第百四十二話 エルフの森を訪ねて
「エルフ族に宝珠を。では、私たちもご一緒させていただけませんか? エルフ族の住まう地は王都の北にあると聞いています。そこまで私たちがあなたを護衛しましょう。それが済んだら、私たちに協力していただけませんか?」
使命の為に、近衛騎士に対して失礼ともいえる俺の対応にも腹を立てず、粘り強く説得してくれるアンヴェルの言葉に、俺はまた目頭が熱くなってきたが、そこをグッと堪えて、
「大変有り難いお申し出ですが、私はその後、王都の魔術師ギルドへもわが師の言葉を伝えねばなりません。それが終わった後でも良ければ、ご一緒して差し上げても構わないのですが」
俺の返事にエディルナは天を仰ぎ、やっていられないと言う様に首を振った。
以前の俺は現実世界の俺の地の性格を出し過ぎたのだ。
優柔不断な小市民の賢者なんて、アマンはそんなキャラクターではなかった。
常に冷静で、時には冷徹とさえ思える判断を下す、立派な賢者だったのだ。
まあ、人間としてはどうかとも思うけどな。
俺はそう考えて、心を鬼にしてゲームどおりの返答に徹した。
その間アンヴェルは、不満を漏らすエディルナを宥めてくれていた。
「我が敬愛する祖、バルトリヒもエルフの仲間の力を得て魔王を封印したと聞いている。これも彼の導きかも知れない。少し遠回りにはなるが、エルフ族の協力が得られるのなら、王もお許しくださるだろう。その後、王都へ戻ることなど、どれ程のことでもあるまい」
アンヴェルの言葉にエディルナはまだ不満そうだったが、最後は「アンヴェルがそう言うのなら」と承知したようだ。
どうやら既に彼への信頼は、かなり厚いものになっているようだ。
その後、俺たちは一週間程の旅程で、エルフたちの住まうグリューネヴァルトに向かった。
その間、当たり前だが、エディルナは俺のことが気に入らないようでそっぽを向いていたし、アリアは俺のことを気味が悪いように見ていて話し掛けては来なかった。
リューリットはここでも無口なようで、アンヴェルが気を遣って話し掛けてくれなかったら、俺はずっと一人でいなければならなかっただろう。
まあ、俺はもともと引きこもり系で、別に人と話さなくても、それをそれほど苦にはしない質だ。
だが、相手がこれまで親しくしていたパーティーメンバーたちだから、思ったよりも堪える気がした。
これも真のエンディングを迎えるためだと思って我慢していたが。
いよいよグリューネヴァルトが近づくと、道は細く、木々の間を縫うようにして走るようになり、背の高い木も増えてくる。
(前はいきなりユディに出会って、光のオーブを盗んだと疑われたんだったな)
そう懐かしく思い出した。
今でこそ、そんなことを言っていられるが、ほぼ最悪の出会いだったと言っていいだろう。今回はもう少しマシな出会いであってほしいものだが。
グリューネヴァルトに続く森で警戒の任に当たっていた者だろう、俺たちはエルフの男に見咎められ、呼び止められた。そのエルフに向かってアンヴェルは、
「私はあなたたちの長とともに魔王と戦ったバルトリヒの子孫で、近衛騎士のアンヴェル・シュタウリンゲンと言う者だ。あなたたちの長に、古い友人の子孫が訪ねて来たと取り次いでもらいたい」
そう堂々と名乗り、長への面会を求めた。
なおも疑うエルフに彼は、
「私は仮にも王国騎士だ。この剣に掛けて、偽りなど言ってはいない」
そう宣言するように言った。
アンヴェルの澄んだ瞳にエルフの男は気圧されるようだったので、俺は懐からトゥルタークがアルプナンディアに宛てて書いた手紙を出して、
「わが師、トゥルタークから、あなたたちの長に宛てた手紙を持って来ました。是非、取り次いでいただきたい」
そう声を掛けると、彼は驚きながらも俺の出した手紙の宛名を確認し、少し安堵したかのような顔を見せた。
ここでもトゥルタークは『森の民の最も親しき友人』であるようだ。
「確かにあなたは我が古き友、バルトリヒの血を引く方のようですね。彼と同じ感じがします」
アルプナンディアはそう言って笑顔を見せ、俺たちを歓迎してくれた。
まあ、バルトリヒもアンヴェルも、エンシェント・ドラゴンが依り代としているから、アグナユディテなどに言わせれば、その「匂い」がするのだろう。
そうして順に彼と穏やかに挨拶を交わし、最後に俺の番が回ってきた。
