第百四十話 大団円を目指して
「なあ、メーオ」
「はい。お父様。メーオに何かご用かしら?」
俺はカーブガーズの屋敷のダイニングで、彼女とお茶を飲んでいた。
「世界が今みたいになって、メーオも、エレブレス山の女神も、セヤヌスも皆、満足なのか?」
とりあえず世界は消滅の危機を免れたし、俺がこの世界の監視をお願いした女神も特に不満はなさそうだ。
彼女の妹にあたるセヤヌスは、こちらも淡々と以前のとおり、海の世界を切り盛りしてくれている。
ミリナシア姫の故郷の島も平穏無事だと言うし、海の世界も大きな問題はなさそうだ。
メーオは相変わらず俺の屋敷で、こうして俺とお茶を飲んだりしているが、特に不満があるようには見えない。
「お父様は何かご不満があるのかしら?」
メーオは逆に俺にそう尋ねてきた。
「いや。別に今の世界に不満がある訳ではないんだが、時々、これでいいのかなと思う時があるんだ」
俺はこの世界では魔王を倒し、王都をエンシェント・ドラゴンから守った英雄で、王宮にあっては王国大宰相として女王様の信頼も厚く、広大な領地を有する大公だ。
そして実際には三人の女神から強力な加護を受ける、世界の主宰者なのだ。
これ以上、何を望むのかと思うくらいだし、地位に伴う権威や権力を持て余しているというのが正直なところだ。
「これでは何かまずいことでもあるのですか?」
突然、俺の背後から、エレブレス山の女神の声が聞こえたので、俺は驚いて振り返った。
「えへっ。何だかお姉様に聞いてもらった方がいいかなって思ったから、メーオ、お姉様を呼んじゃいました」
上目遣いに俺を見て、そう言って笑うメーオに向かって「コホン」と空咳をした後、女神も俺に笑顔を見せる。
「いや。まずいとかどうとか、大した事ではないんだが……」
俺が曖昧に答えると、女神は、
「この世界の主宰者であり、この世界の存在の鍵であるあなたが疑問をお持ちと言うのであれば、それ以上に『大した事』など存在しないのですが」
不安そうな顔で俺を見詰める。
俺は正直に自分が今、思っていることを言うしかなくなってしまった。
「俺はこの世界に呼ばれたとき、俺の良く知っているRPG『ドラゴン・クレスタ』をクリアしようと思って行動したじゃないか」
女神もメーオも、黙って俺の言う事を聞いてくれていた。
「一応、魔王バセリスを倒して、クリアしたと言えば、まあそうなんだが、でも、あれはちょっと違うんだよな」
俺は二人から視線を外し、部屋の天井を見ながら話を続けた。
「もっと上手くできた筈だっていう思いが、ずっとあるんだ。だって俺は数えきれないくらい『ドラゴン・クレスタ』をプレイして、クリアもしてきたのに、その俺があのエンディングでクリアしましたなのかって、何かその、引っ掛かりが取れない気がするんだ」
俺が自分の気持ちを、そう言葉にすると、女神は少し考えて、
「急に何かを変更すると調整が大変ですから、お薦めはしませんがもちろん、変更は可能ですよ」
そう言ってくれた。
彼女が言っているのは、おそらくアンヴェルの扱いのことだろう。
元々は彼が『ドラゴン・クレスタ』の主人公だった筈なのに、俺がアスマット・アマンに入れ込んでいたために、彼は途中退場を余儀なくされた。
最終的には俺の願いが聞き入れられる形で生き返ったものの、魔王を滅ぼした英雄騎士にはなっていない。
それ以外にも、おそらく容量の関係で割愛されたエディルナの父親のエピソード絡みの調整とか、結構、雑な部分もあったから、その辺りのことを言っているのかも知れない。
「いや。結果としてある今の状態を変更して欲しいとか、そういうことではないんだ」
俺は自分の行動が引き起こした結果としてある、今の世界の状態については、甘受するしかないと思っている。
それに今の状態については不満はないのだ。
「別に俺の位をさらに高いものにして欲しいとか、誰かをある地位につけたいとか、そういうことではないんだ。それなら大概のことは今、持っている権力を使えばできてしまうからな」
俺はエレブレス山の女神に、以前のとおりに世界の監視をしてもらっているように、特に世界の主宰者としては極力、その力を使わないようにしている。
そもそも俺は別に世界の支配者になりたいとか、そういったことは考えていないのだ。
