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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第五章 最強賢者編
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第百五十二話 エルクサンブルクの除霊

 ドゥプルナムの城塞から魔族が立ち去ったことを確認した俺たちは、東に向かって街道を進み、パルタニア地方に足を踏み入れた。


 うねるような草原が続く馬車の進む先に、街道の分かれ道が見えてきたところで、アンヴェルが意を決したように俺たちに向かって言った。


「少し遠回りになるが北に向かいたいんだ。皆、賛成してくれるかな?」


 彼の言葉にエディルナが、


「もちろん、構わないけれど。アンヴェルは一刻も早く魔王を滅ぼしたいと言うことが多いのに珍しいね。まあ、理由があるんだろうけれど」


 不思議そうに彼の顔を見て言葉を返す。


「いや。実は王宮で『英雄の剣』について聞いたんだ」


 アンヴェルは彼女の疑問に、皆に聞かせるように話し始めた。


「もう二百年程前に、わが家の家宝だったあの剣を、王家に献上したことは前にも伝えたと思う。それで、今回の任務を受けるに当たって、それをお貸しいただきたいと申し上げたんだ」


『英雄の剣』は魔族を相手に絶大な威力を発揮するから、まあ、あって悪いことはないだろう。


 俺はゲームではその威力を知っているが、前の世界では、カルスケイオスに着いてすぐにアンヴェルが退場してしまったこともあって、今ひとつその威力が理解できていないんだよな。


「王宮からは『英雄の剣』はフォータリフェン公爵に下賜されたという回答を受けたんだ。すぐに公爵家にも問い合わせたのだが……」


 アンヴェルの難しい顔に、アリアが後を継ぐ、


「既に王都には無かったのですね」


 頷くアンヴェルに、エディルナも、


「フォータリフェン公爵と言えばバール湖。バール湖と言えば、公爵様のことを指すくらいだものな」


 バール湖畔の公爵の別邸は素晴らしかったから、またあそこを訪れることができるのは素直に嬉しい気がする。

 でも、まさか執事としてゼルフィムはいないよなと、俺にはちょっと不安な思いもある。


「だから、まずは北にあるバール湖へ向かって、『英雄の剣』を手に入れたいんだ。焦る気持ちはあるが、我が祖バルトリヒに数段劣る僕が魔王と戦うのに、あの剣は欠くことができないと思う」


 アンヴェルは唇を噛み、悔しそうな表情を見せた。


「私はあなたが、あなたの先祖であるバルトリヒに劣るとは思いません。確かに彼は偉大な英雄です。しかし、初めからそうだった訳ではないのです。あなたが正しき道を歩み、神のご加護があれば、あなたは限りなく彼に近づくことができる。私はそう思います」


 アリアが優しい笑顔でアンヴェルを励ました。


 彼女の言葉に、パーティーの皆の間に温かな空気が流れた。


(その辺は、両者をよく知っているパーヴィーに聞いてみたいところだな)


 だが、捻くれた俺はそんなことを考えていた。



「皆、賛成してくれてありがとう。まずはエルクサンブルクへ向かおうと思うんだ」


 アンヴェルの言葉を聞いて、俺はすかさず、


「エルクサンブルクって、たしかアンヴェルのまた従妹のティファーナ様の領地だよな」


 大きめの声で言ってやった。


 皆は少し驚いたような顔をしていたし、アンヴェルも、


「賢者アマンはよく知っているな。あまりそういったことには興味がないかと思っていたのだが」


 少し不審ささえ感じているように、怪訝な顔をしていた。


 だが、エディルナは口籠もって、おとなしくしていたから、危うく例のお互いに気まずくなる発言をするところだったに違いない。

 これで貸しひとつだ。



 北へ向かう街道へと道を変え、俺たちの馬車が進むパルタニア地方は、相変わらず緑豊かな美しい土地だった。

 豊かな水を湛えた大河カリアがゆったりと流れ、牧草地や畑を潤している。

 王国有数の小麦の産地だし、古くから栄えたもともと住みやすい土地なのだ。



「先程、賢者アマンが言ったとおり、今、エルクサンブルクを治めているティファーナは、正確に言うと僕の祖母の姉の孫娘に当たるんだ」


 アンヴェルはエルクサンブルクへの道々、俺たちに事情を話してくれた。


「先代の侯爵、彼女の父君は色々と噂になった人だから、皆も知っているかもしれないね。彼の暴走を止められなかったのは、返す返すも残念だと思っているんだ。

 僕がもう少し大人で、決断力と説得力があったなら、あんな不幸なことにはならなかったかもと思うんだ」


 そう話す彼は本当に残念そうに見えた。

 だが、侯爵の亡霊に会ったことのある俺は、


(いや、あれはアンヴェルが少しばかり大人で、決断力や説得力があったところで、どうにもならないだろう。マニアにはマニアの生き方があるからな)


