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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第四章 異世界の勇者ゼルフィム
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第百三十話 転生再び

「えっ。メーオ……なのか。俺と話せるのか?」


 俺の言葉に少女の声が嬉しそうに答えた。


「はーい。メーオです。お父様がそちらの世界にいても、お姉様たちや私は話せちゃうんです。この間もお話ししたじゃないですか」


 言われてみれば初めて現実世界への帰還を果たした時に、メーオから「もう一度プレートを回して、戻って来てください」と言われて、そのとおりにしたのだった。

 彼女はいつもの元気な声だったのだが突然、トーンが変わり、


「でも、お父様。またメーオが差し上げた貝殻を置いて行ってしまわれて。お姉様のものばかりずるいです。そんなにお姉様がいいんですか?」


 何だかよく分からないことを言い出した。


「いや、こちらの世界に持って来られるなんて思っていなかったから。たまたま、この青い石を身に着けていただけだよ」


 何で俺は言い訳しているんだと思わないでもないが、取り敢えず彼女と話すことができて、一縷の望みが生まれた気がする。


「本当ですか? じゃあ、今回はメーオ、許してあげます。でも、これからはちゃんとメーオの貝殻を身に着けていてくださいね。そうすればメーオはいつだって、お父様とこうしてお話ができちゃうんです」


 いや、何だかそう聞いたら、急に身に着けたくなくなってきた。

 でも、スマホを持たされているのと同じ思えば、我慢できなくもないか。


「メーオ。俺はそちらに戻れなくなったんだ」


 俺の言葉に彼女は驚いた声で、


「えっ。やっぱりお父様。そちらに好きな女性が……」


 そんなことを言い出した。いや、どうしてそれに拘るんだ。


「そうじゃなくて、メーオにもらった箱のプレートが動かないんだ」


 話が上手く進まないのはいつものことなのだが、こういう時は焦ってしまう。


「お父様。メーオには分かっています。回転ドアに誰かが余計な雑念を置き石みたいにしたんです。それが挟まってドアが回らなくなっちゃったんです」


 分かっているのなら、さっきのは何だったんだと思うが、まあ、相手はメーオだからな。いつものことだ。


「じゃあ。俺はそちらへ還れないのか? その置き石は取り除けないのか?」


 俺の問い掛けに彼女は、


「誰かの置いた思念を取り除くって結構、難しいんです。お父様がそちらの世界で、変な女に捕まったのではなくて安心しました。

 すぐに帰って来て欲しいのですが、今夜の十二時まで我慢してくださいね」


 まだ朝だから、丸一日掛かることになる。


「そんなに時間が掛かるのか? その間、そちらの世界は大丈夫なのか?」


 心配になって尋ねるが、彼女は、


「ほんの少しだけ回転ドアが開いていて、お父様の存在がこちらにも漏れてきているから大丈夫でーす。でも、そんなに長くは持たないかも。だから十二時になったら、忘れずに鏡の前にいてくださいね」


