第百二十三話 黄金の扉
王都の西の岩山は、俺が崩したことによってかなり小さくなってはいたが、それでもその山麓ともなれば、かなりの広さがある。
だから漠然と麓と言われても、正直言って何処から手をつけたらいいか分からない。
遠くに魔術師ギルドが建てたのだろうか、フクロウを意匠化した紋章の入ったテントのような建物が見える。
どうやらあれを拠点に『ジグサーマルトの遺産』絡みの調査をしているようだが、あれでは成果が出るまでに何年掛かるか分かったものではないと思う。
ペラトルカさんが調査の進捗状況を教えてくれなかったのって、実は捗々しい成果がなかったからじゃないかと疑いたくなる。
そもそも岩山の麓と言ったって、五百年前と今とでは大きく位置が変わってしまっているはずだ。
ここは二百年前に最初に岩山を崩した張本人に聞くのが早道だろう。
「パーヴィー。聞きたい事があるんだ」
俺はアンヴェルに向かって、(パーヴィーと話したい)と強く思いながら、そう声を掛けた。
途端にアンヴェルが呆けたような顔をすると、次の瞬間、
「やあ。アマン。何か面白いことがあるのかな?」
にっこりとした笑顔を見せる。
「いや。二百年前に、パーヴィーがこの岩山を崩した時のことを教えてもらいたいんだ」
俺の言葉に彼は渋い顔をする。
「アマンは僕に嫌なことを思い出させるんだね。もういいや。後はアンヴェルに代わるから」
すぐに引っ込んでしまいそうになった。俺は大慌てで、
「パーヴィー。待ってくれ。ほら、さっきの戦いはどうだった? 面白くなかったか?」
こんな時、エディルナがいてくれたら、上手にパーヴィーと話を繋いでくれるのかもしれないが、ここは俺が頑張るしかなさそうだ。
それでもパーヴィーは俺の話に乗ってきてくれた。
「ああ。あの人は凄いねえ。アンヴェルも凄くて、僕は見直しちゃったけど。あれは何なのかな? 強さだけだったらロードと互角かも」
いや、ロードと互角って、奴はそんな化け物なのか。
やっぱりこのまま逃げた方がいいのかも。
そんな考えが俺の頭の中をよぎるが、とりあえず今知るべきなのは『ジグサーマルトの遺産』についてだ。
「パーヴィーが、以前のこの岩山の麓の位置を教えてくれたら、奴とまともに戦えるようになるかも知れないんだ。良かったら教えてくれないかな?」
俺の言葉に彼は、
「すごいね。あんなに強い人ともう一度戦うんだ。不可能を承知で強大な敵に挑むなんて、サーガみたいで痺れるね。わくわくするな」
そんな嫌なことを言う。どうやらパーヴィーには、奴のとんでもない強さが分かるようだ。
「元の岩山の麓の位置は、地下に下りる隠し階段があるから、それを目印にすればすぐに分かるよ」
彼は続けて突然、そんなことを言い出した。
「待て。パーヴィー。その隠し階段とはいったい何なのだ?」
言葉を失った俺の代わりに、リューリットがパーヴィーに聞いてくれた。
「ずっと前にロードが作ったらしいんだ。彼の作った物だから、さすがに僕にも壊せなかったんだ。そう言えば、ロードにも後で怒られたんだった」
そう言って、また渋い顔をした。
パーヴィーの案内で、隠し階段らしきものはすぐに見つかった。
いや、彼が教えてくれたから見つかったが、何の手掛かりもなく、これを探し出すことはほぼ不可能だろう。
パーヴィーの示した場所を、アグナユディテが大地の精霊にお願いして人の背丈くらいの深さまで掘り進め、やっとそれらしき物が見つかったのだ。
「開かないね。鍵が掛かっているのかな?」
パーヴィーが入り口なのだろう、大きな蓋のような物に着いた取っ手に手を掛けて引き上げようとするが、びくともしないようだ。
ロードが作った物だと言っていたし、二百年前、パーヴィーでも壊せなかったようだから、蓋を破壊することは難しそうだ。
「アマン。あなたの胸のそれ、光っていない?」
アグナユディテの言葉に、俺が自分の胸に視線を落とすと、確かに失くさないように首に掛けていたロケットから光が漏れていた。
(けっこう親切設計だな)
よく見れば、蓋の側にそこだけ丸く色の変わった部分があり、どうやらそこにあの青い石をかざせば何かが起こりそうだ。
ロケットから石を取り出し、色の変わった部分に近付けると「ガタン」と音がして、蓋に何か変化があったようだ。
「やあ。開いたね」
蓋を持ち上げたところでパーヴィーは、
「じゃあ。後はアンヴェルに任せるね」
