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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第四章 異世界の勇者ゼルフィム
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第百三十二話 森に迫る炎

 グリューネヴァルトで、俺たちはひと息つくことができた。


 メーオが言ったとおり、光のオーブの結界の中までは、奴の力は届かないようで、ベルティラも女王様も、体調が徐々に回復しているようだ。

 トゥルタークも穏やかな顔で、


「うむ。確かにここでは安心して過ごせるようじゃな。アスマットのことも、普通に覚えておられそうじゃ」


 なんて言っているが、トゥルタークの場合はもういい年、いやとんでもない年齢なのだから、人の名前くらい忘れても普通だと思うのだが。


 俺も落ち着きを取り戻し、アルプナンディアに謝罪した。

 彼は俺たちを門前払いすることだってできたのに、以前の友誼と、何よりアグナユディテの説得に応じ、とりあえず話を聞きに、結界の外まで来てくれたのだ。


 それに彼にはエルフの民を、仲間を守るという最も大切な使命がある。今回の決断は、その使命に関わる重いものだったのだ。


 先程は暴言でしたと、俺が頭を下げ、丁寧に謝罪をすると彼は、


「いえ。アマンさんの言うことにも、一理あると思いましたから。あのダークエルフも、あなたにとっては大切な仲間なのですね。それはユディにとっても同じようです。あなたは本当に不思議な方ですね」


 そんな風に俺を評して、許してくれたようだった。

 だが、彼の視線は相変わらず女神とメーオに注がれ、不安そうなのが見て取れる程だったから、どこまでが本心か少し疑わしい気もした。



 そんな平和な日が二日程続いたが、相変わらず奴を倒す方策に目処は立たなかった。

『ドラゴン・クロスファンタジア』の主人公だということが分かったくらいでは、対策の立てようもない。


 この世界で、俺はドラゴン・ロード改め、エレブレス山の女神と、エンシェント・ドラゴンのパーヴィーの次に強いと思っていた。


 でも、最近はメーオに女神セヤヌス、そしてパーヴィーが強さだけならロードと互角と言った奴、ゼルフィムと、非常識な強さを誇る者たちが列をなして現れ、自信喪失気味だ。

 そういえばパシヤトさんだって、もし戦ったら敵わないかもしれない。


 そんなことを考えながら、アルプナンディアの屋敷のダイニングテーブルでぼんやりしていた俺に、メーオが声を掛けてきた。


「お父様。はい、これ」


 そう言って彼女が差し出したのは、あの青い貝殻だった。


「ああ。メーオ、ありがとう」


 俺がお礼を言って受け取ると、彼女は珍しく心配そうに、


「お父様。メーオ、いつもこの貝殻を持っていてくださいって、お願いするのは、ただの気まぐれではないんです」


 そんなことを言い出した。


(いや、あの島でエディルナに言われて、貝殻を採りに行ったのって、完全に気まぐれだろう)


