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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第三章 冥王ゼヤビス
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幕間その五 リヴァイアサン始末記

 島ではミリナシア姫をはじめとする面々が、また、俺たちを歓迎してくれた。


「近くの海に魔物が出なくなったのには、漁師たちも気がついていました。それでも本当に大陸までの間の海に、まったく魔物が出なくなったのか確証がなくて……。でも、アマン様がそうおっしゃるなら安心ですね」


 ミリナシア姫はそう言って美しい笑顔を見せてくれる。


「そうは言っても、こちらの島には小さな漁船くらいしかなくて。先日、アマン様たちが乗って来られた大きな船くらいのものがあれば、大陸へも渡れたかもしれないのですが」


 そう言われてみれば、これまでこの島では、陸地から大きく離れると魔物に襲われていただろうから、大きな船なんて必要もなかったのだ。島の周りで細々と魚を採るだけの小型の船があれば、それで十分だったようだ。


「いえ、この島の西の海域に、未だ残る恐ろしい魔物が潜んでいるという情報があるのです。ですからそれを退治するために伺ったのです」


 この島に大型船がなくて幸いだったかも知れない。

 もし、それにミリナシア姫が乗られ、大陸を目指されていたらと考えるとぞっとする。


 家臣のひとりが「島の西で巨大な渦巻きに漁船が巻き込まれ、乗っていた数名の漁師が行方不明になっているとの情報が入っております」と報告している。

 すでに調子に乗って漁場を広げ、リヴァイアサンに襲われた漁船があるようだった。


「そうですか。その方たちが無事に見つかると良いのですが……。ですが、アマン様がいらしてくださいましたから、それももう安心ですね。この島のために本当にありがとうございます」


 報告をお聞きになって心配そうな顔をされたミリナシア姫は、そう言ってまた俺に笑顔を向け、お礼の言葉をくださった。


(うーん。ゲーマーとしてリヴァイアサンを倒したいだけだなんて、とても言えない)


 ここまで信頼されると、それを裏切るのって、もの凄く罪深いことのような気がする。


「全力を尽くします」


 それでも、やっぱり大言壮語のできない俺は、それだけ言うのがやっとだった。



 船について言えば『サンタ・アリア号』は、あの後、サマーニまで回送してしまったのだよな。

 あの町まで跳んで、それから出航の準備を整え、海を東へ向かうだなんて、さすがに時間が掛かりすぎる。


 どうせ対リヴァイアサンの戦闘で、戦力になるのは俺たちだけなのだから、それならベルティラの瞬間移動の方がずっと有利だったのだ。


 カーブガーズとカルスケイオスの沿岸は基本、黒い壁が聳えた断崖が続いている。でも、将来のことを考えると、せっかく航海が可能になったのだから、そのどこかに港を作る必要がありそうだ。


 こんなことを考えるだなんて、俺も少しは為政者らしくなってきたのかな。

 なんてほくそ笑んでいると、突然、


「お父様。どうしてこの人はこんなにお父様に馴れ馴れしいの?」


 突然、メーオがミリナシア姫のことを指してのことだろう、そんなことを言い出した。


 もうほとんど指ささんばかりの勢いだ。

 いや、本当に失礼だし、やめてほしいのだが。


「お父様って……」


 彼女の言葉に、ミリナシア姫が息を飲んだように見えた。

 いかん、このパターンはアグナユディテの時と同じだ。俺は何かいい方法はと思ったが、そんな俺をしり目にメーオが、


「お父様はメーオのお父様だから、お父様なの」


 さらに追い討ちを掛けてくる。


 いや、メーオ。それは同語反復(トートロジー)と言うものだぞ。

 トゥルタークもそうだが、こういう幼い姿って本当に便利そうだな。特に彼女の場合、絶対、分かってやっている気がする。


 その直後、エディルナが、


「メーオ。大好きなお父様に、砂浜できれいな貝殻を探してプレゼントしないか」


 突然、彼女をそう言って海へ誘った。


「お父様。きれいな貝殻はお好きですか?」


 メーオは頭を傾げ、俺にそう聞いてくる。

 見ると、彼女の後ろでエディルナが大きく頷いているので、俺は、


「ああ。きれいな貝殻なら、貰えたら嬉しいな」


 そう答えた。おそらくエディルナが気を利かせてくれたのだろう。

 だが、俺は何となく不安を感じて、


「でも、メーオ。できればとびきりきれいなのを、ひとつだけお願いしたいな」


 そう付け加えると、案の定、彼女は、


「お父様って遠慮深いのですね。そんなところも素敵です。メーオ、この島にある砂浜の貝をぜーんぶ掘り起こして、プレゼントして差し上げようと思っていたのに」


 いや、そんなこと本当にできるのか?


