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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第五章 最強賢者編
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第百五十八話 刀鍛冶の引退騒動

 スファテペの町を発った俺たちの馬車はサマルニア地方を進み、遠くにタルサ山脈の赤茶けた山肌が見えてきた。


 今回もフォータリフェン公爵は、彼女に合う剣のなかったエディルナのために刀鍛冶の名人がいるというシキシーの村について教えてくれた。

 俺たちはそこを目指し、北の街道から南へ向かう支線に入ってスキューゴ川沿いの道を進んで行った。


(シキシーか。懐かしいな)


 俺にとってはエディルナと一緒にカンソンさんにお礼を言いに来て以来だ。そういえば、あの時はベルティラもいたなと思い出した。

 彼女は今回、どうしているのだろう。無事に魔王の腹心のひとりとして、人々に恐れられる活躍を見せているのだろうか。


(そろそろシキシーだな)


 そう思った俺はアグナユディテに、


「この先は火と金属の臭いが強いかもしれないから、ユディはせめて鼻を覆っておいた方がいいと思うぞ」


 そんなアドバイスをしてみた。


「ありがとうございます。賢者様はほんとうに私たちエルフにお詳しいですね」


 彼女は感心した様に俺にお礼を言うと、素直に俺の言葉に従って顔の下半分を布で覆った。



 村に入った俺たちは何とか道を歩いていた村人を見つけ、彼女から「刀鍛冶の名人」の工房の場所を聞き出すことができた。


 残念ながらカガムスンさんの姿は彼の住居兼工房となっている建物には見えなかったので、さすがに誰もいないその場所へいきなり入っていく訳にもいかなかった。


 いや、別にそうしても良かったのだが、彼を連れて行くと一悶着あることは分かりきっているので、俺は成り行きに任せることにしたのだ。


「結構、分かりにくい場所だったけれど、賢者アマンはよくさっきの方が教えてくれた行き方を覚えていたね」


 工房が見えてくるとアンヴェルがそう言ってくれたが、確かに路地に入るところとか、分かりにくいと思う。実は俺が道を知っていることは、ばれていないとは思うが。



「ごめんください」


 エディルナを先頭に開け放たれた工房の扉から中を覗くと、そこには、どうやら休憩中だったらしく椅子に座ってゆっくりしている様子のカンソンさんとキーソンさんの姿があった。


