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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第四章 異世界の勇者ゼルフィム
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第百十八話 微かな違和感

 今日は朝から王都の宰相府へ出かける予定だった。


「おーい。ベルティラ。そろそろ出たいんだが」


 俺が彼女がいつもいる客間に、そう言って入っていくと、珍しくそこには誰もいなかった。


「ベルティラを知らないか?」


 俺はメイドを見つけ、そう尋ねるが、彼女は「存じ上げません」と答えるばかりだ。


 自室に戻る途中、執事を見つけ、彼にも聞いてみたが、やはり知らないようだ。


「確かに変ですな。いつもご主人様のご予定は、すべて把握されていらっしゃるのに」


 そんな恐ろしいことを口にする。

 俺のスケジュールって、どこまでオープンになっているんだ?


「今日は女王様がいらっしゃる日だったかな?」


 もしかしたら俺の勘違いで、彼女は王都へお迎えに上がったのかもと思ったのだが、執事は、


「いえ。今日はご主人様が王都へお出でになるご予定です」


 彼も俺のスケジュールを把握しているようだ。まあ、こちらは当然なのだが。


(もしかしたらカルスケイオスで何か緊急事態でも起きたのかな)


 俺はそう考えて、少し心配になった。

 いつも俺の屋敷にいるので最近は忘れかけていたが、彼女はかの地の統治者なのだ。


 普段は部下たちにすべて任せているようだが、特別なことが起これば、彼女が陣頭指揮を執る必要が生じるかも知れない。


 部屋に戻るとアグナユディテとリューリットにエディルナ、それにメーオが既に出発の準備を整えて待っていた。


「あら。ベルティラは?」


 アグナユディテが俺にそう聞いてきた。

 俺は首を振って、


「いや。どこに行ったのか、屋敷にはいないみたいなんだ。何かおかしなことになっていないといいんだが」


 本当に段々と心配になってきた。こんなことはこれまでなかったからな。


「そうか。彼女がいないのなら仕方ないね。今日は久しぶりに家族の顔を見て来ようと思っていたのにな」


 エディルナは残念そうだ。


「お父様。あんなおかしなダークエルフなんて放っておいて、出発しましょう」


 メーオはそう言うが、現実問題として彼女がいないと出発できないのだが。


 そう思っていると、彼女が平気な顔で、


「メーオが王都までご案内しちゃいます。皆さんもう準備はいいですね?」


 そう言い出した。


 確かに彼女は瞬間移動が使えるのだが、それって秘密じゃなかったのだろうか。

 案の定、リューリットが疑問を口にする。


「待て、メーオ。お主がどうやって王都まで案内するというのだ」


 だが、メーオは澄ました顔で、


「あの程度の魔法、使えるのがあの、ひねくれたダークエルフだけのはずがないじゃないですか。メーオだって使えちゃうんです」


 胸を張って答えた。


 いや、あの程度の魔法って、少なくとも俺が知る限り瞬間移動を使えるのは、この世界で二人だけだ。

 しかもベルティラは、魔王の作った金のブレスレットの力を使っているだけとも言えるし。


 そう考えると、やっぱり魔王バセリスって凄い奴だったんだなと思える。腐っても『ドラゴン・クレスタ』のラスボスだけはある。

 今、戦ったら瞬殺だろうし、あの腕輪はまあ、魔王は神出鬼没って設定のためのアイテムだろうけど。


「お父様。よろしいですか?」


 メーオの声で俺は我に返った。考えを巡らせている間、どうやら少しぼーっとしているように見えたらしい。


「では、魔法をお見せしちゃいますね。あのいけ好かないダークエルフには内緒ですよ。この魔法を使えるのが自分だけじゃないって知ったら、きっと泣いちゃいますから」


 ベルティラのことを気にしてあげてるみたいに言っているが、これはきっとあれだ。ひとりだけ教えてあげないってやつだ。

 やっぱり冥王だから性格悪いのかも知れないけど、そういうのはダメだと思うぞ。

 

 そんな俺の思いになどメーオが気づくはずもなく、


「ピルルン パルルン パルプル ルルラル〜」


 呪文が唱えられ、ピンクのステッキから虹のような光が溢れて、その直後、俺たちは宰相府の玄関の前にいた。



「少し眩しかったが問題はないようだな」


 リューリットの言葉にメーオは自慢気だ。


「あのへちゃむくれのダークエルフより、ずっと上手なはずです。お父様。ほめて、ほめて」


「ああ。メーオ、ありがとう。助かったよ」


 俺はお礼を言うが、そんな悪口どこで知ったんだ?



