第百五十九話 光の剣
「ここにあるこいつが俺の最高傑作だって、キーソン、お前もそう言ったじゃねえか。俺が今まで自信を持ってやってきた仕事は、この一本の足元にも及ばねえ。俺はこれまでに打った剣を、全部叩き折りたい気分だよ。何が名人だ」
カンソンさんはキーソンさんから視線を外し、天を仰いで嘆くように言った。
高名な陶芸家が納得のいかない焼き物を壊してしまうなんて聞いた気もするけど、それと同じなのだろうか。
「俺がもう少し若ければもう一度、勉強し直すところだが、俺ももうこの歳だ。ここいらが潮時ってことなんだろう」
どうやら彼は口だけではなく、本気で引退を考えているようだ。
(いや。カンソンさん。何を勝手に夢のアーリー・リタイアメントを達成しようとしてるんだ。この歳って、俺とそんなに変わらないだろうに)
そんな俺の心など彼に分かる筈もない。俺みたいなサラリーマンでもないしな。
「この工房はどうするんだよ。父さんの剣を待ってくれている、古くから付き合いのあるお客さんだっているじゃないか」
キーソンさんが必死の形相で説得を試みているが、カンソンさんは何だかすっかりしょぼくれた顔で、
「いや。俺は自分の器の小ささを思い知らされたんだ。後はお前に託して……」
そんなことを言いだしている。
この場にカガムスンさんがいないところを見ると、前と同じように既に勘当してしまっているんだろう。
長男は勘当するは、引退は宣言するは、勝手にやりたい放題のとんでもない親父だな。前からそうだとは思ってはいたが、さすがはカンソンさんだ。
「父さん。何を言ってるんだよ。兄さんはどうするんだよ!」
キーソンさんが訴え掛けるようにそう言うと、カンソンさんは、
「あんな奴、別に……。いや。俺なんかが十六代目とか、それすら烏滸がましいな」
さらには、そんなことまで言い出した。
十六代目とか、何百年か続いているだろうに、それを自分の代で終わらせていいのかとか考えないのだろうか。
「キーソン。あいつに伝えてくれ。俺は引退したから後は好きにしろとな。十七代目を名乗りたけりゃ、それも好きにすればいいさ。こんな俺の跡など、どうにでもなれだ」
何だかもう投げやりなことを言っている。
「とにかく待ってくれよ。そうだ、いつまでもこんな所では何だから、皆さんも母屋へどうぞ」
キーソンさんはそう言って、俺たちを母屋へ誘った。
そこは「皆さん、ご迷惑をお掛けしましたが、後は家の問題ですから、お引き取りください」だろうと思うのだ。
だがエディルナのバスタードソード改め『光の剣』はキーソンさんに持って行かれてしまうし、アンヴェルも深刻そうな表情で彼の言葉に従ったので、俺も仕方なく母屋へと向かった。
いや、原因は俺だと分かってはいるのだ。そこがまた始末に負えないところなのだが。
母屋へ着いて皆でテーブルを囲むと、キーソンさんは慌てた様子で出て行ってしまった。
だが、しばらくすると男性を連れて戻って来た。
キーソンさんが連れてきて彼は、想像していたとおりカガムスンさんだった。
「父さん。一体どうしたというのです。いきなり引退とか。父さんらしいと言えばそうですが、本当に勝手ですね」
カガムスンさんは静かな声で諭すように言ったが、カンソンさんは口をへの字に曲げて返事もしない。
しばらくはそんな問答とも言えない状態が続いていたが、カガムスンさんも処置なしと思ったのか、遅ればせながら俺たちに向かって、
「皆さんにもご迷惑をお掛けしました。この時間に出られても、隣町に着く頃には門が閉まっているでしょう。よろしければ今夜は、ここにお泊まりになりませんか」
そう言ってくれたので、その言葉に甘えることになった。
カガムスンさんも手伝ってくれて、皆で夕食の支度をし、それもほぼ整ったところで、彼は「では、私は引き上げます」と言い出した。
事情が分かっている俺は何とも思わなかったのだが、アンヴェルは、
「いや。僕が言うのも何だが、一緒に食べていかないのか?」
不思議そうに彼に尋ねた。
「いえ。私は……」
カガムスンさんがそう言った時だった。突然、ドーンと建物を揺らすような強烈な音が響いたかと思うと、村の西の方に火の手が上がった。
「まさか、ルーファ!」
いつもは物静かなカガムスンさんがそう叫ぶと、俺たちが制止する間もなく、そのまま外へ駆け出して行った。
「なにか起こったようだ。僕たちも行こう!」
アンヴェルも外へ出て、村の西へ向かって駆け出した。俺たちも後に続く。
その間にも再度、爆発音がして、俺たちの行く先で、なにやら破片が飛び散ったのが見えた。
(ちょっと早くないか?)