 俺はそう思ったのだが、ふと彼女を見ると、いつにもない真剣な表情だ。

 彼女の紅い瞳が俺をジッと見ていた。


「分かったよ。メーオ、ありがとう」


 俺はお礼を言って、メーオが持って来てくれた青い貝殻をローブの内懐にしまった。



 満足そうな顔でメーオが立ち去ると、いつからそこにいたのか、ダイニングの扉から、今度はアグナユディテが俺に近づいて来た。


「アマン。あなたも少しゆっくりしてね。このところ、ずっと動いていたでしょう」


 そう言いながら、俺にお茶を持って来てくれたようだ。

 そして、自分もティーカップを持って俺の隣の席に座り、お茶を飲み始める。


 ハチミツの甘い香りを少しだけ含んだお茶の香りが、ダイニングに広がった。


「ありがとう。アグナユディテのおかげで、こうしてここでゆっくりさせてもらっているから大丈夫だ」


 俺は彼女のくれたお茶に口をつけながら、お礼を言った。


「もう、お礼はいいの。何度も言ってもらったわ」


 彼女はそう言って笑うが、今回のことは、何度お礼を言っても言い足りない気がする。


 ダークエルフのベルティラのことなんて、彼女が俺たちの受け入れをアルプナンディアに頼んでくれると言った時点で、すぐに頭に浮かんだはずだ。

 そして彼の対応だって、エルフである彼女には容易に想像ができたのだ。


 それでも彼女は、毅然として彼女たちの長に頼んでみると言ってくれた。


 正直、あのままカーブガーズにいたら、もう持たなかったと思う。

 それはNPCの皆だけでなく、俺の心も同様だ。


 そんなことを考えながら、彼女と並んでお茶を飲んでいると、彼女は俺に語り掛けるように言葉を継いだ。


「ベルティラも、女王様も……、二人とも本当に凄いわ。私が二人と同じ目に遭ったら、耐えられるだろうかって、嫌でも考えさせられてしまう」


 俺が彼女の方に顔を向けると、彼女は少し俯いて、横顔を見せていた。そして、長い睫毛をしばたたいて、


「でもね、アマン。私は、その、上手く言えないけれど、ずっと側に、こうして、あなたの横にいる。だから、私のこと……」


 そう言ったところで、何かに気がついたように、彼女は急に辺りを見回した。


 その時、ダイニングの窓から見えていた周りの森が一瞬、強く金色に輝いた。


 俺は何事かと窓に駆け寄ったが、その後、森は急速にその輝きを失っていく。

 そして、静かだった森に一陣の風が吹いて木々が騒めき、鳥が一斉に飛び立って、羽ばたきの音が聞こえた。鳥たちの中には、大きな鳴き声を上げたものもあったようだ。


 何か異変の起こったという胸騒ぎがする。

 すぐにアルプナンディアが蒼白な顔で俺たちの下に、いや、女神の下に駆けてきて、


「オーブの光が失われました」


 信じがたい出来事を口にした。



「ダークエルフを森に入れたからだ!」


 そう怒鳴るような声が聞こえる。

 若いエルフだろうか、彼の怒りはもっともだ。

 安全だった彼らの森は今、危険に曝されていた。


 アルプナンディアの家の前にエルフたちが集まり、善後策を話し合っていた。

 彼らの表情からは、一様に彼らの抱える不安な気持ちが読み取れる。


 当然だろう。これまで彼らの安全を保障してくれていたオーブの光が失われ、森を守る結界が消失したのだ。


 数の少ない彼らが、彼らに偏見を持つ人間たちの中に放り出されたようなものだ。


 だが、原因はベルティラではない。俺なのだ。

 何故だか分からないが、俺がここにいることを知った奴が、エレブレス山の洞窟の力を使い、女神の作ったオーブの力を失わせたのだろう。


 こんなに都合よく光のオーブが力をなくすなんて、それ以外に理由は考えられない。


(どうして、俺たちがここにいることが分かるんだ?)


 潜伏先なら、まずは本拠地のカーブガーズを疑うだろう。それが、いきなりグリューネヴァルトにいるだなんて、そんなこと普通なら思いもよらないはずなのに。


(そうか。あの三人)


 宰相府で俺の側近だった三人は、女王様の結婚式には出席していなかった。

 俺はメーオがカーブガーズの屋敷に運んだ人たちの中に、彼らがいるのではないかと思って探したのだが、見つからなかったのだ。


 考えてみれば、俺はあの前日、彼らをスリープの呪文で、しかも持続時間を長くして眠らせた。

 おそらくはその呪文が解けず、結婚式には出席できなかったのだろう。


 そのせいで、あの有能な三人が、まだ奴の手の内に残されているのだ。


 特にイベリアノには、俺など簡単に手玉に取られてしまうだろう。そう思って側近くに置いていたのだが、彼が敵に回ったとなると、俺の考えなどすべてお見通しのはずだ。


「このままではまた、わしらが耐えられなくなるのも時間の問題じゃな」


 トゥルタークがそう言って肩をすくめたが、イベリアノの助言を得た奴は、その時間さえ与えてはくれなかったようだ。


「悪人を匿うエルフを倒せ!」


 森の中からそんな声がする。続けて、


「恐ろしい結界を張った亜人どもを滅ぼせ!」


 そんな声も聞こえる。どうやらかなりの人数が、エルフの森へ入って来ているようだ。


 森に押し寄せる人間たちの様子も普通ではなかった。

 いくら亜人嫌悪が根強いとはいえ、こんなに見境なく森に入り込み、襲い掛かってくるなんて、完全に常軌を逸している。


 エルフ族には優秀なアーチャーと精霊使いが揃っているから、そんなことをしたら彼らだってただでは済まないことは、分かっているはずなのだ。


「森を焼き払え!」「奴らを一人残らず焼き尽くせ!」


 そんな叫ぶような声があちこちから聞こえ、ついには森のそこかしこに火が放たれた。

 エルフたちは水の精霊魔法も使って消火に努めているようだが、火の廻りは早かった。


 グリューネヴァルトは炎に包まれた。


 せっかく、少しずつ相互の不信感を払拭し始めていたと思ったのに最悪だ。

 エルフの矢に射られ倒れる人間の姿や、消火活動で火傷を負うエルフの姿が目に入る。


 アルプナンディアの、いや、俺の判断は最悪の結果を招いたのだ。


「メーオ、頼む。エルフたちを何処か安全な場所へ」


 俺の悲痛な願いに彼女が頷くと、周りの景色が変わり、俺たちはカーブガーズの屋敷の前にいた。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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