第百五十一話 王都出立
王宮での儀式の後、アンヴェルの下に王女様の侍女がやって来て、彼を中庭へと誘った。
(ああ。ここで『幸運のタリスマン』を賜るんだよな)
今回はアグナユディテも含め、きちんとパーティーメンバーも揃っているし、シナリオが順調に進んでいる証拠だな、喜ばしいことだと俺は満足だった。
しばらくして中庭から戻った彼は上気した顔で、まだ感動が冷めやらぬといった様子だった。
「王女様から愛の告白でもあったのかい?」
エディルナが冷やかすが、アンヴェルは真面目な顔で、
「いや。僕たちは王国の、そして人々の唯一の希望だから、王女様はいつも僕たちの無事をお祈り下さるとの有り難いお言葉をいただいたんだ。必ず無事で帰って来てくださいとも、おっしゃって下さった」
そこまで言って、だが急に顔を曇らせ、
「そして僕に王家に伝わる貴重な品をお貸し下さるおつもりだったらしいのだが、それが何故か見当たらなくなっていたらしいんだ。王女様は、とても残念ですと僕におっしゃったのだが、そんなことよりも、それが魔族の仕業でないと良いのだが」
不安そうな様子を見せた。
思い切り心当たりのある俺がローブの内懐を探ると、そこには『ジグサーマルトの遺産』や、メーオのくれた青い貝殻とともに、『幸運のタリスマン』の感触を、はっきりと確かめることができた。
汗を流す俺の横でリューリットが、
「確かにそうであるなら由々しき事態だな」
なんて言っている。
(いや。俺が持っているのはメーオによれば、彼女が作り出した『不幸のタリスマン』だったはずだ……)
だが、メーオは『ジグサーマルトの遺産』がエレブレス山の女神の加護を受けるアイテムだとも言っていた。
そうすると前の世界で、女神は用のなくなった『幸運のタリスマン』の代わりに、『ジグサーマルトの遺産』に自身の加護を付与し、俺に与えようとしたのかもしれなかった。
あれはミリナシア姫の手から女王様に渡り、結果として俺にもたらされはしたが、その間に女神はエレブレス山の洞窟を追われていたし、かなり危ない橋を渡ったものだと思う。
この手の品は、そう簡単に幾つも作るわけにはいかないとも聞いた気がする。だが、女神も変なところで律儀過ぎるんじゃないか。
俺が持っているからって、もう一つくらいアンヴェル用に作ってくれたっていいのに。
だが、「これがその『幸運のタリスマン』だ」とか言って、渡す訳にもいかない。
そこにどんな言い訳があるのか、考えられる人がいたら聞いてみたいものだ。
俺にできることは、ここでもエレブレス山があるであろう東の空を睨み、心の中で女神に苦情を言うくらいしかなかった。
これがエンディングに影響を与えることはないことだけは、信じたいものだ。
「では、準備が整い次第、まずはドゥプルナムに向かって出発ですね」
アリアが次の方針をアンヴェルに確認する。
彼は「そうだな」と頷いていたが、エディルナが、
「王都を発つ前に、よく当たるって評判のリューお婆さんに吉凶を占ってもらってはどうかな」
そんな提案をしてきた。
俺は、
(ドゥプルナムかリュー婆さんか。究極の選択だな)
そう思ったが、そんな選択はしたいとも思わない。
黙っているとエディルナの意見が通ったようで、皆で占い師のリュー婆さんを訪ねることになった。
リュー婆さんの店は、俺はもう三回目だ。
一回目は結局、当たったのだか何だかよく分からなかったし、二回目は占いの途中で彼女の様子がおかしくなるわ、水晶玉は砕け散るわと酷いものだった。
何だか訪れる度に碌な占いを聞けない気がするので、俺はあまり気が進まないのだが、エディルナは毎回、拘っている。
俺たちは、また奥の小部屋に通された。いや、俺以外の皆は初めてだろうから、またではないのだが。
例によって一本の蝋燭の炎だけで照らされた部屋の中は、かなり薄暗い。
そして部屋の奥には、机の上に置かれた薄紫色の水晶玉を前に、リュー婆さんが座っていた。
「魔王退治に出発なさるか」
彼女の言葉も予想どおりだった。
この辺りは、そういった仕様になっているのか、何故かアンヴェルが魔王討伐の命を受けたことを知っているようだ。
フードを被ったリュー婆さんの口許が、少し笑っているように見えるのも以前と同じだ。
「一度しか言わぬ。心して聴くがよい」
(やっぱりそう来たか)
そう思った俺の心の内など当然、知らぬのだろう。占い師は詩を読むように語り始めた。
「始まりで始まり、終わりで終わる者
日の光に音高く羽ばたく者は天に昇り
日の光あまねく天に存する者は闇を抱く
暗黒の戒めに囚われし、その生命、救われるも
純白の名を顕らかにし、その心、得ることなし
小さき身体に秘められし、大いなる者現れるも
大いなる御心に叶わなければ、一切は無に帰す
真実を手にせんと欲し、優る力を振るえども
すでに手にせしものに優ることなからん
すべてはかくの如し、望み叶うとも、心には叶わず」
「賢者アマンは、先程の占い、どう聞いたかな?」
アンヴェルがいきなり俺に振ってきた。この手の占いの解釈を魔法使いがするのって定番なんだろうか?
