第百四十九話 はじまりの迷宮、再び
(『はじまりの迷宮』か。懐かしいな)
あの後、色々とあったから、俺がこの迷宮に挑むのも随分と久しぶりだ。
俺たち六人は俺の放ったライトの光の下、順調に迷宮の中を進んでいた。
今回は俺たちが経験を積むということのほかに、迷宮から魔物を駆逐して王都近郊を安全なものにするという目的もあるので、通路や部屋をしらみつぶしにしながら進んでいく。
いかにも頭の中でマッピングをしているように装ってはいるが、実際にはダンジョンのマップは完璧に頭に入っているから、何のことはない。
「こっちの通路はさっき行ったよな?」
先頭を行くエディルナが、俺に確認をしてくる。
「いや。ここは通っていないぞ。念の為、行ってみるか?」
初めは彼女が進む方向を決めていたのだが、あまりマッピングが得意ではないらしく何度か間違えそうになったので、見かねた俺がつい口を出したのだ。
「ああ。悪いがすべての通路を確認したいからな」
アンヴェルの何度目かの同じセリフで、俺たちはそちらの通路へと進む。
今はエディルナが俺に確認し、俺が答えて、アンヴェルが決めるという順でほぼ進んでいた。
俺がすべて指示しているわけでもないから、このくらいならゲームのエンディングに影響は出ないだろう。
強制エンカウントのない通路へは行かなくてもいい気もするが、エディルナはともかく、ほかのメンバーには疑問に思われるかもしれない。
皆の信頼を得るためにも、俺は律儀にマップを埋めるように進むべき方向を答え続けた。
そうしてダンジョンに棲みついた魔物を排除しながら、一階の通路や部屋を確認し終え、前に地下に下りる階段が見えてきた。
階段の手前、左手に一階の最後の場所に当たる小部屋がある。
今回もやはりエディルナが部屋を覗き込んで、声を上げた。
「おい。宝箱があるぞ」
前は断言して失敗した感があるので、
「いや。確かに宝箱に見えるが、ミミックの可能性もあるから注意しよう」
俺が慎重に声を掛けると、リューリットが、
「なるほど。その可能性はあるな」
感心したように俺に視線を送ってきた。
「こんな王都の側にミミックかい?」
エディルナはまだ半信半疑といった様子だが、それでも俺の警告を気にして、宝箱に見えるものに近づかないでいた。
「エフィロフュー ニューア フィロルーマ トゥーラツ」
アグナユディテもどうも怪しいと思ったらしく、彼女が精霊に呼びかける声が部屋に響く。
(そうか。先に魔法で攻撃か)
俺はその手があったなと今さら気がついた。
蓋を閉じたままのミミックは防御力がかなり高いから、大きなダメージを与えることは難しいかもしれない。だが、こちらも傷つくことはないので試してみる価値はあるだろう。
彼女の両手の間に小さく柔らかい光を放つ球体が出現し、徐々に光度を増していく。そして……、
「光の精霊よ、我に力を!」
彼女が閉じていた目を見開いて呪文を完成させ、輝く球体がミミックに激突した。その直後、
「ガー!」
叫ぶような音とともに蓋が開いて、箱が俺たちに向かって突進してきた。
だが、エディルナが前に出てミミックの体当たりに対応する。
事前の警戒が功を奏してか、彼女は何とか踏みとどまり、奴の攻撃を受け止めることができた。
アンヴェルとリューリットがそれぞれ剣でミミックに切りかかるが、やはり今の彼らのレベルではダメージを与えられているのかどうか、あやしいところだ。
奴はさらに暴れまわるが、エディルナが盾で、リューリットが華麗に動きを見切って身を躱し、ダメージを受けずに凌ぐ。
「おい。大賢者。ちょっとは手伝えよ!」
エディルナが防戦一方になりながら、俺にそう苦情を述べてくるが、いや、俺が手伝ったら一瞬で終わりだから。
俺はこんな感じのちょっと陰気で偏屈な魔法使いなのだ。これじゃあ人気はないよな。キャラクターの人気投票とかがなくて良かったと思う。
でも現実の世界の俺の性格に近いところがあるから、逆に俺にとっては親近感が湧いたのだ。
だが、このまま戦闘が膠着状態になって万が一、俺以外のメンバーが全滅したらより面倒なことになりそうだ。
バレないように注意する必要はあるが、少し手伝うしかなさそうだった。
「ライトニング!」
俺は最も弱い種類の呪文をできる限り制御して、しかも最低出力で放つ。
呪文の詠唱も省くが、無詠唱だと疑念を招きかねないから一応、放つ時の声だけは出した。
後で聞かれたら、その前の呪文は小声で唱えていたことにするしかないだろう。
俺が魔法で生み出した光は「ギンッ!」という音とともにミミックを貫通し、当然だが、奴はそのまま動きを止めた。
「えっ。いったい何が起きたんだ?」
エディルナが驚いて駆け寄るが、俺も彼女に続いてミミックの後ろに回り、俺の魔力の膨大さを示す証拠を皆から見えないようにした。
ミミックの後ろには、俺の魔法が作り出した恐ろしく深い穴が斜めに穿たれていた。
その穴から発生する膨大な熱を、これまた膨大な魔力を注ぎ込んだ氷の魔法で冷却しながら俺は足で塞いで隠す。