 でも、きっと彼女にはできてしまうのだろう。どうやったらそんなことが可能なのか興味はあるが、おそらくこの島の人たちにとても迷惑だろう。

 取り敢えず、そんな事態が回避できたようで良かった。



 メーオがエディルナの手を引いて、砂浜に行ってしまったので、俺は彼女がこの世界にとっての重要人物で、訳あって俺のことを「お父様」と呼んでいるのだと、ミリナシア姫の誤解を解いた。


「そうでしたか。そうお聞きすると確かに、アマン様の年齢的にも少し」


 ミリナシア姫はご納得くださったようだ。

 元いた世界の俺ならメーオどころか、ミリナシア姫くらいの年齢の娘がいたっておかしくはないのだが。まあ、誤った認識を修正できて助かった。


「そうだ。ミリナシア様。王都への遊学についてお考えになられましたか? 王都での宿泊先なら、俺の王都屋敷にいくらでも滞在していただけばいいですし、見分を広げられることは、この先きっとプラスになると思いますよ」


 メーオのことから話題を変えようという意図もあって、俺が尋ねると、


「ありがとうございます。アマン様のお薦めですもの、すぐにでも王都へ伺いたいのですが……」


「船の心配ならいりませんよ。ここにいるベルティラが瞬間移動で、ミリナシア様をカーブガーズへ、そして王都へと運んでくれますから」


 俺がそう言うとベルティラが、


「我が主よ。勝手に決めないでもらいたいのだが」


 突然、そんなことを言い出した。

 確かに魔法を使って運ぶのは彼女なのだが、最近はお願いすれば必ず聞いてくれるので、忘れてしまっていた。


「ベルティラ。すまなかったな。ベルティラにはいつも無理を聞いてもらって感謝している。でも、この件については曲げてお願いしたいんだ」


 俺が改めてお願いすると、彼女は、


「い、いや別に、我が主の意向に逆らおうというわけではないんだ。分かってもらえれば、それでいいんだ」


 慌てた様子で答えた。

 まあ、親しき中にも礼儀ありってことだよな。彼女には実際、助けられているし、感謝の気持ちを示すことも必要だ。


「でも、アマン。ミリナシア様はまだ、ご準備に時間が掛かるのではないかしら」


 今度はアグナユディテがそう言ってくるが、ミリナシア姫は、


「いえ。こんな島のことですから、そこまで準備に時間は必要ありません。逆に、こんな格好で華やかな王都へ伺うのは気後れしてしまうのですが」


 少し恥ずかしそうにおっしゃった。

 彼女の服装は清楚なイメージの彼女に似合っていると思ってはいたのだが、そう聞くと確かに、王都の特に王宮では地味に映るかもしれない。


「ではドレスも用意させましょう。女王様の謁見に間に合えば問題ないでしょう」


 俺の言葉にアグナユディテが驚いた顔をしていたが、俺は一応、王国大宰相で、カーブガーズの大公だ。

 古くに分かれた王統の裔が王都を訪ねるのに、このくらいの便宜をはかるのは悪いことではないだろう。


 トントン拍子に話しは進み、ミリナシア姫は俺たちがリヴァイアサンを退治し終わったら、一緒にカーブガーズへ向かわれることが決まった。

 後は奴を片付けるだけだ。



「お父様。いいものが見つかりました」


 そこにメーオとエディルナが、浜辺から帰ってきた。

 エディルナはげっそりしているようだ。

 いつも、メーオに付きまとわれている俺の苦労を少しは分かってくれただろうか。


「こちらをどうぞ」


 そう言って彼女が俺の手に乗せたそれは、ピカピカと青く輝く、とても普通の貝殻とは思えないものだった。


「それは……。何か凄まじい力を持っているようです」


 アリアが目を細め、俺に注意を促した。


「えへっ。聖女さまにはバレちゃったか。あまり良いものが見つからなかったから、お姉様にお願いして、特別に作ってもらっちゃいました」


 どうやら、またセヤヌスが迷惑を蒙ることになったようだ。


「お父様。これをメーオだと思って、肌身離さず持っていてくださいね」


 にっこりと笑顔を見せる彼女に、俺の選択の余地はなさそうだ。


「ありがとう。メーオ。大切にするよ」


 そう言って受け取ったが、失くしたりしたらどうなるか、考えるだに恐ろしい気がする。


 もう深く考えることはやめて、リヴァイアサン討伐に向かうことにした。


