第百十六話 女王様と姫様
その後、ハルトカール公子が奮闘してくれたおかげで、ミリナシア姫は一週間後に女王様に謁見を賜ることが決まった。
「謁見を許すべきかどうかからして大揉めでしたから。そこを何とかお認めいただいてからも、では謁見してどうするのか、元王族として貴族に叙するのかなど議論百出でした。
いえ、実際にはまだ決定していないことが山ほどあるのですが」
まあ、大変だったのだろう。彼は珍しくそう力説していた。
反対者が多いことは先日、女王様も教えてくださったし、もしかしたら俺のせいもあるのかも知れない。
そこはもう、不徳の致すところとしか言いようがない。
「強硬派の中には王家に仇なす罪人として処刑せよとか、そのまま追放せよなどと言うものまでおりましたものね」
他人事といった様子のティファーナに、ハルトカール公子は不満そうだ。
「ティファーナ様はこれだ。もう少しお力添えをいただけたら、スムーズに事を運べたと思うのですが」
そんなふたりの遣り取りを聞きながら、俺は謁見は一週間後か、時間があるようでないなと考えていた。
「一週間後なら、早くドレスを用意しないと間に合わないな」
突然の俺の声に、横に控えていたアグナユディテが、
「アマンの心配はそっちなの。それに、いつもはそんなことに気付きもしないのに珍しいわね」
何だか少し不満そうな声を上げる。
「い、いや。何しろミリナシア様は初めての謁見だろう。俺もかなり緊張したなって、思い出していたんだ。それに彼女は王都へ来る前に、服装のことを気にされていたからな」
俺は慌てて、そう弁解するが、
「そもそも服装のこととか、覚えているのがアマンらしくないのよ。まあ、いいわ。アマンの言うとおり確かに彼女、初めての謁見だから、きちんと準備して差し上げないとね」
いや、アグナユディテの中の俺って、どれだけ服装に無頓着なんだ。
俺たちが王都屋敷へ帰ると、ちょうどミリナシア姫はエディルナと屋敷へ戻ったところだった。
「今日はアリアの案内で大聖堂へ行ったんだ。王都生まれの私でも初めて知ることが多くて、楽しめたよ」
エディルナはそう言って満足そうだ。いや、案内役がご満悦でどうするんだと思ったが、アリアの案内なら、さぞかし有意義な時間が過ごせたのだろう。
「大聖堂は本当に素晴らしかったですし、アリア様の説明は分かりやすくて、とても楽しかったです」
ミリナシア姫もそうおっしゃって下さったので、まあ良かったのだろう。
「ちょうど良かった。女王様が一週間後にお会い下さるそうだ」
俺の言葉に、ミリナシア姫の顔に緊張の色が浮かんだ。
俺は努めて気楽な感じで、
「だから、まずはドレスを新調しないとな。王宮の側のお店で大至急、作ってもらえばいいから。早速、これから出掛けよう。悪いけれど、エディルナとアリアも一緒に来てくれないか」
ドレスと聞いて、ミリナシア姫は少しだけ緊張が緩んだように見える。
「ああ。アマンにドレスを選ばせるわけにはいかないしな」
エディルナの俺への評価もそんなものらしい。まあ俺自身、自分のファッションセンスなんて信じていないからな。
ドレスのお店でミリナシア姫が選んだのは、美しい水色の生地だった。
彼女の生まれ育った島の美しい浜辺が思い出される。
「本当にお美しいお嬢様ですもの。お似合いになるよう、お嬢様に負けない美しいドレスに仕立てますわ」
店員はそう言ってニコニコと話し掛ける。ミリナシア姫も頬を染め、はにかんだ様子だが嬉しそうだ。
彼女は店員の言うとおり、美しく可憐な容姿だし、おべっかばかりでもないのだろう。
まあ、この店はフォータリフェン公爵ご推薦だから腕も確かだし、いつも気持ちの良い対応をしてくれる。
「大至急、仕立てますわね。でき上がりましたら、お屋敷にお届けすればよろしいですか?」
彼女の言葉に、俺は「ああ。そうしてくれ」と頼み、店を後にした。
