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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第一部 第一章 魔王バセリス
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第ニ十四話 刀鍛冶の後継者

 その日はもうかなり遅いから泊まっていけとカンソンさんに言われたので、お言葉に甘えることにした。


 母屋に移るとアグナユディテもほとんど回復しており、アリアと一緒に建物の前で迎えてくれた。


「ここは川からの風が流れ込むようになっているみたい。火や金属の臭いもほとんどしないわ」


 まだ多少具合が悪いようにも見えたが「もう大丈夫よ」と言ってくれた。


 カンソンさんの家には何でも以前は住み込みの職人さんが何人もいたらしく、寝る場所には事欠かないということだった。

 だが、カガムスンさんは「私は引き上げます」と言って、出て行ってしまった。



 その後、俺たちも手伝って夕食を作ってそれをいただき、最後にお茶を飲んでくつろいでいると、エディルナが口を開いた。


「カガムスンさんは、どうしてお一人で暮らしているんですか?」


 俺は(あぁ、誰かが聞くかなと思っていたけれど、やっぱり彼女だったか)と思った。

 彼女は基本、良い人だから、できるものなら仲直りをさせたいと思っているのだろう。


「兄さんは私に父の跡を継がせようとして、出て行ってしまったんです」


 キーソンさんが答えると、カンソンさんが言う。


「俺の跡を継ぐのはどちらか一人、そんなの当たり前だ」


 それを聞いていたリューリットが、何か忌々し気な様子で口を開いた。


「ふんっ。兄弟(かき)(せめ)ぐと言うからな」


「えっ。それって結局、兄弟仲がいいってことじゃないのか? 『兄弟(かき)(せめ)げども、外その(あなど)りを(ふせ)ぐ』だろ」


 リューリットが急に口を開いたのに驚いて、思わず俺はそう言ってしまったが、中国の古典って、この世界ではどういう扱いになっているんだろう?

 基本、日本語だから、同じなのかもしれないが。


 リューリットは俺の言葉に驚いたようで、真っ直ぐに俺を見て、


「そうなのか?」


 と聞いてきた。


「いや。兄弟は普段は仲が悪いように見えても、外の人からの攻撃には一緒に戦うというような意味だったと思うけど。違っていたらごめん」


 俺はこの手の発言には今後も気をつけないといけないなと考えていたが、リューリットは何だか気になったようで「外その務りを禦ぐ……か」と呟いていた。



 話しは戻ってカガムスンさんが家を出て行ってしまった件だ。


「でも、ならどうして村の外れに住んでいるのかな?」


 エディルナが聞くとキーソンさんは、


「兄さんも悩んでいるんだと思います。兄さんは鍛冶の仕事が好きですから」


 そう言っているうちに何か思い出したようで、


「そうだ。エルフのあなたに見ていただきたいものがあるんです」


 アグナユディテに向かって言い、ダイニングから出ていった。

 俺はその様子を見送りながら側にいたランシムさんに尋ねてみた。


「ランシムさんのところはこういった問題はないのですか?」


 年の功で彼に何か妙案があるかもしれない。俺はそう思って聞いたのだが、彼は嬉しそうに、


「いえ。私のところは跡継ぎの息子がひとりだけですから。それに二人の娘の嫁ぎ先も先代と若様にお世話していただいて。本当に感謝しております」


 そう言えば以前、息子は一人だと聞いたことを俺は思い出した。


「シュタウリンゲン家では、跡継ぎ以外でも何らかの形で雇っていただけることも多く、使用人は皆、感謝しているのです」


 そう言って相変わらず嬉しそうな顔でシュタウリンゲン家を礼賛する彼に、アンヴェルは満更でもなさそうだったが、俺は聞いて損したという気持ちになり、それがまた自分の心の狭さを如実に表しているようで何だか寂しい気持ちになった。



 そうしてしばらくすると、キーソンさんは何かの箱を持って戻って来た。


「おい。お前。お客様にそんなものを……」


 そう言うカンソンさんに構わず、キーソンさんはアグナユディテの側まで行って、その箱の中身を彼女に手渡した。


 それは弓に(つが)える矢だった。


「これは凄いわ。これをあなたのお兄様が?」


 矢を手に取ったアグナユディテが驚きの声を上げる。


「そんなに凄いのか? 俺にはいつもアグナユディテが使っている矢と同じみたいに見えるけど。」


 俺がそう聞くと彼女は、


「私がいつも使っている矢も、グリューネヴァルトの熟練の職人が作ってくれたものだからかなり優秀な物なのよ。この矢羽は黒鷲の羽根かしら? よくこんなもの手に入れたわね。それにシャフトも一分の狂いもないわ」


