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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第五章 最強賢者編
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第百五十七話 オレスティの導き

 ドカーン!!


 もう一発、俺のライトニングが領主館の屋根に炸裂し、一瞬、炎が上がるが、激しい雨にすぐに掻き消されたようだ。


「ふははははは!」


 これ見よがしに高笑いの声を上げる俺の姿に、やっと気づいてくれたらしい、


「誰かいるぞ!」、「そんな! 空の上なのか?」


 そんな声が聞こえた。

 男爵の屋敷の使用人なのだろう、屋敷の庭の上に浮かぶ俺を何人かが遠巻きにして指差したりしている。


 そして遂に悪の親玉が姿を現した。


「貴様は何者だ?」


 極悪人のくせに偉そうにエルムンドル男爵は俺を不審者扱いする。まあ、思いっきり怪しい者には違いない。


 俺が「パチリ」と指を鳴らすと、男爵の周りの使用人どもに薄紫色の靄のようなものが飛んで行って、彼らは皆バタバタと倒れてしまう。


『スリープ・マーヴェ』の呪文で作り出した「眠りの霧」が、男爵にだけは向かわないように制御するのもかなり手間だったが、何とか成功したようだった。


「なっ! おい。お前たち。どうしたんだ?」


 一人になった彼は少し心細そうに驚きの声を上げるが、俺はそんな彼に向かって、


「私はオレスティ・サローニット。貴様に毒を盛られ、殺された冒険者だ。この地に愛する娘の気配を感じて甦ったのだ。貴様。私の娘にまで手を出す気ではなかろうな!」


 ピシャーン!


 少し低い声でゆっくりとそう告げる俺の姿を、上手い具合に雷光が浮かび上がらせてくれた。


 真っ黒なローブにフードを目深に被り、宙に浮かぶ俺の姿は、彼にはこの世ならざる者に見えているかも知れない。

 是非そうであって欲しいのだが。


「そんな、そんなはずがあるか! おい。お前たち!」


 男爵は必死で呼び掛けるが、屋敷からは誰も出て来る気配はない。

 当たり前だ。俺の魔法でこの屋敷中はおろか、付近の建物に住む人たちまですっかり眠らされているのだから。


「悔い改めよ! 悔い改めよ! 悔い改めよ!!」


 俺はそう口に出しながら、今度は闇魔法を発動した。


 突然、真っ黒な円環が現われ、高速で回転しながら大きくなっていく。

 そしてその巨大な闇の輪は、轟音とともに、そのまま領主館を両断してしまう。


「ヒーッ!」


 遂に奴の口から悲鳴が上がる。

 魔族も恐れ、エンシェント・ドラゴンの尾さえ断ち切った『禁呪』に掛かれば、この程度の建物を破壊することなど児戯に等しい。


 俺はついでとばかりに『ダークネス・アポカリプス』の魔法で現れた円環を往復させ、もう一度屋敷を断ち切る。

 恐ろしい光景に奴は逃げ出そうとするが、


 ピシャーン!


 再び男爵の行く先に俺のライトニングが炸裂し、彼はまた悲鳴を上げて、今度は座り込んでしまった。


「ハハハハ! 逃げようとしても無駄だ。何処に隠れようと、この怨み、晴らさでおくべきか。そーれ、天罰(てんばつ)覿面(てきめん)!」


 荒れ狂う竜巻と豪雨の中、俺の放った『ライトニング・マーヴェ』の呪文による数多の輝きが、奴を中心とした同心円上に次々と落ちる。


 見ると男爵は失神し、ぐったりと倒れていた。


(ちょっとやり過ぎたか)