「どうやら奴の急所に偶々俺の魔法がヒットしたみたいだな。運が良かったようだ」
俺はなんとか誤魔化そうと、そう言ったのだが、
「ミミックの急所は宝箱の鍵穴に当たる部分だと、聞いたことがある気がします。でも、賢者様の魔法が当たったのは違う場所に見えた気がするのですが……」
アグナユディテは遠慮がちにではあるが、そう言ってくるし、リューリットも、
「急所を一撃か。常にそうありたいと思っている我が剣でも難しそうだが、それを、しかもコントロールが難しいと聞く魔法でやってのけるとは如何に運が良かったにしても、恐ろしいことだな」
疑わしそうに俺を見て来る。
「恐ろしさにどうも寒気がするような気がする。いや、これは本当に気のせいなのか?」
さらには両手で肩を抱きながら、そんなことも言っているから、氷の魔法にも気づかれたのかも知れなかった。だが、アンヴェルが、
「おおっ。戦ったかいがあったようだな」
そう言いながら両手を開いたり閉じたりして、力が湧き上がってくるのを実感しているような態度を示すと、皆、同じようにレベルの上昇を確かめ始めてくれた。
皆、ステータスの向上はやはり嬉しいらしく、俺の魔法に対する疑問は何となくそのままになって、まあ良かったのだが、今度はアグナユディテが、
「賢者様は嬉しくないのですか?」
そんな風に声を掛けてくれたのは、俺がつまらなそうな顔をしていたからなのかも知れなかった。
彼女の純粋な心を表したようなエメラルドグリーンの瞳で見詰められ、俺は咄嗟に誤魔化すことを忘れ、
「いや。俺は……」
と言ったところで、はっと気がついて、
「そこまで経験に拘っていないからな」
と、心にもない言葉を続けることになった。
危うく「この程度ではレベルアップしないから」と、突っ込みどころ満載のセリフを吐くところだった。
「よく言うよ。知識や経験に貪欲なのは、誰よりも大賢者様じゃないのかい」
エディルナがそう冷やかすが、その辺りのことは、もう見透かされているようだ。だが、何度も言うが俺が求めているのは「経験値」なのだ。
アグナユディテが光の精霊に呼びかけたくらいで魔力の消費もほんの僅かで済み、しかもほとんど無傷でミミックを倒した俺たちは、そのまま階段を下り、地階の探索を始めた。
こちらもこれまで同様、順調に進む。
「上の階も含めれば、かなり複雑だと思うのだが。きちんと覚えているのか? 帰り道は大丈夫なのか?」
リューリットが心配して俺に尋ねてくるが、ここは俺の心の故郷、マイホームタウンと言ってもいい迷宮なのだ。
「いや。大丈夫だ。道順の記憶には自信があるから任せてほしい」
俺の答えにエディルナが、
「そうそう。この程度の迷宮、道順を覚えるのは冒険者として当たり前だから。心配は無用だぞ」
そんな言葉を被せてきたが、リューリットは何かを言い掛けて、諦めたように口を噤んだ。
エディルナはさっきから、既に通った通路とそうでない通路の別などでかなり間違えているから、指摘したくなる気持ちはよく分かる。
彼女は冒険者としては非常に優秀だと思うのだが、誰にでも向き不向きはあるからな。
そうして進んでいった先でゴーゴーと水が流れる地下水脈の上に掛かった石橋を渡ると、その先には以前見た大きな空間が広がっていた。
俺が魔法の光を天井高く飛ばし、空間を明るく照らすと、部屋の奥にはバルトリヒの巨大な石像があり、その像の側に黄土色の肌の大型モンスターが棍棒を手に持ち立っていた。
「トロールです! 皆さん、気をつけて!」
アグナユディテが警告を発すると、そいつは俺たちに向かって突進してきた。
だが、ミミックを倒し、レベルが上がった俺たちのパーティーにとっては、今やトロールはそこまで苦戦を強いられるほどの強敵とはいえなかった。
リューリットが俊敏な動きで次々とダメージを与えていく。
エディルナも奴の動きを見極めて、振り下ろされる棍棒を上手くかわし、その隙を突いて得物のバスタードソードを叩き込む。
アグナユディテの放った矢が右足に、そして右の二の腕にと、次々に突き刺さり、トロールは痛みに一瞬、棍棒の動きを止める。
そして俺も、また「少しは働け」とエディルナに言われる前にと、ミミック戦で味をしめた最弱かつ最小出力の「ライトニング」を、アンヴェルが剣をトロールに向かって突き出すのに合わせて放つ。
「ジッ!」という僅かな音とともに、俺の魔法は奴の額を射抜き、後方の高い位置に穴を穿つ。
その穴をまたすぐに氷の魔法で冷却するが、トロールはアンヴェルが気合の声とともに突き出した剣によって左腹を大きく割かれ、そのまま仰向けに倒れて動かなくなった。
アグナユディテが穴の開いた壁の高い場所に目を凝らしているようだが、すぐに冷やしたし、かなり距離があるから、そう簡単にはバレないだろう。
『はじまりの迷宮』のボスであるトロールを倒して、掃討が済んだことを、また、お互いのステータスの向上を喜びあって、俺たちはダンジョンを後にした。
その日、王都では昼間にも関わらず、天空を下から上へと向かう流星の姿が目撃され、何かの異変の前触れではないかと噂になったようだった。