 と、なんだか興奮気味だ。彼女は凄腕の弓の使い手だから、矢の良し悪しもすぐに分かるようだ。


「それにさすがに(やじり)は素晴らしいわね。この部分は私の持っている矢より上かもしれない。」


 アグナユディテは感心しきりだ。


「やはりそうなのですね。エルフのあなたにそう言っていただいて確信が持てました。父さん。やっぱり兄さんは普通じゃないんだよ。十七代目は俺じゃなくて兄さんしかいないよ」


 キーソンさんがそう言ったときだった。突然、ドーンと建物を揺らすような強烈な音が響いたかと思うと、村の西の方に火の手が上がった。



「まさか、あそこは!」


 カンソンさんは叫ぶと、そのまま外へ駆け出して行った。その素早さは俺たちが制止する暇もない程だった。


「何だ。なにが起こったんだ?」


 アンヴェルがそう言って西の方を遠望している。

 するともう一度、ドカーンという爆発音がして、夜の空になにやら破片が飛び散ったのが見えた。


「これはただ事じゃないよ。アンヴェル。私たちも行こう!」


 エディルナはそう言うやいなや駆け出し、俺たちも彼女の後を追って村の西へと向かった。



 爆発音が断続的に響く中、俺たちの向かう西の方から次々に村人が避難してくる。

 その中に「魔族だ! 魔族が出た!」と言っている人もいた。


 その言葉どおり赤い炎を噴き上げる建物に、何体かの魔物を従えた魔族のシルエットが浮かび上がる。


 俺たちは急いでカンソンさんを追ったが、狭い道で避難してくる人たちに阻まれたこともあって、なかなか追いつくことができない。


「カンソンさん。待って! 危ないから。待って!」


 大きな声で叫ぶエディルナの声が聞こえていないのか、カンソンさんは、よたよたしながらも俺たちの前を駆けていく。


 そしてあと数十メートルほどで追いつけると思ったところで、魔族の放った炎の魔法がカンソンさん目掛けて飛び、彼はその場にばったりと倒れた。


「カンソンさーん!」


 エディルナが叫びながら魔族に迫っていく。


「エディルナ。戻れ! 危ない!」


 俺が叫ぶが、エディルナは冷静さを失っているのか、そのまま魔族に突っ込んでいく。


 魔族の前にまた魔法陣が浮き上がり、そこから炎の魔法が発動してエディルナを襲った。


 キイィーン!


 だが、エディルナのバスタードソードが一閃すると、魔族の放った炎の魔法は掻き消すように霧散した。


「えっ。うそ?」


 カンソンさんの強化によって、彼女の剣は魔法剣になったとはいえ、その効果は俺が思っていたより、ずっと強力なものだった。

そして、


「うおぉぉぉ!」


 エディルナはそのまま魔族に突進し、頭上からの一撃でそいつを屠ってしまった。


 配下のモンスターたちはと見れば、アグナユディテがすごい連射で次々と彼らを打ち倒していた。


「アグナユディテ。大丈夫か?」


 俺がそう聞くと彼女は、


「ええ。この矢はやっぱり凄いわ。狙ったところに吸い込まれるように飛んでいくわ」


 感心したといった顔を見せ、また次の矢を放つ。狙い違わずモンスターは首筋を射抜かれて絶命し、これで周りには敵らしき影は見えなくなった。


「アリアは? カンソンさんに回復の魔法を掛けないと。今ならまだ」


 エディルナが慌てたように声を掛けてくるが、俺たちが先に飛び出してしまったので、彼女やアンヴェル、リューリットは村人の避難誘導やけが人の治療を優先してくれているはずだ。

