第百八十六話 融合先の事情
「この世界はもともとは勇者の血を引く王子が、各地にある勇者の末裔がそれぞれ王位を受け継ぐ王国を訪ね、その地の王子、王女を仲間にして大魔王を倒すという世界でした」
セフィーリアは改めて俺に『ドラゴン・クロスファンタジアⅡ』のストーリーを解説してくれた。
(そうか。そんなストーリーだったんだ)
などと俺が感心するはずもなく、本当にありがちな何の捻りもないRPGだなと思うしかなかった。
まあ、王道と言えばそう言えないこともないが、いくら何でも工夫がなさ過ぎるだろう。
それでも続編として発売されただけマシなのかもしれないが。
「ですが私が目を離している隙に国々が争いだしたのです。もとはと言えば、皆、勇者ゼルフィムの血を引く縁戚同士である王家が、血で血を洗うと言って良いような戦いを始めたのです」
あのゼルフィムの末裔なら、さぞかし血の気が多かったのだろうと俺は思ったが、セフィーリアは争わずに俺の世界とひとつになることを望んできたし、一概には言えないのかもしれない。
「戦争が始まったってことなのかい? あなたはその世界の神なんだろう。どうして止めなかったんだい?」
エディルナが尋ねるが、主宰者はまあ、その世界の神と言っても間違いではないと言えるくらいの力を持つ存在だ。
さすがにストーリーから外れすぎだろうと思うし、それでは大魔王はどうなってしまったのかと思って、俺はこの世界のことが心配になってしまう。
今や俺がその世界の主宰者でもあるしな。
「初めは小競り合い程度だと思っていたのです。ですが、ある王国の一人の王子が戦況を一変させたのです」
セフィーリアの言葉が強くなり、彼女がその者に対して抱いている憤りのような感情を俺に感じさせた。
主宰者である彼女が必死に世界を存続させるために奔走しているのに、その世界の秩序を乱し、自らの欲望を遂げるような行動をされたら、確かに面白くはないだろう。
「その者は、まず父親である王を戦場で破って退位させ王位を奪うと、次々と周りの王国に兵を送り始めました。そして私が世界を滅亡から救うことに集中し、世界の調整が疎かになっている僅かな間に、次々と他の国々を併呑し、統一王朝を創りあげたのです」
セフィーリアの言葉をラフィルディも継いで、俺たちにさらに詳しくその時の状況を説明をしてくれた。
「私もこれはまずいのではと思い、セフィーリア様にご注進申し上げたのですが、すでに遅かったですな。その直後には西の平原で三人の王が集う大会戦が行われ、一気に二人の王が捕虜となって、ほぼ統一の流れが決まりましたから」
話を聞く限りゲーム世界とはいえ、世界の統一を成し遂げた、まさに一代の英雄王と言ってもいい存在のようだ。
「用兵の天才か。何者なのだ?」
リューリットが興味があるのか、セフィーリアたちに問い掛けた。
「その者は、その纏う漆黒の鎧から『黒き王』とも、最近は古の名将クーミヤの再来などとも呼ばれているようです。即ちクリュナミアの新王、ベラヴィーンその人です」
ラフィルディが教えてくれたが、大層な二つ名を持っているようだ。
だが、女神はセフィーリアがその説明に納得していないものを感じたようだ。
「何か疑問がおありの様に見えますが」
女神の問い掛けにセフィーリアは頷き、
「ベラヴィーンは大魔王を倒す四人の王子、王女のひとりなのです。黄金の鎧を纏い『金色の聖騎士』と呼称される存在のはず。その彼が何故『黒き王』などと呼ばれているのか、どうにも分からないのです」
最後は少し苦しそうな声で伝えてきた。
どうやらそのベラヴィーンとかいう奴はPCの一人で、それなりの力を持っているらしい。
セフィーリアとしても、排除してしまうとシナリオが維持できなくなるし、斃すに斃せない者だったということのようだ。
(それにしても『金色の騎士』改め『黒き王』って、闇堕ちしたってことか……)
何が彼をそうさせたのか何となく興味はあるが、それは今急いで知っておくべきことでもないだろう。
「で、人間の王国は統一されて、大魔王の方はどうなっているんだ」
大魔王の脅威が迫っているのに人間同士で争うだなんて、トゥルタークが以前、恐れていた事態だし、そこに付け込まれたりしなかったのだろうか。
「大魔王ヴァダヴェスティーンは完全に裏をかかれた格好ですな。各国の王子、王女たちが時間を掛けて仲間となり、長い旅を続けて自分に挑んで来ると思っていたでしょうから。いきなりそれらの国々を纏めてしまう者が現れようとは、さすがに想像もしていなかったでしょう」
