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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第三章 冥王ゼヤビス
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第百十三話 賢者の帰還

 俺と冥王とのやり取りを聞いて、どうやら世界の危機を免れることができたことを、皆が理解してくれたようだ。


「アマン。やったな」


 アンヴェルが俺と握手を交わし、本当に嬉しそうな笑顔を見せる。

 ところが、その直後急に一瞬、立ち尽くし、呆けたような顔を見せると。


「アマン。とっても面白かったよ。やっぱり人間の世界に戻って来て正解だね。パシヤト爺さんの言った通りだね」


 そんなことを言って、にこにことした様子を見せる。そんな彼に俺が唖然としていると、


「はっ。いったい今、僕は……」


 アンヴェルがまた、急にそう言いだして、不審な顔で気味悪そうに周りを見回している。

 どうやら一瞬、パーヴィーが顔を出したらしい。彼も満足してくれたようだ。



 リューリットは心なしか顔を上気させ、うっとりとしているようにも見える表情で、俺のことを眺めていた。


 最近、彼女の髪はかなり伸びてきて、以前より若く見えるんだよな。

 そのせいか「夢見る少女」とでも言えそうな様子にさえ見える。


 あの奥義、轟衝遍(ごうしょうへん)殲徹穿斬(せんてつせんざん)を見て、リューリットの流派って中二病と相性が良さそうだと思ったのだが、あの名前にそんな様子を見せるなんて、やっぱり俺の目に狂いはなかったな。



 エディルナの反応は、


「アマン。とりあえず良かったけれど、何だいその長ったらしいおかしな名前は。よくそんなものを覚えていられたなって感心はするけど」


 そんなものだったが、いや、これが普通だよな。実は俺たちのパーティーで一番の常識人って彼女だろう。



「我が主よ。てっきり新しい闇魔法かと思ったぞ。だが、神の名を、しかもそんな長い名前を淀みなく唱えられるだなんて、やはり我が主はただの人ではなかったのだな」


「賢者アマン。話に聞く異教の双面の神の名さえご存じとは、さすがです。やはりあなたは、神が私たちのために遣わされたお方」


 俺の信奉者二人はこんな調子だった。



 その点、ニヤニヤして俺を見ているトゥルタークが一番、その意味するところが分かっているような気がする。

 自分だって俺と同類の部分もあるくせにいい気なものだ。いつか書斎をあさって、動かぬ証拠を掴んでやる。


 この世界が蒸発してしまうかもしれない瀬戸際だったから仕方がないし、そこから世界を救ったのだから、俺は称賛されてしかるべきなのだ。


 だが、俺の心に吹く、この冷たい風はなんなのだろう。

 周りの目が痛すぎる。



 アグナユディテは目を大きく見開いて、


「アマンって、すごい語彙力なのね。さすがは賢者だわ。ちょっと見直したわ」


 そう興奮した様子で、両手で俺の腕を取ってくれた。


(本気で言っているのかな?)


