第十五話 聖女の記憶
私には忘れられない小さな子どもの頃の記憶がある。
あれはおそらく私が四歳か五歳のころ、父が司祭をしていた教会の前庭で遊んでいたときのことだ。
手元にお花があったような気がするので、それで遊んでいたのだろうか? もうそのあたりはおぼろ気にしか覚えていないのだが、シスターと教会の前庭にいると、背の高い高齢の男性が教会の敷地へ入って来たのだ。
今から思えば灰色の修道僧の服を着ていたような気がする。
一緒にいたシスターがその人を見て、とても丁寧に話をしていたので偉い修道士だったのかもしれないし、シスターは誰にでも優しく接する人だったから、そうではなかったのかも知れない。
シスターはその背の高い男の人に私を紹介したのだ。
彼女は教会へ来る人がいると、いつも私のことを自慢気に紹介してくれていた。
「見てください。こんなに可愛らしいお嬢さん。どれほど大いなる神様の恩寵を受けられていると思われます?」
そう言って彼女が私を紹介すると、皆が可愛いと言って、頭を撫でたりしてくれるのが嬉しかった。
私はそのときもニコニコと愛想よく振る舞っていたと思う。そうすれば皆が私を褒めてくれることを知っていたから。
しかし、彼はそうではなかった。
「恩寵も劫罰もずっと前から決められておる」
そう言って彼は、はるか上から私の目をじっと見詰めた。
彼の水色の瞳に見据えられ、私は激しい恐怖を感じた。雷に打たれたような衝撃を覚え、目を逸らすこともできず、このまま自分が彼の目の中に吸い込まれてしまうのではないかと思った。
泣くことさえできず、ただ、じっと彼が視線を移すのを待つことしかできなかった。
彼の言ったことも、本当にそう言ったのか実はしっかりとは覚えていない。大きくなってから聖書でこの言葉を読んだとき、震えが止まらなくなって「ああ、この言葉だったのだ」と思っているだけだ。
実際に覚えているのは「ずっと前から」というひと言だけ。
そしてその日か次の日にか、私は鏡を見て気づいた。彼の瞳の色が私の瞳と同じ色だったことに。
私がこの記憶を忘れられないのも、毎日、鏡を見る毎に思い出すからだ。
すべてを吸い込むような水色の瞳。私は鏡で自分の目を見る度に、あの時の恐怖を思い起こすのだ。
それから数日が経ったころ、私が癒しの神聖魔法を使えることに、教会の人たちが気がついた。
転んで擦りむいた膝の怪我を自分で治していたらしい。
それを聞いて父や母は驚くとともにとても喜んでくれた。神様の祝福を授かっている。とても素晴らしいことだと皆が褒めてくれた。
けれど、私はあの日の恐ろしい目が忘れられず、何か得体の知れないものが、あの時、あの視線を通じて私の中に入ってきたような気がして、かなり長い間、いやだと泣いていた。
それから何年かが経って、それまでの間、私は父や母、周りの人に大切にしてもらったことで、あの時の恐怖を忘れることができたのではないかと思っていた。
あれほど嫌がった神聖魔法の力も、それを使って怪我をした人や病に苦しむ人を癒し、感謝してもらえることで、少しずつ私の心を落ち着かせてくれた。
私は正直に誠実に日々を送ることを心掛けた。
怠けたり手を抜いたりすることもしなかった。いや、あの水色の目がいつも私を見ているような気がしてできなかったのだ。
私が通っていた教会の司祭様が、私を褒めて言ってくださった「よくがんばっているね。神様はいつも、そういうあなたを見ているよ」という言葉も、私にはただ恐怖でしかなかった。
だが、そんな私を「小さな聖女」と呼んでくれている人がたくさんいると教会の人たちが教えてくれた。
そうして私は行ったり来たりを繰り返しながらも、少しずつあの時の記憶を薄れさせ、鏡を見てもほとんど何も感じなくなってきた。まだ自分の目を見詰めることは、あまりしたいとは思わなかったけれど。
だが、私が十二歳になったとき、また「あの言葉」がよみがえったのだ。
教会で基本的な学問を教えてくれる教室に通っていた私は、その日に限って忘れ物をしてしまい、講義を受けていた部屋へ戻ろうとしていた。
すると一緒に教室で講義を受けているうちに親しくなった女の子たちが、講義の終わった部屋の中に残って、話している声が聞こえてきた。
「ずっと前から、聞きたいと思っていたんだけど……」
私はその言葉にドキリとして、部屋の手前で動けなくなってしまった。
「あなた。よくあんな子と親しくできるわね」
大きな声で話す彼女たちが言っている「あんな子」は私のことだと、なぜか直感した。私は自分の心臓の音が彼女たちに聞こえてしまうのではないかと思うほど動揺した。