あのゼルフィムの一件だって、彼がこの世界を滅ぼそうとしたりせず、俺のことを皆が忘れるだけだったら、それはそれでよかったくらいだ。
まあ、NPCが全員、俺のことを忘れてしまうのは寂しいから、一部は除外をお願いしたいが、静かに暮らすことができるのなら、俺もハッピーだったかも知れない。
「私には何となく分かりますよ」
また、俺の背後から、今度はセヤヌスの声が聞こえた。
メーオが呼んだのだろうが、奇しくもこれで、この世界のサミットが開催されることになったということだ。
女神セヤヌスはそう言って俺に微笑んでいたが、メーオは首を傾げている。
「彼は何度も苦労の末にたどり着いた、本当のあるべき世界の姿を見てみたかったと思っているのでしょう」
セヤヌスはそう俺の気持ちを代弁してくれた。
もっと上手くやっていたら、きっと真のエンディングにたどり着けたはずだ。そう思うと、あのゲームをやり込んだ俺からしたら、とても残念な気分なのだ。
(まあ、あまり贅沢を言ってもな。普通なら経験できないことを経験させてもらった訳だし)
俺はそんな風に自分を慰めていたのだが、不完全燃焼であった感は否めない。
「えー。お父様。もう一度あの経験がしたいのですか? あんなに苦労されたのに。メーオにはちょっと理解できないです」
メーオがげっそりしたという表情で、俺にそう言った。
いや、メーオよ。これは俺のゲーマーとしての業なのだ。
真のエンディングにたどり着かずに、それで良かったとか、ましてやクリアしたとか口が裂けても言えない。理解してもらおうとは思わないが。
「では、もう一度、今度はアンヴェル・シュタウリンゲンの一行が、賢者の塔に大賢者の弟子であるアスマット・アマンを訪ねるところからスタートするのではいかがでしょう? その方がより、お気に召す流れになるかと思いますが」
エレブレス山の女神は突然、そんなことを言い出した。
「えっ。そんなことができるのか?」
俺の口から驚きの声が漏れると、彼女はメーオを見て、
「メーオならできますよね?」
そう確認をした。
「メーオ。本当なのか?」
俺も思わず訊ねると彼女は、
「お父様の想像の翼が広がる限り、何処までもって、言ったじゃないですか。メーオの辞書に不可能の文字は無いんです」
どこかの国の皇帝みたいなことを言い出した。
いや、最初からそうしてくれていたら、俺はあそこまで苦労しなかったかも知れないのにと思ったが、それは今さら言っても仕方のないことだ。
それに結果としては、この世界が存続することになって、まあ、良かったのだからな。
だが、俺は少し心配になって、
「だが、そうするとこの世界はどうなってしまうんだ?」
そう皆に聞いてみた。
万が一、それでこの世界が無くなってしまうとかなら辛すぎるし、何のためにゼルフィムと戦ったのか分からなくなってしまう。
「もう一度、初めから新たに始めても、この世界はそのままです。できれば魔王を倒し、謁見の間で王から褒賞を示されるところまでで戻ってきてもらいたいのですが。それ以降は調整が難しいですから」
女神はそう説明してくれた。
どうも、あくまで現在のこの世界がメインで、一旦、ここでセーブしておき、新たにゲームを始める、そんなイメージのようだ。
「念の為確認するが、俺の力はそのままなんだよな?」
俺の質問に女神は笑って、
「あなたの力を奪うことなど、少なくともこの世界には、そんなことのできる者は存在しません」
そう言ってくれた。
いわゆる「強くてニューゲーム」って奴だ。
これは期待が持てそうだ。
サクッと真のエンディングを見て帰って来ようと俺は思った。
「じゃあ、それで頼めるか?」
俺がそう言うとメーオは、
「お父様。メーオのいない世界なんて、つまらないです。ここでのんびりメーオとお茶をして過ごしましょうよ。お父様、絶対に後悔してしまいます」
まだ未練がありそうだったが、
「いや、別に少し行って来るだけで、ここにはまた、すぐに戻って来るから」
俺の言葉に説得しても無駄だと思ったのか、不承不承といった面持ちで呪文を唱えてくれた。
「パラティク ルポララ パルポラ ランパル〜」
彼女がどこかから取り出した、ピンクのステッキから虹色の光が溢れる。
「楽しんでくださいね」
女神のそんな言葉に送られて、俺は別の異世界へと旅立った。