 俺にもいい気になってしまった自覚はあるが、こういった悪党はそう簡単に改心などしないから、徹底的に恐怖を叩き込む必要があるのだ。


「ハーハッハツハ!」


 誰も聞く者のいなくなった領主館に俺の高笑いが響く。

 魔物の巣食うダンジョンに続き、また大きな魔法を使うことができて、俺もかなりストレスが解消された気がしていた。



 翌朝、俺は眠い眼をこすりながら、パーティーの皆と一緒に町の郊外にある墓地へと向かった。


「じゃあ、手分けして探そうか」


 アンヴェルがそう言って各人が墓地に散り、それぞれ墓石に記された名前を確認していく。


「みんな。朝から悪いね。ありがとう」


 エディルナのお礼の言葉を聞きながら、俺は確かこの辺りだったなと、ふらふらと目星を付けた場所へ向かった。


 そして、すぐに「オレスティ・サローニットここに眠る」と記された墓碑を見つけた。


「これじゃないか?」


 俺が皆に向かってそう声を上げると、まずは側にいたアリアがやって来て、


「間違いなさそうですね」


 嬉しそうに笑顔を見せ、皆を手招きしようとした。

 だが、その顔から急に笑みが消え、


「ひどい。誰がこんなことを」


 そう言って懐中から布を取り出すと、一心に墓碑を拭い始めた。


「アリア。どうしたんだい?」


 アンヴェルが近寄ってきて彼女に尋ねるが、すぐに彼もそれに気づき、顔を歪めた。


 墓碑には「愚かな」と落書きがされていた。

 アリアが一生懸命、墓碑を拭ってくれたのだが、文字は完全には消せなかった。



「どなたか知らぬが墓を汚して済まなかったな。その落書きは、もう、お役御免じゃ」


 突然、後ろから手にお供えの花を持った老爺が声を掛けてきた。


「ご老人、どういうことだ。この落書きはあなたがしたということか?」


 リューリットが詰問するように問い掛ける。


 老人はそんな彼女を恐れることなく、


「ああ。それは儂が、たった一人の息子を奪われ、もう生きる望みもなくなった哀れな老人が、せめてほかの遺族には真実を知って欲しいと思ってやったことじゃ」


 そう言って老人はエディルナの父親の墓碑からさほど離れていないお墓に持っていた花を供えた。その墓碑にも同じように「愚かな」との落書きがされていた。


「息子はここの領主の館で働いておったのだが、館の裏口から怪しげな風体の者たちが出入りし、出所の明らかでない財貨を運び込んだりすることに気づいてしまったんじゃ」


 老人は俺たちの方を見ることもなく、その墓に向かって語りかけるように話し続けた。


「その後、すぐにサマーニの町まで使いに出され不慮の死を遂げた。もちろん証拠など何もない。だが、この町ではこんなことが多すぎるのだ」


 背中を見せる老人に、愕然とした様子でエディルナが問いかける。


「じゃあ、お爺さんは私の父が、ここの領主に殺されたって言うのかい?」


 彼女の顔は蒼白で、その事実を知ってしまうことに畏れを抱いているようにさえ見えた。


「先程も言ったとおり証拠は何もない。だが儂は、いや儂だけではないな、町の者は皆そう思っておる」


 老人の言葉にエディルナはがっくりと膝から崩れ落ち、両手で顔を覆って言葉を絞り出した。


「そんな、そんな。わたしは何も知らずに……」


 地面に座り込んでそう繰り返す彼女に、老人が歩み寄ってきた。


「だがの。遂に奴の悪運も尽きたようじゃ。昨夜の季節外れの嵐で領主館に雷が落ち、奴が屋敷の地下に隠しておった悪事の証拠となる品々が、屋敷の周りに散らばったのじゃ」


 どうやら俺が『ダークネス・アポカリプス』でズタズタにした屋敷から、竜巻の魔法によって、盗品や強奪した品物が巻き上げられたようだ。


「それに何故か屋敷の使用人たちが奴を縛り上げ、間もなくこの町に来るという監察官に引き渡すようじゃ。何があったかは知らぬが、彼らはひどく昨夜起きたことを怖れているらしい」


 俺は屋敷の中の者は全員眠らせたつもりだったが、かなり派手にやったから、外からライトニングの魔法を見て駆けつけた者や、俺の高笑いの声を聞きつけた者がいたのかも知れなかった。


「エディルナ。きっとこれはあなたのお父様のお導きです。あなたが初めてこの地を訪れたその時に、あなたのお父様のご無念が晴らされたのですから」


 アリアの言葉にエディルナは嗚咽を漏らし、しばらくの間、声を上げて泣き続けた。



 その日の午後、王都から派遣された監察官のシミディナン卿が町に到着し、エルムンドル男爵は審議を受けることになった。


「男爵は観念したらしく、彼の質問に正直に答えているとシミディナン卿が言っていたよ。証拠の品も揃っているし、証言する者にも事欠かないようだから、言い逃れも不可能のようだしね」


 シミディナン卿と親しいアンヴェルが、彼から聞いた話を俺たちに教えてくれた。


「ありがとう。アンヴェル」


 エディルナはまだ目の周りが赫いように見えるが、落ち着きを取り戻したようだ。


「今回のことも、そしてわたしをパーティーに誘ってくれたことも。感謝の言葉では言い表せないよ。本当に父が、いやそれ以上の何かが、わたしを導いてくれたんじゃないかって今は思うよ」


 彼女はアリアを見ながら、そう言って笑顔を見せた。

 そして俺は……、


「ヘーブショイ!」


 大雨の中、いい気になってずぶ濡れになりながら魔法を使い、高笑いを繰り返していたせいか、風邪をひき込んでしまった。


(俺はこの世界の主宰者のはずなのに、風邪をひくんだな)


 何だか理不尽な気もするが、やっぱり魔法使いは体力がない設定なのだろうか。


「賢者アマン、癒しの力を使いますね」


 アリアがそう言って神聖魔法を掛けてくれた。おかげでだいぶ楽になった気がする。


 彼女はいつもは、そんなに気楽に癒しの魔法を使ってくれない気がしたのだが、今日は気分が良いのだろうか。


「昨夜はどちらへお出掛けされたのですか?」


 小声で問い掛けてきた彼女に、俺は思わず固まってしまったが、


「いや。何のことかな」


 何とかそう誤魔化した。いや、アリアは相変わらず俺に微笑んでいたから、誤魔化せていないかも知れない。


 まあ、ここのクエストはエンディングに影響を与えるものではないから、少しくらいは大丈夫だろう。

 俺は最初からそう思って行動していたつもりなのだが、さすがに少しやり過ぎた気もする。


(でも、きっと大丈夫だよな)


 よく見るとアリアだけでなく、エディルナもリューリットも、俺を見る目が以前より生暖かい気がする。


「では、出発するか」

 アンヴェルの合図に、俺たちはスファテペの町を後にしたのだった。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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