幕間その四 リヴァイアサンを探して
「なあ、メーオ」
「はい。お父様。メーオに何かご用かしら?」
俺はカーブガーズの屋敷のダイニングで、お茶を飲んでいた。
すると、そこにメーオがやって来て、当たり前のようにメイドにお茶を頼み、当たり前のように俺の隣の椅子にちょこんと座って、彼女もお茶を飲みはじめた。
だから、別に俺が用事があって彼女を呼んだ訳ではないのだが、彼女の言葉では、俺がお願いして一緒にお茶をしているように聞こえそうだ。
だが、せっかくの機会なので、俺は彼女に気になっていたことを聞いてみることにした。
「あのリヴァイアサンって、どうなったんだ?」
俺の問いに、彼女はメイドが淹れたばかりのお茶をグッと飲んで、
「あの子なら、まだ海にいるはずよ。お父様は興味がおありなの? お姉様なら、どこにいるか知っていると思うけれど」
平然と答えた。見た目の年齢は近いのだが、トゥルタークと違って熱いお茶も平気なようだ。
いや、俺たちからしたら最強の海の魔物であるリヴァイアサンを指して「あの子」って、やっぱりスケールが違うよな。
彼女は見た目は本当に可愛らしい少女だし、普段の服装もレースやフリルのいっぱい付いた、ふわふわした感じのものを好んで身に着けているから、どうも実感が湧かないのだが、やはり冥王であることは間違いないのだ。
その実力は俺などとは比較にならないもののようだ。
「あの子はお父様に失礼なことをしたのよね。メーオが串刺しにして、地獄の業火で焼き尽くしてあげようかしら」
にっこりと愛らしい笑顔を見せながら、そんな恐ろしいことを口にする。
道理で熱いお茶も大丈夫なわけだ。
見た目とその可愛らしい口から出る言葉にギャップがありすぎて、もう、どんな顔をすればいいのか分からない。
「いや、ありがとう。メーオ。その気持ちだけで十分だから」
俺は曖昧に笑って誤魔化すが、メーオは「また、ほめられちゃった」とご機嫌なようだ。
まあ、あまりの惨劇は、俺も望むところではないからな。
だが、奇しくも彼女が言ったとおり、俺がリヴァイアサンに興味があることは間違いない。
だって俺は奴を倒していないのだ。
ゲームのメインシナリオさえクリアして、真のエンディングを見られれば、それで満足という人も中にはいるのかもしれないが、俺はそうではない。
俺はやり込み系のゲーマーだから、クリアしていないクエストや、倒していないモンスターがいると寝覚めが悪いのだ。
これはゲーマーとしての性としか言いようがない。
カンスト上等、すべてのマップを舐め尽くし、あらゆるモンスターを倒してレアアイテムまで揃えてこそ、クリアしたと胸を張って言えるのだ。
これはゲームの制作者とゲーマーとのある種の闘い、いや、高度なコミュニケーションなのだ。
実際、複雑怪奇なダンジョンを攻略したり、恐ろしく強力なボスキャラを倒した後って、ああ、制作者はこの風景が見せたかったのだなって思うよな。俺だけかな?