一週間後だなんて、かなり無茶な要求だろうに、嫌な顔ひとつせず引き受けてくれたのはさすがとしか言いようがなかった。
そして一週間が過ぎ、俺たちは王宮の謁見の間にいた。
この間も、ハルトカール公子は調整に多忙を極めていたらしい。彼を引き込んだ俺の目に狂いはなかったということだ。
彼によれば、女王様に謁見の後、ミリナシア姫はあの島の領有を認められ、伯爵に叙せられるとのことだった。
俺も女王様の右側の列に並び、彼女の謁見を見守る。
女王様には、なるべくいつも列席してほしいと言われているのだが、「なるべく」だからいいよねということで、特別重要な儀式以外は遠慮させていただいているのだ。
どうせ俺がここに並んでいたって、喜ぶ者なんていないしな。
不安そうなお顔だったミリナシア姫だが、なかなかどうして、そのお振る舞いはとても立派に見える。
やはり血は争えないということだろうか。いまだにこの場にいると浮いてしまう俺なんかとは、比較するだけ無駄だろう。
水色のドレスも、彼女の清楚な美しさをとても良く引き立てている。
少しくすんだ金色の長い髪も、俺の屋敷のメイドたちだけでなく、アグナユディテやアリアまでが櫛を入れて綺麗に整えていたし、青みがかったグレーの瞳もドレスと合っているようだ。
こうして見ると、やはり女王様と少し似たお顔立ちのように思えてくる。
島でのお振る舞いも立派だったと思うし、気高い心をお持ちなのは、きっと帝王学的なことを学ばれたのだろう。
あの島のお屋敷は王宮のカリカチュアかと思ったが、逆にそういった面はしっかり伝承されていたのかもしれない。
彼女の家臣たちも、無能な者ばかりという訳ではなかったようだ。
謁見はハルトカール公子が苦労しただけあって、澱みなく進んだ。公式な遣り取りはすべて済み、この後は非公式な会話をいくらか交わすだけだ。
「えっ。この間ずっと、賢者様のお屋敷に滞在されているのですか?」
ミリナシア姫に王都での暮らしぶりを尋ねられた女王様が、突然、驚かれたような声でそう話された。
「はい。アマン様、いえ、大公閣下には何から何まで大変お世話になっております。このドレスも大公閣下からいただきました」
別にわざわざ謁見の場で女王様にお話しするようなことではないと思うのだが。彼女は俺に感謝を示してくれた。
女王様はご親切にも、
「王都にお屋敷がないのはご不自由でしょうから、すぐに屋敷を探させます。そちらに滞在されることをお勧めします」
ミリナシア姫に屋敷を用意してくださるようだ。
だが、俺の気のせいかも知れないが、少しだけ険悪なムードが漂っている気がする。
俺の後ろでは、当然のように護衛役としてついてきたアグナユディテとベルティラが、
「私は女王の同盟者だから言うわけではないが、我が主はもう少し、彼女に配慮した方が良いのではないか?」
「ベルティラ・デュクラン。アマンにそういうのを求めても無理だから」
なんて話している。俺は主君である女王陛下には、敬意を払っているつもりなのだが。
「お前もそう思うか?」
「当たり前でしょ」
珍しくふたりの意見が一致しているようだ。
まあ、俺への評価はいつものことだから不本意ではあるが、仕方がないとして、皆が静かにしているのに無駄話はやめてもらいたいものだ。
(やれやれ。これで謁見も終わりだな。とにかく無事に済んでよかった)
俺はそう思って、右隣にいたハルトカール公子に目を遣ると、彼もホッとした様子だったが、急に顔色を変え、ミリナシア姫を凝視している。
俺も彼女に目を向けると、彼女は頭を上げ、よく通る澄んだ声で、
「最後に女王様にお伝えしたいことがございます」
突然、女王様に向かってそう言った。
(えっ。これってシナリオどおり……じゃないよね)
もう一度ハルトカール公子を見ると、彼の顔にも驚愕の表情が浮かんでいた。