第百七十ニ話 大トンネル攻略
「また、キラー・スパイダーの群れか。もう勘弁してほしいね」
エディルナがもう沢山といった様子を見せるが、それでも光の剣が蜘蛛どもを薙ぐ。
「まったく。動きが速いね!」
リューリットとアンヴェルは黙々と魔物を打ち払っているが、エディルナだけは、また文句を言っていた。
まだそれだけ元気だということだろう。
俺たちは『大トンネル』を順調に進んでいる。
「何だかちっとも前に進んでいる気がしないんだけどね」
また、エディルナが俺の方を振り返って何やら言ってきたので、
「当たり前だ。ここはトンネルだからな。前じゃなくて下へ潜るんだ」
そういう意味ではないことは分かっているが、俺も面倒になって屁理屈で返す。
実際には彼女の苦情はもっともで、俺の案内は例によって大トンネルの中を一筆書きをしつつも強制エンカウントを網羅する厳しいものなのだ。
だが、ここはまだ地下四階だ。この程度で音を上げてもらっては困るのだ。
皆の様子を見ると、アグナユディテも、アリアもほとんど魔力を使っていないし、アンヴェルもリューリットも傷ついてさえいない。
俺の魔力は言わずもがなだ。
「今度は蜂かい!」
エディルナだって、その辺りは分かっているのだろう。そんな風に文句は言っているが、きちんと俺の指し示す通路へと進んでくれる。
アンヴェルも、リューリットも何も言わないが、もう分かっているはずだ。
リューリットの場合はもともと無口なだけかもしれないが。
俺たちは通路を少し進んでは、その先で待ち構える敵を払い退け、また少し進んでは、魔物を排除して大トンネルを踏破していく。
まさに並み居る敵をなぎ倒しという表現がぴったりだ。
最下層の地下九階の奥では、このトンネルの所有者ともいえるヴァンパイアが待ち構えていた。
「オホホホホ。まさかここまで人間が来るなんて驚きですね。褒めてさしあげます。でも、ここまでですよ」
恐ろしい魔物の出現に皆の間に緊張が走る。
「アリア。浄化の魔法は行けるか?」
俺が普段と変わらない感じで話し掛けると、彼女は驚いて、
「大丈夫ですが、でも……」
ヴァンパイア相手に浄化の魔法程度ではと思っているのだろう。
「いや。アリアなら行けると思う」
俺の言葉に彼女は頷き、目を瞑ると、
「フェブルオ ソルデス 慈しみ深き父なる方よ、不浄なる者に、永遠の安らぎを与え賜え……」
あのエルクサンブルクで猛威を振るった浄化の呪文を唱える。
「オホホホホ。この闇の王たる私を浄化するとおっしゃる。いいでしょう。ご存分にどうぞ」
ヴァンパイアは余裕の笑い声を上げると顎を上げ、俺たちを見下すような態度を見せる。
闇の王を名乗るなら、この世界の真の王のことくらい知っておかないとダメだろう。
アリアの胸の前に現れた青白く光る球体は少しずつ光を増し、大きくなっていったのだが……。
(それじゃ、ブーストっと)
彼女の魔法の完成に合わせ、俺が魔力を加えると、弱々しかった光が恐ろしく強烈な青白い閃光と化して、アリアを中心に爆発的に広がっていく。
「そ、そんな。はしぇー!!」
ヴァンパイアは驚愕の表情を見せながら訳の分からない叫び声を上げ、そのまま光の中に溶けるように消えていった。
「アリアの浄化は容赦がないな。エルクサンブルクでも、そうだったみたいだし」
エディルナが両手を頭の後ろに置いて、呆れたように口を開く。
俺たちのサマーニでの滞在中に、エルクサンブルクの前の侯爵の亡霊が退治されたという噂が町に流れてきたのだ。
あの城のアンデッドどもは教会の除霊を跳ね除けるほど強力な者たちだったのに、聖女アリアの慈悲の光によってすべて成仏したと、その噂では評判になっていた。
アリアは否定していたが、そう信じている者は多かった。まあ、事実だしな。
「いえ。私の力ではありません。これはきっと……、神の祝福と恩寵です」
彼女はそう言って、俺に視線を送ってきた。
「そうか。では、アリアによってもたらされた祝福と恩寵に感謝だな。賢者アマン。まだ先は長そうか?」
アンヴェルに急に呼び掛けられたので、俺はドキリとしてしまったが、
「ああ。この辺りが大トンネルの最深部だと思う。まだ半分ってところだろう」