そう言って、どうやら引っ込んでしまったようだ。
またアンヴェルは呆けたような顔を見せていたが、
「はっ。僕はいったい。アマン。これはどういうことなんだ?」
当たり前だが、突然の状況に理解がついていかないようだ。
「岩山の麓って、場所の特定がかなり難しそうだったから、エンシェント・ドラゴンの知恵を借りたんだ」
俺の言葉に彼は「それは良いことを思いついたな」と納得してくれたようだが、ドラゴンの知恵を借りることと、彼が気を失うことの関係性については、どう納得してくれたのか不明だ。
開いた蓋の下には階段があった。
中は真っ暗かと思ったのだが、床や壁がぼんやりと青白く光っている。
俺たちはアンヴェルを先頭に、その階段を下りて行った。
階段を下りた先は大きな広間になっていた。天井も高く、小さな家くらいなら入りそうだ。
なにか装飾でもあれば地下神殿と言ってもいい広さなのかも知れないが、残念ながらそういったものはなく、ただのだだっ広い空間でしかない。
そして、ぼんやりと光って見える階段から入った反対側、正面の壁際に、いくつかの箱が無造作に置かれていた。
「あれは宝箱だな。伝説の武器かなにか、役に立つ物が入っているといいんだが」
アンヴェルを先頭に俺たちは宝箱に近付いていく。
その途中、
「キャッ。何これ? 趣味が悪いわね!」
アグナユディテが小さく悲鳴のような声を上げ飛びのいた。
彼女のいた場所を見ると、床が鏡になっている。
「アマン。あなた」
彼女が俺を睨むが、いや俺のせいじゃないし、俺は何もしていないし見てもいない。
確かに目を瞑っていたわけではないけれど、まさか床に鏡があるなんて思いもしなかった。
だから、ほんのちょっと白っぽいものが見えた気がするだけだ。多分。
宝箱にはトラップもなく、鍵も掛かっていなかった。そして入っていたのは大量の金塊だった。
「『黄金の扉開かれん』とは、これのことなのか?」
リューリットが不満そうな声で言うが、そうであるならがっかりだ。
黄金は貴重だが、今はこれがいくらあっても王家の危機は救えない。
確かにこれだけの量の黄金があれば、この世界でも金銭で解決できることであれば、かなりの事ができるだろう。
だが、奴がこの程度の物で取り引きに応じるとは思えないし、差し迫る危機には役に立ちそうにない。
「いや、これは目くらましだな」
トレジャーハンター向けのダンジョンなら、これで終わりというのもありかもしれない。だが、伝承は違う気がする。
伝えられている言葉は「黄金の扉」なのだ。「黄金への扉」ではない。きっとどこかに金色の扉が隠されているはずだ。
俺は皆にそう伝え、手分けして壁や床にほかに何かないか探していく。
「あったわ。きっとこれよ」
目のいいアグナユディテがそれに気づき、俺たちに教えてくれる。
彼女の指さす先には、そこだけ壁の色の違う部分があった。
壁全体が青白く光っているので暗く見えるが、どうやら蓋の横にあった丸く色の変わった部分と同じもののようだ。
ロケットを見ると、また淡い光が漏れている。
あのロードが作ったにしては本当に親切設計だ。
丸い部分に『ジグサーマルトの遺産』を近づけると、それは青い輝きを増し、次の瞬間、壁の一部が金色に輝き、奥へと続く通路が現れた。
アグナユディテが光の精霊で奥を探ると、真っ直ぐにかなり先まで続いているようだ。
「これはおそらくベヒモスが作ったトンネルね。相当、古いものみたいだけれど、恐ろしく頑丈にできているから、今でもきっと使えるはずよ」
アグナユディテの言葉に続けて、リューリットが、
「延びていく方向を見ると王都へ向かっているようだな。まあ、このまま真っ直ぐであるならばだがな」
トンネルの行く先をそう推測するが、彼女の言うとおりだろう。王家に危機が迫った時に働くのだから、トンネルの続く先はおそらくは王宮だ。
でも、俺たちが王宮へ行ってできることはあるのだろうか。
「この先に伝説の武器とかが隠されていることはないのかな?」
何だかアンヴェルがエディルナみたいなことを言っている。
彼の持っている「英雄の剣」も、リューリットの「サマムラ」も、伝説と言っていい程、強力な魔法剣だから、それ以上のものってあまりないと思うぞ。
そうは言ってもここまで来て、回れ右をして帰るという選択肢はないだろう。
俺たちは暗いトンネルを奥へ向かって歩き出した。