「奴には一度、苦杯を舐めさせられているからな」


 リューリットはそう呟くように言ったが、その顔には不敵な笑みを浮かべ、何だか楽しそうだった。




 俺たちはトゥルタークの張った氷に閉じ込められた船の上から、その先の海にいるであろう、リヴァイアサンを見下ろしていた。


 アグナユディテがいるから、そんなに時間はかからないだろうと思っていたのだが、俺たちが小船に乗って島の西に漕ぎ出すと、すぐに周りの海が大きく渦を巻きだしたのだ。


 トゥルタークが「アイシクル・マーヴェ」の呪文で、俺たちの乗った船ごと奴を閉じ込め、俺が闇魔法の呪文を唱え始めると、俺の頭の中にセヤヌスの声が響いた。


(待ってください。せっかく平和になり、静かに暮らすその子を許してやってもらえませんか)


 いや、静かに暮らしていると言われてもと俺は思ったが、とりあえず呪文の詠唱を中断し、彼女と話す。


「いや、実際に被害が出ているし、ここまでやって来て、そう言われてもな」


 最近はこんなのばかりだから、皆にも俺が誰と話しているか、何となく分かったようだ。


 セヤヌスは苦労しているみたいだし、その願いを叶えてやりたい気もするのだが、俺の一存で無罪放免としてしまうのもと思えたので、俺は条件を出すことにした。


「じゃあ、これからは船を沈めたりしないと誓うのなら、許してやってもいいぞ」


 相手は魔物だから、そんな約束はできないだろうと思ったのだが、


「お父様。この子は、今後決して船を沈めたりしないそうです」


 メーオはどうやら奴と話せるようで、俺に向かってそう通訳してくれた。

 いや、リヴァイアサンよ。それでいいのか? 海の魔物としての矜持はないのか。


「いや、ちょっと待ってくれ。海賊とか、良民を害する悪人どもだけは襲うんだ。できるか?」


 俺はさらにハードルを上げてみた。

 奴がそんなことはできないと言い出して、交渉が打ち切りとなるかもと期待したのだ。


 メーオはちょっと長めにリヴァイアサンと話していたようだが、すぐに、


「分かったと言っています。これでもう安心ね。お前はさっさと海の底へ帰るのよ。お父様。私たちも早くお家へ帰りましょう」


 そんなことを言い出した。


「いや、待て。魔物がどうやって悪人とそうでない者を見分けるのだ」


 リューリットが疑問を口にして引き止めるが、それには俺も同感だ。


「メーオが、そこのダークエルフみたいな格好をした人が乗った船は沈めてしまってねってお願いしたの。だから大丈夫よ」


「なっ。それは一体どういうことだ」


 当然、ベルティラが抗議の声を上げるが、確かにそれはいい方法かも。


 ベルティラももうカルスケイオスの統治者なのだから、別の格好をすればいいのにと思うのだが、彼女は相変わらず黒いレザードレスに黒いマントと、悪役然とした衣装を身に着けている。まあ、彼女の銀色の髪が黒い衣装に映えて、似合ってはいるのだが。


 でも、海の上でこんな格好をしている人って、まず滅多にいないだろうし、いたとしたらそれこそ海賊か何かだろう。


 そうこうしているうちに突然、海に張った氷が溶けて、俺たちの乗った船は海面に落ちて大きく揺れ、その隙にリヴァイアサンは深く潜って行ってしまったようだ。


 氷が消えたのはトゥルタークの意図したことではなかったらしく、茫然と口を開けて、海を眺めていた。


「おい。アマン。それでいいのか!」


 リューリットは相変わらず、そう言っている。

 どうやら奥義を破られたことが、実は相当ショックだったようだ。

 でも、トゥルタークの張った氷をこうも容易く消滅させるような者に、俺だって正直、打つ手はない。


「お父様。リヴァイアサンを退治できて良かったですね」


 メーオがそう言って、また俺にすりすりしてきた。

 いや、こういうのは退治したとは言わないんじゃないだろうか?


 まあ、クエストをクリアしたと考えれば納得できないこともない。

 でも、やっぱり倒したかったな、リヴァイアサン。リューリットよ、俺だって同じ気持ちなのだ。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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