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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第四章 異世界の勇者ゼルフィム
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第百二十二話 王都脱出

 ベルティラの瞬間移動で跳んだ先は、俺の王都屋敷だった。


(助かった)と思うと同時に、俺の口からは、


「もう一度、謁見の間に戻って……」


 そんな言葉が漏れた。

 とても奴に敵うとは思えない。でも、女王様をお救いしなければ。俺はそう思ったのだが、


「アマン。無理よ。やられに行くようなものだわ」


 アグナユディテが厳しい声で反対する。


「アマン。僕も女王陛下をお護りする近衛騎士として情けないとは思うが、奴に勝つ算段がつかないんだ」


 アンヴェルもそう悔しそうな声を出す。


 リューリットも、


「奴の剣技は人間業とは思えぬな。届いたのは浅い突き一つしかなかったぞ」


 悔しそうにしているが、それでも届いた突きがあるようだ。彼女こそ人間離れしているんじゃないだろうか。


 何よりベルティラが倒れて、ぐったりしている。彼女はもう一度王宮へ行くどころか、座っているのもつらいという有り様だ。

 いや、気を失っているんじゃないか?


「ベルティラ、大丈夫か?」


 俺が声を掛けても返事がない。

 心配になって様子を見ると、微かに胸が上下しているようだ。


 俺は安堵の息を吐いたが、何だかアグナユディテの視線が厳しい気がする。

 いや、俺は純粋に彼女の体調を心配しているだけなのだ。本当に本当だ。


 良く考えてみれば、彼女は別に怪我を負わされたり、病気になっているわけではない。

 だが、時間の経過によるものなのか、それとも王都へ来たからなのか、彼女は以前にも増して苦しんでいるように見える。


「アマン。そう言えばあなた、女王様から何かを預かっていなかった?」


 アグナユディテの言葉に、俺はロケットのことを思い出した。

 危うく奴に奪われるところだったが、皆のおかげで何とか持ち帰ることができたのだ。


(いったい何が入っているんだろう?)