「はじめまして。魔法使いのアスマット・アマンと申します」
俺がそう挨拶すると、アルプナンディアはその顔に笑みを湛えて近寄って来たが、その直後、ゲームではなかった反応を見せた。
「えっ。あなたはいったい? ひっ! 神!」
(まずい。この人には正体が分かるんだった)
俺はそのことを思い出したが既に遅く、彼は怯えた様子で俺のことを見ている。
俺は敢えて満面の笑みを顔に浮かべ、
「よろしく。アルプナンディアさん。私は人間の魔法使いアスマット・アマンです。いいですね。人間の魔法使いアスマット・アマンです。以後よろしく」
ゆっくりとした調子でそう伝え、彼に握手を求めた。
彼は恐ろしい物に触れるように、おずおずと手を差し出してきたので、俺はさっと彼の手を取り、三度、右手を上下させて握手をした。
その間、彼の顔色は真っ青で額からは汗を流し、息をするのも忘れていたようだった。
「そうだ。今日はわが師、トゥルタークからアルプナンディアさんに宛てた手紙と、彼がエルフの皆さんの許に返して欲しいと言い遺した宝珠をお持ちしたのです」
俺の言葉に周りのエルフたちが急に色めき立つ。
どうやらここでも『光のオーブ』が失われているようだ。
「まさか、そのオーブはここから盗んだものではないだろうな!」
一人の若い男のエルフがそう言って、俺たちに詰め寄ろうとした。
だが、アルプナンディアが慌ててそれを制し、
「こ、この方に失礼をしてはなりません。控えなさい! この方は!」
そう言い出したので俺が、
「共に魔王を封印した英雄バルトリヒの子孫、アンヴェル・シュタウリンゲン卿ですよ」
大きな声でそう言うと、彼ははっと気がついたように、
「そうです。シュタウリンゲン卿。わが一族の者が失礼をしましたね」
そう言ってアンヴェルに頭を下げた。
「いえ。私は別に失礼な扱いを受けた訳では。それより賢者アスマット・アマンの方に」
アンヴェルは俺を見て、取りなしてくれる。
俺はアルプナンディアに向かって、
「わが師である大賢者トゥルタークは、師にしてくださったように弟子である私にもしてほしいと手紙に書いてくださっていると思いますが……」
そう伝えると、彼は慌てて俺の渡した手紙の封を切り、
「確かにおっしゃるとおりです。トゥルターク同様、あなたを『森の民の最も親しき友人』として遇させていただきます。恐れ多いことですが……」
深々と頭を下げ、そう言った彼に近づいて、
「アルプナンディア。申し訳ないが、私のことは秘密にしておいてください」
小さな声でそう伝えると、彼はまた、
「はっ。承知いたしました」
と、緊張の面持ちで応えた。いや、そういうのが困るんだが。
だが、俺とアルプナンディアがそんなやり取りをしているうちに、アンヴェルたちは俺たちに詰め寄ろうとしたエルフから、グリューネヴァルトにあった、もう二つの『光のオーブ』のうちの一つが失われたことを聞いて、その探索についての話を進めてくれていた。
「私たちにも、オーブの探索をお手伝いさせてもらえませんか」
アルプナンディアに向かってアンヴェルがそう聞くと、彼は相変わらず俺の方にチラチラと、恐れるような視線を送ってくる。
仕方なく、俺が目立たないようにあちらの方を向きながら小さく頷くと、彼はほっとしたように、
「ええ、助かります。是非、お願いします」
そうアンヴェルに言ってくれた。
「アンヴェル。王女様の捜索は大丈夫なのか?」
エルフたちから離れ、探索のために出発する準備を進めながら、リューリットがアンヴェルにそう聞いてきた。アンヴェルは、
「いや。もちろん、与えられた任務は重大で、それを忘れた訳ではない。
だが、これ程困っている彼らを見捨てて、僕たちだけが王都へ引き上げることなど、とてもできないと思わないか」
彼女の顔を正面から見据えて、真剣な表情でそう答えた。
俺は騎士としては一時の情に流されることなく、任務の完遂を第一に考えるべきじゃないのかなとも思ったのだが、リューリットは一瞬、驚いた顔を見せ、目を瞑ると、
「ふっ。お前はそういう奴だったな」
そう何故か満足そうに呟いた。
(いや。社会人として、それは失格だぞ!)
もう四十歳オーバーの俺は心の中でそう叫んでいたが、社会人としては合格でも、人として失格かも知れないという気持ちを拭い去ることができない気がした。