 そう思わざるを得ない気がした。


「その侯爵が亡くなったのが、もう二年前で、彼のひとり娘がティファーナなんだ。以前、会った時には二人で楽しく過ごしたから、近くまで来たら顔を見せてくれと言われていてね」


 そう話すアンヴェルは穏やかで、何だかとても懐かしそうな様子だった。



 そんな話をしながら馬車を進め、いよいよエルクサンブルクが近づいてくる。

 森を抜け、見晴らしのよい小高い場所に差し掛かると、カリア川を見下ろす五つの丘のひとつに、大きな鳥が羽を広げたような優美な姿の城が見えてきた。


「あれが『ライアシュタイン城』か」


 リューリットが珍しく感嘆の声を上げる。

 俺たちが見たのは「カリア川の貴婦人」とも称される、純白に輝く壮麗な城の美しい姿だった。



 エルクサンブルクに到着すると、城門で名乗ったアンヴェルを、衛兵のひとりが案内してくれた。


 今回も当然、ライアシュタイン城ではなく別の場所にある屋敷に案内され、パーティーの皆は少し残念そうな様子だった。

 そして屋敷に着くと、すぐに領主であるティファーナと会見することになった。



(ああ。やっぱりこの頃は可愛らしいな)


 ティファーナとはかなり頻繁に会っているから、最近はあまり思わないのだが、やはり彼女は貴族のお嬢様そのものといった少女だ。

 可憐なこの姿なら、「ご無事をお祈りしております」とか言って、俺たちを見送ってくれる様子がとても絵になると思う。


 最近はどちらかと言うと彼女の有能な統治者としての側面ばかり見させられているから、可愛らしいなんて、そうそう思わないんだよな。


「ティファーナ様。ご無沙汰しておりました。お元気なご様子。安心いたしました」


 アンヴェルが挨拶すると、ティファーナは、


「まあ。アンヴェル様。やっと私に会いにきてくださったのですね。とても嬉しいです。私のことは、以前のようにティファーナとお呼びください。私も以前と同じように、お兄様とお呼びしたいですから」


