第百三十五話 世界の主宰者
「お父様。それを決められるのはお父様だけです」
メーオがまた訳の分からないことを言い出した。
「もう一番上のお姉様が、まして中のお姉様や私がこの世界のことを決めている訳ではありません。だって、私たちはもうすっかりネタ切れなんですもの」
確かに『ドラゴン・クレスタ』も、発売されなかった『Ⅱ』も、ましてや俺の頭の中もとい、あの黒い表紙のノートの中にしか存在しなかったその続編も、すべてのシナリオは終わりを迎えている。
いや、それにしても「ネタ切れ」って、他に言い方はないのだろうか。
「じゃあ、今はこの世界はどうやって運営されているんだ?」
自分で言っていて運営ってのもどうかと思うが、それが俺の正直な感想だ。
アンヴェルの扱いのこともあったから、俺はどうもその点には屈折した思いがある。
俺がそう聞いたところで、俺とメーオがいる部屋へ皆が入って来た。戻りが遅いから心配したのかも知れない。
「その説明は私がいたしましょう」
部屋に現れたエレブレス山の女神がそう言ってくれたので、俺はホッとした。
メーオと俺の会話は噛み合わないことがままあるからな。
「この世界は私が今もあなたの言う運営、いえ正確には監視をしています。私はもう、この世界の行く末に手を加えたり、何かを強制的に排除したりはしていないのです。これまで通りのルールを守って世界が繁栄を享受できているか、見守っているだけなのです」
女神も俺が気になっている点には気づいているようで、排除はしないとか言っている。
だがそれは、どこかで聞いたような話だった。
(そうか。パシヤトさんが『生命の祠』で言っていたことと同じなんだ)
俺にはそう感じられたが間違っていないだろう。
彼は無茶はせずにこれまで通りルールを守って、この世界の生命ができるだけ栄えるようにするのが、彼の使命だと言っていたはずだ。
「では、もうこの世界では、ここに住む皆が選択した結果が積み重なって未来が開かれているということなのか」
俺の言葉に女神は大きく頷いた。
「もう私にできることはありませんし、無理に何かをしたいとも思いません。なるがままに任せた方が、きっと上手くと思っていたのです。あの男が現れるまでは」
そう、奴が現れるまで、この世界はとても上手く行っていたのだ。
「ですが残念ながら、あの男はこの世界の者ではありません。ですから私にはどうすることもできないのです。そして、何かしようにも、エレブレス山の洞窟も失ってしまいました」
状況は圧倒的に不利らしい。唯一の救いは三姉妹が揃っていることくらいだろうか。この場合、数が力になるのかは定かではないが。
「俺は、実はメーオに青い石が三つ揃ったが、何かイベントが起きたりしないのかと聞いていたんだが」
俺の言葉に、女神は、はっとしたような驚いた表情を見せた。
「あなたはそうお思いになるのですか?」
逆に俺に質問を返してくる。
俺は答えに窮してしまった。
(いや、こういう場合って、普通は何か起こるんじゃないか? 三人の女神の加護が揃ったんだし、三つだなんて特に何かが起こりそうな数字だし)
そうは思うが、イベントが起こるのかとか、じゃあ、どんなイベントなのかと聞かれたら、そこまで深く考えていた訳でもないし、あやふやなイメージしかないのだ。
「お姉様。この世界の真実を伝えるべきではありませんか?」
今度はセヤヌスが、彼女の姉に向かってそんなことを言い出した。
「何なんだ。この世界の真実って?」
そんなことを言われたら、聞かない方が普通ではないだろう。
俺は本当に普通の人間だから、気になって女神をそう問い質した。
女神は自分の妹に視線を送り、少し咎めるような様子を見せた。
だが、意を決したように俺に視線を合わせると、俺が想像もしていなかった事実を告げた。
「この世界の主宰者は、あなたです。あなたがメーオの名前を思い出し、私たち三人のすべてを救ってくださってから、そうなっているのです」
彼女の声は、正に神託そのものという様に部屋に響いた。
