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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第四章 異世界の勇者ゼルフィム
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第百三十四話 連れ去られたエルフ

「じゃあ、俺たちは奴が勝手に滅びるのを待っていればいいのか?」


 俺の問い掛けに、だが、明確に答えられる者はいなかった。


 すべては推測の域を出ないし、その前にこの世界の人たちがどうにかなってしまう気もする。

 エルフの森を襲ったり、王都がパーティーメンバーにさえ危険な場所になったりと、奴の働きかけは激しさを増して来ている。


 そして、その影響を俺はすぐに思い知らさせることになった。



「我が主よ。私に『エターナル・バインド』を掛けてくれ。いや、いっそ……」


 ベルティラが俺たちがいた部屋に入って来るなり、弱々しい声で、そう言ったのだ。


「いや、そんなことは……。ベルティラ。そんなに辛いのか?」


 俺の言葉にも彼女は頭を抱えてしまう。


 確かに俺たちがグリューネヴァルトへ難を避けた大きな理由のひとつは、彼女がもう耐えられそうにないように見えたことだった。

 トゥルタークによれば、魔族の彼女は奴の干渉による影響を強く受けてしまうのだ。


「奴は敵だ! 奴らを襲え! ずっと、すぐ隣りで命令する声が、聴こえるのだ。私がそれに抗えなくなる前に……。ああ、また……」


 彼女の顔には汗が噴き出し、その目は虚空を見詰めているようだ。

 そして、一歩二歩と俺に向かって近づいて来る。


「アマン。危ないわ」


 アグナユディテが俺を守るように前に立った。


「エルフめ! 私の邪魔をするな!」


 突然、顔を上げたベルティラは叫ぶように言うと、アグナユディテに向かって突進して来た。

 その顔は、初めてあのシヴァースの「賢者の塔」の側の湖でトゥルタークに襲い掛かって来た時に見たもののようだった。


 俺のすぐ前で、アグナユディテとベルティラが揉み合いになる。


「ベルティラ。正気に戻って!」


 アグナユディテの必死の声が響くが、ベルティラには届いていないのか、彼女はアグナユディテの腕を握り、何とか排除しようとしている。


 エディルナが動いてベルティラに迫る。彼女ならベルティラとアグナユディテを引き離すことができそうだ。

 俺がそう思った瞬間、


「くっ。邪魔な奴。ならば貴様からだ!」


 ベルティラが発した言葉に危険を感じ、俺が腕を伸ばしたのだが、揉み合う二人には僅かに届かなかった。


 ベルティラが右腕を掲げると同時に部屋に一陣の風が吹き、彼女はアグナユディテとともに姿を消していた。



「ユディ! ベルティラ!」


 俺は二人を呼んだが、応える声はない。

 驚きにミリナシア姫も言葉を失っている。


「二人は何処へ行ったんだ?」


 エディルナが女神に尋ねているが、答えは聞くまでもないだろう。

 ベルティラの領地のカルスケイオスにでも行ってくれたというのなら、まだ救いはある。

 だが、おそらくは……。


 こんなことならグリューネヴァルトではなく、『生命の祠』に向かうべきだったのだろうか。

 そんなことも考えた。イベリアノだって、あの場所のことは知らない気がする。


 しかし、万が一あの場所が荒らされるようなことになったら、どんなことが起こるのか、想像するだけで恐ろしい。

 何かの拍子に俺たちがそこにいることを知られ、エルフの森で起きたように大勢の人が押し寄せて、『生命の石板』が大量に割られでもしたら……。


「とにかく、早く二人を救い出さないと」


 俺は必死の思いで何とかそれだけを口にした。

 エディルナが顔色を変えて女神やセヤヌスを見遣ったのが分かった。


「止めても無駄でしょうね」


 女神は厳しい表情でそう言った。

 俺は頷いて、


「ああ。彼女はこの世界の恩人なんだ。その彼女を失って、俺がこの世界で安穏としているなんてあり得ない」


 強い決意を込めて言った。


 アグナユディテが俺に「真の名」を教えてくれたから、彼女が俺のことを信頼してくれたから、俺はこの世界に残る気になったし、その選択をすることができた。


 それも女神の描いたシナリオなのかも知れないが、それならそれで俺は構わないと思っている。少なくとも俺のアグナユディテに対する想いだけは本物なのだから。


 それにベルティラだって責めることはできない。

 既に彼女は、グリューネヴァルトへ行く前に限界を越えていた。


 あの場所で少しは回復していたが、また結界のない場所へ戻されたのだ。すぐに耐えられなくなって当たり前だ。


 奴の思惑どおりに動くのは癪だが、あちらにはイベリアノだっているのだ。俺なんかが少し考えた程度で、彼の裏をかくなんてできるはずもないのだ。


「メーオ。何度も悪いが、王都まで頼めるか?」


 もし断られたら歩いてでも王都へ向かう。俺はそんな気持ちで彼女にお願いをした。


「お父様。メーオも一緒に戦います。お姉様たちも、きっと同じ気持ちです。

 でも、忘れないでくださいね。今はお父様がこの世界の運命を担われているのです。だから決して無理はしないこと。メーオからお願いします」


 彼女は心配そうな顔で俺に告げた。


 メーオにまで心配をかけて、俺は本当に仕方のない奴だなと思えてくる。

 いや、やっぱりそれは見た目に流されているだけなのだろうが。



「アマン様。お待ちください」


 すぐにも王都へ跳ぼうとしていた俺に、ミリナシア姫が声を掛けてきた。


「女王様から『ジグサーマルトの遺産』をお借りしてはいかがでしょうか? あれは仮にも王家の至宝と呼ばれていた品。もしかしたら、何かの助けになるかもしれません」


(いや、あれはエレブレス山の女神が与えたもので、その効用も分かっているから)