「じゃあ、私は家族のところへ行ってくるから」


 エディルナはそう言って俺たちと別れ、王宮の外へと向かって行った。

 執務室に入ると、秘書のカトリエーナが既に待っていた。


「おはよう。いつも早いね」


 俺は朝の挨拶の言葉を掛けるが、彼女からの返事はない。

 一瞬、現実世界の職場のことを思い出すが、ここは間違いなく異世界だし、今までそんなことはなかったはずだ。


「カトリエーナ。おはよう」


 アグナユディテが声を掛けると、やっと彼女は気がついたようだ。


「あっ。おはようございます」


 慌てた様子で挨拶を返す。


「どうしたのだ? 体調が悪いわけではなかろうな?」


 リューリットも少しおかしいと思ったようだ。

 だが、彼女は、


「いえ。私は元気ですよ。リューリット様もおはようございます」


 そう朝の挨拶を口にした。


 結局、俺だけが挨拶をしてもらえなかった。俺は何か彼女が不愉快になることでもしたのだろうか。まあメーオにも挨拶なしだったが。



 その日は終日、執務室にいたのだが、何故か訪れる人もなく、珍しく退屈な一日だった。

 俺の仕事は退屈して帰ると言い出さないよう、エレブレス山の女神が押し付けたものだったらしいから、もうその必要もなくなったのかも知れない。


 朝はいたはずのカトリエーナまで、いつの間にかいなくなってしまい、お茶も俺が淹れて四人で飲んだ。

 皆には好評だったが、茶葉やケトルがしまってある場所が分からず、少し手間取ってしまった。



 午後になっても執務室には誰も来ない。


「久しぶりに魔術師ギルドに行ってみるか」


 メーオのおしゃべりを聞くのにも飽きた俺の言葉に、アグナユディテも賛成のようだ。

 リューリットは何も言わないが、特に異論もなさそうだ。


 メーオは少し不満そうだったが、ほとんど一人で話していたし、彼女の話すことは核心部分に迫ると、俺の黒歴史に触れそうでヒヤヒヤするんだよな。


 本当は秘書のカトリエーナくらいには、出掛けることを伝えておくべきなのだろうが、彼女は相変わらず姿を見せないし、今日に限って他の者も見当たらない。

 今夜は王都屋敷に泊まって明日も来る予定だから、まあいいだろうと考えて、俺たちは宰相府を後にした。


 

 魔術師ギルドは王宮を出てすぐの場所にあるので、歩いてもほとんど時間は掛からない。

 花崗岩でできた建物は以前と変わらず壮麗なものだ。


 中へ入ると、やはりかなりの人たちが、手続きの為に列に並んで待っていた。


 俺はすぐに係の者が飛んでくるだろうと思っていたのだが、一向にその様子はない。

 仕方なく窓口の女性に、


「アスマット・アマンなんだが。ペラトルカさんに会いたいのだが」


 そう伝えると彼女は厳しい顔で、


「順番に列にお並びください」


 表情同様の咎めるような厳しい口調で、そう言った。


 周りの人たちからも同じような視線を浴び、俺はいたたまれない気持ちになった。

 以前だったら、こんなことになる前に係の者がやって来て、すぐにペラトルカさんを呼びに行ってくれたはずだ。


(今日はたまたま俺の顔を覚えている担当者がいないのか。ギルドを訪れるのも久しぶりだからな)


 最近は、ペラトルカさんとも王宮で会ったり、彼が宰相府まで足を運んでくれることも多かったのだ。

 俺は自分をそう納得させたが、それでもさすがに列に並ぶ気にはならず、窓口の外で訪問客を案内していた若い男性の係員に声を掛けた。


「宰相府からアスマット・アマンが来たと、ギルドマスターに取り次いでもらえないか。そう言ってもらえば分かるはずだから」


 だが、宰相府の名前を出しても、その係員は困惑したような顔で「はあ」と言ったきり動こうとしない。


 また、押し問答になるのかと思ったところに、奥の階段からペラトルカさんが姿を見せた。


「あ。ちょうど良かった。ペラトルカさん!」


 声を掛けると、彼はスタスタとこちらに近付いて来る。


 だが、俺に気がついてくれたと思ったのは間違いだったようで、そのまま俺の横を通り過ぎてしまいそうになる。


「ペラトルカさん!」


 慌てて声を掛けるとさすがに気づいたようで、彼は振り返り、だが、


「はい。失礼ですが、あなたは?」


 俺に向かって、そう問い掛けた。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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