「どうした。用があるなら入って来ればいいじゃねえか」


 ここでもカンソンさんは相変わらずだ。

 だが、俺たちの話を聞いてくれるだけでも、前よりはマシな気がする。


「私はアンヴェル・シュタウリンゲンと申します。刀鍛冶の名人がここにいらっしゃるとフォータリフェン公爵からお聞きし、伺った者です」


 工房の中へ入ると、いきなりアンヴェルが彼に対しての禁句であろう「名人」とか「フォータリフェン公爵」とかを連発したので、俺は肝を冷やしてしまった。


「いえ。彼女はオレスティ・サローニットの娘でして、父親からバスタードソードを受け継いでいまして」


 慌てて言葉を継いで、カンソンさんの怒りを和らげようとしたのだが、


「あんたは魔法使いかい? やっぱり変わってんな」


 カンソンさんにはそう言われてしまうし、パーティーの皆からも何だか白い眼で見られた気がする。

 まあ、俺が変わっているのはいつものことだ。

 それが魔法使い全体の評価に影響するのは、世の魔法使いたちに申し訳ない気もするが。


 だが、「オレスティ」の名前にはやはり効果があったようで、


「うん? オレスティの娘だって。じゃあ、お前の腰にあるその剣は俺が打った剣じゃねえか?」


 カンソンさんはそう言って、


「ちょっと見せてくれるか?」


 とエディルナに向かって腕を伸ばした。

 彼女が素直にバスタードソードを渡すと、しばらくの間、ゆっくりと剣を確かめていた。


「間違いねえな。これは俺がオレスティ・サローニットに打ってやった剣だ」


 カンソンさんはそう言うと、剣から目を離し彼女を見る。


「目があいつそっくりだな。人の言うことをきかない奴の目だ。俺が散々断ったのに、まったく聞く耳を持たなかったからな」


 言っていることは苦情のような内容だが、彼の声色はその時を懐かしんでいるように俺には聞こえた。


「で、どうして娘のお前がこの剣を持っているんだ? 悪いがこれはあいつ用に打ったものだ。お前さんには少し重過ぎると思うがね」


 カンソンさんはそう言いながら剣をエディルナに返してきた。


「父は十年も前に亡くなり、わたしがこの剣を受け継いだんです」


 彼女が告げると、カンソンさんは心底驚いたようで、


「えっ。亡くなったって。そんな、あいつがか?」


 そう言ったまま太い眉を落とし、絶句してしまった。



 その後、彼は気を取り直したように俺たちと改めて挨拶を交わし、俺はやっと彼をカンソンさんと呼べるようになった。

 まだ知らないはずなのに、あまりに強烈なその印象から思わず名前で呼んでしまいそうな気がして、俺はなるべく黙っていたのだ。


「実は彼女のバスタードソードを強化していただきたいと思い、こちらに伺ったのです。こちらに刀鍛冶の名人がいらっしゃるとお聞きしたので」


 アンヴェルがまた「名人」と繰り返すので、俺はひやひやしてしまう。


 だが、カンソンさんは、


「あいつの娘を仲間にするなんて、あんたも只者じゃねえな」


 アンヴェルを見て、にやりと笑い、


「魔法使いの兄ちゃんがいるなら丁度いいや。いいぜ。すぐにやってやるよ」


 そう言って今度は俺を見た。

 どうせそう来るだろうと思っていた俺は、今回は焦ることなく、


「じゃあ。俺がハンマーで叩くのに合わせて、この剣に向けて魔力を送ってくれ」


 という要請に素直に応えることにした。



 火が入り、赤くなったエディルナのバスタードソードの刀身に、カンソンさんが真剣な表情で鎚を振るう。

 俺はそれに合わせて剣に魔力を送ろうとしていた。


 工房の中に、トン、カンという音がリズミカルに響く。


「じゃあ。始めるぞ」


 カンソンさんの言葉を合図に、俺はエンチャントの要領で剣に魔力を送り込んだ。


「うおっ!」


 途端にカンソンさんの口から叫ぶような声が漏れ、彼は弾かれるようにハンマーを取り落としてしまった。


「あんた、いったい……」


 カンソンさんは恐ろしい物を見るようにゆっくりと俺を見ると、突然、俺の前に平伏してしまった。


 その時になって、俺は改めてエルクサンブルクでは町中の刃物すべてを対象にエンチャントを掛けたことを思い出した。

 俺の強力すぎる魔力が今回、一本のバスタードソードに集中したのだ。


「見て! これはまさか『光の剣』?」


 アグナユディテがそう言って指し示す先には、エディルナの得物のバスタードソードだった物の輝く刀身があった。


「『光の剣』とは、魔族をも易々と切り裂くと言われる、あの伝説の剣か!」


 リューリットが驚きの声とともに剣を見るが、確かにそれは『光の剣』だと言ってもおかしくはない輝きを放っていた。



「父さん。凄いじゃないか! これはどう見ても父さんの最高傑作だよね。俺が見たって分かるよ」


 キーソンさんがカンソンさんに向かって興奮気味にそう言うが、彼は相変わらず俺に向かって床に頭をつけたままだ。


「愚かなことを口にするな。それは俺なんかの手で作り上げられるような代物じゃねえ。すべて、このお方のお力による物なんだ」


 いや、カンソンさん。頼むからそういうのはやめてほしい。


 俺は慌てて、


「カンソンさんはさすがに名人ですね。本当に俺の魔力の特性を素晴らしく上手く引き出されて。驚きました」


 そう言いながら彼の腕を引いて、無理矢理、立ち上がらせた。


 そのままにしておくと、また平伏してしまいそうに見えたので俺は彼に抱きつき、


「本当にありがとうございます。カンソンさんのおかげでエディルナの剣が強化されました。感謝します」


 お礼の言葉を繰り返した。


 どうしておっさん同士で抱き合わなければいけないのか。本当に不本意だ。



 俺の行動にカンソンさんは戸惑いを隠せないようだったが、しばらくすると俺の気持ちを分かってくれたようで、


「あなた様が普通にしていろっておっしゃるんなら、そういたします。不躾に失礼しました」


 そう言ってくれたが、いや、皆の前で言ったら意味がないから。それでも平伏され続けるよりは数段マシだが。


 だが、それで終わらないのがカンソンさんのカンソンさんたる所以だった。


「おい、キーソン。俺は引退するから後は頼んだぞ」


 突然そう言い出して、キーソンさんだけでなく、俺たちをも動転させた。


「父さん。何を突然言い出すんだい! 冗談もいい加減にしてくれよ!」


 キーソンさんは腕をブンブン振って、全身で抗議の意思を表してそう言うし、俺だって何でそういうことになるのか訳が分からない。


 ようやくアンヴェルが心を落ち着けたようで、


「いったいどうされたのですか? 僕たちのせいで名人が引退されたとなると心穏やかではありません。理由をお聞かせいただけませんか?」


 そう尋ねると、最初は容易に(がえ)んじえない様子だったが、


「俺はいままで、そんな風に呼ばれるのは御免だ思っていたんだが、実は『名人』って呼ばれるのに慣れて、自惚れていたんだろうな」


 カンソンは腕を組んで話し始めた。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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