「主宰者って、どういうことだ?」
正直、突然そんなことを言われても俺には見当もつかない。
俺の問いに女神は、
「主宰者は文字通り、この世界の中心となって、すべての人々の上に立ち、世界の在り様を決める者です。以前の私がそうであったように」
そんな説明をしてくれたが、やはり要領を得ない。
「具体的にはその主宰者とやらである俺には何ができるんだ? 奴を一瞬にして滅ぼすとかが可能なのだったら助かるんだが」
何となく神に近い存在のような気もするが、その割にこの世界は俺の思うとおりになんてなってはいない。
俺が主宰者となったという最近より以前の方が、やり易かった気さえするくらいだ。敵だって、こんなとんでもない強さを持ってはいなかったし。
「残念ながらあの男はこの世界の者ではありませんから、主宰者の力だけで排除することはできません。
私は、おそらくあの男は別の世界の主宰者ではないかと思っています。あれ程の力、到底、あなたのおっしゃった主人公が持っているものとは思えません。
その世界に住まう者とは根本的と言っていいほど、別次元の力を持つ存在。それが主宰者なのです」
エンシェント・ドラゴン・ロードの桁違いの力を考えてみれば、何となく分かる気もする。
そしてパーヴィーも、奴の力はそのロードに匹敵すると言っていたから、女神の言うとおりなのかも知れない。
「俺が主宰者だと言われても、とても信じられないな。そんな気はまったくしないし、これまでだって俺がこの世界の在り様を決めているなんて思えないんだが」
俺の言葉に女神は目を瞑り、
「ええ。あなたが主宰者であることは間違いありません。でも、その力を行使するには、あなたが覚醒し、変容することが必要なのです。
具体的には、あなたがこの世界の主宰者であることを固く信じ、一切の疑いを持たないことです。先ほどあなたがおっしゃった、青い石が三つ揃ったことによって何かが起こると信じることで、それが可能になるのではないかと思ったのですが」
女神はそんなことを言ったが、俺は漠然とそう思っただけで、固く信じるとか一切の疑いを持たないなんて状況からは程遠い。
いつもの通り軽い感じで、メーオに聞いてみたというのが実状なのだ。
「メーオも知っていたのか?」
俺は別に咎める気はなく、確認の意味でそう聞いたのだが、彼女は珍しく少し不安そうな顔で遠慮がちに、
「お父様の想像の翼が広がる限り、何処までもって、以前、メーオ、言ったと思うんですけど」
そんなことを言った。
そう言われて、俺は何だか嫌な表現だなと思ったのを思い出した。その時はまったく分からなかったが、そういう意味だったのか。
ひとつのことを固く信じるなんて、俺が最も不得手とすることだ。
俺は人にも適応力があると評されるくらい、良く言えば柔軟で臨機応変、悪く言えば節操がなくちゃらんぽらんな男なのだ。
ずっと続けているのはゲームとラノベくらいなものだ。
それにこういうのって、信じようと思って信じられるものではない気がする。
「よーし。信じるぞ」とか言っている時点で嘘くさいし、いや、お前、本当は信じてないんだろうって言いたくなる。
それこそ女神が言ったように覚醒とか変容とか、そういう目から鱗みたいな体験が必要なのかも知れない。
それにもう、そんなことを言っている時間はない。
アグナユディテがベルティラと消えて、おそらくは二人とも奴の手に落ちたのだろう。
只でさえ不利な状況なのに、その上、人質まで取られた格好だ。
「残念だが、俺は覚醒なんてできそうにないな。俺がこの世界の主宰者だなんて、とても信じられない。それよりも早くユディとベルティラを取り戻さないと」
俺の言葉に三姉妹は落胆したようにも見えたが、もともと『ジグサーマルトの遺産』を持ったら、すぐに王都へ向かう予定だったのだ。
俺は改めてメーオにお願いをし、王都へ跳んだ。周りの空気を察してか、彼女もさすがに呪文は唱えなかったが、虹のような光は相変わらずだった。