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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第四章 異世界の勇者ゼルフィム
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第百二十七話 エレブレス山の異変

 女神の話はどうやら急を要するもののようだった。


 だが、まずは女王様とベルティラを柔らかいベッドへ移すことだろう。

 女王様は気を失っておられるようだったし、ベルティラも結局、もう座っているのもやっとという状態になってしまっていた。


「戦いになってしまったから、結局、彼女の役にはほとんど立てなくて申し訳なかったね」


 エディルナは指で頭を掻きながら、そう言っていたが、彼女が咄嗟の判断で、盾で俺を守ってくれなかったら、一撃でやられていたかも知れない。

 ベルティラには悪かったが、それで俺は助かったのだ。


 俺は二人をレビテーションの魔法で浮かせて、屋敷の部屋まで運んでいく。

 二人ともよくこの屋敷を訪れていたから、いつも使っている部屋があり、そこで休んでもらうことにした。


 まずは玄関から近い、ベルティラがいつも使っていた客間のベッドに彼女を横たえる。


「我が主よ……」


 彼女は俺にそう呼びかけるが、目を開けるのも辛そうだ。


「ベルティラ。ここならとりあえず安心だから、ゆっくりと休んでくれ」


 俺の声が聞こえたのだろう。ベッドの上の彼女の身体から力が抜けたように見え、少し安心したように見える。


 後のことは侍女に任せ、そのまま屋敷の奥の貴賓室に向かう。

 もちろん、女王様はずっと『レビテーション』で浮かべたままだ。


 屋敷の前で、彼女の姿を見た貴族らしき男のひとりが、


「あれは、もしや前の女王ではないか?」


 などと言っていたのが耳に入ったから、彼女はすでに実質的に退位させられていたのかも知れない。


 最初に謁見の間で奴を見たとき、奴は既に頭に王冠を戴き、手には王笏を持っていたから、その時点で、外見上は奴が王位に就いていたと言っていいだろう。


 正式な譲位のためには、どんな儀式を経る必要があるのかなど、ただでさえ王宮の儀典に疎い俺に分かるはずもないし、それが行われたのかなんて知る必要もない。


 王位を奪われた前の王朝の最後の王なんて、命の保証はない気がするから、カーブガーズへお越しいただいて良かったのだろうとは思う。


 そんなことを考えているうちに貴賓室が近づいてきた。

 改めて、真っ白なウェディングドレスをまとわれた女王様を見ていると、俺に恐ろしい考えが浮かんできた。


「俺って、女王様の結婚式を邪魔した狼藉者になっていないよね?」


 いや、アグナユディテが「行くしかない」とか言うから、飛び出して奴と戦ったけれど、その後、衛兵たちも出て来たし、あの状況は完全にそれだろう。


 王国の正式な歴史書には、罷免された元大宰相が、それを逆恨みして、招かれもしなかった女王の結婚式に突然、姿を現し、新しい国王を暗殺しようとして果たせず、女王をさらって逃走したとか書かれてしまいそうだ。


 とんでもない大悪党だな。俺。


「何をおかしなことを言っているの。そんな訳ないじゃない」


 アグナユディテが心底呆れたといった顔で、俺の問いに答えるが、謁見の間へ飛び出すのは、そもそも彼女が言い出したことだからな。自分の判断を否定するはずもない。


「彼女、涙を流していたのよ。あの男はともかく、彼女がアマンのことを狼藉者だなんて思うはずがない。それに……」


(そうか。俺は気がつかなかったけれど、女王様は涙を流されていたのか。でも、まさか嬉し涙ってことはないよね)