まあ、もともと俺はコミュニケーション能力に難ありだし、そもそもこの世界の海での冒険って、俺が考えて、あの黒い表紙のノートに記したものみたいなんだよな。
だから俺が過去の俺とコミュニケーションを取ることになって、自家撞着もいいところな気がする。
でも、やっぱり奴を倒していないのは気分が悪い。これは俺のアイデンティティに関わる問題なのだ。
「おーい。セヤヌス。聞こえるか?」
俺が彼女の姿を思い浮かべ声を出して呼びかけると、すぐに返事があった。
「アマンさん。お変わりはありませんか? 妹がご迷惑をお掛けしていないでしょうか?」
セヤヌスは三姉妹の中では、俺にとって一番、話しやすい気がする。
女神なのにあまり偉そうな態度はとらないし、細かいことにも気を使ってくれる。
まあ、偉大な姉と我が儘な妹に挟まれて、苦労していたのかもしれないな。妹には身体に居候されていたし、俺でさえ少し同情してしまう。
「いや。メーオは元気にしているぞ。ところで以前、俺たちを襲ったリヴァイアサンって、今どこにいるんだ?」
メーオについては本人が隣にいるし適当に流し、俺は奴の居場所を彼女に聞いた。
「リヴァイアサンなら、あなたの訪れた島のすぐ西の海に潜んでいます。もう使命からは解放しましたから、気ままに船を沈めたりしながら静かに暮らしているようですよ」
彼女の言葉に、俺の額から汗が流れ落ちる。
いや、気ままに船を沈めたりされたらとても困るし、それって静かにしているとは言わないんだが。
「島の西に潜んでいるって。あの島の人たちは大丈夫なのかしら?」
突然、すぐ横からアグナユディテの声がして、俺はびっくりしてしまった。
「ユディ。いつからそこにいたんだ?」
俺が少しドギマギして訊ねると、
「大きな声で話している声が聞こえたから、誰かいるのかしらと思って。聞かれてはまずい話だったのかしら?」
いや、そんな話はしていないけれど、こちらにも心の準備ってものがあるから少しは配慮してほしい。
それはそうと彼女の言うとおり、俺の訪れた島ってミリナシア姫が治める島のことだよな。
そのすぐ側で船を沈めてるって、とても迷惑な気がする。
俺がメーオの名前を当てて、あの神殿を後にしてから、海にも魔物は現れなくなっていた。
まあ、海の中も平和になりましたってことなのだろうが、俺にはこれは結構大きなことのような気がするのだ。
これまでは魔物がうじゃうじゃいて、実質的に閉じられていた海が開かれたのだ。
一気に船を使った海運が盛んになり、オーラアンティアの発展が進むかもしれない。
船の輸送力は陸上とは比較にならないみたいだからな。
でもそれはこの世界の人たちに任せるとして、今はリヴァイアサンのことだ。
あの島の西に危険な魔物が棲みつき、せっかく近くなった大陸との航路を塞いでいるとすれば、さぞかし島の人たちは迷惑を被っていることだろう。
奴を退治することは島の住民たちを助け、この世界の発展にも資する公的な使命を帯びたものなのだ。
さっきはあんなことを思ったが、決して俺個人が全てのモンスターを倒したいとか、そういった私的な欲を満たすためのものではない。
いや、どう言い繕ったところで、やっぱりゲーマーとしての欲だな。
まあ、普段かなりストイックに暮らしているから、こんな時くらいは許してほしい。人の為にもなる訳だし。
「リヴァイアサンは倒してしまって構わないのか?」
念の為セヤヌスに尋ねるが、彼女の答えは思いもよらないものだった。
「何も悪いことをしていない、あの子を倒すと言うのですか? 人間とは野蛮な生き物なのですね」
(いや、これまで散々やらかしているだろう!)
そのやらかし度合いは俺なんかの比ではないだろう。
しかも、現在進行形で船を沈めていると言うし。
やっぱり女神と呼ばれるような者の考えることなんて、俺なんかの理解が及ぶものではないらしい。
でも、禁止はされなかったから、別に倒しても構わないよね。
と言うわけで、やって来ました大陸東のあの島へ。
例の海域消滅のおかげでカーブガーズからグッと近くになったので、ベルティラの瞬間移動で来られるようになったのだ。
最初は俺と、アグナユディテとベルティラだけで来ようと思っていたのだが、何処から聞きつけたのかトゥルタークが、
「アスマット。抜け駆けは許さんぞ! わしも連れて行くのだ」
とやって来るし、アリアも、
「人々の生活を脅かす魔物を退治されるとは、さすがは賢者アマン。敬服いたします」
なんて、是非一緒にと同行を申し出てくれた。
「さてはあの島で。また、ゆったり過ごすつもりだね。私も行くよ」
エディルナは何を勘違いしたのか、そう言ってきかないし、リューリットは何も言わずに、だが、俺の側から離れなかった。
さらにはメーオまでが、
「お父様と離れているのは不幸せです。私もご一緒します」
そんなことを言い出して、思っていた以上の大人数になってしまった。
アンヴェルは王都滞在中だったから声を掛けなかったのだが、後で不満を漏らされるかもしれない。
いや、何で皆、そんなにリヴァイアサンと戦いたいんだ? 俺にはさっぱり分からない。