ラフィルディの言葉は何となく自慢気に聞こえるが、今のところは結界オーライってだけの様に俺には思われた。
「では大魔王とやらに対して、人間たちの統一戦線ができて、そちらは一安心といったところなのじゃな」
トゥルタークが少し安堵したように言った。
三百年前の出来事が思い起こされたのかも知れなかった。
「大魔王か……」
リューリットはさっきから少し言葉数が増えてきている気がする。
新たな世界に出現した大魔王ヴァダヴェスティーンに『黒き王』ベラヴィーン。彼女はそいつらに戦うべき相手を見出したのだろうか。
俺には『ドラゴン・クロスファンタジアⅡ』のシナリオなんて関係ないから、いきなりそいつらを倒してしまってもいいのだが、それを言うなら、別に統一王朝を築かれても何ら問題はないわけだ。
「とりあえず、これ以上、変なことが起きない様にセフィーリアがしっかりと監視しておいてくれないか。どうしようもなくなったら俺が対処するから」
リューリットには悪いが、俺は面倒ごとは御免なのだ。
この世界の一部になった以上、俺の責任範囲であることは諦めて認める。だが、いつかエレブレス山の女神が言ったように、これまでどおりのルールを守って世界が繁栄を享受できているか見守っているだけで十分だ。
「えっ。アマン。それでいいの? って言うか、それだけなの?」
アグナユディテが驚いた声を上げたが、それが統治の要諦なのだ。
「だって俺が乗り込んで行って、滅ぼされた王国を再建して、王たちを復位させるのか?」
そんなことをしてやる義理もないし、今さらもう無理だろう。
主宰者はなるべく直接には手を出さず、見守っているくらいで丁度良いと思うのだ。
「大魔王が暴れ出して人々に多大な被害が出ているというのなら別だけど、幾つかの王国が滅んだからといって、それを再興するために、また戦争を起こすのか?」
セフィーリアたちには不本意かもしれないが、俺はそこまでは面倒見切れない。あの世界に住む皆が、選択した結果が積み重なって開かれた未来なら、それを尊重すべきだと思うのだ。
「賢者アマンのおっしゃるとおりです。神の枝に繋がる人同士が、その命を奪い合う戦争など、神が望まれるはずもありません」
アリアに力強く肯定されると、彼女みたいな人格者ではない俺は、かえって自分が面倒なだけなんじゃないかと不安になってくる。
「だけど本当に大丈夫なのかしら? 世界をひとつにする前の確認もおざなりだったし、どうも行き当たりばったりみたいに思うのよね」
アグナユディテはそれでもまだ心配なようで、そんな風にこぼしていた。
俺の行き当たりばったりなんて、今に始まったことではないだろうに。
結局、その日はそのままお開きということになってしまった。
二つの世界がひとつになるなんて大事件、何らかの式典くらいあって然るべきだとも思うのだが、そんなことが好きな者は俺たちの中にはいないし、メーオもエディルナも退屈し始めたので、もう、カーブガーズへ引き上げることにしたのだ。
こうなってみると、やっぱり王宮に事前に報告しなくて良かったなと思う。
あそこに暮らす人たちは、何故だか儀式とか式典とかが大好きだから、俺たちはもの凄く退屈な時間を過ごす羽目になったと思うのだ。
引き上げる前にミリナシア姫にはさすがに黙っている訳にもいかず、一応の事情は説明しておいた。
「あちらに見える陸地が新しい世界なのですか?」
彼女はそう言って驚いていた。
「どんな方たちが住まわれているのでしょう」
彼女は不安が半分、興味が半分といった様子で俺に尋ねてきたが、
「そこはまだよく分からないんだ。間に海もあるから、少しずつ交流をしていけばいいんじゃないかな」
実は本当に俺もよく知らないから、そう言うしかなかった。
あちらの世界をわずかな期間で統一した好戦的な王がいるなんて話して、彼女を不安にさせる必要もないしな。
セフィーリアは、「アマンさんのおかげで命脈を保ったこの世界を、しっかりと監視させていただきます」と言って、彼女の本拠地である山へと向かった。
『ヴァイスシュピッツェ山』というのが、その山の名前らしい。
俺は王都に行っていることもあるから、何かあったら、エレブレス山にラフィルディを寄越すようにセフィーリアに伝えた。
「スターレラは大体そこにいるはずだから、彼女経由で俺に連絡をくれればいいから」
俺の言葉にセフィーリアは頷いてくれたが、女神は冷静に、
「スタレーラです」
俺の方を見ることなしに訂正をしてきた。
どうせ本当の名前ではないだろうから、そんなに拘る必要もないだろうに。