 俺はまた不安になって、アグナユディテの次の言葉を待ったのだが、彼女はそこで押し黙ってしまった。


「それに、何なんだ?」


 俺が聞いても彼女は、


「あの。呼んでいたのよ。いえ、そうじゃなくて」


 いつにもなく、彼女らしくない何か歯切れの悪い物言いだ。

 呼んでいたなんて、俺にはなにも聞こえなかったが、耳のいい彼女には何かが聞こえたのだろうか。


「何だかよく分からないな。ユディらしくもない。いったい何なんだ?」


 俺がもう一度聞くと、彼女はプイと顔を逸らし、


「言いたくない」


 そう言って、開き直ったようだ。

 まあ、このパターンもたまにあるから、少し慣れてきた気がする。

 後から女王様にご迷惑を掛けた狼藉者として、処罰されたりしないということならば、それで十分だ。


「アマン。これから、そこの女性の話を聞くんだよな。急いだほうがいいんじゃないのかい?」


 エディルナがそう言って取りなしてくれるのも、毎度同じパターンのような気もするが、確かに彼女の言うとおりだ。

 俺はベルティラ同様、女王様のお世話も侍女にお願いし、屋敷のダイニングに皆で移動した。



 ダイニングで女神は「クレース」と名乗った。


 まあ、俺やアグナユディテからしたら今さらだし、本当の名前なのかなんて詮索しても意味はない。

 メーオもどう思っているのか、お茶を飲んで静かにしている。


 彼女が静かにしている時点で、何だか疑わしい気もするが、最近はハチミツ入りのお茶を気に入っているみたいだから、今はそれに夢中になっているだけかも知れないが。


 いずれにせよ毎回、「女神」と呼ぶのもなんだし、俺たち以外の人間に漏れると面倒事を招きかねない。

 彼女がそう呼んでも良いと言うのなら、有り難くそう呼ばせてもらうべきだろう。


「で、クレースはどうして俺の屋敷なんて訪ねて来たんだ?」


 この世界の女神様に対して、この物言いはどうかとも思ったが、特に彼女は気にする様子もない。

 いや、それどころか急に難しそうな表情を浮かべ、


「あの洞窟に入ることができなくなってしまったのです」


 そんなことを言い出した。


「いや、あの洞窟って、そもそも入り口が埋まってしまったのではなかったか?」


 たしかドラゴン・ロードが目を瞑り、トゥルタークが「メテオ・ストライク」の呪文を使った時に、ロードの鱗に弾かれた隕石が入り口を破壊したように思ったのだが、その後、修復されたのだろうか。


「いえ。物理的に入ることは今でもできないのですが……」


 女神は俺を見て、そう言った。

 物理的に入る以外の方法で、中に入っているということなのだろう。俺には理解不能だが、まあ女神なのだから、そういったことも可能なのかもしれない。


 おとぎ話の女神だって、湖の水の中から突然、姿を現したりするくらいだからな。

 女神というと毎回、それしか思い浮かばないのもどうかとは思うが、俺の貧しい発想なんてその程度のものなのだ。


「クレースは王都の異変に気がつき、それに対処しようと洞窟を離れたらしいのじゃ。その隙に何者かが、そこを乗っ取ったようじゃ」


 トゥルタークがそう補足する。


 あの洞窟って、そもそもどういった場所なのだろう。エレブレス山自体「神の御座」があるとか言われていたみたいだし、その中でも特に神聖な場所だという認識は、俺にもある。

 だが、何となくそう思っているだけで、実際にそこに女神が入れなくなったらどんなことが起こるのかなんて、想像したこともない。


「それって、まずいことなんだよな?」


 俺の言葉に女神は頷くと、


「あの洞窟からは、この世界のすべてを見渡すことができるのです。そして、すべての法則を定めることも。

 まず手始めに、敵対者は私の力を奪い去ったようです。ここまで歩いて来ることがあろうとは、思いもしませんでした」


 メーオが使えるのだから、彼女だって瞬間移動を使うことができるのだろう。ドラゴン・ロードは使えないようだったが、それは『Ⅱ』の設定として、それこそ、そういった「法則」を定めていたのかも知れない。


 どうやらバックドアでも仕掛けられたような気がする。

 そしてランサムウェアよろしく、予期せぬ改変を加えられ、本来の権限を持つ女神がアクセスできなくなったと、まあ、そんな状況のようだ。


『ドラゴン・クレスタ』は古いゲームソフトだからセキュリティーも緩そうだし、悪意のある攻撃者に狙われたら、ひとたまりもないかも知れない。


 いや、そもそもソフトではなく、この異世界で起きた事件のことなのだが、もう、その辺は俺の理解を越えているようだ。

 俺はとりあえず、そんな風に理解をしておくことにした。


「それで、それはいつのことなのかしら?」


 アグナユディテが問い掛けるが、女神の答えは、ほぼ俺が考えていたとおりのものだった。


「四日前の深夜。いえ、三日前の未明です。王都に何か異質なものが現れた気配を察知し、排除するために私が王都へ向かうべきかと考え、洞窟を出たのです。本当に一瞬だけなのですが」


 そして、その直後、力を失い、王都へ跳ぶことも洞窟へ戻ることもできなくなったようだ。

 三日前と言えばベルティラが俺の屋敷から離れ、その後、王都で皆が俺を忘れるという不可解な事態が起こった日だ。


「それで俺のところなのか?」


 俺は所詮、一介のPCに過ぎないし、この世界の法則を定める力なんて持っているはずもない。そんな俺にいったいどうしろと言うのだ。


「あなたはご自分のことを、よくご存じのはずですが」


 女神はそう言って俺の目を見た。

 確かに俺は、自分がこの世界の存亡に関わる存在であることは理解している。だが、それと今回の事件にどういった関係があるというのだろう?

 そう思った瞬間、俺はそのことに気がついた。


「まさか、奴の狙いは俺か?」


 いや、せっかくこの世界の法則を決めるほどの力を得たのに、俺を排除したら、この世界は失われてしまう。女神の敵対者は、それを理解していないのだろうか。


「おそらくは。少なくとも私はそう危惧しています。ですからこちらへ伺い、妹にあなたを救うように頼んだのです」


 女神の表情は、相変わらず深刻そうなものだった。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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