 確認するのも怖い気がして、しっかりと視線を合わせられなかったのだが、どうやら本気で喜んでくれているようだ。だが、やはり何か不審に思うところがあったのだろう、


「そんなに知識が深いのに普段は隠しているのね。そんなに奥ゆかしい性格だったかしら? 何だか怪しいわね。どうしていつもは隠していたの?」


 そんなことを言い出した。いつまでも顔を伏せている俺も良くないのだろう。

 こういう時は開き直って、自信のある態度を見せるべきなのだ。


「それは……、そう『能ある鷹は爪を隠す』と言ってね」


 ダメだ。言っていて苦しくなってきた。もう四十を超えたとはいえ、俺にだって多少は羞恥心というものが残っているのだ。



 そんな俺とアグナユディテの間に、


「お父様。だーい好き」


 そう言って、白い髪の女の子が俺に抱き着いてきた。


「えっ。俺がなんで?」


 いや、突然「お父様」だなんて言われても、いったい何のことやらと、驚いた俺が固まっていると、彼女は俺に抱き着いたまま頬をすりすりと押し付けてくる。


「アマン。あなたいつの間に」


 アグナユディテの顔色が真っ青だ。いや、それは完全に誤解だから。

 確かに元いた世界の年齢からしたら、子どもがいたっておかしくはないが、そんなことはあり得ないから。


 そんな俺たちの様子に構わず、白い髪の少女は相変わらず俺に抱き着いたまま、


「だって、私を生み出してくださったのはお父様だもの。あなたは私のお父様」


 嬉しそうにそう言い続けていた。

 そうか。俺が生み出した存在だから「お父様」ね。いや、でもすっかり動揺したアグナユディテには、彼女の言葉は届かなかったようだ。


 俺は立ち尽くすアグナユディテに恐る恐る顔を向け、


「いや。これには深い訳があって」


 そう言ってみたのだが、すべての問題を一発で解決するはずの魔法の言葉はここでも不発に終わりそうだった。



 そんな俺たちの様子を遠巻きに見ていた女神セヤヌスが、遠慮がちに俺に声を掛けてきた。


「あの。異界へのゲートはまだ開いたままで、そこから蒸発が続いているのですが……」


 そうだった。自分の『黒歴史』の開示を強いられ、そのショックに肝心の目的をすっかり忘れていた。


 危うくこのまま「あー。終わった。終わった」とか言いながら、帰ってしまうところだった。

 終わってしまったのは俺への、仲間からの評価かもしれないが。


「冥王。すぐにゲートを閉じてくれないか」


 まだ俺にすりすりしていた少女は、俺を見上げると、


「お父様。冥王だなんて。そんな風に呼ばれるのは可愛くないから嫌です」


 頬を膨らませて不満そうに言った。


「じゃあ、何て呼んだらいいんだ?」


 いや。どうでもいいから早くしてくれと思うのだが、彼女の機嫌を損ねて、やっぱりやめたとか言われたら、そこでこの世界は終わってしまう。


「お父様が決めてください」


 彼女はにっこりと微笑んで、俺に向かって、呼び名を決めるようにねだった。


(うーん。ゼヤビスも可愛くはなさそうだし。いきなりそんなことを言われてもな)


 もう、いっそ本当の名前でもいいかとも思ったが、何しろ長すぎるし、ちっとも可愛くはないだろう。


「じゃあ、メーオなんてどうだ」


 冥王とほとんど変わらないし、全然可愛くない気もするが、俺の想像力なんてこの程度なのだ。これではゲームの企画なんて仕事は務まらなかっただろう。

 妄想力だったら、もう少しある気がするのだが。


「はーい。お父様が名前を付けてくださったから、私は今からメーオでーす。皆さん。よろしくね」


 にっこりと笑みを浮かべ、冥王は皆に挨拶する。

 いや、笑顔は可愛らしいけど、それもいいから。


 焦る俺の気持ちにやっと気付いてくれたのか、彼女は、


「じゃあ。メーオはゲートを閉じちゃいますね」


 そう言ってくれたのだが。それを聞いていたアグナユディテが、


「ねえ、アマン。あなた。当初の目的は大丈夫なの?」


 心配そうに俺にそう聞いてきた。


(当初の目的って……)


 彼女の言葉に、だが俺はゲートが閉められる直前に、何とか気がつくことができた。


「いや。メーオ。ちょっと待ってくれ。ゲートが閉じたら俺はどうなるんだ」


 俺の問い掛けにメーオは小首を傾げ、


「ゲートが閉じたら、もうこの世界と、お父様が元いた世界とは行き来できなくなるの。お父様はそれでは困る?」


 そう聞いてくれた。


 いや、いきなりあの女神が現れた時と同じ決断を、ここで求められるとは思っていなかった。でも状況は切迫しているし、もう仕方がないかも。

 俺が悩んでいると、メーオが下から俺の顔を覗き込んで、


「お父様。困っているお顔も素敵です。でも、可哀想だから特別にゲートを回転ドアに変えちゃいますね。それなら蒸発はほとんど抑えられちゃうんです」


 いや、そんなのありなのかと俺は思ったし、パーティーの皆も俺と同様、完全に絶句していた。

 だが、メーオはそんな俺たちを気にすることもなく、ピンクのステッキを振りながら呪文を唱えだした。


「ピルプルパルプル ルラルルル〜……」


 彼女は冥王のはずなのに、そのお気楽そうな呪文は何なんだ。

 いや、それにそのステッキどこから出した?