「いや。未来は占いが決めることではないからな。人間には分からないからこそ尊いんだ」
なんて、俺は分かったようなことを言って煙に巻こうとした。この世界では俺が一番、未来が分かっているのだが。
「賢者アマンの言うとおりです。未来は神がお決めになるもの。人には濃い霧が立ち込めるようにしか見えないものなのです。私もやはりそう思います」
アリアが珍しく興奮気味に俺を支持してくれる。だが、エディルナが、
「大賢者は、ただ聞いていなかっただけじゃないのかい。最初から乗り気には見えなかったからね」
そんな風に、いきなり核心を突いてくる。やっぱり俺の考えていることなんて初めから見え見えだったようだ。
「そんなことはないぞ。例えば『始まりで始まり、終わりで終わる者』なんて、『あ』で始まって、『ん』で終わる名前のことだからアンヴェルの、アンヴェル・シュタウリンゲンのことだろう」
俺は、前の世界でエディルナが言っていたことを丸パクリして答えてやった。
「そんなの誰だって分かるだろ。自分の名前のアスマット・アマンだって当てはまるんだから」
エディルナが抗議の声を上げるが、こういうのは先に言った者勝ちなのだ。俺は調子に乗って、
「あと、ユディもそうだよな」
思わずそう口に出してしまった。
「えっ。ユディって、『ん』で終わる氏族名とかがあるのかい?」
エディルナがアグナユディテに尋ねると、
「い、いえ。私の名前はアグナユディテです。他には……、その」
彼女は困った様子で黙り込んでしまった。
俺はもう自分の迂闊さを呪いたい気持ちで、彼女の顔を見ることができなかった。
「何だ、大賢者の勘違いか。それで、その後の部分は分かったのかい?」
幸いエディルナはすぐに占いの方に興味を移してくれたが、俺は、
「ああ。エディルナの言ったとおり、その後はもう聞いていなかったんだ。済まないな」
そう謝って、後は彼女に言われるがままになっていた。その内容も碌に頭には入って来なかったのだが。
翌朝、準備を整えた俺たちは王都を発った。
今回、まず目指すのはドゥプルナムの城塞だ。
どうせまた守将がゴーレムの力を過信して、魔術師ギルドが提供を申し出た対魔族の結界の展開を断ったのだろう。
まあ、ゲームどおりではあるし、あの城塞には別に「提供」がいるからな。
道中、俺のモチベーションはどうしても上がってこない。
昨日の一件以来、何となくアグナユディテがよそよそしい気がする。
俺の考え過ぎなのかも知れないのだが、それも俺のやる気を削ぐ要因のひとつになっている。
(そもそも俺はこのクエストは好きじゃないんだよ!)