 追っ付け駆けつけてくれるだろうが、果たして間に合うのだろうか。


 そう思いながら倒れたカンソンさんに近づくと、彼は両手を着いて、むくりと起き上がり、


「いてててぇ」


 膝を擦りながらそんな声を上げた。



 結局、カンソンさんは脚がもつれて倒れたのが幸いし、魔族の魔法の直撃を免れたようだ。


「いやあ。慌てていたもんだから、右足と左足に違う履物を履いちまって。途中で脱げばよかったんだが、そこにも思い至らず。面目ねえ」


 彼が履いていたのは右足はスリッパ、左脚は下駄だったらしい。

 ファンタジー世界に下駄ってどうかと思うが、どうりでよたよたと走っていたわけだ。

 どうやったら間違えられるのか、履いた瞬間、分かるだろうに。そっちの方が不思議だ。


 膝を擦りむいた怪我も、アリアが神聖魔法ですっかり治していた。


「アリア。次はカンソンさんを治療してあげてくれるか」


 アンヴェルが言うのを聞いて、治療してもらった後、


「アリアさん。ありがとうございました」


 とか、お礼を言っている。

 心配して損した。少しの間、そのままにしておいてやればいいのにと思ってしまう俺は冷たい人間なのだろうか。


 そしてカガムスンさんは無事だった。

 魔族の魔法で爆発したのは納屋だったそうで、彼がいた住居兼工房も延焼に巻き込まれてしまったが、火が回るまえに間一髪、逃げ出すことができたそうだ。


 魔族とモンスターは、そのまま村の中心に向かって行ってしまい。それ以上、危害を加えられずに済んだということだった。



 カンソンさんの家の母屋に避難してきた彼は、しかし、一人ではなかった。


「妻のルーファです」


 そう言って俺たちに紹介してくれた可愛らしい女性も、やはり一人とは言えなかった。

 彼女のお腹は大きく、もう出産も間近と思われた。


「おい。カガムスン。俺は聞いてねえぞ」


 カンソンさんがそう文句を言っているが、カガムスンさんは涼しい顔で、


「いや。私は何度も言おうと思ったのですが、父さんは私たちに会おうともしないし、聞く耳を持ってくれなかったじゃないですか」


 そう言ってルーファさんと並んで座るカガムスンさんは、とても幸せそうだ。


 俺の中で「カガムスンさん、新婚の甘い時間を面倒な親父から離れて、少し長めのハネムーンを満喫していた疑惑」が湧き上がってくる。

 親切で優しく、気が利くいい人で、鍛冶の腕も確かだし、何だか段々と面白くない気がしてきた。


 キーソンさん。俺はあなたの味方です。


 だが、そんな俺の心とは関係なく、カンソンさんも何だか浮かれているようだ。


「おい。十八代目。早く生まれてこい」


 とか言いながら、いきなりルーファさんのお腹に触ろうとして、冷静なリューリットに阻止されたりしている。


 しかし、そんな彼は急に真顔になって、


「いや。思い出した。俺は神様に誓って、こいつを勘当しちまったんだ。こればっかりは今さらどうこうできねえな」


 太い眉をハの字にしながら言い出した。

 俺は、ここはアリアの出番だなと思って振り向くと、彼女は心得たもので、頷いて、優しく語り始める。


「神は人が誤りを犯すことをよくご存じです。心から悔い改める者には、神は赦しをお与えくださいます。

 まして親子、兄弟が仲睦まじく暮らすことを、どうして神がお望みにならないことがありましょうか」


 そう諭すアリアの言葉にエディルナも、


「ほら。聖女様もこうおっしゃっているし。カンソンさん。もう、いいんじゃないか」


 と言葉を被せると、カンソンさんは、


「えっ。聖女様って? あんたもしかして王都の聖女アリア様なのか? てことは、まさか、そこにいらっしゃるのは英雄バルトリヒの子孫のシュタウリンゲン様?」


 そう言って跳び上がらんばかりに驚いている。


 俺たちは、そう言えば自己紹介をさせてもらっていなかったことを思い出した。


「そうか。オレスティの娘は魔王討伐の仲間のひとりか。さすがは俺が見込んだ男だけはあるな。あいつもきっと喜んでいるだろう」


 そう言うカンソンさんは、とても嬉しそうだ。


「それにしてもカンソンさんが鍛えてくれたこのバスタードソード。凄い威力だったよ。使ってみてびっくりした。ありがとうカンソンさん」


 エディルナのお礼の言葉に、カンソンさんは嬉しそうに、


「そうだろう。だから俺の剣の良さは使った奴にしか分からないって言ってるんだ」


 本当に自慢気な様子だった。だが、それを見たエディルナは少し言いにくそうに、


「で、急に現実的な話で申し訳ないんだけれど、この剣のお代として幾らお支払いすればいいのかな?」


 カンソンさんに聞くと、彼は、


「いや。これはオレスティのために打った剣のちょっとしたアフターサービスだ。それと、あんたへのはなむけでもある。

 俺の打った剣が魔王を滅ぼす役に立つっていうんなら、刀鍛冶冥利に尽きるってもんだ。それにあんたたちには村を救ってもらったからな」


 どうやら勘定は受け取らないようだ。

 この請求の分もフォータリフェン公爵に回してしまおうと思っていた俺は、思わぬ肩透かしを食った気分だ。



 その日の午後、カンソンさんやカガムスンさん、キーソンさんたちに見送られ、俺たちはシキシーの村を出発した。


 ゲームでは村を訪れて鍛冶屋を訪ねると、エディルナのバスタードソードの攻撃力が上がるだけの簡単なイベントだったのだが、何だかとても疲れた気がする。


 今回、俺は魔族との戦いでも魔力切れで役に立たなかったし、カンソンさんの強烈な個性に振り回されて、いいところなしだった。

 だが、相手が下級魔族だったとはいえ、その魔法を弾き、敵を一刀両断するなど、思った以上にエディルナが強化されたし、結果としては良かったのかなと思うことにした。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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