなたの不安なの? あのお姉様が心配だって言うの?」


 あそこまで言われてと考えると私には意外だったけれど、分からないでもない気もする。元からああなら極力近づかないで済ますだろうけど、彼女には数年とはいえ仲良く過ごした記憶があるのだろう。


「いいえ。私はお姉様だけが心配なわけではありません。私はそんなに姉想いの良い妹ではありませんから。私は、私に仕えてくれている侍女のルマニヤが……。彼女がいなくなってしまうのではないかと、それが一番の心配なのです」


「私は決してセルティア様から離れませんからご安心を」


 私たちの話を少し離れて聞いていたのだろう、先ほどの侍女が遠慮がちに声を掛けてきた。


「どうして彼女がいなくなったりすると思うの?」


 ここへ来るまでの道中や着いてからも、ルマニヤと呼ばれた彼女以外の侍女を見なかったから、セルティア付きの召使いは多くはなさそうだと思ったのだが、彼女の答えはそれを肯定するものだった。


「お姉様の使用人はすぐに辞めてしまわれる方が多くて。その度に私の侍女を差し出すように言われて、その方たちも次々とここを去ってしまい。ですから今、私の側に居てくれるのは彼女だけ。彼女まで持っていかれたら、私は本当に独りぼっちになってしまいます」


「セルティア様。大丈夫です。侍女仲間の内では私は無能な侍女で通っていますから。そんな私を使おうなんて、あのセラディア様が思うはずもありません」


 主人であるセルティアを真摯に励ます彼女は、とても無能とは思えない。

 彼女の意を汲んで、外には無能を装っているのだろう。


「いいえ。お姉様はその力で、あなたの有能さを見抜かれるかもしれません。そうなった時、どんな恐ろしいことが起こるか。きっとあなたは連れ去られ、酷い罰を受けるわ」


 不安そうなセルティアに寄り添うルマニヤを見ていると、何とかしてあげたいと思う。


 けれど、人間のしかも高位の貴族の家の中の問題なんて、エルフである私にはどうすることもできない。


(アマン。あなたどこにいるの?)


 彼ならきっと何とかしてくれるはず。私は彼が側にいないことがもどかしかった。



 そうして彼女と話していると、突然、ルマニヤとは別の侍女がセルティアの部屋へ駆け込んで来た。


「セルティア様。セラディア様がこちらへいらっしゃいます。すぐにお席を!」


「その必要はないわ」


 そのすぐ後からセルティアによく似た顔だちとスラリとした立ち姿の豪華なドレスを着た女性が姿を見せた。


 だが、彼女はセルティアとは違って自信に満ちた態度で、その強い意志を示すかのように目尻は吊り上がっていた。

 そしてセルティアと同じブラウンの髪は、貴族の令嬢であることを誇示するかのように螺旋状にカールし、彼女の整った顔の左右を飾っていた。


「セラディア様。いったいこのようなところに何のご用でしょう?」


 怯えた様子で震えるように何とかそれだけを口にしたセルティアを冷たい目で見下ろし、セラディアなのであろう彼女が口を開く。


「用が無ければここへ来てはいけないと言うの? どうせ私に隠れて何の役にも立たないことに無駄な時間を使っているのだろうと思って、見に来てあげたのよ。そうしたら案の定だわ。亜人風情を宮殿に連れ込んで何をしているの!」


「亜人風情とは失礼ね。この国には他者に対する敬意ってものはないのかしら?」


 私はこれまでのセルティアに対するセラディアの態度に嫌悪を覚えていたし、それにも増して彼女の傍若無人な振る舞いに怒りを感じていた。


 だが、セラディアは私の言ったことなど気がつきもしなかったという鼻で笑うような態度を見せた。


「役立たずのあなたのお友だちには亜人がお似合いだわ。残念だけれど私はあなたたちと違って忙しいの。だから今日のところは許しておいてあげる。それより、あなた水晶球を持っているでしょう? それを寄越しなさい!」