 なんだか要領を得ないが、とりあえず今夜十二時が勝負のようだ。


 その日は前日とは打って変わり、足取りも軽やかに出勤した。

 業務も昨日の遅れを取り戻す勢いで処理していく。


「何だか今日はすごいな。明日からの週末で、何か良いことでもあるのか?」


 隣の席の同僚にもそう言われてしまったから、ちょっとやり過ぎだったかもしれない。

 普段の俺って、どれだけ仕事してないと思われているんだろう。



 深夜十二時が近づき、俺は洗面の鏡の前にいた。


 別に我が家にはドレッサーとかがある訳でもないので、鏡の前にいろと言われても、このくらいしかないのだ。

 不潔な感じにならない程度には身だしなみに気をつけてはいるが、それ以上のことは……、もういいだろう。


 そして待望の十二時。鏡に映った見慣れた俺の顔の背後に同じような鏡が現れ、鏡の回廊が形作られていく。

 そしてその直後、前後の鏡が俺に近づいてきて、そのまま鏡の回廊に閉じ込められた。


 それはあの時、初めてトゥルタークに異世界へと召喚された時と同じ経験だった。

 俺はあの時と同じように鏡の前に、いや今回は鏡の上にいた。


「ここは……」


 青白く光る床や壁に何となく見覚えがある。


「はーい。メーオがお父様をお迎えに上がりました。ここは王都の西にお姉様が作った施設でーす」


 言われてみれば俺の足下にある鏡は、アグナユディテに理不尽に責められた原因となった鏡だ。

 別に壁かどこかに立てておけばいいと思うのだが、女神の作ったものらしいから、文句を言っても仕方がないだろう。


「この施設って……」


 どうやら女神がここを作ったのは、異世界から誰かを召喚するためだったようだ。例えば俺のような。


「王家の危機って、そういうことだったのか」


 いや、それは王家の危機ではなくて、世界の危機だろうと思うが、世界の危機イコール王家の危機でもある訳で、王家の危機は世界の危機の真部分集合で、自分で考えていて訳が分からなくなってきた。


「どうやら歴代の王は世界のことではなく、王家のことしか考えなかったみたいですね。お姉様は将来、お父様がこの世界にいらっしゃる時に、アンヴェルやイグノやエディルノとして、特にアンヴェル・シュタウリンゲンとしてこの世界に召喚される時を見据えて、この施設を作ったの」


 何だか女王様の祖先は、揃いも揃って王家の利益のことしか考えない悪王ばかりと言われている気がするが、今はスルーしておくことにする。

 あと、アリアやエディルナとして召喚される可能性もあったのだろうか? その場合はTSってことになるのかも知れないが。


 以前、女神に言われたように、俺は「アスマット・アマン」に入れ込んでいたから、仕方なくここではなく『賢者の塔』に召喚したということなのだろう。


「じゃあ、お父様。お家に帰りましょう」


 メーオはそう言うと、どこからかピンクのステッキを取り出して、


「ピルルン パルルン パルプル ルルラル〜」


 元気よく呪文を唱える。同時にステッキから虹のような光が溢れ、次の瞬間、俺はカーブガーズの屋敷の前にいた。

 いや、たしかそれ、必要ないって言っていたよね?



「心配しました」


 深夜にも関わらず、屋敷の前ではエレブレス山の女神が俺を待っていた。


「やはり奴の仕業なのか?」


 俺の問いに女神は頷きを返した。


「この世界に生きる者にそんな力はありません」


 まあ、そうだろう。異世界に繋がるゲートに干渉できる者なんて、そんなにいるはずがない。


「そうすると、あちらへ戻るのは危険だな」


 今回は『ジグサーマルトの遺産』のおかげで運良く帰ってこられたが、次回もその手が使えるか分かったものではない気がする。


「でも、ずっとこちらにいるのも危険なんだよな?」


 俺がメーオを見ると彼女は、


「最近、お父様は真面目にあちらの世界とこの世界を行き来してくださっていたから、かなり均衡が取れています。だから当分は大丈夫ですよ」


 そんなことを言ってくれた。

 やっぱりどんなことでも、真面目に継続するって大事だよね。





 異界へのゲートを使えぬようにして、既にかなりの時間が経った。


「そろそろ異変が起きてもよい頃なのだがな」


 空を見上げ、私が口を開くと、側に控えていた男が思わぬ言葉を返してきた。


「畏れながら、かの者、既に陛下の策から逃れているものかと」


 虚な目をしたその男の、だが涼やかな声が却って気に触る。


「そんなはずは。逃れる術など……」


 私は思わず声を失くすが、


「ここまで、かの者が東へと航海に出た時に起きたようなことはおろか、ごく小さな異変の兆候さえもございません。私などにご下問くださったのも、陛下の御心に、そうした疑念がおありになるからかと」


 男は相変わらず、人の心を見透かすようなことを言う。


 気分は良くはないが、この男の言うことなのだから本当のことなのだろう。だが、どうやって?

 今はそんなことを考えても意味はない。


 奴がのん気にも、このふざけた世界と異界とを行き来していることに気づき、あのゲートを見つけ、私はそこからこの世界へと潜り込んだ。

 そして今度は奴が異界へと旅立ったのを見て、ゲートに私の思念を置いて実質的に封鎖をしたのだ。


 だが、あのゲート以外にも、異界へと続く道があったということなのか。


 奴を異界に閉じ込めて、時間切れを狙うという確実と思われた策が失敗したとなると、今度はこちらが時間切れを心配する番になる。


 二十年の期限はもう間もなくなのだ。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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