 相変わらず呆気に取られ、言葉のない俺たちに、セヤヌスが、


「世界の蒸発は無事に止まったようです」


 ホッとした様子で、そう告げた。



「お父様。メーオ偉い? ほめて、ほめて」


 最近はほめて育てるとか言うし、こんな場合、親は子どもをほめた方がいいんだろうか? 俺にはさっぱり分からない。

 ちょっとイラッとする気がしてしまうのは、俺の心が狭いからなのだろうか?


 だが、彼女は俺に名前を当てさせるなんて条件を出さず、あのままこの世界を消滅させてしまうことだってできたのだ。


「ああ。メーオのおかげで助かったよ。ありがとう」


 俺は釈然としない思いを抱えながらも、彼女にお礼を言った。


「エヘ。メーオ、お父様にほめられちゃった。じゃあ、お父様にはこれをあげちゃいます」


 そう言って彼女が俺にくれたのは、手に収まるくらいの小さな箱だった。


 箱は軽いが、それなりに頑丈そうで材質は定かではない。

 そして箱の中には細長い長方形の小さな赤い板が、その上下を箱の内側に固定された状態で入っている。


 どうやらその板は、ちょうど回転扉のように回すことができるようだ。


「じゃあ、お父様。一度試してみましょうか。そのプレートを回してみてください」


 よく見るとその赤い板には、白い文字で「アスマット・アマン」と記されていた。

 俺がゆっくりと板を回転させていくと、もう一方の面は白くなっていて、どうやらそこにも文字が記されているようだ。


 俺がぐるりとプレートを反転させると、途端に周りの景色も回るように変わり、俺は見慣れた、いや、以前は見慣れていた場所にいた。


 デスクの上のパソコンの画面が淡い光を放っている。

 横の本棚には、お気に入りのライトノベルがぎっしりだ。

 俺は元いた世界の自分の部屋に戻って来ていた。


(お父様。じゃあもう一度プレートを回して、戻って来てくださいね)


 箱からメーオらしき声がして、俺は我に返った。

 見ると反転させたプレートには、白い面に黒い文字で「明日本亜門」と記されている。


(いや、これって)


 おそらく白い面が表になっているときは俺は現実の世界に、赤い面のときは異世界に存在することになるのだろう。

 源平合戦でもあるまいし、ちょっと安易すぎるのではと思ったが、別にそれで不都合はない。


 俺が声の指示どおりプレートを反転させて赤い面を表にすると、また景色が回るように変わり、俺はパーティーの皆が待つ、異世界へと戻っていた。


「お父様。どう? これでいいかしら?」


 メーオはちょっと心配そうな顔で俺に確認してくる。

 俺はさすがに茫然としていたが、その言葉に我に返り、


「ああ。想像していた以上だったよ。ありがとう。メーオ」


 そう彼女に改めてお礼を言った。


「嬉しい。メーオ、またお父様にほめられちゃった」


 彼女は明るい笑顔を見せると、また俺に抱き着き、頬を押し付けてすりすりしてきた。


「おい。我が主はお前だけのものではないのだぞ。そのすりすりをやめろ!」


 ベルティラがメーオに向かって言うが、相手は子どもだし、そんなにムキにならなくても……。

 そう思ったが、よく考えてみるとトゥルタークだって姿形は子どもだが実際の年齢は違うのだ。相手は冥王だし、この世界では外見はあまりあてにならないのかもしれない。


「いや。俺は別に誰のものという訳でもないし、ふたりとも仲良くしてもらえるとありがたいな」


 俺の言葉にメーオは、


「こんないけ好かないダークエルフと仲良くするだなんて、とても無理な気がします。でも、お父様がそうおっしゃるなら努力します」


 そう言って、また笑顔を見せるが、やっぱりちょっと怖いかも。


 ベルティラも負けじと、


「私だって、こんな小生意気な子どもと仲良くするなど不本意ではあるが、我が主の思し召しとあらば、我慢するしかあるまい」


 そんなことを言っているが、おそらく戦ったら勝負にならないと思うぞ。


 さて、元の世界に戻れるようになったのはいいが、これからどう過ごすべきなのだろう。

 一日おきなのか、一週間おきなのか、いっそ現実世界で天寿を全うしてから戻って来た方がいいのだろうか?