 突然の要求に、セルティアは明らかに狼狽(うろた)えていた。


「あ、あの。あれは私がいただいた、私のためのもので……」


 セルティアがそう答えた瞬間、セラディアの眉の先が跳ね上がり、目の周りも赤くなったように見えた。


「あなたが持っていて何の役に立つと言うの! 神に選ばれた私が使ってあげようと言うのに、それに逆らうなんて。身の程を知りなさい!」


 両手を腰に当て、大きな声で叩きつけるように言うセラディアに、セルティアは身を縮こませていた。


「セラディア様。こちらでしょうか?」


 ルマニヤが薄紫色の水晶球を両手で持って現れた。

 それを見たセラディアの顔に笑みが浮かぶ。


「そう。それよ! それを私に寄こしなさい。侍女の方が余程役に立つわ」


「ルマニヤ。あなた……」


 茫然と水晶球がルマニヤの手からセラディアに渡る様を見るセルティアの姿に、私も衝撃を受けていた。


「でも、セラディア様。本当にどうされたのですか? これまでこのようなことは一度もありませんでしたのに?」


 笑みを見せてそう問い掛けるルマニヤに、セラディアは今度は不愉快そうな顔を見せた。


「やっぱり噂どおり無能な侍女ね。私に嫌なことを思い出させるなんて」


 ルマニヤは慌てて頭を下げると、


「お許しください。私、これまでこれを毎日磨いておりましたものですから」


 とさらに二度、三度と深々と頭を下げる。

 それに対してセラディアは片頬に笑いを浮かべて、


「そう。あなたが綺麗に磨いてくれていたのね。私のために。まあいいわ。これの代償に教えてあげる」


 そう言った後、私たちに向かって続けた。


「これを使って、謁見の間に待たせてあるクリュナミアから来た失礼な者たちに身の程を教えてあげるのよ。あの野蛮な国の魔法使いがおかしな魔法を使って私の水晶球が壊されてしまった。今度は用心するわ」


(クリュナミアから来た魔法使いですって!)


 私にはそれで十分だった。

 しかも占いに使う水晶球が割れるところを私は実際に目にしている。

 そんなことが起こったのは、きっと彼がそこにいるからに違いなかった。



 靴音を響かせてセラディアが部屋から出て行くと、ルマニヤがセルティアに向き直って頭を下げた。


「セルティア様。申し訳ありません。セルティア様の大切な水晶球を……」


 だが、そんなルマニヤの謝罪の言葉に、それまで項垂(うなだ)れていたセルティアは気がついたように頭を上げた。


「いいえ。ルマニヤ。あなたは間違っていません。お姉様の要求を拒むことなんてできませんし、あれは私が持っていても役に立つことはありません。ならば、渡してしまった方が良いのです」


 少し淋しそうにも見えるが、彼女ははっきりとそう言って僅かに笑みさえ見せた。


「私はあれを使うことをとうに諦めていますし、未来を見通す力なんて欲しくはありません。これまで後生大事にあれを持っていたことが間違いだったのです。あなたはそれに気づかせてくれました」


 穏やかに言葉を継いだセルティアに、今度はルマニヤが頭を振って答えた。


「いいえ。私はずっとセルティア様こそが神に選ばれるべき方だと思っていました。それは今でも変わりません。それを自ら打ち壊すようなことをしてしまったのは痛恨の極みです」


 それでも悲嘆に暮れるといった様子を見せるルマニヤに私は笑みを見せて話し掛けた。


「そう嘆く必要はないわ。謁見の間にクリュナミアから人が来ているのでしょう。私たちもその『失礼な者たち』の顔を見に行きましょう。そこにいる人がきっと何かを変えてくれるはずよ」


 プロメイナは彼が「すべてを良き方向へ導い」たと、そしてミリナシアも彼が「すべてを変えてくれた」と言っていた。


 だからセルティアの運命もきっと変わる。

 そうしておいて、彼はいつもの憎らしいほど飄々とした態度で言うのだ。「俺は何もしてないからな」って。


 私はそう確信を持ってセルティアに伝えることができる。

 だって、それは私こそが最も経験したことなのだから。


 グリューネヴァルトにいた私が今ここアルスウィードにいる。考えたことさえなかった世界に。

 それもすべて彼のせい。いいえ。私にそれを選ぶ機会をくれた彼のおかげなのだ。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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