 そう言ってアンヴェルに歩み寄ろうとした。


「失礼ですが、ご挨拶がお済みなら伺わせていただきたい。この地にある、かの美しい城に、魔物が棲みついているという噂は本当ですか?」


 彼女の機先を制し俺が尋ねると、彼女はかなり気分を害したようで、


「私たちの久方ぶりの再会に水を差す無粋なあなたは、いったいどなたですの? 見たところ魔術師のようですけれど。ギルドでは礼儀を教わらないのかしら」


 俺を詰問するような態度になった。アンヴェルが、そんな彼女を宥めるように、


「いや。彼は大賢者トゥルタークの弟子で、僕を助けてくれているアスマット・アマンと言う魔法使いなんだ」


 俺と彼女の間を取りなそうとしてくれる。


「失礼ですけれど、アスマット・アマンなんて聞いたことありませんわ。お兄様は人がいいから騙されているのではありませんか?」


 だが、彼女は変わらず、俺に不信を示してくる。

 まあ、俺は彼女が待ち望んでいたアンヴェルとの甘い時間を邪魔したのだから、このくらいは甘受すべきだろう。


「いや。そんなことは。それはそうと、今、彼が言ったことは本当なのかい? お城に魔物が出るって。まさか魔族ではないだろうね?」


 アンヴェルの心配そうな顔に、ティファーナは彼に向き直ると、


「ええ。本当です。お恥ずかしいのですけれど、父上が……」


 瞳を潤ませ、彼に訴え掛けるように話し始めた。



「あの美しいお城がアンデッドどもの巣窟になっているだなんて、そんなこと、よく賢者様は知っていたね」


 エディルナが感心したように俺に聞いてくる。


「まあ、偶々(たまたま)だな。まさかここへ来ることになると思ってもいなかったから、すっかり忘れていたが、思い出せて良かったよ」


 俺は答えるが、前回もそうだが、エルクサンブルクでは、どうも俺は嘘をついてばかりいるような気がする。

 これではアグナユディテに「俺は嘘つきではない」と、文句も言えやしない。


「皆、また僕の親類の領地の為に申し訳ないな」


 アンヴェルがそう言って頭を下げるが、アリアは、


「不浄の者どもを見過ごす訳には参りません。決してアンヴェルの為だけではありませんから」


 厳しい顔で、俺たちが向かう丘の上に建つ城を見詰める。

 相手はアンデッドだし、今回、俺は彼女に中心になって浄化してもらおうと思っていた。


 城の入り口まで来ると、なんとなく冷えびえとして、中でアンデッドどもが徘徊していることが感じられるような気がする。


「じゃあ、エンチャントの魔法を掛けるから」


 アリアは今回は主戦力だから、なるべく魔力を温存してもらった方がいいだろう。

 全員の得物に魔力が付与されると、エディルナが、


「いつもは魔力温存派の賢者様が、今日は随分と気前がいいじゃないか」


 そんなことを言ってくるが、この街中の刃物に魔力が付与されたことまでは、さすがに分からなかったらしい。包丁が切れすぎて、怪我をする人が出ないとよいのだが。


「では、行くぞ!」


 アンヴェルの声に俺たちは頷くと、彼の後に続いて「ライアシュタイン城」の中へと入って行った。



 入ってすぐの玄関で、もう、動く死体(ゾンビ)が俺たちを襲ってきた。

 エディルナのバスタードソードと、リューリットの剣の一撃で、そいつらは排除されるが、また次の部屋で今度は食人鬼(グール)が姿を見せる。


「きりがないね」


 早速、エディルナがうんざりしたように声を上げる。

 この城のアンデッドどもの数が多いのは、前と同じだ。


「下がってください」


 アリアがそう言って前へ出る。どうやら浄化の魔法を使う気のようだ。


「フェブルオ ソルデス 慈しみ深き父なる方よ、不浄なる者に、永遠の安らぎを与え賜え……」


 呪文とともに彼女の胸の前に青白く光る球体が現れ、それは徐々に光を増し大きくなっていく。


(一部屋ずつ制圧していくのは、相手がアンデッドだからって訳じゃないが骨だし、ちょっとブーストを掛けておくか)


 俺はそう思って、ほんの少しだけ彼女の神聖魔法に干渉したつもりだったのだが、


(ドンッ)


 そんな音が聞こえるかのように、アリアの胸の前の淡い光は一気に輝きを増して膨張し、部屋どころか城を包み込んだ。


 いや、その時は分からなかったのだが、後でアンヴェルを心配してずっと城の方を見ていたというティファーナから、城全体が青い光に包まれたと聞いたのだ。


(しまった。力の加減を間違えた!)


 彼女の魔法にブーストを掛けるのは初めてだったし、やっぱり最低出力にすべきだったかと思ったが、かなり調節が難しいんだよな。発動しないのも嫌だし。


 茫然とするアリアだったが、呪文の完成を待つまでもなく、彼女が作り出した聖なる光は、目の前の食人鬼(グール)はもとより侯爵の亡霊(ファントム)を含めた城の中の全てのアンデッドどもを一掃していた。



「さすがは聖女様だ! 凄い力を感じたよ!」


 エディルナが興奮してアリアを讃える。


「確かにエディルナの言うとおり、なにやら偉大な魔法といった様子だったな」


 リューリットも畏怖に震えるような様子を見せるし、アグナユディテでさえ、


「神聖魔法とは、こんなに大きな力を持つものなのですね」


 さすがに驚きを隠せないようだ。


「いえ、私は……」


 まだアリアは信じられないという顔をしていた。

 俺はちょっと拙かったかなと思ったが、適当な言い訳も思い浮かばず黙っていると、すぐにアンヴェルが、


「おおっ。これは凄いな。今の魔物はそんなに強かったのか」


 一気にステータスが上昇する感覚があったようで、驚きの声を上げていた。

 この城の中のアンデッドを一気に全て倒したのだから、それはレベルも上がるだろう。



「結局、入り口だけかい? 虚仮(こけ)威しもいいところだね」


 城からの帰り道、エディルナはブツブツ言っていた。

 最初は「きりがない」とか言っていたのに勝手なものだ。


 俺がブーストを掛けたことに気がつかれてしまうのではと、危惧していたのだが、パーティーの皆は、元からあの城には、入り口にしか魔物がいなかったと考えたようだ。


(まあ、俺の魔力もばれなかったし、クエストも達成だから、よしとするか)


 俺はそう考えていたのだが、屋敷に戻るとティファーナの下に、次々と城下の異変に関する報告が舞い込み、彼女は忙しそうだった。


「お兄様。私のために危険を冒してくださって。何とお礼を申し上げてよいか」


 そう言ったところで家臣から、「ご報告が」と横やりが入り、また少ししてアンヴェルが城内の様子を伝え、彼女が見た青白い光のことを聞いたりしていると、「少々、お時間を」などと呼び出されて行ってしまう。


「何だか落ち着かないね」


 エディルナが言うとおり、ゆっくりできる様子ではないようだ。


「何だか、急に刃物の切れ味が恐ろしく良くなって、街のレストランでは料理人の包丁がまな板を断ち切ってしまうし、鍛冶屋では金物がハサミで簡単に両断されてしまったとか、おかしな報告が相次いでいるのです」


 困惑した顔も何となく可愛らしい彼女に、


「それは大変だな。ティファーナも忙しいだろうが、身体を労わるんだよ」


 アンヴェルが心配そうに言うと、彼女は、


「お兄様。もうお発ちになってしまわれるのですか?」


 寂しそうに彼を見詰める。


「ああ。僕もティファーナとゆっくり話したいのだけれど、王命を授かった身だからね。使命を果たしたら、また、こちらへ寄るよ」


 アンヴェルの言葉を聞いても、やはり残念そうだったが、最後は笑顔を見せて、


「ご無事をお祈りしております」


 恥じらうように頬を染め、彼女は俺たちを、いやアンヴェルを見送ってくれた。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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