そんな悪態をつきたい気さえしてくる。
シナリオの進行には必要がないネタクエストだし、ファンタジー世界の雰囲気が台無しの残念なクエストなのだ。
だが、王都から数日の距離にあるドゥプルナムは、王都の最終防衛線と考えられているらしく、そこを守る鋼鉄製のゴーレムも有名なようだ。
エディルナやアリアみたいに王都に家族のいる者にとっては、その安全に関わるし、何より近衛騎士のアンヴェルには捨てておけない事態でもある。
それに難攻不落のドゥプルナムが魔族の手に落ちたという事実に、ゲームでの御大層なメッセージのとおり、まさに「王都は震撼」して、アンヴェルが魔王討伐の王命を授かることになったのだ。
そう思って考え直そうとするのだが、今度は、結局、魔術師ギルドが守将を説得できなかった尻拭いかという考えが頭をもたげてくる。
そしてあの時の、ゼルフィムに支配されていた時のペラトルカさんの塩対応が思い出されてしまう。
あれはゼルフィムのせいなのだ。それに、この世界のペラトルカさんには関係のないことなのだと、頭では分かっているのだが。
でも、どうしても、どうせ親切にしてあげてもな、なんて暗い感情が湧き上がって来るのを抑えきれない気がしてしまうのだ。
そんな俺の後ろ向きの考えには関係なく、俺たちを乗せた馬車は順調にドゥプルナムへの道を踏破し、遠くその姿が見える場所までやって来た。
(あれだけ破壊したのに、また元どおりか)
俺はそんなことを思ったが、破壊したのは前の世界で、ここでは元のままでないとおかしいのだ。
だが、今の俺のこの気持ちをぶつけるのに、実はこの城塞ほど適した物はないことに俺は気がついた。
「このまま城塞に近づくのは、あまりに危険じゃないか?」
俺はアンヴェルに伝え、馬車をその場で停めてもらう。
「確かに城塞は魔族が支配しているのだから、いきなり突っ込むのは愚の骨頂だな。何か策が必要だと思う」
エディルナも珍しく俺の意見に賛成してくれる。
そもそも、このクエストは力押しでクリアするのは、初期の段階では無理なものなのだ。
魔族を置いておいたとしても、あのゴーレムを抜くのは至難の業だ。
普通なら、まずはひと当てしてみて、とても無理だと気づき、後回しにするクエストなのだ。
「すると、やはりまずは城塞内の状況を、以前、城塞に詰めていた兵士たちから聞くか、できれば行方不明になっているらしい将軍を探し出すことが先決か」
「あの鋼鉄製のゴーレムの攻撃を回避する方法を教えてもらわなければ、苦戦は必至だな」
「城塞の中にも教会があるはずですから、王都の大聖堂には、中の様子を知る者がいるかも知れません」
馬車の後ろで意見を交わすパーティーの皆から離れ、俺は城塞に向かって立つ。
まだ、かなりの距離があるが、この程度、何てことはない。
俺はこっそりと魔法を発動した。
ドガーン! バガーン!!
轟音とともに火球が次々とゴーレムに、そして城壁に炸裂する。
「なんだ!」
「何が起こったんだ!」
大きな音に驚いて、馬車の影から皆が飛び出して来た。
「魔族の奴ら、城塞を破壊して立ち去るようだ」
城塞を指さし、そう告げる俺の前で、俺が無詠唱で召喚した隕石が光の尾を引いて、また城壁に激突していく。
ゴバーン! ガラガラガラ……
なおも容赦なく、光る球体が岩でできた壁を粉々に破壊する。
すでにゴーレムはペシャンコになって倒れてしまっているようだ。
「あれは伝説の魔法、『メテオ・ストライク』ではないですか?」
今回のアリアは魔法使いの魔法にも詳しいようだ。俺の使った呪文を言い当ててきた。
「あの魔王との戦いで、大賢者が使ったっていう魔法かい?」
エディルナも恐ろしいものを見たといった様子で、アリアに確認している。
なおも降り注ぐ隕石に、もう城塞は粗方、粉砕され、中の建物でさえ原型を留めているものは少なくなっていた。
空には逃げていく魔族の姿が見られるから、奴らもさすがに城塞から逃げ出したようだ。
まあ、壁もほとんど無くなって、もう城塞とも呼べないものになっているが。
「せっかく占拠した堅固な城塞を、何故、奴らは?」
アンヴェルが茫然と呟く。
「奴らは数も多くないし、ここをずっと確保する必要はないと考えでもしたんじゃないのかな。まあ、魔族の考えることなんて、どうせ理解はできないが」
俺が適当にそんなことを言うと、リューリットが、
「それにしても、あのドゥプルナムの城塞を一瞬で破壊するとは。魔族とは恐ろしい力を持つ者なのだな」
さすがに身を震わせるといった様子で言った。
「ああ。まるで神の裁きだな。わたしたちも気を引き締めないとね」
エディルナも改めて魔族の強さを再認識したようだ。いや、そこまで強くはないから。
「城塞を魔族から解放することはできなかったが、奴らが立ち去ったのなら、もうここには用はないな。僕たちは先に進むとしよう」
アンヴェルの決定に、アリアも、
「ええ。ドゥプルナムの城塞から魔族がいなくなって、王都に暮らす人たちも、少しは安心してくれると良いのですが」
そんな希望的な観測をしていた。だが、後に聞いたところによると、実際には破壊の限りを尽くされたドゥプルナムの様子が伝わると、魔族に対する恐怖がより強まったらしい。
まさに王都は『震撼』したわけだ。
こうして俺はここまでの鬱憤を晴らすとともに、城塞を破壊したことについては魔族の仕業にした上で、面倒なクエストを葬り去って、次に進むことに成功したのだった。
ベルティラがあそこで隕石による破壊に巻き込まれたりしなかったか、少し気になったが、彼女は瞬間移動が使えるから大丈夫だろう。そう信じたい。