断定口調にならないように、だが、それなりに正確な答えを返す。
「うへぇ。まだ半分なのかよ」
エディルナがまた不満の声を上げるが、そう言っていられるのだから、まだまだ大丈夫そうだ。
それに俺のゲームでの感覚で言えば、ここまで驚くほど順調なのだ。
俺が手を出したのは巨人ガラヴィデと今のヴァンパイアくらいで、それもほんの少し手を加えた程度だ。
さすがに前回のカンストパーティーには負けるかもしれないが、本当に今回のメンバーは優秀だと思う。
いや、騎士のアンヴェルがいるから、バランスも含めて考えれば前回にも引けは取らないかもしれない。
「レッサーデーモンです!」
アグナユディテが通路の陰に隠れていた魔族を見つけ、すぐにエディルナが反応して光の剣が唸りを上げる。
「エディルナの独壇場ではないか。少しは私にも活躍の場を分けて欲しいものだな」
リューリットが不敵な笑みを浮かべながら、そう軽口を叩くくらい、今の俺たちには余裕があった。
エディルナの得物となった『光の剣』も、その余裕に一役買っているのは間違いないだろう。
ひたすら続くトンネルを、飽きるほど襲ってくる強力なモンスターを倒しながら地上を目指して進む。
評判が悪かったこの大トンネルも、今回のパーティーには、いい経験値稼ぎの場になっていた。
「うん。僕は力が湧き上がる感覚があったぞ。皆はどうだい?」
アンヴェルが嬉しそうに、大トンネルに入って何度目かのレベルアップを伝えてくれる。
「わたしも右に同じだね。それにしても大賢者は相変わらず、しけた顔をしているね」
景気のいいパーティーメンバーの中で、俺だけはレベルアップしないのだから仕方ない。
最初のうちはパーティーの皆を育てている感じがあって嬉しかったのだが、やっぱり自分が一切レベルアップしないのって、あまり精神衛生上、良くないんじゃないかと思う。
特に俺の場合、経験値獲得とレベルアップが最大のご褒美という人生を送ってきたからな。
「いや。そんなことはないぞ。賢者たるもの、少々力が増したくらいで一喜一憂しないのだ。なにしろ俺は……」
「トゥルタークの跡を継ぐ大賢者様だろ。もう聞き飽きたよ」
エディルナの言葉はそんな風だったが、顔は笑っていた。
さすがにレベルアップが、いやこの世界では力が増すことなのだが、俺にはそれが起こっていないとまでは思われていないようだ。
それでも少なくとも不思議な力を秘めた変わった奴程度のことは思われているだろう。いや、その程度なら問題はないのだ。アンヴェルやアリアなんかは、実はかなり俺の正体に気づきだしているのかもしれなかった。
(いや。本当に俺ってどう思われているんだろう?)
俺だったら、こういう奴って大体が途中で裏切るか、最後に起こる巨大な災厄の原因だったりする場合が多いから、さっさと正体を暴こうとするのだが、皆はそう思わないのだろうか。
まあ、こういう発想って、ゲームのやり過ぎによるものなのかもしれないが。
俺はそんなことを考えながらも、きっちりと道案内を続け、遂に地下一階にたどり着いた。
そこでも最後まで強制エンカウントを押さえ、いよいよ出口の光が見えてきた。
(大トンネルを踏破か。けっこう充実感あるな)
何だかいい汗をかいた気分だ。
ここに挑んだ一回目は、強制エンカウントとトラップのない道筋を、二回目は最短距離を進んだから、ここまできっちりとこのダンジョンを制覇したのって本当に久しぶりだ。
しかも俺にとっては当たり前だがノーミスだ。
正直に告白するとカルスケイオス側の地下七階は危なかった。
あそこは地下六階と入りが似ていて、油断すると間違うんだよな。
「おっ。あれはもしかして出口の明かりか?」
エディルナが嬉しさを隠せないといった声を出す。
「どうもそのようだな。最後まで気を抜くまいぞ」
リューリットの言葉に俺は思わず頷いていた。
本当にそうなのだ。ちょっとした油断が大きな悲劇を招く。
だが、今回は全員、無事にカルスケイオスにたどり着けそうだ。
このメンバーならきっと、ここまでの道のりを乗り越えてきたのと同じように真のエンディングにもたどり着ける。
俺はそんな確信が、ますます強くなっていくのを感じていた。