西に向かって走りながら、俺は苦情を言いたい気がした。
だが、クリアに必須のイベントでもないから、その辺りは誤差の範囲なのかも知れない。
村の西の方から避難してくる村人の中には、「魔族だ。魔族が出た」と言っている人がいる。
そしてその言葉どおり、赤い炎を噴き上げる建物に、何体かの魔物を従えた魔族のシルエットが浮かび上がる。
カガムスンさんは魔物たちに見向きもせず、必死に村の西へ向かう。
俺には分かっているが、そこには彼の家があり、愛するひとがいるのだ。そしてそのひとのお腹には彼の子どもが。
俺たちは急いでカガムスンさんを追い、ようやく追いついた時には魔物が彼の家を破壊し、獲物を求めて徘徊しているような状況だった。
リューリットの『サマムラ』が魔物三体をそれぞれ一瞬で屠る。
だが、その先で魔族はまさに炎に包まれた家から逃げ出した女性に襲い掛かろうとしていた。
「させるか!」
エディルナが叫びながら魔族に迫っていく。
「エディルナ。戻れ! 危ない!」
俺が叫ぶが、エディルナは自分に魔族の注意を向けようとでも考えたのか、そのまま突っ込んでいく。
振り向いた魔族の前に魔法陣が浮き上がり、そこから炎の魔法が発動して彼女を襲った。
キイィーン!
だが、エディルナが構えた『光の剣』の前に、魔族の放った炎の魔法は掻き消すように霧散した。
(これは以前のエンチャントされたバスタードソードより強力みたいだな)
まあ、何となくそうかなと思ってはいたが、剣を振るうこともなく魔法の効力を消し去るとか、どれだけチートな武器なんだ。
「行けるか?」
今度は彼女がそう口にしながら、虚空に剣を振り下ろす。
輝く刀身が夕闇に光の残像を引いた。
そして切先から白い光が迸って、それは真っ直ぐに魔族へと向かって行った。
「ギャアアアァァ!」
驚いたことに、その白い光は魔族の身体を両断し、そいつは断末魔の声を上げて、そのまま倒れて動かなくなった。
相手は魔族なのに、正に一刀の下に斬り捨てたと言ったところだ。
(いや。これゲームバランス、大丈夫なのか?)
まあ、俺の存在自体がゲームバランスの埒外にあるものだから、今さらそんなこと言うだけ野暮ってものなのだが、それでもかなり心配な気がする。
しかし『光の剣』なんて、いかにも古いゲームに出てきそうな武器なのに、俺の記憶では『ドラゴン・クレスタ』にはそんな武器はなかったはずだ。
だが、記憶をたどってみると、アイテムデータの格納領域にいくつか抜けがあるなんて情報を聞いたことがある気がしてきた。
強力過ぎて、それこそゲームバランスを崩壊させるから、製品化の段階で消去された武器なのかも知れない。
いや、それもさることながら、ドラゴンのビュラーティカに教えてもらって俺が攻略? したダンジョンで得られた経験値が、思った以上に皆のレベルを引き上げているのかも知れなかった。
残っていた魔物もアンヴェルが『英雄の剣』で、アグナユディテが弓でそれぞれ仕留め、村を襲った魔族はすぐに片付けることができた。
「エディルナ。先程は凄い技だったな。剣から光を放ち敵を倒すなど、まさに伝説の剣そのままだな」
リューリットの感嘆の声に、
「『光の剣』がわたしに囁いたような気がしたんだ。私を振るえ、さすれば敵を倒すことができるって」
エディルナは興奮した様子で答えた。何なんだその、どこかの英雄みたいな言い草は。
いや、呪われた剣の間違いだろうか。
母屋へ避難したカガムスンさんとルーファさんに、カンソンさんは驚いたようだ。
「おい。カガムスン。俺は聞いてねえぞ」
そう文句を言っているが、カガムスンさんは涼しい顔で、
「いや、私は何度も言おうと思ったのですが、父さんは私たちに会おうともしないし、聞く耳を持ってくれなかったじゃないですか」
そう言うカガムスンさんと並んで座るルーファさんのお腹はかなり大きく、もう出産も間近なようだ。
幸せそうなふたりの様子に目を細めながら、エディルナがカンソンさんに向かって言った。
「カンソンさん。わたしは父を亡くして、冒険者としての教えを受けられなくて残念だと思っているんだ。せっかく息子さんたちもいるし、もうすぐお孫さんも産まれるみたいだから、引退はもう少し先延ばししてもいいんじゃないかな?」
エディルナの言葉にカンソンさんは目を瞬かせていたが、彼女の方を向いてニカッと歯を見せて笑顔を見せると、
「よーし、やってやる。十八代目に俺がこの後に作り出す最高傑作を見せるまで、引退なんかしていられるかってんだ!」
宣言するように言った。
カンソンさんはすっかり元気を取り戻したようだ。
それが良いことなのかどうかは微妙なところだと思う。まあ、良かったのだろう。
でも、あの『光の剣』以上の最高傑作を作り出すのは無理だと思うのだ。
あれは絶対にチートとしか言いようのないアイテムなのだから。