しかし、彼女たちは、部屋の入り口の扉の陰で息が止まるのではないかと思うほどの気持ちに震える私に気づくこともなく、そのまま話し続けた。
「まあ。あの子と仲良くしておけば、何かあったときに魔法で助けてもらえるかもしれないじゃない」
「いや~、私はないな。あの私はいかにも聖女でございますって感じが耐えられない」
「私はあの人、怖いのよね。何だかあの人の目って、心の中を全部見透かされているみたいで」
「それはあんたが心の中で、ろくでもないことばかり考えているからでしょ」
「なにそれ。ひどーい。みんな似たようなもんでしょ」
「まあ違いないわね。あの子を除いてね」
そう言って笑い合う声を聞きながら、私は胸を押さえ、その場を立ち去った。
最初に「あの言葉」が聞こえなければ、私は扉の前で立ち止まることもなく部屋に入って、彼女たちの雑談の輪に加わっていたかもしれない。
でも「あの言葉」のせいで、私は真実を知ってしまった。
不思議と涙は出なかった。いや、よみがえった恐怖でそれどころではなかったのだ。
私は教室をやめ、聖書を読むことに没頭した。
これまでももちろん断片的には聖書に触れてきたが、一字一句、見逃さないよう読み進めるのは初めてだった。
教会では私が日々聖書を読む姿に、改めて信仰に目覚めたと好意的に解釈してくれる人が多かった。
だが、私は聖書の中に「あの言葉」をひたすら探していたのだ。
そうして日々読み進めた聖書に、私はついに「あの言葉」を見つけたのだ。
「およそ女から生まれた者の行く先には、常に濃い霧が立ち込める。だが、神は、恩寵も劫罰もずっと前から決めておられる」
聖書にこのフレーズを見つけたとき、私は長い間震えが止まらなかった。
(お前は、可愛いと言われるよう愛想よく振る舞ったように、聖女と呼ばれるよう誠実に振る舞っているだけなのではないか)
あの水色の目が、私の真実をそう見抜いているのではないかという気がした。
私のしていることすべてが結局、何の意味もなさないことなのではないかと思うと、私は絶望の淵に墜ちていく気がした。
だが、私はその後も丹念に聖書を読み進めた。
多くの人が救いを求める尊い書物。その中に私の探す、そして私を救ってくれる言葉を求めて。
「野の小さな花々にさえ、あれほど見事に咲き誇るよう、神は祝福をお恵みくださる。あなたがたは、ずっと前から、神の恩寵がその身にあることになぜ気づかないのか」
聖書の中にこのフレーズを見つけたとき、私はしばらく動けなかった。
そして、頬を伝う涙の感触で我に返った。
何の関係もない二つのフレーズ。聖書をこんな読み方をしている者など他にいないだろう。
私の「あの言葉」は、このフレーズではないのかもしれない。でも、決して絶望だけではなく、希望につながるなにかがあるのかも知れない。
神に仕える私がこのようなことを思うことさえ罪深いことなのかもしれないが、話に聞いた異教の双面の神、その二つの顔のようにどちらもが真実を表していたのなら。
私はそう思いたかった。
その後も私は教会で、これまでと変わらずに過ごした。
神に祈りを捧げ、修道院や教会の雑事をこなし、聖書を読み、魔力の許す限り怪我をしたり、病を患った人たちに癒しの力を使いながら。
そうして忙しく立ち働いている時には、私は「あの言葉」のことを忘れることができたから。
そして夜には、労働に疲れた身体が私をすぐに深い眠りに誘ってくれたから。
信徒の中には、特に私が神聖魔法を使った方たちの中には、段々と私のことを「聖女様」と呼ぶ方が増えてきた。そう呼ばれるたびに、
「私は聖女などではありませんよ」
そう答えてきた。
以前は小さな自信の源になり、私の心を支えてくれたその呼び名も、あれ以来、素直に受け取れなくなっていた。
私は誰が見ても、そんなに「いかにも聖女」といった顔をしているのだろうか。そう思うと悲しかった。
だが、司祭様が、
「信徒の中にはあなたに感謝し、あなたを聖女と呼ぶことで、心の平安を得ている人もいるのだ。呼びたい人にはそう呼ばせてあげなさい」
そうおっしゃったし、そのように呼びかける方は増える一方だったので、もう諦めることにした。
その間、私がいつも聖書を読んでいることを知った何人かの方が、聖書の輪読会に誘ってくださった。
けれど、私は「自信がないので」といつも断っていた。
本当に私のことを思って誘ってくださる方たちのお誘いをお断りするのは、とても心苦しかったのだが、私が輪読会に加わったら、あのフレーズが対象に選ばれる気がして恐ろしかったのだ。
もし、あのフレーズについて話すことになったら、私は到底、冷静でいられる自信がなかった。
そしていつしか五年の月日が流れ、私は三度、「あの言葉」に出会うことになる。