 でもそうすると、この世界のことを忘れそうだしなどと俺が考えていると、メーオはそれに気がついたようだ。


「お父様。あまり一方の世界に長期に滞在するのは、やめてくださいね。回転ドアで守られているとはいえ、バランスが傾き過ぎると、今回のように世界が蒸発してしまうかも知れません。

 それにお父様が長い間いないと、この世界がどうなるかはお分かりですよね。できれば二日おきくらいがいいと思います」


 そんなアドバイスをくれる。


 二日おきだなんて、注意しないとすぐに経ってしまいそうだ。

 それにその世界にいない人の名前を呼んでしまうなんてことも、ありそうな気がする。特にアグナユディテとか危険そうだな。


 元いた世界に戻れるようになって良かったのだが、なんだかまた新たな悩みができただけのような気もする。


 でも、あのままだったら、この世界は消滅していたのだし、それを防いで、しかも当初の目的も果たしたのだから、まあ良かったのだろう。俺はそう思うことにした。



 神殿を出ると、俺たちの目に日の光に美しく輝くエレブレス山の姿が入って来た。

 どうやら神殿を守る雲は、かなり大陸の側まで来ていたようだ。


「アマン。良かったわね。そして、ありがとう」


 アグナユディテが何故か俺にお礼を言ってくれる。


「いや。俺は自分の都合で皆を振り回してしまって、悪かったと思っているんだが……」


 俺の言葉に彼女はゆっくりと首を横に振り、俺の目を見詰めて、


「いいえ。私たちはやっぱり、あなたに守られている。それがよく分かったわ。あなたが憶えていてくれたから、彼女だってああしていられる。そして、それはきっと私たちも同じ。本当にありがとう」


 彼女のエメラルドグリーンの瞳に、俺の姿が……。


「お父様! お家に着いたらメーオのお部屋、お父様のお部屋のお隣りにしてね」


 突然、俺とアグナユディテの間にメーオが割り込んで来た。


「何を勝手なことを言っているのだ、そんな部屋が空いているのなら私が先だ。だが、今はよくやったぞ」


 ベルティラも何か勝手なことを言っている。


 この世界に召喚されて、『ドラゴン・クレスタ』の世界だと気づき、必死にエンディングを目指してきた。


 魔王を倒し、やっとクリアしたと思ったら、いつの間にか発売されなかった続編の世界に導かれ、ドラゴン・ロードを倒して、今度こそ平和な世界になったと思った。


 でも、まさか俺が頭の中で温めていただけの第三作までプレイすることになるなんて、思ってもみなかった。


 『ドラゴン・クレスタ』はB級RPGと言われ、制作会社も倒産して不幸な結果に終わったのかもしれないが、制作スタッフは俺たちゲーマーを楽しませようと、心血を注いてあのゲームを作ってくれた……のだと思う。

 そして、少なくとも俺はあのゲームにハマり、驚くほど多くの時間を注ぎ込んだ。


 今となっては確かに『黒歴史』だが、それは楽しく幸せな時間だったと俺は思う。

 だから俺はまったく後悔はしていない。


 俺は反省はするが、後悔はしない性質(たち)なのだ。それが良くないのかもしれないが。


 この世界に来てからだって、たくさんの判断を迫られ、多くの誤った選択をしてきたと思う。

 でも、俺はこの世界で皆に会えて、ゲームと同じように楽しく幸せな時間を過ごすことができた。


 だから、きっと後悔はしないだろうな、俺はそう思っていた。

 エレブレス山の頂が輝き、女神もそんな俺を祝福してくれているようだった。



 【第三章・完】

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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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