 そう思って俺がロケットを開けると、中には青く輝く石が入っていた。


「それって『ジグサーマルトの遺産』よね」


 アグナユディテの言うとおり、これはミリナシア姫から女王様に託された、あの石だろう。

 王家の至宝だとアリアが言っていたが、いったいどんな物なのか定かではない。


「『王家に危機迫りし時、王都の西、祠の立つ岩山の麓、青き石もて、黄金の扉開かれん』だったか? 今はまさにその時ではあるがな」


 リューリットはよく覚えているなと感心してしまうが、確かにそんなことを言っていた気がするな。


「もしかしたら伝説の強力な武器とかが手に入るのかもしれない。祠の立つ岩山へ行ってみないか」


 アンヴェルの提案は、俺にはいかにも迂遠な気がする。だが、このまま王宮に戻っても、奴に勝つ算段がつかないことは、彼の言うとおりなのだ。


 伝承が正しければ、何か役に立つものが得られるかもしれない。俺は藁にも縋る思いで「じゃあ。行ってみよう」と言うしかなかった。


 それにここに残っているのはとても危険だろう。いつ奴が討手を放ってくるか分かったものではない。

 そいつらにやられるとは思わないが、俺たちの居場所を知られ、奴が直接乗り込んで来れば、どうなるか分からない。いずれにせよ、どこかへ移動すべきなのだ。


 だが、問題はベルティラだ。本当なら彼女の瞬間移動で一気に跳びたいところなのだが、気を失っているのかも知れず、とてもできそうにない。


「仕方がない。彼女は俺が抱いて行くから、皆は道を開いてくれ」


 俺がそう言うとアグナユディテが驚いた顔をしたが、俺がブツブツと呪文を唱えだすのを聞いて、納得したようだ。


 王都の西門に向け、俺たちは町の中をひた走る。


 先頭はリューリットで、その後にアンヴェル、アグナユディテが続き、いつものように俺がしんがりだ。


 ただ、俺は腕にレビテーションで浮かせたベルティラを抱いた形になっている。

 非力な魔法使いの俺なんかが、彼女を抱き上げたまま走れるはずなんてないのだ。


 本当は馬車でも使いたかったのだが、俺の屋敷は馬の世話係はおろか、使用人がすべていなくなっていた。

 いや、馬車に繋ぐ馬まで、どこへ遣られたのか厩舎にいない。

 考えているより走った方が早そうだった。


 俺の顔は皆が忘れているようだから問題ないのだが、アンヴェルやリューリットは有名人だ。

 すぐに王宮にも噂が伝わり、追手が掛かる可能性が高い。


 だが、必死で三人を追いかける俺の目にも、やっと西門が見えてきた。


「眠りの妖精よ。彼らの目に砂を撒いて!」


 アグナユディテの精霊魔法が発動し、西門の衛兵たちが次々と倒れていく。


 ちょっと派手にやり過ぎかもしれないが仕方がない。

 俺たちは西門から、王都の外へと逃げ出した。


 門を出てしばらく走り、どこか潜伏できる場所はないかと思い始めたところで、俺の腕の中から、


「ううっ。我が主の腕に抱かれるとは、本懐だ」


 そんなベルティラの声がした。


「ベルティラ。気が付いたなら、王都の西の岩山まで瞬間移動を頼む!」


 俺が慌ててお願いすると、彼女は首を振って、


「いや。もう少しこのままで」


 などど、訳の分からないことを言っている。


 アンヴェルもリューリットもそれに気づき、さすがに呆れたといった表情だ。


「ベルティラ・デュクラン。いい加減にしないと怒るわよ」


 アグナユディテの冷たい声に、ベルティラは片目を開け、


「もう怒っているではないか」


 そんな軽口を叩いていたが、実際にはまだかなり辛そうだ。


 それでも俺たちが集まると、彼女は右腕を挙げようとしてくれた。さすがに可哀想に思ったが、俺にできることなんてありはしない。

 せめてこのくらいはと手を添えて腕を挙げてもらった。


 瞬時に周りの景色が変わり、俺たちは王都の西の岩山に跳んでいた。





 今日は本当に残念だった。


 この程度のことで、まさか奴が自ら王宮まで乗り込んで来るとは思わなかった。


 どうやらあの様子だと、こちらの目的には気づいていないようだ。

 まあ、気づいていれば、あれ程不用意に自分の身を危険に曝す様な真似はすまい。


「あの女はどうしている?」


 私の問い掛けに、侍女の一人が恭しい態度で返事をした。


「はい。元帥閣下。あの後、彼女はずっと反抗的な目をしておりましたので、今は薬で眠らせております」


 あの女が突然、奴に何かを渡したのにも驚かされた。

 どうせ私の目的を妨げるような大したものではあるまい。だが、あの女が私の意のままにならないとは、おかしなことだ。


 どうやらあの女は、奴にとってかなり大切な存在らしい。たかがゲームのNPCに笑わせてくれる。


 だが、それならあの女にはまだ利用価値があるということだ。

 派手に結婚式を開いてやれば、また奴がのこのことおびき寄せられて来るかもしれない。


「婚礼の準備は進んでいるか?」


 恰幅の良い重臣らしき男が、汗を拭きながら報告してくる。


「はい。大聖堂の総大主教には、明日の正午に王宮までお出でいただき、式を司っていただく手はずになっております。

 急なことですので、まずは神におふたりのご結婚を報告していただき、群臣や王都の民への披露は後日ということで、誠に申し訳ありませんが準備を進めております。ですが……」


 私の顔を上目遣いで覗き込むようにしながら、男は付け加えてくる。


「本当に、式の会場は大聖堂でなくてよろしいので? これまでの王家の慣例では……」


「くどい。何度言わせる気だ!」


 毎回毎回、こいつには本当に辟易させられる。

 まあ、こいつはこうして前例を持ち出す役回りなのだろうが、分かってはいてもNPCの融通の利かなさにはイライラする。


 その点、あの三人は有能だ。彼らのおかげで、私の目的も思いの外、早く成就するかもしれない。


 それ以外の奴らは、どいつもこいつも何の役にも立たない者ばかりだ。まあ、今日は「光の矢」の射線を奴の目から隠す、目くらましくらいにはなったが。


 それでも結局、あの女剣士と騎士の男の剣に阻まれた。彼らがいなければ、奴を仕留められていたかもしれない。

 忌々しいが、それが奴の弱点でもある。


 スローライフとやらで社会と必要以上に接点を持たず、ある意味、隠者のように暮らされていたら、奴の消息を捉え、襲撃するのはもっと困難だったかもしれない。

 奴には守るべきものが多すぎるのだ。


 だが、こちらにも頭の痛い問題がある。

 それを奴に悟られないようにしなければならない。


 なあに、状況はこちらが圧倒的に有利なのだ。

 矢継ぎ早に奴を挑発してやれば、奴がそれに気づく間もなく、私は目的を達することができるだろう。


(それに奴を倒すことに失敗したとしても、別の方法も用意しているからな)


 このくだらない世界と、その守護者である奴だけは許すわけにはいかない。

 私は自分の運命を呪うと同時に、そう誓っているのだ。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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