 俺はそう思ったが、彼女の真剣な眼差しにそう全否定するのも酷い気がした。


 彼女は俺のことを思って言ってくれているのだし、別にかさばる物でもないから、持って行くくらいなんてことはない。


「それなら先日、女王様からお預かりしていますから、持って行くことにします」


 俺は一旦、自室に戻り、あのロケットを手に取って首から下げた。

 ひとりだけ部屋まで俺について来たメーオに、俺はこの青い石について聞いてみた。


「なあ、メーオ。この石って、俺みたいな異界の者を召喚する為の道具だろう。どうしてメーオのお姉さんの女神は、さっきそう言わなかったんだ」


 やっぱり俺と同じように、ミリナシア姫に気を遣ったのだろうか? 女神はそんな配慮をするようなタイプには見えないのだが。


「えっ。お父様。あれはメーオの力なんですけれど」


 メーオが驚いたように声を出した。


(「えっ」て、俺の方が驚きなんだが)


 てっきりあの青い石のおかげで、俺はこの世界に戻ってくることができたと思っていたのだが違ったのだろうか?


「だって、王都の西に施設に俺は戻って来たじゃないか」


 だから俺はあの青い石の力によって、もう一度この世界に召喚されたか、少なくともあの石がその触媒くらいにはなっていたのだろうと思っていたのだ。だってそんな偶然あり得ないだろう。


「それはあの場所が、お父様に戻って来ていただくのに都合が良かったからです。もともとお姉様がその為に作った施設ですし、召喚の途中で邪魔が入ると、特に鏡に誰かが映り込んだりするとまずいんです。あの場所ならそんなことは絶対起こりませんから」


 まあ、女神がその為に用意した場所のようだから、都合がいいのは分かる。でもそうすると、あの青い石はただの入り口の鍵に過ぎないのだろうか。


「じゃあ、この石はいったい何なんだ?」


 俺は首から下げたロケットから小さな青い石を取り出してみた。


「それは、お姉様の強力な加護が得られるアイテムでーす。ちなみに私が差し上げた貝殻も同じ種類の物です。でも、性能はずっと向上してますからね」


 メーオはそう説明してくれた。


 俺はローブの懐から、彼女がくれた青い貝殻を出してみた。そして『ジグサーマルトの遺産』と並べて見ているうちに、もう一つ青い石を持っていることを思い出した。


 取り出した『幸運のタリスマン』を二つの石と並べてみると、本当によく似ている。まるで同じ石を三つ揃えたようだ。


「お父様。それはちゃんと持っていてくださったのですね。メーオ、とっても嬉しいです!」


 急に彼女は感激したとでもいうように、そんなことを言い出した。


「えっ。『幸運のタリスマン』ってメーオと関係があるのか?」


 このタリスマンは王家に伝わる物だと思ったのだが、そう言われてみれば『ジグサーマルトの遺産』だってそうだ。

 王家の宝物って、みんな彼女たち三姉妹絡みの物ばかりなんだろうか。


 だが、彼女はゆっくりと首を振ると、


「お父様。それは『幸運のタリスマン』ではありません。だって『幸運のタリスマン』はアンヴェル・シュタウリンゲンがミセラーナ王女から授けられる彼の専用アイテムじゃないですか」


 そんなことを言い出した。


 確かにゲームの設定ではそうだし、だからこの石をいただいた時、俺は驚いたのだが。じゃあ、これはいったい。


「『幸運のタリスマン』が使えないから、お姉様はメーオに何とかならないか相談してきたの。ちょっと特別なアイテムだから、お姉様もそんなに次々に作る訳にはいかなくて。でも、私はまだその手のアイテムを作ったことがなかったから」


 これまでずっと、俺は自分が持っているのは『幸運のタリスマン』だとばかり思っていたのだが、まさか違っていたとは。

 茫然とする俺を尻目に、メーオが得意気に俺への説明を続けてくれる。


「お姉様が作ったものと効果はほとんど同じだけど、私の作ったそれは、正確には持ち主の戦う相手に作用するアイテムなの。

 戦う相手の攻撃の命中率やクリティカル率を下げちゃって、持ち主に与えるダメージも減らして、持ち主から受けるダメージも増やしちゃうの。『不幸のタリスマン』ていう名前の方がいいのかも」


 いや、何なんだその絶対持ちたくなくなるような名前のアイテムは。

 あの頃の彼女は鬱屈していたからかもしれないが、それにしても……。いや、やっぱり冥王だから根本的にそういった性格なんだろうか?


 ぱっと見た感じ、ゲームで見た『幸運のタリスマン』そのものなのだが、当時のゲームの解像度では似た物を作られれば見分けはつかないだろう。俺もすっかり騙されていた。


 まあ、誰からもこれを『幸運のタリスマン』だと言われた訳ではないのだが。


「でも、それも他の二つと本質的には同じです。それにはメーオの強力な加護の力が付与されているの。お父様がずっと大切にしていてくださって、メーオ、感激です」


 彼女は飛び跳ねんばかりに喜んでいるようだ。良かったのだが、俺はかなり複雑な気分だ。


「そうだ、メーオ。なら、この三つの石が揃ったことで、何かが起こるってことはないのか?」


 ゲームならよくありそうな設定だ。いくつかのアイテムを揃えることで新たな道が開けたり、強力なアイテムが得られたりするのだ。


 だが、俺の問いに彼女はまたキョトンとした顔をした。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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